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12. 設定ノートの書き換え跡

「本間さん、最近、何か特別なことはありましたか?」

 

 白い部屋の中、目の前にすわる白衣姿の男性は柔らかい声で問いかけてくる。

 

 あの事故以来、心療内科へと月に一度カウンセリングを受けていた。

 担当医師である彼に何度も会ったことがあるが、最初にその丸いっこい体を見たのは病院のベッドで目を覚ました日だった。

 そして、そのときと同じ答えを返す。

 

「いいえ、特になにも」

 

「そうですか、少し表情が柔らかくなったような気がしましてね」

 

 いわれたことを確かめるように頬を触ってみると、「物理的にという意味ではなかったのですが」と苦笑が浮かべる。

 さらに、両腕の義手の調子も尋ねられる。

 

「良好です。明日にはサイバーテクノロジー社をたずねて、メンテナンスの予定が入っています」

 

 両腕に取り付けられた機械仕掛けの手をぐーぱーと開閉させてみせる。

 わたしの腕ではないけれど、ちゃんと意志のとおりに動くのは不思議な気分だった。

 元のわたしのものだった両腕は、事故でなくなっていた。

 

 

 これは後から聞いた話で、わたしの記憶に事故のことは残っていない。

 交差点で信号無視をした車をよけようとしたトラックが横転し、多数の車が巻き込まれたそうだ。

 死人も何人かでたが、そこにわたしはカウントされなかった。……しかし、かわりに両腕をうしなった。


 目を覚ますと、本来あるはずの場所にそれがなかった。

 頭の中では確かに腕を動かしている感覚はあるのに、現実にはなんの影響を与えることはできない。

 もどかしい感覚に首をひねっていると、聞きなれない女性の声が響いた。

 

「だれか来て! 圭子が目を覚ましたわ!」

 

 あわただしく看護師がやってきたあと、ベッドの上で医師からいくつかの質問を受けていた。

 

「ぼんやりしてどうしたの? お医者様にしっかり答えないとだめじゃない」

 

 医師を呼んだ女性がいらだった声をだしている。

 ああ、そうだ、記憶によるとこの人がわたしの母親だったはず。

 

「圭子……?」

 

 困惑した顔で名前が呼ばれる。それがわたしの名前だと理解はできるが実感がわかない。

 ぼんやりとするわたしを置いて、医師と母が相談を始めた。

 

「おそらく事故のショックで心が落ち着かないのでしょう。もう少し時間を置いてみましょう」

 

 過剰なストレスがかかったことで、自分を客観視するような心の防衛機能が働いているのだろうという話をぼんやりと聞いていた。


 医師がいなくなった病室で、母がしきりに話しかけてきた。

 話の中心は失った両腕についてだった。

 物をつかめず、歩いているとバランスがとりにくいのには確かに困ってしまった。

 

「そうじゃないでしょう……」

 

 わたしの返事が期待したものじゃなかったのか、母の顔に失望の色が広がる。

 

 話しかけられて必要最低限の返事をしていたのがいけなかったのだろうか。母のつくため息の回数が増えるごとに、毎日見舞いに来ていた母の姿を見る回数は減っていった。

 

 一日に三回、食事と薬をもってくる看護師と二言三言交わし、カウンセリングを受けるとき以外は、一人で白い天井や壁を眺めてすごした。

 昔の生活を思い出しても、それは別の人間の記憶のように感じられた。

 わたしにとって、この病室が生まれた場所とさえ思える。

 

「義手をつけてみませんか? 自分の意思で動く機械式のものです」

 

 カウンセリングの医師から提案されたのは、サイバーテクノロジー社が開発したというアンドロイド技術を応用した義手であった。

 どうしようかと悩んだが、先に決めたのは母だった。

 

「両腕がないまま人前にでてごらんなさい。きっとみんなに変な目でみられてしまうわ」

 

 いいからつけておきなさいと言われ、そういうものなのかとうなずいておく。

 最近の母はきつい言い方ばかりをするようになっていた。

 

「以前はもっと笑う子だったのに、今のあなたはまるでアンドロイドみたい……」

 

 そうつぶやいたきり、退院の日まで病室に訪れることはなくなった。

 

 

 手術がおわって目を覚ますと、見慣れない腕がおさまっていた。

 具合を聞かれるが、腕に荷物をぶらさげているような違和感があった。細かな調整が施されると、しだいに腕は思ったとおりにうごくようになり感心した。


 術後も安定し退院したが、カウンセリングだけは続けるようにといわれていた。

 まだどこか、おかしいのだろう。時間をかけて治しましょうといわれたが、いまだにわかりそうもなかった。


 

 入院中に中学は卒業したことになっていて、無職となったわたしにはやることがなにもなかった。

 カウンセリングを受け、サイバーテクノロジー社で定期メンテナンスを受ける、それだけの日々。

 もしも、事故に合わなければいまごろは普通に高校に通っていたのかもしれないが、その姿をうまく想像することができない。

 

 その日、いつものようにサイバーテクノロジー社でメンテナンスを受けていた。

 あとは機械任せでいいからいう言葉を残して、社員が席をはずした。

 義手をはずした状態で、コードにつながれたままジッとしていると、初めて顔を見る女性社員が焦った様子で部屋に入ってきた。

 わたしの姿を見つけると、その顔に喜びの色を広げる。。

 

「あなたに1週間ばかり仕事を頼みたいの」

 

 人間としてのわたしを誰も必要としなかった。

 アンドロイドと勘違いされることで、初めて必要とされた。

 

 雇い先の家に向かうと、出てきたのは高校生の男の子であった。

 カウンセラーの先生の、人を安心させる微笑みを真似して彼の前に立つ。

 

 彼は変なひとだった。

 わたしにメイドらしい仕事を与えず、恋人のふりをしてほしいと頼んできたのだから。



 カウンセリングが終わり自分の部屋に帰ると、机の上に置かれた一冊のノートを手に取る。

 彼に返しそびれたのをそのままにしてあった。

 ページをめくると、箇条書きに姫宮可憐という架空の少女の特徴が書かれている。

 彼女と自分には少しも似た部分はなかった。


『背が高く、ギターを弾いている姿が格好いい年上の女性』

 

 ページをめくる手がとまった。

 ノートの後半部分、姫宮可憐の特徴が書き換えられていた。


『黒髪で小柄、それと料理がへた。行動の予測がつかない天然』


 最後に書かれた『アンドロイドである』という文字に横線が引かれ、ためらうようにペンを置いた跡が残っていた。

 ページをめくったが、その続きは何も書かれていない。

 横線を引いて訂正した後何を書こうとしたのだろうか。

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