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9.ストーカー、考察される。

 癖のある柔らかそうな茶色の髪を風に靡かせ、見事としか言い様がない細身の美丈夫が街を歩く。


 長い睫毛に覆われた切れ長の黒目は悩ましげに伏せられており、その耽美な容姿は道行く人々の目を奪った。


「さて、と……」


 美丈夫は手に持っていたスクラップファイルの中身を確認した後、一軒の喫茶店の前で立ち止まった。


 いつも間にやら数名の女性が付いて来ていることに気付き、青年は喫茶店の裏口に回る。流石にここまでは付いてこないようだ。


「悪いわね。また目立っちゃった」


 裏口は喫茶店のキッチンに繋がっていた。突然キッチンに現れた美丈夫に、紫色の髪の女性と緑色髪の男性――エマとルーシオは、困ったように笑った。


「うーん、まあ、アンタの容姿じゃ仕方ないわな」


「グレンさんはラザラスみたいに隠れないし……そもそも、隠しませんしね」


 美丈夫がやって来たことに気付いたレヴィは、すぐに喫茶店入口の札をOPENからCLOSEに切り替え、外に出していたメニュー表を回収しに行った。ちなみに、店には全く客がいない。


「ラズちゃんは分かってないけど、下手に隠れる方が目立つのよ。アタシ達みたいなのはね。輝いちゃうの」


「うわぁ、嫌味」


 外見と口調が一致しないが、謎の魅力を放つ美丈夫は表向きグレンウィル=レミングスと名乗っている。

 通称――というより、諸事情で捨てることとなった『前の名前』が『グレン』だったことから、男はグレンと愛称で呼ばれることを好み、フルネームで呼ばれることをあまり好ましく思っていなかった。それを知っている喫茶店の人間は皆、彼をグレンと呼ぶ。


「そんなことより、ユウちゃん……いるかしら?」


「ああ、いますよ。ていうか、確実にいるって分かってるからこんな真昼間に来たんでしょう?」


 グレンウィルの言葉にルーシオは肩を竦めてみせる。


「ふふ、それもそうね。それで、頼まれてた情報、持ってきたわ。相当無理してくれたのか、かなりの情報量なの。今度来た時は、サービスしてあげて頂戴ね」


「ティナさんですよね? 了解です」


 レヴィが広いテーブルをさっと拭き、エマがその上に飲み物を並べていく。

 カフェオレ、コーラ、ココア、ホットミルク、レモンスカッシュと訳の分からないチョイスだが、恐らくは皆の好みなのだろう。


 全ての飲み物が並ぶのと同時、二階の居住区に繋がる階段から一人の男が降りてきた。


「は、早くないですか……!? 僕が情報収集を頼んだの、五日前でしたよね!?」


 降りてきたのは、グレンウィルに負けじと美しい顔立ちの青年だった。しかし、その肌は病的なものを感じさせる青白さで、それどころか髪も翼も白い。


「そうよ。今朝渡されて、アタシもびっくりしたんだから……」


 喫茶店『アクチュエル』の店長、ユウは真っ白な出で立ちと真っ赤な瞳、それから長い前髪で隠された痛々しい火傷痕が特徴的なミステリアスな男だ。真っ白だが、種族は有翼人の鴉種である。俗に言うアルビノなのだ。


 色素だけではなく左翼と左腕、そして酷い火傷で左目を欠損している青年はどこに出しても目立つ上に非常に日光に弱く、日中は店の外に出られない。


 その分、人目を避けることが出来、さらに日光にさらされる心配もない夜間は遠出していることが多く、グレンウィルが目立つのを覚悟で早い時間帯に喫茶店を訪れたのはこの辺りの事情が絡む。


「ティナちゃん、多分ここ数日寝てないわよ」


「うわぁ……分かりました、時間に余裕がある時に来てねってお伝え下さい」


「まあ、音楽教室の仕事と教授の手伝いで大変みたいだから、しばらくは来られないと思うけど」


 グレンウィルは机の上にスクラップファイルを置き、椅子に腰掛けてレモンスカッシュを飲み始めた。それに習い、集まっていた喫茶店のメンバーも椅子に腰掛けていく。


「すみませんが、拝見しますね」


「どうぞ」


 ユウは目の前のカフェオレを一旦横に避けてから、スクラップブックを近くに移動させて中を確認し始めた。



「――それで、見つかったの? “ロゼッタ”って子は」


 “知り合い”と同じ種族と思わしき竜人の少女、ロゼッタを保護したという話は喫茶店に常駐していないグレンの耳にも入っていた。


 そして、グレンも一度その姿を拝んでおく予定でいた……しかし、彼が会う前に何故かロゼッタが逃げ出してしまったということで、大問題に発展しているのである。


「いや、全く見つからないんだよ……」


「あたし、嫌な予感したんでパジャマに発信機付けてたんですけど、まともに反応しないんです……ベリル街の外には行ってなさそうなのですが……」


「間違いなく、魔法使ってどうにかしてるんだと思うわ……持ってきた資料見てもらったら色々分かると思うけど、飛竜(リントヴルム)って魔力お化けらしいのよ。ジュリーちゃんがイレギュラーだっただけで、ロゼッタちゃんは平然と魔法使いこなせる子だったんじゃないかしら」


