67.ストーカーと会話を試みる/後
そろそろレヴィにバトンタッチしてみようか、とクリスティナは隣にいるレヴィに目配せする。レヴィはレヴィで、何かしら話題を用意していたようだ。
「ユウさんと会話ができるかどうかは置いておいて……他に何かやりたいこととか、ありますか? 暇でしょうし、できることなら何かご用意できないかなー、なんて」
意外にも寄り添っていく方針らしい。話題の中で情報が出ないだろうかと考えているのだろうか。
しかしテオバルドは余計なことを言うのである。
「適度な距離感でクィールを見に行きたいとか言ったら怒るんだろ?」
「床に沈めますね」
「だよな」
「当たり前です」
当たり前だが咎められ過ぎたので、ストーカー行為を積極的に行ってはいけないという自覚を持ったらしい。残念ながら手遅れである。
「クィールさんが一目惚れされるのはそう珍しいことじゃないんですけど……何で正攻法で行かなかったんですか?」
「なんか、話しかけにくくて……でも様子が見たくて……気が付けば付き纏っていた……」
「馬鹿なんですか?」
レヴィに遠慮が無い。
同じ女性として、思うところがあるのだろう。当然である。
「クィールさん関係以外でお願いします」
レヴィの声のトーンが低い。怒っている。
テオバルドがそれに気付いたかどうかはさておき、彼は一息吐き、真剣なまなざしをレヴィに向けた。
「なら……接近戦ができるようになりたいと思っているんだ。だから、そのための術を教えて欲しい。竜人寄りの見た目だが、この身体は魔法戦じゃなくそっち寄りみたいでな。それなりには戦えるようになりたいんだ」
「え、戦闘指南? ちょっと意外です……」
「まあ、これでも戦闘用キメラドールだからな。本能みたいなものなんだろ」
その場合、外に出なければならないが大丈夫だろうか……ひとまず【魔力測定】でテオバルドの能力を測る。大体自分と同じくらいらしいが、【魔力測定】は測定相手と大きな魔力差があると「そもそも測定できない」という特性がある。測れたということは、最低でも互角くらいでは戦えるだろう。
勝手に判断してしまうが、戦力はあるに越したことはない。上手くいけば、ラザラスが抜けた穴を塞ぐこともできるかもしれない。最悪自分がテオバルドを地面に沈めれば良いと判断したレヴィは、話を続けることにした。
「接近戦……えーと、魔法はどれくらい行けます? 【肉体強化】は行けますか?」
「それくらいなら、恐らく。ただ、魔力の込め方が下手なのは自覚している。だからすぐ効果が切れちまう気がするが……」
「そこは練習しましょうか。なら、使うことを前提にすべきですかね。指導者は……」
「クィールは接近戦だよな?」
「クィールさんはダメです。というかあの人は【肉体強化】使ってないので参考になりません」
「まあ、そもそもやり難いからクィール以外がいい」
単純な接近戦ならクィールが一番強いのだが、やり難いという気持ちは分からなくもない。彼の場合は特に、だ。
「となると、うーん……得物の指定はありますか?」
「特にない。だが、なるべく確実に仕留めたい。だから、できれば何かは使いたい」
「物騒なこと言いますね!?」
「いやいや、そもそも最初から会話が物騒だから。普通の人は得物の指定とか聞かないから」
クリスティナが思わず会話に混ざって来たが、この話題、確実に何かしら殺りに行く気満々の会話である。テオバルドはその手の案件に抵抗がないタイプの人間らしい。そのことにレヴィも気付いたようだ。
「単刀直入に聞きます。殺人に抵抗は一切無いと見て良いんですね?」
「ああ。俺は魔法戦しか経験していないが、抵抗は無い。直に行くのも大丈夫だろう……というか、自衛目的でそれなりにはやっていたからな」
……やっぱり馬鹿なのだろうか?
