2. レンタルメイドロボ
学校に来た途端、間近にせまった文化祭に浮かれた雰囲気にのみこまれる。
文化祭なんて永遠にこなければいいと思っていた。
「楽しみだな! 絶対に彼女つれてこいよ!」
クラスメイトたちの期待に満ちた声に、ひきつった笑みを返すのが精一杯である。
藁をも掴むつもりで申し込んだメイドロボのレンタルサービスへの返事は来たのだが、肝心のメイドロボがいまだに到着せず既に一週間が経っていた。
もはや文化祭前日にとつぜん謎の奇病にかかるしか手立てはないのかと思っていたとき、スマホへとメールが届く。
『ご注文のアンドロイドの手配が完了いたしました』
「いよっしゃあっ!! きたあっ!!」
昼休み中にいきなり立ち上がりガッツポーズをするボクへと視線が集まる。
「あ、えっと、その……彼女からのメールがきてさ、あはは……」
近くの席からはやっかみや冷やかしの声が聞こえ、愛想笑いを浮かべながら席につく。
他人に見えないようにスマホを抱えながら、放課後に最速で受け取れる時間を指定してメールへの返信を送った
学校から帰ると今か今かと熊のようにリビングをうろついていた。
すんだベルの音が鳴り響き、玄関のインターフォンに設置されたカメラごしに訪問者の姿を確認する。そこにはボクとたいして年の変わらなそうな見た目の女の子が立っている。
彼女はサイバーエージェント社所属のアンドロイドだと名乗った。
そのメイド姿から彼女こそが待ち望んだメイドロボだと理解する。
玄関扉を開けると、手を前に組んだまま少女がボクを見上げてくる。すらっと伸びた細い手足に小さな鼻、ついでに顔も小さく、全体的にパーツがすべて小さくまとまっている。
それだけに、そのアーモンド形の黒い大きな瞳が印象的だった。
「一週間体験コースのご利用ありがとうございます。期間中は私、ケメコが務めさせていただきます。よろしくお願いいたします、おぼっちゃま」
紫紺のメイド服に身をつつんだメイドロボットが、なめらかな動きで腰をまげてキレイなお辞儀を見せる。
メイドロボ自体、実物を目にする機会がなかったが人間と遜色のない動きに驚きを隠せない。
再び顔をあげたケメコの顔を温めて観察する。
つややかな黒い髪を二つに分けて背中に流し、広く露出した額は滑らかでくすみひとつない。
その造形美に見入っていると、彼女、いやアンドロイドはぱしぱしとその長いまつげに縁取られた大きな瞳を瞬かせ、困ったように目をそらした。
「あの、おぼっちゃま?」
「えっ、ああ、ごめん。メイドロボって初めてでさ。人間みたいだって思って」
視線を顔から下側にそらすと、メイド服を内側から押し上げている胸のふくらみで止まる。
果たしてロボットのものもやわらかいのだろうか……。
そんなことを考えていると額に衝撃が走った。
「データを更新。年頃の男性、特に男子高校生による性欲を確認」
ケメコの指先がでこぴんの形になっている。
「おぼっちゃまから邪な視線を感知しました。そのようなことは教育上よろしくありませんので、規定に基づき制裁を加えさせていただきました」
「な、な、なんで、アンドロイドが人間に手を上げられるんだ!?」
ロボットには三原則に基づいた行動をとるように制限が設定されている。
・第一条、人間への積極的な危害、および人間への危険を看過することを禁ずる
・第二条、ロボットは人間からの命令に服従すること
・第三条、ロボットは第一条、第二条に反しない限り自己を守らなければならない
「将来おぼっちゃまが女性の胸を突然揉みしだくような変質者になってしまう危険性があるため、戒めのための制裁です」
ケメコは第一条の人間への危険を看過してはいけないということを言っているのだろう。だけど、それはちょっと拡大解釈しすぎじゃないかと、このアンドロイドのAIに疑問を持った。
「なあ、本当におまえロボットなんだよな?」
澄ました顔の白くやわらかそうな頬をつつきたくなるが、またデコピンされそうなのでやめておく。
「もちろんです。ここに個体認証用コードが刻まれていることがアンロイドである証です」
ケメコはメイド服の腕を捲り上げて二の腕をさらす。白いなめらかな表皮の上にバーコードのような黒線で描かれた模様が刻まれていた。
アンドロイドには製造年月日や、製造工場、管理者などを登録したコードが刻まれる。一見すると人間に見間違うことがあるため、この認証コードがアンドロイドを区別する印となる。
さらに腕の上をたどると肌の上に切れ目があらわれ、継ぎ目が見えていた。
どうやら、彼女は本当にアンドロイドらしい。
「それではおぼっちゃま。早速ですが、ケメコにお仕事を命じください」
「それじゃ、ボクの部屋で話すからついてきて」
ケメコを家にあげるとボクが脱ぎ散らかした靴をキレイに揃え、自分のエナメルの靴も行儀よくそろえる。階段をのぼった先にあるボクの部屋で、両足をそろえながらイスに座る彼女の姿は素直にかわいいと思える容姿をしている。
設定ノートに書かれた容姿とは違っていたが、この見た目ならクラスの連中への面目も保てるだろう。
