3. 設定検証
次の日、放課後になると残り一週間を切った文化祭のためにクラス全員が残っていた。
最初はやる気のなかった男子たちも、校内のうかれた気分に酔ったのか作業にも積極的に加わるようになっていた。
中には一緒に作業する内にいい雰囲気になっている男女の姿もあった。
その一人が中学からの友人である村田だった。
なんでも文化祭実行委員で一緒になった他のクラスの一年女子と仲良くなったとか。
その浮かれ気分を誰かに話したくてたまらなかったらしく、同じ彼女もちということになっているボクには遠慮なくのろけ話を聞かせてくる。
「オレもさ、文化祭いっしょにまわろうって約束してな、いまからどの模擬店回ろうかっていっしょに相談してたりしてるんだよ。でも、彼女ってダイエットしてるらしくて、そのへんを察してあげなきゃいけないんだけどさ~、相沢はその辺どうなんだよ?」
「あー、うん、適当にいっしょにまわればいいかなって話してるよ」
勝手にしてくれと返事したいところだったがボロがでないように適当にあいずちをうつ。
だというのに、村田は「この女子がそうだ」といってうれしそうにスマホの画面を見せてくる。そこには緊張しながらもはにかんだ笑みをカメラマンに向けている女子の姿が写っていた。
「初々しいかんじがかわいいね」
「だろー。おまえの彼女もちょっとでいいから写真みせてくれよ」
なんとか断ろうとするが、オレも見せたんだから逃げるなんてずるいと絡まれてしぶしぶ見せることに。
「彼女って写真嫌いらしくてさ、こんなのしかないんだ」
昨日の今日で見せることになるとは思わなかったが、先に村田だけにでも見せておいて反応を見ておくのも悪くないだろう。
しかし、逆光のせいで真っ黒になった姿を見た村田からは「シルエットクイズかよ」と笑われてしまった。
「ちょっと、村田君に相沢君、さっきから手が止まってるわよ」
たしなめる口調で軽く注意してきた委員長に謝りながら、村田はケメコの写真を見せる。
「悪い悪い。相沢が彼女の写真みせてくれたんだけど、これがひどくてさ。なっ、真っ黒だろ」
渡されたスマホの画面を見た委員長の目がきゅっと絞られて、ボクをにらみつけるような鋭い視線となる。
釣り目がちなせいか余計に厳しく感じ、まるで叱られた子供のような気分になってしまう。
「この格好ってもしかしてメイド服? 相沢君の趣味なの? 文化祭の出し物決めるときもメイド喫茶に一票いれてたし」
「いや、ちがうよ、これは……その……」
あわてて首を振り村田に助けを求めるが、にやにやと笑みを浮かべているだけだ。
いいんだよ、わかってるよとでもいいたげな顔をしているが、クラスでの出し物については裏で男子たちによる話し合いがあったはずだった。
メイド喫茶なら女子がウェイターをやって、男子が裏方作業に回れるはずというもくろみの元に談合が組まれた。
だが、そんな不正が白日の下にさらされればこの正義の委員長によって被告席に立たされることだろう。
「まあ、いいんじゃない。趣味はひとそれぞれだし」
どうやら委員長の中でボクは無類のメイド好きときまってしまったらしい。
学校での作業を終えて、駅まで来たところで人の歩みが停滞していた。
彼らの何かを気にして立ち止まっているらしい。
なんだろうかと思いながら近づくと
「おぼっちゃ……修一さん、おつかれさまです。お迎えにあがりました」
昨日と同じようにメイド姿のケメコがそこにいた。
人ごみの中でもエプロンドレスの白と紫紺のコントラストが存分に目立っていた。
「ケメコ、どうしてここに?」
「帰りは駅で待ち合わせると書いてあったので。それに、わたくしのことは姫宮可憐と呼ばなければいけませんよ」
慌てるボクの前で設定ノートのページをめくってみせる。
設定を覚えてもらうために預けておいたのだが、人目につくところに持ち出してくるとは思わなかった。
周囲の視線を集めていることに耐え切れなくなったところで、ケメコの腕をとって走り出す。
しかし、逃げ込んだ電車内にも人はいるわけで、当然のように注目を集めていた。
普段人から注目されることなんてないボクにとって苦行でしかない。
