8. デートの誘い方
次の日、ようやく文化祭という試練から解放されて昼まで寝ていようとベッドで惰眠を貪っていると、ドアからノックの音が響いた。
枕に顔をうずめたまま返事をせずにいると、再度ノックの音が聞こえつづいてドアが開いた。
目だけを動かすと、そこにはいつもどおりのメイド服姿のケメコがいた。
昨日の文化祭でのことはウソだったように、いつもどおりの表情だった。
「おぼっちゃま、学友の方からのお電話ですがおつなぎしますか?」
しょうがないと、のそりとベッドから這い出て固定電話の子機を受け取る。
起きたばかりでうまく動かない口をうごかすと、電話の向こうからは明るい声が聞こえた。
この声は村田か……。
「なんだ相沢、まだ寝てたのか?」
「本当はもう少し寝てる予定だったよ」
起き抜けなせいか若干不機嫌になる声に、村田がわるいわるいと軽い調子で謝ってくる。
「それで用事なんだけど、明日は振り替え休日だろ? それでさ、遊びにでも誘おうかとおもって」
「まあ、いいけど、それならメールで送るかスマホにかけてくれればよかったのに」
「つながらなかったんだよ。電源きってるんじゃないのか?」
そういえば、昨日帰ってからスマホはかばんの中につっこんだままだった。取り出してスイッチを押してみても、画面は真っ暗なままだった。
「……バッテリーきれてた。悪い」
「彼女からメールとかきてたらどうするんだよ。オレなんていつ来るかって一日に何回も見直してるよ」
笑い声が受話器の向こうから聞こえ、話は変わって行き先と待ち合わせ時間になった。
「水族館? 嫌いじゃないけど、男二人でいって楽しいものなのか?」
「もちろん、そこには女の子も連れて行く。相沢も彼女をつれてきて、オレも彼女をつれていく。つまりダブルデートってやつだ」
デートという言葉が受話器から漏れ、ケメコに聞かれたんじゃないかと思うと顔が熱くなるのを感じた。
昨日からこんな感じだ。アンドロイド相手に何をやってるんだ、ボクは……。
「いや……邪魔しちゃうかもしれないし、二人でいったらいいじゃないか」
「恥ずかしい話だけどデートってよくわからなくてさ。今度いくのが初めてで不安だから、恋人経験においては先輩である相沢にご同行願おうってわけだよ」
本当は恋人経験なんてゼロだとはいえない。
「というか、さっき電話とってくれたのって姫宮さんだよな? さっきまで相沢が寝てたってことは……、まさかおまえらいくとこまでいっちゃってるってことか!?」
「ち、ちがうよ! ケメ……姫宮にも明日のこと伝えておくから、それじゃ!」
話が変な方向に行きうまく誤魔化すこともできなかったので、強引に電話を切った。
さあ、どうしようかとケメコに視線を送る。
恋人のフリをするのは文化祭の一度きりだからと腹をくくることができた。
しかし、もう一度それをやることに気後れを感じる。
「おぼっちゃま、いかがしました? ケメコは人間の役に立つためにここにいるのです。なんなりとご命じください」
「ケメコ、明日なんだけど……ちょっと一緒に出かけてほしいんだ」
意識的にデートという言葉を使うことを避けて、ケメコに村田と同行することを説明していく。
「なるほど、もういちど姫宮可憐として恋人のふりをすればいいのですね」
「……っ、そうだね。次で最後だと思うからがんばってくれ」
恋人のふり、その言葉を聞いたとき胸にチクリとした痛みを感じた。
夜、ケメコが帰った後で、机の上に放置していたスマホの充電を忘れていたことに気づく。充電用ケーブルにつなげていたスマホの電源をいれて再起動すると、とたんにメールの通知音がなった。
メールボックスをのぞくと、そこにはサイバーテクノロジー社からのメールで埋まっていた。
文面は変えてあったが、内容はすべてケメコについてのことである。
回収の必要性と、すぐに代替品を用意できるということが業務的な言葉で書かれていたが、その文章の端々に必死さが見え隠れしていた。
……なんなんだ、一体。
すこしおかしなところがあるが、ケメコは正常に動作している。
どうせ、明日でレンタルサービス期間が終了するのだからと放っておくことにした。