「飛竜……やっぱりロゼッタさんもジュリーさんも、ただの突然変異じゃなかったんですね」


「突然変異というか、先祖返りね。毛とか翼の色は得意な魔法の系統に引っ張られるみたいだけど、どの竜人でもごくまれに生まれるそうよ」


 ロゼッタは黒い毛に黒い尾、それから黒い翼を持っているから得意な魔法系統は闇魔法だろう……とはいえ飛竜、それもちゃんと自分の能力を使いこなせる子なら、闇魔法“だけ”を使うと思わない方が良い。


 グレンウィルが資料に目を通していないユウ以外のメンバーにそう伝えると、レヴィが不思議そうに首を傾げてみせた。


「でも……どうして逃げてしまったんでしょう。ロゼッタさんは、自分が飛竜だなんて分かっていなかったのに……」


亡命先の国(ジルコニア公国)が嫌いってわけじゃなさそうだし、そもそもアイツはずっと閉じ込められてたっぽいから何も知らないだろうし、本当に分からないんだよな」


「レヴィちゃん、部屋に魔法の痕跡は残ってなかったの? あの部屋から逃げ出すなら、魔法使わないと絶対に無理よね?」


「それが、魔法の痕跡自体が皆無で……少なくとも空間魔法では無いです。念力で柵をこじ開けた感じでもありませんでした」


「密室から痕跡残さず逃げ出すのに、空間魔法以外で使えるものあるのかしら……でも、相手が飛竜じゃ分かんないわね……偏見持つのは可哀想だけど、完全犯罪メーカーの可能性があるみたいなんだもの……あっ、あの子、何かしらの事件に関わってたりしない?」


 グレンウィルが持ってきた資料の中には、大学の閉架書庫にしまわれていた過去の犯罪データなども含まれていた。


 飛竜は魔力量の多さと能力の高さゆえに、妙なことをやらかしたり利用されたりと犯罪との関わりが深い。

 未解決事件には飛竜が関わっている可能性がある、と資料の作成者が小さくコメントを残している。


「あー、ありえますね。でも、本人の証言が本当なら飛竜の価値を全く知らないところに売り飛ばされていたみたいなので、その線は薄いかと……」


「じゃあ亡命というのは名ばかりで処罰されるかも、とか考えて逃げ出したわけでもない……何か嫌なことあったのかしら。最後に会ったのは?」


「クィールだな。ここでのことを忘れるようにって言ったのがマズかったのかな、とか一人反省会してたぞ……ここでの、というか、ラザラスを忘れるように、の意味合いが強かったんだろうが」


「ここでラズちゃん出てくるの……あ、もしかして一目惚れ? ラズちゃんに一目惚れしちゃった?」


 グレンウィルがそう言えば、エマ達は無言でコクコクと頷く。状況はよく分からないが、余程酷いことになっていたのだろうなとグレンウィルは苦笑した。


 何しろ、ラザラスの容姿は規格外だ。本人に自覚はないが、一体何人の女を一目惚れさせて泣かせてきたのだろうかと考えたら頭が痛くなる。


 グレンウィルも人のことはあまり言えないのだが。


 パラリ、パラリと次々ページを捲っていたユウの手が止まる。彼はハッと顔を上げ、頭を振るう、そして「まさかな……」と呟き、再びスクラップファイルに視線を落とした。


「待て待て、どうした」


 そんなユウの顔の前に手をかざし、ルーシオが彼の動きを制した。ユウは「すみません」と困ったように笑う。思いついたのはいいが、いくらなんでもありえないと思ったのだろう。


「いや、案外ロゼッタさん、『ラズ君の後ろ』にいたりして……なんて、馬鹿なことを考えてしまいましてね……」


 あははは、と笑い、ユウは再びスクラップファイルを読み始める。グレンも「それは無いでしょう」と笑い飛ばすつもりでいた。しかし、エマ、ルーシオ、レヴィの様子が何だかおかしい。


「……まさか、ありえるとか言うんじゃないでしょうね?」


 三人は互いに視線を交わし、天を仰ぐ。否定も肯定も出来なかった。


「ちょーっと、雰囲気ってのか? 色々とやばそうな感じはしたけど……うん」


「でも、いくらなんでも後ろにいたらラズ気付くよな……? いや、分からん……」


「一時も離れたくないって感じは、すごくありましたね……はい……」


「嘘でしょう……?」


 これはラザラスの周辺を警戒した方が良いかもしれない。色んな意味で。

 グレンウィルは頭を振るい、氷で薄まったレモンスカッシュを一気に飲み干した。


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