7.ストーカー、盗聴する。
(寝過ごしてしまった……)
朝。ラザラスが掛けていたアラームで目覚めたロゼッタは早朝反省会を行っていた。
数時間待機して、ラザラスが熟睡してから家を物色するつもりだったのに――家主の身支度を見守りつつ、影に隠れて溜め息を吐く。
「アンジェ? 起きてるか? え、俺? 俺は大丈夫だよ、心配すんな」
ラザラスは誰かと電話しているらしい。『アンジェ』という名前からして、どう考えても女性である。
それが『ジュリー』ならまだ良かったのだが、どうやらラザラスは女性との接点が多いらしい。それでなくとも、深夜見た写真には美少女が三人も映っていた。クィールを加えるなら、ラザラスの周りには最低でも四人の美女がいることになる。けしからん。
「……。【聴覚強化】」
勝手にむしゃくしゃしてしまったロゼッタはラザラスに聞こえないように小声で詠唱し、自身の聴覚を高めた。盗聴する気満々である。
『そうは言うけどアンタ、最近顔色悪いのよ……今日は収録後、直帰出来るの?』
「あー……いや、ちょっと色々と、な……」
『また何かやってるの!? お願いだから、無茶なことはしないでよ……お願いよ』
電話越しに聴こえたのは、やはり女性の声だった。どうやらラザラスのことを心配しているらしい。仲が良いのだろう……ロゼッタの挙動が、不審になる。
「大丈夫だよ。ただ、魔法の練習してるだけだって。それに、格闘技使えるって知ってるだろ? その……俺は二度と、襲われたり、しねーから」
『体格に恵まれてたって、珍しい容姿してるのはアンタだって一緒。アンタはヒト族だし、私と違って空に逃げられるわけじゃない……追求はしないけど、その代わり、本当に無茶だけはしないで』
(なにこれなにこれ~~~~!!! ただ事じゃない会話してる――――ッ!!)
ロゼッタは落ち着かなかった。ふたりだけの秘密の会話っぽい内容を一方的に聞かされる現状で落ち着ける筈がなかった。
というより、謎の信頼感があるらしい様子が物凄く嫌だった。それでも盗聴は続ける気満々だった。
「ありがとな。まあ……君を悲しませるような結果にだけはしないよ、絶対に」
『約束よ? じゃあ、また後で……ちゃんと元気な顔、見せなさいよ』
しかし、電話はさっさと切れてしまった。ラザラスの最初の発言からして、アンジェが起きているかどうかを確認する電話だったのだろう。俗に言う『モーニングコール』である……ロゼッタは大変むしゃくしゃした。
何がむしゃくしゃするかといえば、何となくアンジェから『良い女』感が漂っていることである。お前は魔王討伐に行く主人公の帰りを待つ幼馴染かと言いたくなる。
そしてそういう女は大体討伐から帰った主人公とちゃっかり結婚するのである。断じて許されない。
むしゃくしゃする気持ちを発散するため、ロゼッタはラザラスの着替えシーンを堪能することにした。
(身体も傷だらけだ……刺し傷と切り傷が多いなぁ。痛そう……でも、良い身体してるなぁ……着痩せするタイプなんだ。意外と筋肉質……うん、良い……!)
――むしゃくしゃは無事に発散できたようだ。
それはさておき、ラザラスの身支度は微妙に時間が掛かるようだ。
基本的にはそこまで見た目にこだわる方では無いようなのだが、日焼け止めを塗りたくったり、顔の傷を隠す化粧を施したりと結構大変そうである。他の人が気にしなくて良いことを気にしなければならないというのは、強いストレスになるような気がする。
(ラズさん、肌の質がその辺の人とは違うもんね……紫外線に弱いんだろうなぁ。でも、色黒なラズさんも一度は見てみたい気がするなぁ……)
その過程をしっかりと見届け、ロゼッタは彼が家を出る瞬間を狙ってラザラスの影に飛び込んだ。
〇
ラザラスをストーキングした結果、ロゼッタは巨大な灰色の建物を目にすることとなった。ラザラスは何か身分証のようなものを提示し、建物に入る。
入ってすぐの場所に不審者の侵入を妨げる機材が置いてあったが、残念ながら影の中に入っているロゼッタにそれは無効だった。
機械が魔法に大敗した瞬間である。
「アンジェ、おはよう」
ラザラスが椅子に座っていた人物に声を掛ける。その人物の姿に、ロゼッタは見覚えがあった。
(あ! この人、写真の有翼人……!!)
