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8.ストーカー、宣戦布告する。

(うわ、ぁ……)


 衝撃的光景に、ロゼッタは身体を震わせる。

 否、震えているのは驚きではなく、感動ゆえか――ラザラスが見守るその先に、天使が降臨していた。


 アンジェの柔らかで透き通った、それでいて確かな声量で紡がれる旋律。ラザラスが書いたという歌詞を即座に暗記し、口ずさむことが出来るのだから、彼女は天性の『歌姫』なのだろう。


 しかも、歌に合わせて流れている音楽は全て彼女が作曲し、個別に演奏して録音したものを使っているというのだから恐ろしい。


(まあ、一番恐ろしいのは、裏社会系のお仕事の傍らで歌姫の相方やってるラズさんだと思うけど……)


 ラザラスは一般人離れした美貌の持ち主だが、『本当に一般人ではなかった』ことに気が付いてしまったのは『収録』が始まってからのことだった。


 室内に閉じ込められたまま育ったロゼッタですら存在は知っていた国民的歌手ユニット『ALIAアリア』。

 ALIAの片割れ『JULIAユリア』の正体がアンジェだった……のはこの際だから置いておくとして、ラザラスは後から補佐的に加入した新メンバーとして扱われていたのだ。芸名は『LIANリアン』――本名はどこに行ってしまったのだろう。


(敬語のラズさん、格好良かったなぁ……視聴者受けはあまり良くないみたいだけど。でも、しょうがないのかなぁ……)


 収録、というのはどうやらWebラジオ収録のようで、アンジェとラザラスのふたりは顔を出さないまま、様々なことを話していた。


 どうやらALIAには元々、『ALICEアリス』という名前の男性メンバーがいたらしい。こちらに関してはロゼッタも何となく心当たりがあった。


 ユリアことアンジェは今現在ひとりで歌っているが、確かALICEの曲には必ず男性のコーラスが入っていた気がするのだ。その男性コーラスを担当していたのがアリスだったのだろう。


 しかし、どういうわけかアリスは今現在不在で、その穴を埋めるためにラザラスがリアンとしてALIAのメンバーとなったのだ。


 何故か収録中は平気なようだが、基本的にアンジェは普通に会話が出来ない子だということをロゼッタはたまたま知ってしまった。


 だからこそ、ラザラスが通訳兼相方として抜擢されたのだろう……そんなことは、視聴者は知らないのだ。


(アリスとユリアって相当仲が良かったみたいだし、公認カップルみたいな感じだったんだろうなぁ……そうなると、どう考えてもラズさん、『間男』だよね……)


 事実上の『間男』と化してしまったリアンは自称『炎上芸人』を名乗っているらしい。どうせ歓迎してもらえないのだからと炎上させる方向に走ってしまったのだろう。


 アンチな視聴者達が物理的に炎上してしまえば良いのに……ラザラスの苦労を思い、ロゼッタは顔も知らないアンチ達を勝手に呪った。



「お疲れ様です、ユリア」


 そうこうしているうちにユリアの生歌披露コーナーが終わったようだ。ラザラスがまた喋る、ということでロゼッタは呪うのをやめて王子様鑑賞を再開する。


「ありがとう。リアンの歌詞、やっぱり良いわね……突然顔文字連打したり、解読不能な文字を書きなぐったりしないから、歌いやすくて助かるわ」


「ははは、顔文字は覚えがあります。物凄く落ち込んでいた時に渡されたメモが、顔文字だらけになっていました……ですが、アリスは読めないような字を書く子ではありませんから、解読不能な文字が想像出来ません」


「すごかったのよ? ミミズが這ったような字になるんだもの。作曲はどんな時でも大丈夫だったんだけどね。不思議だわ」


「アリスが帰ってきたら、適度に休んで頂かないと、ですね。疲れて暴走する前に」


 身バレ防止のためなのか、アンジェは『ユリア』として喋る際には声を少し低くしている。恐らく声優としての能力もあるのだろう。


 ラザラスにはそれが難しかったのか、彼は口調を普段とは全く違うものにして喋っている。イントネーションに少し癖があるが、何故か違和感がない。ラザラスはラザラスで何かしら能力があるようだ。


 少しでも『リアンの間男感』を無くそうとしているのか、それともリスナーへのサービスなのか、ふたりの会話内容はここにいないアリスの話題が大半だ。どうやら好評なようで、ふたりは隙あらばアリスの話題を挟んでくる。