「ねえ、あれってメイドロボかな?」
「人間でしょ。コスプレじゃないの?」
周囲のヒソヒソ声が耳に入ってくる。当のケメコはというとどこ吹く風といった感じで話しかけてくる。
「修一さん、こちらの設定についてですが難がございます」
彼女が指差すのは、姫宮可憐が小さい頃イギリスに住んでいてそのときロックに魂を感じギターをマスターしたというところだった。
ボクと彼女の出会いも、ひとりでストリートライブをしていた彼女の観客第一号がボクだったということになっている。
「当機体の制御中枢には演奏エンジンが組み込まれていません」
「追加でインストールしたりはできないの?」
「その場合は新しい子をお買い上げいただき、そのうえでお好きな機能をカスタマイズするという形になります。お試し期間中はデフォルトの機能を体験していただくということになっておりますので」
それは無理な相談であった。メイドロボ一台の値段は高級車一台分に匹敵するのだから。
「ムリムリ。買うのはもっとお金が貯められるようになってからかな」
「その際は、ぜひともサイバーテクノロジー社にお求めの程をよろしくお願いします」
にこりと笑いながら宣伝文句を口にするケメコに、はいはいとおざなりな返事をする。
家に帰ると、ボクの部屋で作戦会議の続きを始める。
「修一さん、さきほどの設定についてですが練りこみが甘いように思います。ディティールが甘くギターに関するエピソードの曖昧さが目立っています」
「だって、ギターとか弾いたこともないし、よく知らないよ」
「であるならば、今から参考になるデータの調査が必要です」
その後、せめてボロが出ない程度にとギターやロックなんていう聞きなれないことについて調べるはじめた
姫宮可憐がどんな気持ちでギターを弾いているのか、どんなことを考えているのか想像してみるが、なかなかわかりそうもない。
ボクたちは隣り合ってモニターの前に座り、人気があるというロックバンドのライブ動画を見始めた。
激しい動きでギターをかき鳴らし、ケンカを売るような口調でさけぶボーカルの声が耳に入ってくる。
ケメコはというと、ジッと視線をモニターに固定したままでこれといった反応はないようである。
ついでにギターについても調べてみようかと検索をかけると、モニターには色とりどりの楽器が映し出されていた。
「うーん、どれがいいのか素人のボクにわかるわけもないか」
「肯定。ケメコにも判別が難しいようです」
急に耳元で声が聞こえ、ビクリと身を硬直させる。
顔を動かさないように視線だけを横にうつすと、すぐそばにケメコの白い頬が見えていた。
こんなところをまた母に見られたらからわれるに決まっていた。
「が、楽器屋にいってみよう。試し弾きもできるそうだから、実物に触ってみれば何かわかるかもしれない」
「はい、かしこまりました」
時計を見ると午後5時過ぎであった。窓からは赤い光が差し込んでいる。
そろそろ母が帰ってくる時刻だった。その前に外に退避しよう。
楽器屋につくと、ギターを肩からぶら下げてみた。
「修一さん、どうですか? なにかつかめそうですか?」
動画で見たギタリストの見よう見まねで、左手でネックをつかんでみせる。弦を抑えて右手ではじいてみせるとと音が鳴り響き、なんとなく自分がいっぱしのギタリストになった気分になる。
観客はケメコ一人。
ボクの彼女である姫宮可憐がストリートライブをしたときの気持ちがなんとなくわかった……。
「もうよろしいのですか?」
「……うん、まぁね」
恥ずかしさで頬を熱くしながらギターを肩からはずす。
元の位置に戻そうとするが、ケメコの視線の先がギターに向けられていた。
「やってみる?」
ギターを肩にかけたケメコは表情を動かさないが、なんとなく楽しげにしているように見えた。
ひとしきり楽器を触ったあと楽器屋をあとにし、家に帰ってくるとちょうど夕方6時前であった。
今日もケメコはそろそろ帰るのかと考えていたところで、家の中の異変に気がつく。
クローゼットやら引き出しが開きっぱなしになって物が散乱していた。
「おぼっちゃま、これはもしや物盗りのしわざでしょうか?」
