1. とっさの嘘から始まるウソカノ生活
放課後、こそこそと教室から出ようとしたボクの前に、一人の女子が仁王のように立ちはだかる。
「相沢君、どこにいくつもり? まだクラスでの話し合いの最中よ」
「えーっと……、ちょっとはずせない用事があってさ」
教室の扉を通せんぼするようにして立つ委員長を見ながら、必死に頭を動かす。
文化祭の出し物についての話し合いが長引き、要領のいいやつらが塾とか家の手伝いと理由をつけて逃げ出していた。
他のやつらが先に使った言い訳とかぶらないようにと、とっさに思いついたアイデアを口にする。
「……か、彼女が待ってるんだ。駅前で待ち合わせしててさ、早くいかないと」
追い詰められたボクは、よりにもよって最も不似合いな言葉を口にだしてしまった。
「え?」
委員長は呆けたように固まっている。
驚いたことに残っていたクラスメイトの視線もすべて集まっていた。
やっぱり無理があるよなと思いながらも、とにかく今がチャンスと出口へとむかう。
もちろん彼女の姿なんてあるはずもなく、駅前で立ち止まることなくそのまま電車に乗る。
「ああ、なんであんな嘘をついてしまったのだろうか……」
本当はちょっと気になっていたアニメの新作がただ見たかっただけなんていえるわけないだろう。
でも、あの場限りの嘘なんてとっくにばれているだろうと開き直ることにした。
しかし、その翌日。
彼女の写真みせてくれよだとか、彼女ってどのクラスのやつなんだとか質問攻めにあっていた。
え、なんだよ、これ……?
まさかみんな信じちゃったのかよ、と思いながらもウソなんて言えるわけもなかった。
ボクの口は嘘を吐き続け、砂上の楼閣を積み上げていく。今にも崩れそうだと不安で仕方ない。
もしも、彼女の正体を見破られたらクラスでの立ち居地は底辺まで落ちることだろう。
小心者のボクは少しでもその嘘を長持ちさせようと、口に出してしまった設定を忘れないうちにノートにメモしていく。
家に帰るとノートの中身のおさらいをして、発言に矛盾がでないように気をつけていた。
彼女の誕生日、好きなもの、親の仕事、飼っているペット。いつのまにか、ノートの中で一人の少女ができあがっていた。
ノートの表紙には彼女の名前“姫宮可憐”と書かれている。
これがボクの考えた理想の彼女だった。
不安な日々の中おなかがキリキリと痛み出した頃、とうとう破局のときがやってきた。
始まりはとある男子の一言だった。
「文化祭にお前の彼女を連れてきてくれよ」
彼女の都合が合えばとかなんとか、と誤魔化そうとしたが食い下がられる。
ボクというさえない男がどんな女性を連れてくるのかということにクラスの全員が興味津々だったらしい。
ちょこっとだけ見るだけでいいからと押し切られ、とうとう、断りきれずにわかったとうなずいてしまった。
文化祭まであと二週間とちょっと。
どうすればいいんだと家のベッドで頭を抱えながら過去の自分の言動を呪っていた。
「……そうだ、いなければつくればいいんだ」
アホだといわないでほしい。このときのボクはそれだけ必死だったのだから。
思い付きを口にしてみるが、今からボクと恋人になってくれる人間なんて心当たりがなかった。
いざとなったら出会い系サイトでもなんでも使うしかないと、このときのボクは崖っぷちまで追い詰められていた。
この子でもないこの人もちがうと、ボクのつくった設定に合致しそうな女の子をさがしているところで、ひとつのサイトに行き着く。
『サイバーテクノロジー社』
近年、ロボット研究が進み、その用途は工業用から家庭用まで裾野を広げていった。
中でも身の回りの世話をしてくれるアンドロイドは少しずつだが普及し始めているらしい。一般家庭でも活躍するアンドロイドは、メイドロボと呼ばれ親しまれている。
学校の友人にもメイドロボが来たといって自慢しているやつがいたっけな。
サイバーテクノロジー社はそんなアンドロイド開発において日の浅い企業であり、ライバル会社を追い抜こうと様々なサービスを充実させていた。
その中に、“一週間メイドロボお試し生活”というものを見つけた。
メイドロボがどんなものかを知ってもらうために、一週間無料でレンタルするというものらしい。
「……仕方ない」
ロボットならばどんな無茶な設定にも応えてくれるはずと、希望的観測をこめて申し込むことにした。
*
未来を担うアンドロイドというキャッチフレーズで知られたサイバーテクノロジー社。
後発の企業であったが、他の企業とは異なる点としてセールスポイントを家庭用に絞っていた。
なかでも家事を担当するメイドロボをメインにすえて、販路を拡大しているところであった。
そんな、サイバーテクノロジー社の事務室にて、一人の女性社員が頭を抱えていた。
目の前のパソコンには工場からの商品発送状況が表示されていた。
そして、そこには大きく太字で『未発送』の文字が赤く点灯していた。
「ああー……どうしよう、発注見落としてたぁ」
頭を抱えてひくくうなる女性社員を気遣うように同僚が話しかけるが、大丈夫ですといって愛想笑いを返した。
彼女は上司の席をちらりと目をむけながら、今月はこれで3回目の失敗であることを思い出す。
注文者は若く高校生であり、申し込み内容も“一週間メイドロボお試し生活”という無料キャンペーンであったため後回しにしていた結果であった。
彼女はなんとか間に合わせようとアンドロイド製造工場に直接掛け合いにいった。もしかしたら、できあがったばかりのアンドロイドを都合つけてくれるかもしれないという腹積もりであった。
「すいませーん!」
できたばかりのアンドロイドの調整や、回収されたアンドロイドの整備を担当する部署のラボへと足を踏み入れる。
声をかけるが社員は不在のようで返事はなかった。
ため息をつきながら、あきらめきれず視線をあちこちにむける。
事務方の女性には使用用途のわからない機材が置かれた部屋の中、イスに座る少女の形をしたものが目についた。
「初めて見る型式の子ね……」
少女は簡素な袖なしの服を着せられ、肩からのびているはずの腕はなく、断面からは端子がむき出しとなっていた。
後頭部にコードをつながれたつながれた姿の少女は、置物のように目をつぶったまま微動だにしない。
不意にその目が開き、澄んだ黒い瞳が目の前の人物をとらえた。
「えっと……、あなたは調整中の子かしら?」
「肯定、たったいまメンテナンスプログラムの実行が終了したことを報告します」
女性は目の前の子のスケジュールを聞き出し、完全にフリーであることを知りにんまりと笑みを浮かべる。
「あなたに一週間ばかり仕事を頼みたいの」
女性の問いかけに、少女は静かにうなずいた。