 ロゼッタには読めないのだが、どうやらリスナーのコメントがリアルタイムで流れている仕組みのようで、画面を確認しつつアンジェとラザラスは話題を切り替えていく。

 それでアリスの話題が増えるのだから、この手の話題をしている方が炎上しないのだろう。


(多分、ユリアとリアンで仲良し感全開にしちゃうと大炎上なんだろうなぁ)


 普通に会話をしていれば勇者とその幼馴染のような雰囲気を出してしまう二人である。恐らく、リアンが入ってきてすぐの頃に一度炎上してしまったのだろう。


 現在、二人は付かず離れずといった感じの、独特の間を取りながら会話していた。ロゼッタ的にも勇者とその幼馴染のようなムードはとても嫌なので、大変良いことだと思った。


(それにしても、アリスって人、どうしたんだろうね?)


 これだけ愛されていながら、一体アリスはどこに行ってしまったのだろうか。

 リスナーにもあまり情報を開示していないのか、残念ながらロゼッタは二人の会話からアリスの行方を知ることは出来なかった。





「お疲れ、アンジェ。やっぱり良いなぁ、君の歌声は」


 場所は移動して、収録場所近くの小部屋。ALIAは顔出しをしていないため、小部屋を荷物置きの楽屋代わりに使っているのだろう。


 何だかんだいっても収録モードが取れたラザラスが一番だなぁ、とロゼッタはこっそりときめいていた。


「……」


「アンジェ? またか? 収録中も時々見てたよな?」


「ええ……何なのかしら、危険な感じがするような、しないような……」


「おう、怖いからやめてくれよ」


 何か漏れているのだろうか。それともコミュ障ゆえに気配に敏感なのか。


 アンジェが収録前からずっと何かを感知して影を気にしている。またしても感知されてしまったので、ロゼッタは口を両手で覆い、やり過ごした。


「気のせいよ、多分ね。少なくとも、殺意めいたものは感じない」


「逆に怖いな」


 楽屋ゆえに安心しているのか、アンジェは普通に声を出している。

 やはり、彼女は人が多い場所が苦手なようだ。ALIAが顔出しをしない歌手になったのは彼女のコミュ障が原因なのかもしれない。


「それと……褒めてくれて、ありがとう。でも……ラズはアリス派、よね?」


「俺はどっち派とか、ないよ。引っ込みがちだったからアリス応援してただけかな。君の歌は君の歌で好きなんだ。ソロCD、全部持ってるし」


「あ、ありがとう……そう言ってもらえると、素直に、嬉しいわ」


「自信持てよ、国民的歌姫。大丈夫だって」


(ッ! あのCD全部ALIA関係だったんだ!! ということはラズさん元々ALIAの大ファンなんだ!!)


 歌手名が読めなかったせいで正体が分からなかったCDの数々が何だったのか判明した嬉しさから、ロゼッタは影に隠れたままぴょんぴょん飛び跳ねる。


 やはりアンジェは気付いてしまったようだが、見て見ぬふりをしてラザラスに笑いかける。その顔は笑顔を浮かべてはいたものの、酷く悲しげだった。



「……ジュリーに、会いに行かない?」


 ためらいがちに紡がれた言葉、発された名前。流石に喜んでばかりはいられず、ロゼッタはふたりの方に意識を戻す。ラザラスは少し悩んでから、首を横に振った。


「……。ごめん、いけない。この後も、やること、あるからさ」


「そういえば、言ってたわね……ごめんなさい」


「いや……こちらこそ、ごめん。何かあったら、教えて欲しい」


――どうして、ここで『ジュリー』の名前が出るのだろう。


 一緒に写真を撮る仲なのは分かっていたが、彼女らの関係性が全く見えてこない。


 そもそも、ジュリーが存命なのかどうかすら怪しい会話内容である。一緒に墓参りに行くように聞こえなくもない内容で、しかもジュリーはロゼッタの前に「毒薬を投与された」経験を持つ人物だ。


(ま、まさか……ジュリーはラズさんの、死に別れた元カノ……?)


 もしそうなら、非常にマズいことになってきた。

 思い出補正バリバリな死者に勝てる気がしないし、勝ちたいが勝ちたくないという意味の分からない葛藤が発生してしまう。


(お願い、ジュリーさん生きてて! 生きてたら堂々と奪いに行くから!!)


 そしてロゼッタは、超不謹慎な宣戦布告を会ったこともないジュリーに突き付けるのであった。

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