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13. とりあえずの15年間

 家に帰ると、すぐに開いたのはサイバーテクノロジー社のホームページだった。

 

 家庭用アンドロイドのカタログがページのトップにのせられているが、ボクが見たい情報ではない。

 ページを切り替えていくと端のほうにようやく医療向けという単語をみつけた。

 クリックすると、アンドロイド技術を応用した義手や義足によって身体の欠損を補うという説明が書かれていた。


 その下には、臨床成功例が載せられていた。

 その内のひとつに目が留まる。

 

『両手を失った10代の女性へ機械式義手を適用。術後も拒絶反応もなく安定し、彼女は両手の機能を取り戻した』

 

 大きく口から息を吐き出し体から力がぬくと、イスの背もたれがギシリと耳障りな音を立てる。

 患者の名前が伏せられているが、ケメコのことだと見て間違いないだろう。

 

 販売店で西野さんから聞かされた話を思い出す―――個人的な内容はぼかしたケメコの事情。

 患者を間違えてアンドロイドとして派遣してしまったことでけっこうな騒ぎになったらしい。何度も連絡をとろうとしたが全然返事をくれなかったと非難めいた口調でいわれてしまった。


「レンタル期間中、彼女とも連絡を取ろうとしたのだけれどスマホももっていないし、ご家族のひとともつながらなくて本当に参りましたよ。あなたも留守録もメールも全部返事をくれませんでしたし」


「すいません、もしかしたらケメコを回収されるんじゃないかって思って」


「まあ、実際そのつもりだったのですけれど。でも、一週間も一緒にすごしていて本当に彼女がアンドロイドだって思っていたのですか?」


 西野さんの質問に苦笑を返すことしかできず、彼女自身もケメコをアンドロイドとして勘違いしたから大きなことは言えない、と恥ずかしそうに頬をかいていた。

 最後に、『ケメコは、どうしてアンドロイドのふりなんてしてたのか?』と聞いたみたが、西野さんは困った顔をするだけだった。


 アンドロイドのふりをする女の子に彼女のふりをさせた。口にしてみると本当に訳がわからないことをしていたんだ。

 パソコンをシャットダウンさせて感傷的な気分に浸っていると、不意に部屋の扉が開いた。


「ねえ、修一、これあなたのかしら?」


 ノックもせずに入ってきた母の声に若干のイラつきを感じながらも振り向くと、その手には見覚えのある一冊のノート。

 

「な、なんで、それを!?」


「ポストに入ってたのよ。表紙に姫宮可憐さんっていう名前が書かれてるけど、クラスメイトの子から借りたものかしら?」


「ケメコちゃんといい、女の子の知り合いが多くて、もしかして修一のモテ期ってやつなのかしら」


 こちらをおもしろがるような笑みを浮かべる母からノートを奪い取り、一人になったところでノートの中身を確認する。

 間違いなく『恋人設定ノート』だった。

 もしも、母にコレを見られていたら、置手紙を残して自分探しの旅に出ていただろう。


 どこにいったのかと思っていたが、見つかってよかった。それにしても、いままでいったいどこにあったんだ……。

 ため息をつきながらパラパラとページをめくっていく。最後のページを見ると、そこには修正しようとした跡が見つかった。

 二重の横線で隠された『彼女はアンドロイドである』という一文。


「…………」


 ようやく思い出した。ケメコに貸したままになっていたことを。同時に、なんでいまさら返してきたんだという疑問が残った。



 学校にきたが授業にはまったく力が入らずぼーっと時間が過ぎていく。

 窓の外をのぞくと、分厚い雲が空を覆い小雨がぱらぱらとふっていた。

 周囲が帰り支度をはじめたが、傘を忘れたこともあってほおずえをつきながら眺めているだけだった。


 何も考えないようにするが、思考はあちこちに飛んでいく。

 記憶が残らないなんて嘘をいってきたこと。

 そして、例のノートを返してきたこと。

 もしかしたら……、もうつきまとわないで意思表示だったのかもしれない。


「―――相沢くん」


 もうやめたほうがいいのかもしれない。なれないバイトでためた100万円だけが手元に残ったけど、何に使えばいいのかわからない。


「相沢くんってば!」


 耳元で聞こえた大声にがたりとイスが音を立てる。

 

「委員長か、驚かせないでよ」


「さっきから、何度も話しかけてたじゃない」


 全然気づかなかったと謝りながら、腰に手を当てている委員長の顔を見上げる。


「進路調査票、いい加減だしてくれない。あなたが出してくれないと先生に提出できないんだけれど」


「……ごめん、家に置いたままだ」


「困るじゃない。明日には持ってこれそう?」


 明日には絶対と強めの声で約束するが、委員長は心配そうな目を向けてくる。


「大丈夫だよ。忘れないようにするから」


「そうじゃなくて、……最近すこし変だから。何かあった? 圭子のこととかで」


 ためらいがちに聞いてくる委員長を驚きながら見返す。


「なんで?」


「なんでって……、なんとなく」


 なんとなくでわかるぐらい丸分かりってことなのかもしれない。


「どうせ、そのことが気がかりで進路調査票なんて忘れてたんでしょ。話してすっきりして、明日には持ってきなさいよ」


 早口でそういい切ると対面の席に座る。教室にはボクと彼女だけしか残っていなかった。校庭からは部活に励む声が遠く聞こえていた。

 これが彼女の気遣いだというのはわかるけれど、話そうかためらってしまう。

 委員長は黙ったまま目をまっすぐに向けてくるばかりで、観念するしかなかった。 


「話す前に約束してほしいんだけど、今から話すことは他言無用でいいかな」


「ひとの相談事をいいふらすなんてするわけないでしょ」


「あと、笑ったりしないってのもお願い」


「うん? いいけど」


 ケメコのことを相談しようとすれば、どうしても恋人ごっこのことを話さないといけなくなる。

 覚悟を決めて話し出した。ボクの嘘とケメコのことをアンドロイドだって勘違いしていたことを、最初から、最後まで。

 

