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7. 高校生ごっこ

 太陽が傾き文化祭の終わりも近づいた頃、空き教室の前で立ち止まるケメコ。

 

「そこは、いまはただの荷物置き場だけど、どうしたんだ?」

 

「いえ……、ただ少しだけ気になっただけです」

 

 かぶりをふって立ち去ろうとするケメコの手をとった。

 

「いまなら大丈夫だし、せっかくだから見ていくといいよ」

 

 教室に入った彼女は感触を確かめるように、机やイスの表面をなでる。

 窓から差し込んだ夕陽の光が、彼女の表情に陰影をつくりだす。

 そこにはいつもの笑顔は浮かんでいず、失った何かに対する憧れのような感情が見え隠れしていた。

 

「ケメコ、ちょっとそこに座ってみて」

 

「よろしいですが、どうしてです?」

 

「いいから、いいから」

 

 不思議そうに座るケメコを横目に、教壇の前に立った。

 チョークを手にとって、授業で見た数式を書いてみせる。

 

「それでは、授業を始めます。ケメコ君、この問題を解いてみなさい」

 

「はい、かしこまりました」

 

 彼女の細い指先がチョークをつかみ、かつかつという音と共に黒地に白文字が刻まれていった。

 

「よし、正解だ」

 

「ありがとうございます」

 

 イコールの記号の後に書かれた文字を見ながらうなずいてみせる。

 思いつきでやってみたことだったが、照れくさくなり黒板消しをごしごしと動かす。

 

「それに、お気遣いいただいたこともありがとうございます。少し、高校というところに興味がありました」

 

「どうしてだ?」

 

「……わかりません。わたしは少し、壊れているのかもしれません」

 

 その言葉にはケメコの本心があるように聞こえた。

 何かの予兆を感じ取り、黒板から視線をはずし隣を向く。

 

 ―――そこにはケメコがいた

 

 当たり前なんだけれど、ボクはその時、その言葉しか浮かばなかった。

 夕陽をうけてくっきりと浮かび上がった陰影の中、すべての光を吸い込んでしまいそうな黒くて大きな瞳に、否応なしに惹きつけられる。

 

「おぼっちゃま、どうされました?」

 

「………」

 

 熱に浮かされたように頭がボーっとなり、うまく言葉を返すことができなかった。

 

 

 自分を無言で見続けるボクを不思議そうにケメコが首をかしげていると、文化祭の終わりを告げる放送が流れた。

 一般客が帰ると、あとは生徒たちだけの後夜祭が開かれため、生徒は帰るのも帰らないのも自由である。

 

「それでは、わたくしはこの辺で失礼しますね。おぼっちゃまはこのあとも楽しんでいらしてください」

 

「ああ、ケメコもお疲れさん。今日はありがとうな」

 

 彼女の背中からのびる影法師を見送った後、廊下の窓から校庭を見下ろした。

 ライトがたかれ大勢の生徒たちが集まって祭りの余韻に浸っている。

 

 教室に戻ると数人がいるだけで、残っていた生徒たちも連れだって校庭に向かっていく。

 

 なんとなく気が進まず、教室に一人残った。

 手近なイスを引いて、テーブルに頬杖をつきながら外の様子をながめていると、背後から足音が聞こえた。

 

「……相沢君?」

 

 声の聞こえた方向に振り向くと、薄暗い教室の入口で委員長が目を丸くしながら立っていた。

 

「びっくりした。静かだから誰もいないのかと思ったのに」

 

「なんとなく、静かなところにいたくてさ……。委員長も後夜祭に参加するの?」

 

「どうしようかな……。終わったと思ったらなんか気がぬけちゃって」

 

 少し疲れた顔をする委員長は近くの席に座った。

 

「委員長、がんばってたからね。おつかれさま」

 

「あら、ありがとう。そんな風に言ってくれたのは相沢君ぐらいよ。どうせなら準備の方ももっと協力してくれたら、もっとよかったのだけれど」

 

「ははっ、返す言葉もないよ」

 

 毒を少し含ませた彼女の言葉に苦笑を返す。

 

「まあ、お茶でも一杯どうぞ」

 

「いいの?」

 

「がんばった委員長様をぜひ労わらせてください」

 

 喫茶店用に余っていたペットボトルのお茶を紙コップにいれて渡すと、お返しに委員長もボクの分を入れてくれた。

 

「こういうときは、やっぱりあれよね」

 

「……?」

 

 委員長が紙コップをつきだすのでなにかと思ったが、どうやら乾杯をしたかったらしいと察して紙コップの縁をぶつける。

 べこんと間抜けな音がした。

 

「ガラスのコップじゃないと、あんまり様にならないね」

 

「ビールの入ったジョッキで乾杯したらもっとそれっぽくみえるかも」

 

「それはもう少し後じゃないと無理そうね」

 

 お互いに笑い合ってコップを傾ける。

 しかし、普段からあまり接点のないボクらは会話もはずまず教室の中に静寂が訪れる。

 

「……今日の相沢君の彼女、すごいかわいい子だったね」

 

「まあ、うん、そうだね」

 

「あら、いつもの相沢君なら十人並みだよっていって謙遜しそうなのに……。よっぽど好きなのね」

 

 普段見たことのないいたずらっぽい笑みを浮かべる委員長に、どうやって返事をすればいいか困ってしまう。

 

「彼女のこと、大切にしてあげてね」

 

 静かな口調で語られた彼女の言葉には別の意味があるように感じられた。

 だけど、ボクにはその意味を知る術はなかった。


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