11. ショートした思考回路
町中がクリスマスに彩られる中、バイト先のコンビニも便乗するようにクリスマス用品を並べ始めていた。
会社からの帰りなのか疲れた顔をする女性客の一人がレジ横のチキンにチラリと視線を送る。なんともいえない複雑な表情を浮かべたあと、それくださいと注文する。
赤と金色のコントラストが派手な三角帽子を頭にのせたボクが渡すと、お互い大変だねとばかりに苦笑を浮かべあい、ありがとうございましたと送り出した。
暮れと正月、クリスマス、ひとびとが働きたがらない時期にこそバイトの募集は多く、おおいに稼がせてもらった。
「年明けから慌しいわね。もう少しゆっくりしてればいいのに」
「うん、もうちょっとだから」
こたつに入って暖をとる母に見送られ、コートの襟をしっかりとしめて出発する。
冬の終わりがちかづき上着を着ていると暑さを感じはじめるころ、預金通帳の額は0の桁が6つになり目標金額へと到達した。
だけど、達成感や喜びといったもの感じることはなかった。
答えを出すことを無視し続け、誤魔化すように働き続けていた。
そんな鬱屈した気分を抱えたまま、再会は唐突なものだった。
電車内の制服姿の高校生やスーツ姿のサラリーマンに混じって、小柄な少女が行儀よく座っている。
背中まで届く黒髪をのばしたその背中はケメコのものであったが、服装は見慣れたメイド服ではなく地味目な私服姿であった。
「……ケメ……コ」
酸欠を起こしたように喘ぎ、その名を呼ぼうとするが声にならない。
ボクが降りる予定の二つ前の駅でケメコは扉をくぐる。
改札を通り過ぎた彼女の小さな背中を追いかけるが、声をかけることができない。
―――おぼっちゃまとの記憶も残らないでしょう
回収されたアンドロイドの記憶は消去されるといったときのケメコの言葉が脳内で響く。
もしも、振り向いた彼女から初対面のような顔をされた場合、何かが崩れ落ちてしまうような気がした。
彼女が吸い込まれていった先の建物、そこは診療所であり、アンドロイドにもっとも不似合いな場所であるといえる。
まさか、ここが新しいケメコの勤務先なのかと悩んでいるところで
「あれ、相沢君じゃない?」
声をかけられ、振り向くとそこには不思議そうにしている委員長がいた。
「え、あ、うん。季節の変わり目でちょっと体調悪いみたいでさ。でも、そこまでたいしたことなさそうだし入ろうか迷っていたとこなんだ」
「そうなんだ。でも、そこって内科はやってないはずだけど?」
看板を見ると心療内科・精神科と書かれ、診療所だと思っていたがメンタルクリニックであったと気づき、委員長の笑い声に顔を赤くする。
「おっちょこちょいなんだから、こっちのほうまで来て病院まちがえるとか。内科もやってる病院ならあっちのほうよ」
「ずいぶんと詳しいんだね。委員長もこっちにはよく来るの?」
「よく来るっていうか、私の家がこっちだから」
苦笑いでごまかしながら会話をつなげる。彼女の出身中学もここから見えると、委員長が指さす先に目をむける。家の屋根の間からコンクリート製の校舎が見えていた。
中学なんてどこも大きな違いはないんだなと考えていると、委員長が何かに得心したような顔をしていた。
「もしかして、圭子の家もこの近くだから遊びにきたところだったのかな」
ケイコという聞きなれない名前に疑問符を浮かべると、からかうような表情をしていた委員長は失言したとばかりに気まずそうな顔をする。
「姫宮可憐だっけ……、相沢君はあの子からそう呼べっていわれてるの?」
「ちがうけど……」
何かいいたそうにしているが言えない、そんな雰囲気を委員長から感じ取った。
じっと見ていると、彼女はあきらめたように浅くため息をついた。
「あの子、わたしの中学の頃の知り合いなんだ。本名は本間圭子」
「え?」
唐突に告げられた情報に頭がおいつかない。ケメコが委員長の同級生―――文化祭のとき、まるで知り合いにあったような態度をとっていたことを思い出す。
思考がショートし黙りこくっていると、委員長も言葉を選ぶようにゆっくりと話しかけてくる。
「彼女、自分の名前が古臭いからあまり好きじゃないっていってたから。それで、偽名をつかったんじゃないかな」
「委員長、あのさ、……たぶん人違いだよ」
「そう、なのかな……。うん、そうよね……。文化祭のときも全然反応がなかったし。ごめん、変なこといっちゃった」
無理矢理笑顔を浮かべて拝むように手を合わせる彼女にどうやって返事をすればいいかわからなかった。唐突にもたらされた疑問をうやむやにしたままその場を後にした。
真っ白な廊下をボクは走っていた。