 聞いている間黙っていたが、話が終わったとたん委員長は呆れるような表情をしながら大きなため息を吐いた。

 

「相沢君って、バカでしょ?」

 

「……否定はしない」

 

 口をへの字にし憮然とした表情をするボクの前で、委員長は含み笑いをこぼす。


「ごめんごめん、でもだめ、やっぱり笑っちゃう」


 彼女の笑い声が納まった頃、ようやく相談に移った。


「それで、委員長としてはどう思う。ケメコのことは」


「正直にいうと、よくわからないや。アンドロイドの振りをした理由も、彼女が考えていることも」


 一旦言葉を切り、「だけど」とつなげる。


「わたしが知っていた彼女と、相沢君から見た彼女はずいぶんと違っていたんだね」


「中学の頃の本間圭子(ケメコ)ってどんな感じだったの?」


「うーん、たぶん相沢君の中での彼女のイメージがかなり崩れちゃうと思うけど、それでも聞きたい?」


 二人が会ったのは中学の2年でのクラス替えの後だった。引っ込み思案で人の目を見るのが怖いからっていって前髪を伸ばしているちょっと変わった子だと、委員長は優しげな目で語る。


「ちょっとしたきっかけで仲良くなって、二人のときだけは声も明るくなって楽しそうに話してね。普段からこんな風だったら、きっとクラスでももっと人気がでただろうなってもったいなく思ったの」


 なんていうか、他人との距離をとるのがヘタクソなやつだったんだろう。


「もう少し前髪を切ったほうがいいんじゃないなんて話して、一緒に美容院に連れて行こうとしたらすごく恥ずかしがってさ」


 二人の思い出を語る委員長が本当に楽しそうだった。でも、文化祭で顔を会わせたケメコは何も反応を見せなかった。委員長も積極的に自分から話しかけようとせず、距離をとっていた。

 事故の後、仲が良かったはずの二人は変わってしまったんだ。


 話が途切れ、沈黙が降りる。

 日が傾き始め教室の中が茜色に染まりはじめ、委員長の表情に濃い陰を作り出していく。


「そっか。ボクが知ってる本間圭子(ケメコ)は、いつもマイペースでこっちの気なんて知らずに思ったとおりに突っ走っていく。あいつにとってはボクは、なんだったんだろうな」


 何をいっているのだろう。委員長の楽しい思い出を壊さないようにケメコのいいところを話そうとしていたのに、気がつけば自虐的なことを羅列している。


「―――だから、とりあえず、ボクなんかが」


「『とりあえず』ってなによ」


 それまで黙って聞いていた委員長はピシャリと言い放つ。


「だって迷惑だろう! たったの一週間一緒にいただけ相手におせっかいされるなんて!」


 後ろめたさから思わず大きな声がでてしまった。

 委員長は悲しげに顔を曇らせながら、もういいよという目でボクを見る。ズキリと胸がいたんだ。


「あの子はね、きついときや悲しいとき絶対に自分からSOSを出してこないの。きつければきついほど、自分のうちに溜め込んで飲み込もうとする」


 なんとなく、わかってしまう。あの無表情の奥に見え隠れする感情が。

 

「事故の後病院まで見舞いに行ったら、まるで落し物をしたように両腕をなくしたといってきてさ。大丈夫って声をかけることもできなかった。中身のない両袖がだらりと下がっているのがすごく怖かったんだ」


 委員長は唇をかみながら額に皺をよせていた。

 きっと、委員長はずっと後悔していたんだろう。だから、あんなにもいつも一生懸命に生きようとしているのかもしれない。


 窓から聞こえていた雨音がいつのまにか止んでいた。雲の切れ間から日差しが差し込み始める。


「……ケメコの事故のことを聞いてから、いろいろ考えたことがあるんだ」


 死人がでたような悲惨な事故。そして、両腕をなくしたケメコのこと。


「人間って本当にぎりぎりのところで生きているんだなって」


「ぎりぎりって?」


「ケメコってさ、あと10cmもずれていたらトラックにおしつぶされて死んでたかもしれないって聞いたんだ。もしも、ほんの少しでも事故のタイミングがずれていたら、ケメコが立っている位置が少しでも変わっていたら。というか2、3秒でも変わってたら全然違う結果になってたよね」


「うん……」


「それってさ、すごいことなんだって」


 ボクの言葉に委員長は「え?」と疑問を返す。


「ボクが15年間生きているのだってすごい偶然なんだって思うんだ。死ぬかもしれない瞬間は何度もあったけれど、それでも生きている」


 委員長の顔をちらりと横目でみる。大げさなことを言い過ぎていると言われるかもと思ったが、その表情は真面目なもので、それと、すこし悲しそうだった。


「だから、もっとね……、えっと、ごめんうまくいえないけど、がんばろうって」


 考えがまとまらず頭をかいていると、なによそれと笑い声が聞こえた。


「でも、なんとなくはわかった」


 ポツリと「圭子に……会いたい……」という呟きが聞こえ、「ボクも」とうなずいた。


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