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10. 彼女の記憶の行く末

 母が一週間の出張から帰ってくると、いつもどおりの生活が始まった。

 晩御飯の食卓には母の作った料理が並ぶ。慣れ親しんだいつもどおりの味付けだった。

 

「帰ってきたらどうなってるかと楽しみにしてたけれど、ちゃんときれいにしてて偉いじゃないの」

 

「うん、まあ、それなりにやってたからね」

 

「もしかして、ケメコちゃんに来てもらって掃除してもらったのかしら?」

 

 勘の鋭い母への質問に答えは濁しておいた。

 

 

 休み明けの学校は文化祭明けのせいか、燃え尽きたように気のぬけた生徒の姿が目立っていた。

 クラスで一番がんばっていた委員長は相変わらず真面目に授業を受けているようだったが、ボクは不真面目に窓の外を流れる雲をながめていた。


 なれないアルバイトを始めたせいか頭がボーっとする。

 先週から学校帰りには必ずコンビニにいた。

 といっても客側ではなく店員側としてだ。

 ボクがいるコンビニは赤と緑がトレードマークだったり、青と白のストライプの入った制服を着た店員がいる店ではない。

 元は酒屋だった店舗を改装して、雑貨などをおいてコンビニ風にしてみたといった感じの場所だった。

 それでも、大手のコンビニがないすき間地帯なせいかそこそこ客はやってくる。

 

「いらっしゃいませー」

 

 なるべく明るくきこえるような声で大きくもなく、かといって客にちゃんと聞こえる声量を出すというのはなかなか難しい。

 レジに立ちカウンターをはさんでおばさんと向かい合う。買い物籠から商品をとりだしバーコードを読み取ろうとするのだが、すんなりといかない。

 なかなかその情報を読み取らせてくれない……、それはどこぞのポンコツメイドロボを彷彿とさせる。

 

「急いでるから、はやくしてくれない」

 

 もたつくボクにおばさんがいらついた声をだす。

 こうやって機械のように右から左に商品をながしていると、ボクはいったいなにをしているのだろうかという気分になる。

 家にいたとしても以前は楽しめたアニメや漫画は色を失ってしまった。

 一週間という短い間だったが鮮烈な記憶をうめこんでいったアイツの姿ばかりが脳裏にちらつく。

 

 自動ドアが開き、次の客の姿が入ってくる。

 いらっしゃいませーといいながら笑顔を作ろうと表情筋を動かそうとしたが、途中でやめる。

 

「よっ、がんばってるな」

 

「なんだ、村田か」

 

 ボクがバイトを始めたと聞いてからからかい半分に店にやってきていた。

 だいたいは雑誌を立ち読みして、適当な菓子パンなんかを一個だけ買っていく。

 

「しっかし、いまどきレジ打ちなんてほとんどアンドロイドの仕事だっていうのによく続くな」

 

「今しかできないレアな体験ってことだよ。社会の歯車になった気分を味わえるよ」

 

「うへぇ、オレは見ているだけでいいよ」

 

 村田は渋面をつくり、心底いやそうな顔をしていた。

 

「働かず楽に生活する。そんな将来をめざしたい。おまえもこの前まで同じようなこといってたのに、どうして急にバイトなんて始めたんだ?」

 

「……ほしいものがあるんだ」

 

 がんばれよという言葉をのこし村田は去っていった。

 

 

 冬の気配も濃くなったころ、登校中の生徒は厚着をして着膨れする姿が目立ち始めた。

 寒さにも負けずに楽しそうな顔をしているのが1、2年生で、寒風に吹き飛ばされそうな不景気顔が受験を控える3年生だろう。

 教室の中でも、そろそろ進路についての話題も出始めていた。将来のことなんて特に考えていなかった。この高校を選んだのも偏差値が自分のレベルにあっていて、公立で学費も安いというの理由だった。

 

 頭を悩ませるべき問題は先送りにして、机をはさんでクリスマスについて楽しげに話す村田がいた。

 

「クリスマスっていったらあれじゃん、恋人同士の一大イベントだよな。こじゃれた店で思い出をつくるなんていうのにあこがれるけど、高校生の財布じゃむりだよなぁ。……オレも相沢みたいにバイトしときゃよかったかな」

 

 眉間に皺をよせる村田にとっては一月先の未来が重要らしい。

 

「もしかして、相沢がバイトをがんばってるのもプレゼント買うためとか?」

 

「まあ、そんなとこかな」


「なんだよ、教えろよ」といいながら肘で押してくる村田に苦笑を返す。

 

 本当はケメコを買い戻すために働いているなんていえそうもない。アンドロイドの頭金は100万円、半年間バイトをつづければたまるだろう。

 

 ケメコの買い取り資金のために働いている最中、ふと思うことがある。

 頭に浮かぶのは、記憶を消された彼女が別の場所で、別のだれかのために働いている姿。その想像は心の底で澱のようにたまっていき、焦燥感に似た感情を呼び起こす。

 変な話だ、相手はアンドロイドなんだよな……。自分でもどうかしてると思うけれど……。

 

「そういえば、せめてプレゼントぐらいは奮発しようと思って、駅前をうろついてたんだよ。そうしたら、そこで姫宮さんに会ったんだ」

 

「……そう、なんだ」

 

 きっと記憶を消されて新しい持ち主のところにいったのだろうという複雑な気分を押さえ込もうとする。

 

「初対面みたいな顔されなかったか?」

 

「なんでだ? ふつうに話しただけだけど」

 

「え? どうして?」

 

 思わず疑問に疑問を返してしまい、村田にいやな顔をされる。だって、ケメコの記憶はもう消されているはずなのに……。

 

「相沢、姫宮さんとなにかあったのか? 相談ぐらいなら乗るぞ」

 

 心配してくれる村田に大丈夫だといいながらも、心はケメコの方にむいていた。

 記憶がまだ残っている。まだ間に合うということに安心と同時に焦りを生んでいた。

 いつか彼女は記憶を消去される、その“いつか”はすぐそこにせまっているかもしれない。


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