アンジェは髪の長い有翼人の少女だった。ロゼッタが見た写真に写っていた人物である。
謎の美女が追加されなくて良かったと胸を撫で下ろすが、実物は写真よりもさらに美しかったのでロゼッタはいらない危機感を覚えていた。
「……」
「ん? ああ、作詞? 出来てるよ。もう確認するのか?」
「……」
「えっ、今日の放送で歌うのか!? 俺の詞がクソだったらどうするつもりだったんだ……!!」
――このふたり、何故会話出来ているのだろう。
アンジェが異様に小さな声で喋っている可能性もあったが、どうやらそれは違う。もしかして、とロゼッタは『音魔法』の波長を探る。
『ラズの詞だったら歌いづらい部分があるくらいで、それくらいなら適時調整かけれるから大丈夫よ。ジュリーは眠い時に詞書かせたら大変なことになってたけど、ラズはそんなことないし』
「と、とりあえず、見とけ。ほら!」
『んー……そうね、ここの詞だけ弄らせて。歌いにくい並びになっちゃってるから』
(音魔法の無駄遣いだ!! なんで喋らないの!?!?)
会話成立の理由は高位音魔法【音波思念】、通称『テレパシー』だった。
何故かアンジェは一切声を発さず、テレパシーをラザラスに送っているのである。ラザラスは恐らく、テレパシーの受信が出来ても送信は出来ないのだろう。結果、非常に不思議な光景と化してしまっているのだ。
(えっ、何この状きょ……ッ!?)
通常、テレパシーは離れた相手との会話に用いる魔法である。間違っても対面で使うようなものではない。ロゼッタは「意味が分からない」と困惑する――そんな時、ふと、ロゼッタはアンジェの『視線』に気付いた。
(えっ!?)
波長を探ったことがバレてしまったのだろうか。
アンジェは、ロゼッタが隠れているラザラスの影をじっと見つめている。
「アンジェ? どうした?」
「ッ、らっ!? え、う、ぁ……み、みぃ!!」
(!?)
今の、何語だろう。
「久々にそれ聞いたぞ。え? どうした? 何かいるのか?」
『何か、音波を盗聴されたような気がして……ごめんなさい、気のせいかも……』
「あー、人の視線を感じた気がするって奴か。一応、周囲の警戒はしておこうかな」
(ええええっ、この子、何……? ひょっとして、視線を浴びすぎたらおかしくなる奴……!?)
ラザラスとアンジェの姿しか見ていなかったロゼッタだが、とりあえず分かる範囲で周囲を見回した。こちらを見ているかは別として、人は多い。
まさかとは思うが、アンジェは人混みにいると口で喋れなくなってしまう困った子なのだろうか……?
(え、でも何か、収録とか歌うとか言ってなかった? この子大丈夫? 死なない!?)
恐らく、現在地は『放送局』だ。
そしてアンジェは高確率で『歌手』である……のど自慢大会か何かの出場者という可能性もあるが、どちらにせよ彼女、人前で歌うこととなる。
(そもそもラズさんは何しに来たの!? マネージャーなの!?)
ラザラスに関する謎もまた増えてしまった。
部屋にあったものから音楽好きなのは分かっていたのだが、まさか関係者だとは思わなかった。そもそも職業は裏社会系だとばかり思っていたのだが……。
「そろそろ時間だな。行くか」
『ええ、そうね』
(いやいやいやいや、大丈夫!? ねえ、アンジェさん大丈夫!? 軽率に心臓発作とか起こさない!?!?)
先程まで全力で嫉妬していたにも関わらず、ロゼッタはアンジェの安否が気になって仕方がなかった。
アンジェには存在を薄々認識されているようだが、確信されていないのならば大丈夫だろう。ラザラスがこの後何をするのか、そしてアンジェが死なないか気になって仕方がないロゼッタは、当たり前のようにどこかへ向かうふたりに着いて行くのであった。