6. お披露目
文化祭当日。
ケメコとは午後1時で校門前で待ち合わせの約束をしていた。
待ち合わせのために校門前に立っていると、背後からは人々の楽しそうな声が聞こえていた。
今日は先週とうってかわって気温も低めで、上着を持ってきたほうがよかったと少し後悔していた。
スマホを取り出し時間を確認すると午後1時の10分前。
学校内に流れ込むひとごみの中にケメコの姿がないか目をこらす。
小柄な姿をもしかしたら見落としているのかもしれない。
他校の生徒や、小中学生、親子連れを見ながらとうとう時計は約束の30秒前となった。
まさか、道に迷っているんじゃないかと不安になったところで声をかけられた。
「お待たせしました」
ゆれる黒髪が見えた。
品良くひかえめなフリルのあしらわれた白いブラウスの下には、腰まわりのくびれを強調するようなコルセットつきの紺色のスカートがふんわりとひろがっている。
くびもとで結んだ細目のリボンタイの赤が、彼女の黒髪とよく映えていた。
「ケメコ、でいいんだよな?」
「否定、本日のケメコのことは姫宮可憐と呼んでください。どうしたのですか、そんなに驚いた顔をなさって?」
「いや、時間ぴったりにくるとは思わなくて」
スマホの時計をみると一秒の狂いもなくぴったりだった。
英国紳士かよ……。いや、機械ならではの正確さということか。
いつまでも動き出さずにケメコの姿を見ていると、彼女は小首をかしげる。
「どうしましたか?」
「ケメコ……じゃなかった姫宮が着てきた服が意外で……」
「あのノートによると彼女はロック好きだけれど、以外にもかわいい格好も好きとかかれていましたので。変だったでしょうか?」
指先でスカートをつまみあげて、自分の格好を確認しはじめる。背中まで届く黒髪がさらりと風でゆれるのをみて、気恥ずかしさにも似た妙な気持ちを感じた。
「うん、まあ、いいんじゃないのかな。それじゃあ行こうか」
校内はかなりの人間でごったがえしている。
この時間はもっとも人が一番混むと予想した時間帯で、教室にケメコを連れて行っても質問するヒマなんてほとんどないだろう。
さっと行ってクラスメイトに紹介し、さっと帰るという作戦であった。
クラスの出し物である喫茶店には、午前中に歩き疲れた人間が休憩のために立ち寄っている。それなりに客が入っているようだった。
席を見ると全部埋まっている。完璧だ。
教室の入口で受付をしている女子におつかれといいながら声をかける。
「あれ、相沢君、どうしたの? 相沢君のシフトは午前中で終わりのはずよね。もしかして、教室になにか忘れもの?」
緊張をごまかすようにごほんと一旦咳払いをしてから、会話中、後ろに控えていたのケメコに視線を移す。
「約束通り、ボクの彼女を連れてきたんだけど、みんな忙しそうだし、今日のところはこれで」
残念だけど……といいかけたところで、受付の女子が大きく反応した。
「ちょっと、みんな、相沢君が彼女連れてきたよ! やばい、なにこの子めっちゃかわいいんですけど!」
あっという間に教室の隅に設置されたバックヤードに連行された。
衝立で仕切られた隙間をぬけると、クッキーやケーキを皿に盛り付けていた調理担当の生徒の視線が集まる。
ケメコとボクはイスに座らされ取り囲まれた。気分は動物園のパンダである。
「2人はどこで知り合ったの?」
「姫宮さんはどこの学校なの?」
質問が飛び交う。ケメコは矢継ぎ早に飛び交う言葉の奔流を前にして、驚きで固まっていた。
予定外のできごとに混乱していると、手を叩く音が響く。
指揮官である鷺宮委員長がメイド服の腰に手を当てながら目をつりあげていた。
「ちょっと、あなたたち、注文待たせてるわよ」
クラスメイトたちは名残惜しげに散っていき、ようやく身体の力を抜くことができた。
しかし、委員長はじっとケメコを見つめたまま動こうとしない。
そんな委員長の視線を受けて、ケメコは不思議そうにまばたきを数度くりかえした。
「……やっぱり、でも」
ささやくような声を残し、彼女は客の対応に向かっていった。
ようやく解放されたところで、また捕まらないうちにこっそりと教室を抜け出した。
「やれやれ、どうやら上手くいったみたいだ。ケメ……姫宮もおつかれさま」
「ありがとうございます。このあとはご予定は?」
このままケメコだけ帰ってもらうことを予定していたが、ちらりと彼女の表情をのぞくと、その視線はあたりで楽しげにしている人々に向けられていた。
「せっかくだからもう少しまわろうか」
ケメコもきっと楽しんでいると思うと気分が浮き立つ。彼女が楽しんでいる様子を見たい―――そんな感情の正体を知りたかった。
いろいろなクラスの出し物を見て回っていると、ケメコの姿を振り向く人間が多かった。
しかし、彼女にとってそういった視線は特に気にならないようで、目の前のピンクと黄色の二段に重ねられたアイスに集中していた。
「肌寒いぐらいだっていうのによく食べられるな」
「寒い中で冷いものを食すと、効果的に情報を伝達してくれます」
おいしいとか、甘いという感想ではないことにケメコらしさを感じ苦笑する。
小さな口でなめとるように食べるのを待っている間、視線を目の前の雑踏に移す。
その中には見知った顔もあって、男子同士でつるんでいたり、急ぐように人々の間を縫うように走っているものもいた。
「不順異性交遊を発見!!」
ビシリと指をさすのは、文化祭実行委員という緑の腕章を巻いた村田であった。
「大変そうだね、実行委員の仕事」
「そうなんだよ、まさか当日が一番忙しくなるなんて聞いてないよ。おかげでオレの彼女と一緒に回るっていう計画もおじゃんだ」
事情を知らない一年生なため、どうやらうまく先生につかわれているようだった。来年は実行委員にだけはならないようにしよう。
「ところで隣の子が、相沢のいっていた姫宮さんでいいのかな?」
「どうも、はじめまして」
ケメコは律儀に立ち上がり頭を下げる。しかし、手に持っていたアイスも傾けたものだから、コーンの先から転がりべしゃりと地面に落ちた。
「……あーっと、悪い。買いなおしてこようか?」
「お気になさらずに」
本当に気にしていないように、ケメコは落ちたアイスには一瞥もくれていなかった。
それから、村田は手を振りながら仕事に戻っていった。