「わからないけど、えっと、どうしようか……」
警察にかけるべきかスマホを片手に悩んでいるとメールの着信音が響く。母からであった。
『急に大阪まで出張することになったので1週間家を空けます。家のことよろしくお願いします。あと、ちょっと家の中散らかしっぱなしだから、ごめんね』
家の中には母の姿はどこにもなく、よっぽど急いで支度してから出かけたのだろう。
泥棒が入ったかもしれない状況に慌てることもなかったケメコは、またも他人事のような態度をとる。
「今日から一週間一人暮らしというわけですね。お食事はどうなされますか?」
質問の意味を最初理解することができなかったが、よく考えてみればケメコはメイドロボなわけで、身の回りの世話が本来の仕事のはずであった。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
ケメコに夕飯の支度をお願いするとと、すぐに台所へと向かった。
メイドロボ本来の仕事ぶりがどんなものか興味があった。
冷蔵庫を開けていいかときかれ、許可をだすと彼女は中身を検分しだす。
野菜に肉など母が週末にまとめて買ってきたものがつめこまれている。
しかし、彼女は中々うごきださない。
「……おぼっちゃま、まずは風呂で汗を流したほうがよろしいでしょう。メモリー内にストレージされた料理レシピを検索しているため少々時間がかかると予想されます」
「そうだな、じゃあそっちはまかせるよ」
風呂から上がってくるころには、台所からいいにおいが漂ってきている……なんてことはなかった……。
台所に立つケメコの手には包丁が握られ、真剣な目つきでにんじんを慎重に刻んでいる。
シンクにおかれたざるには歪な形に皮をむかれたじゃがいもがころがっている。
これならボクがやったほうがうまいんじゃないかと思えるぐらいだった。
ストン……ストン……という包丁がまな板を叩く音が断続的に響き、その手つきはいかにもあぶなっかしい。
「なあ、ケメコ」
「は、はい! なんでしょうか!」
驚きながらこちらをふりむくケメコ。包丁の切っ先がこちらにむき鈍い光を放っている。
「包丁! とりあえず、包丁をまな板の上に置いて!」
「え、あ、はい……」
自分の手に持っているものに今気がついたように泡をくいながら手を離した。
わかったことは、彼女に任せていると危ないということであった。
「手伝おうか?」
「無問題、当機体は出荷直後のため動作に対するゲイン調整がいまだ不十分なだけです」
一人で任せてくださいという彼女をなだめて二人で台所に立つ。なれない作業が終わるころには香辛料のきいた香りがあたりにただよっていた。
鍋のなかでお玉をかきまわすと、どろりとしたカレーからニンジンの赤色や黄色がかったジャガイモが顔をのぞかせる。
小学校の調理実習以来つくったことがなかったが、それなりに形にはなったと思う。
達成感にひたっているところでギュルルという腹の虫の音が聞こえた。
隣を見ると頬を赤く染めながら目をそらすケメコの姿が見えた。
「……いまのはアラーム音です。バッテリー残量が残りわずかとなりました」
「アラーム音なのか、変わってるな。アンドロイド用の充電設備なんてないけど、もう残量はやばそうなの?」
「問題ありません。当機体は有機物を分解することでエネルギーとすることができます」
「つまり……、カレーをたべたいと?」
「肯定」
山盛りにしたカレーを前に夢中でスプーンをうごかしていくうちに、多めに炊いたはずのごはんは空になっていた。
テーブルをはさんで向かいの席に座っているケメコも満足気である。
はたしてメイドロボとはこういうものなのだろうか?
片付けた皿を洗う彼女の姿はメイドっぽいといえるが、そのほかの行動が終始期待を裏切ってくれる。
―――別のメイドロボに代えてもらう
ふと、そんな考えが思い浮かぶ。
サイバーテクノロジー社に連絡すれば可能かもしれないが、代替のアンドロイドが届くまでに時間がかかってしまう。
それに、この奇妙なアンドロイドと過ごすのも悪くないと思えるようになっていた。