「ボクの彼女になってほしいんだ」
すべてを受け入れるような穏やかな笑みを浮かべていた表情が崩れ、丸い瞳がきゅっとすぼまる。
「疑問、男子高校生というのはアンドロイドを彼女とするのが普通なのでしょうか?」
「うるさいな、ほっといてくれよ! 事情があるんだよ」
彼女は本当にわからないといった様子で首をかしげている。心を抉り取られた痛みに耐えながら、例の設定ノートをひろげた。
「これの通りの女の子を演じて、ボクの彼女のふりをしてほしいんだ」
「間違い、おぼっちゃまの言動に深刻な欠陥が見られます。心療内科によるカウンセリングを推奨。ケメコの知り合いにいいお医者様がいらっしゃいます」
意訳すると『オマエ頭ダイジョウブカ』ということだろう。皮肉ではなく、さっきの態度から察するに本当に頭の調子を心配されているようだった。
くじけそうになりながらもクラスにおける苦境を説明していく。
「なるほど……。理解しました。ケメコの立場を【メイド】から【恋人】へと書き換え」
ようやくケメコが理解したところで、玄関の扉が開く音と共に母の声が階下から聞こえてきた。
「ただいま~。修一、お友達がきてるの?」
どうやら、玄関においてあったケメコのエナメルの靴に気づいたらしい。
やばいと思いながら、ケメコをどこに隠そうかと部屋のあちこちに視線をさ迷わせる。
高価なメイドロボをたとえ無料レンタルといえど注文したなどと知られたら、即刻送り返されるに違いない。これはボクにとって最後の希望なのだ……、絶対に手放すわけにはいかなかった。
「そうだ、クローゼットに隠れて―――」
そういいかけたところで、ケメコがおもむろに扉を開けて出て行く。制止の声は間に合わず、階段下からボクの部屋をのぞこうとしていた母と目が合った。
「奥様、お邪魔させております」
「あら、あらあら、修一がこんなにかわいい女の子を連れてくるなんて」
母がにこやかな笑顔を浮かべながらケメコを見ている。
いつもはゾウのような重たい足音をたてて階段を上ってくるというのに、カモシカのような身軽さであっというまにボクの部屋までたどりついた。
「はじめまして、修一の母です~。あなたはクラスメイトかしら? かわいい服きてるわね。メイドさんみたいでいいわね~」
矢継ぎ早にケメコに質問が浴びせかけていく。
ケメコの脇をひじでつつき、とりあえず話をあわせてくれとアイコンタクトを送る。
アンドロイドにこんな人間くさいやりとりが通じるのか疑問であったが、彼女は小さくうなずいた。
「母さん、この子は別の学校の知り合いでさ。詳しい話は長くなるからできないけど、今日はちょっと用事あってきてもらったんだ」
「へー、外で知り合ったなんて、修一にしてはますます意外な出会いね」
「はじめまして、奥様。ケメコと申します。修一さんとは恋人としてお付き合いさせていただいております」
「ゲホッ! ゴホッ! おまえ母さんには別にいわなくても……」
唐突な発言に咳き込む。
クリスマスのイルミネーションのごとく目を輝かせた母に体当たりをくらって、ケメコの隣を奪われた。
爆弾を投下した当人は平静なままである。
「えっ!? うそっ!! うちの息子にこんな可愛い子がなんて……」
会話の主導権を奪われ、だまって横にいることしかできなかった。
母から聞かされるボクについての話をケメコは相槌をうつだけで、部屋の中に母の明るい声だけが響いていた。
なんとか母を追い出したころには時計は午後6時ごろをさし、窓から見える空は赤く染まっていた。
「おぼっちゃ……、修一さん、ケメコは体を休息させる必要があるため、このあたりでおいとまさせていただきます」
ケメコからの呼び名は、おぼっちゃまからボクの名前に変化していた。
休息というのは充電のことだろう。一応、アンドロイドとばれないように彼女なりに言葉を選んで話してくれたようだ。
ケメコが玄関から出て行こうとしたところで、呼び止める。
「ちょっと、待って。写真を一枚とらせてほしいんだ」
「写真ですか……」
「頼むよ、キミの姿を見せろってクラスのやつらにせっつかれてるからさ」
理由はわからないが渋るケメコに頼み込むと、じゃあ一枚だけといって折れてくれた。
おかしいな……、なんでアンドロイドに人間がお願いをしなきゃいけないんだ? まあ一週間だけの付き合いだしいいか、と気を取り直してスマホを取り出す。
「修一さん、そっちに立ってください。はい、その位置でおねがいします」
「なんだよ? 別にどこでもいいだろ」
「重要なことですので、よろしくお願いします」
ケメコに言われたとおりの場所に立ってからスマホを構えて彼女の姿を追う。
しかし、シャッターを切った瞬間、ケメコと夕陽と重なった。
「シャッター音を確認。撮影完了ですね」
「ちょっと、まって。これじゃ逆光になっててシルエットしかわらないよ!?」
写真の姿からは、かろうじてメイド服を着た女の子が立っているということしかわからなかった。
しかし、ボクの文句にとりあうことなく、ごきげんようという言葉を残してケメコは去っていった。