足元からはふわふわとたよりない感触がするだけで、これは夢なんだと理解することができた。
廊下には等間隔に扉が並び、廊下の先はかすんでどこまでも続いているようだった。
ボクは義務感のように扉を一つずつ扉を開けて回る。
ノックもせずに入ってきたボクを無機質な視線がぶつけられる。
部屋の主はメイド服をきた家庭用アンドロイドだった。
寝る前にサイバーテクノロジー社のカタログを見ていたせいか、扉をあけるごとに様々なタイプのアンドロイドたちがボクの前に姿を現す。
何度目の扉を開けたときだろうか。
ようやく、ケメコの姿を見つけた。
背中にケーブルをつなげられたまま、目をつぶり微動だしない様子は人形のようだった。
二の腕部分に個体認証コードの縦縞と、腕の継ぎ目をさらしている姿はまぎれもなくアンドロイドであるケメコだった。
「ケメコ……」
ボクの呼びかけにこたえることはなく、彼女は目をつぶったままだった。
声を聞かせてほしい。いつものようにあの穏やかな笑みを見せてほしい。
膝の上に置かれた彼女の手をとろうとした。
「……え?」
手に不自然な重さを感じた。それはほっそりとした左腕……ぶらんと目の前でゆれていた。
カツン。
硬いものが床に当たる音がしたと思ったら、ケメコの右腕が床に転がっていた。
「ご、ごめ……」
拾い上げて焦りながら元に戻そうとしていると、ケメコの両目が開く。アーモンド形の黒い瞳がボクの姿を見つめる。
両腕がないことを気にする様子もなく、彼女は口を開く。
「はじめまして、当機体の個体名称はケメコ」
いつか見たあの静かな微笑を浮かべたまま、ケメコは初対面の挨拶を口にする。
「………っ!?」
ベッドから跳ね起きると、息が荒くなり心臓が早鐘のように鳴り続けていた。両手で顔を覆いながら声にならない叫びをあげる。
記憶なんてなくても、また作り直せばいいなんていうのは甘い考えなのだろう。
ボクと恋人ごっこをしていたケメコはもうどこにもいない……。
頭痛とけだるさを感じる重たい頭のまま学校に行ったが授業中も身に力がはいらず、先生が話す言葉は耳を素通りしていく。
「……おい、おいってば、相沢」
「……ん? どうしたの?」
「どうしたじゃないよ、もう昼だぞ」
いつのまにか寝ていたようで、時計をみるとすでに昼休みの半分をすぎていた。
「バイト疲れか? 授業中にも先生が注意してたけど全然反応しないから、死んでるんじゃないかと思ったよ」
冗談めかしてしゃべる村田に笑い返す気力もなかった。
覇気のない答えばかりを返すボクに、村田は困ったように肩をすくめると「無理するなよ」といって離れていった。
もう限界だった……。
けじめをつけるために、サイバーテクノロジー社のアンドロイド販売店へと向かう。
高校生が一人でくるような場所ではなく、居心地の悪さを感じながら、ショールームにならべられたアンドロイドを見てまわる。
そこにケメコと同一のモデルは存在しなかった。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
ショールームをうろつくボクに話しかけたのは、スーツ姿の女性店員だった。
「あれ?」
その顔にはどこか見覚えがあり、それは向こうも同様のようだった。
「あっ、もしかしてコンビニの店員さんですか?」
思い出した。コンビニによく来る女性客のひとだった。クリスマスにはチキンとケーキを買っていっていたな。
「今度は私が接客側という訳ですね、相沢様。西野と申します。遠慮なく質問してください」
営業スマイルだった表情に親しみが乗せられる。
ボクの名前を知っていたことに驚くが、おそらくバイト中に胸につけていたネームプレートを見ていたのだろう。店員側で立っていると気づかないが、客からは細かいところまで見られているらしい。
「それじゃあ、ひとつ教えてほしいのですが現行モデルってこれで全部ですか?」
「はい、現在弊社で取り扱っている製品はこれがすべてです」
「小柄な女の子で、長い黒髪が目立つモデルは過去にはなかったですか?」
ケメコの特徴を伝えていくと、西野の表情が困惑から驚きに変わっていく。
「……半年ほど前に、“一週間メイドロボお試し生活”を申し込んだことはありますか?」
「はい、そのときにケメコがやってきました」
確信を持ってうなずくと、西野があたりをはばかるように視線をめぐらせてから声を落とす。
「ケメコと呼ばれるアンドロイドは存在していません。しかし、彼女は存在します」
「それは……どういうことですか?」
いいにくそうにしながらも、彼女はためらいがちに口を開く。
「……彼女は人間です」