「それは『元』の記憶ということで、あなたはそういうタイプのキメラドールだということで、良いのでしょうか?」
「ッ!? やっぱダメだ、口が滑る……」
「滑ってる自覚はあったんですね……」
どうやら困っていたらしい。改めて、面と向かって指摘されてしまったテオバルドは頭を抱えてしまった。
「分かってくれ。俺、身体はデカいが、この身体になってからの記憶が無いに等しいし、何よりどっからどこまでがこの身体で、どっからどこまでが『元』の身体か分からないレベルで記憶が混ざってるんだよ……だから必然的に、何か話そうとしたら何かが滑り出る」
「滑り出る」
「情けないが、不安でもあるんだ。だから、何かしら分かることがあると、ついつい口にしちまう……」
「あー……普通に難儀な状況なんですね……」
当たり障りの無いことを話そうにも、会話の流れでついつい『元』の記憶に纏わる話が出てしまうらしい。しかも無意識下かつ記憶の混濁が発生しているせいで、出るのを完全に防ぐことも難しいようだ。こうなるともう、黙るしかないのだろう。結果、クリスティナとレヴィがここに来ているわけなのだが。
「えーと……元の経歴について、聞いても良いですか?」
「今更だから、もう普通に言うぞ。元々は魔法戦中心の軍人。得物も銃器、特に小型の物なら使える筈だ」
「完全に遠距離型の人だったんですね。あたしと同じです」
「多分……」
「多分?」
首を傾げている。どうにも煮え切らない反応だ。本人もそれは分かっているようで、レヴィが深く聞くまでもなく、テオバルドが語り始めた。
「記憶の混濁があるせいで、それが俺の記憶だという自信がなくてね。元の俺の記憶だとは信じたいが、キメラドールは何らかの記憶を埋め込んで作ることも可能だというし……分からん。実際に当時の得物使ってみれば、分かるんだろうか」
「小型の銃器、というと……これはどうでしょうか?」
レヴィが自らのスカートに手を伸ばす様を見て、何をするか分かったらしいテオバルドは顔を天井に向ける。それに気付いたレヴィは困惑する。
「……。ちゃんと紳士的振る舞いもできるんじゃないですか。どうしてクィールさんには付き纏うんですか」
「ははは……な、何でだろうなぁ……理性が、飛ぶんだ」
「次それ言ったら沈めます。とりあえず、拳銃です。触ってみて下さい」
「こんなもん、得体の知れない奴に渡すんじゃない。俺は小型の銃器使ってた記憶があるっつっただろ。急に撃たれたらどうすんだ」
「だからどうしてクィールさんには紳士的振る舞いができないんですか!?」
テオバルドの言い分は間違いなく正しい。レヴィもうっかりしていたのだ。テオバルドが抜けに抜けているせいで警戒心が欠けてしまったのである。
普通に拳銃を受け取ったテオバルドは、安全装置が掛かっていることを念入りに確認した上でリボルバーやトリガー等を触り始める。
「真っ先に安全装置確認しましたね。使い方は完全に理解していそうだなって思うのですが」
「ああ、分かる。もう少し大きい方が好みだが、やっぱり馴染む感じがする。当てる自信もある」
「テオバルド、その身体になってから触った記憶はあるの?」
「恐らくはない筈だ。触れられる環境ではなかったからな」
「なら、軍人だったのは間違いないんじゃない? ラズはハーフキメラなんだけど、それでもある程度扱えるようになるまで1ヶ月以上は掛かってたよ。純粋な戦闘用キメラドールって言っても、持ってすぐ馴染ませるのは無理なんじゃないかなぁ」
「ラズさんのアレでも、あたしは自信を無くしました……戦闘用キメラドールなら使い方を教わらなくとも持ってすぐ使えます、なんてオチはやめて欲しいです……」
レヴィは銃器のプロフェッショナルだ。当たり前のことではあるが、それなりに訓練を積んで、大変なことを乗り越えて、その域に到達した。そのため、ラザラスが驚きの速さで銃を扱えるようになった際には、差別的だという自覚はあったが「キメラドールの血はずるい」とつい考えてしまったことを思い出す。
「記憶……間違いない、と信じたいが……ただ、俺が銃器使いなのは分かってただろうし、使い方の記憶を埋め込まれている可能性も……」
「となると、実際に使ってみるのが一番かな。使って、当てられるかどうか……いくら記憶持ちとはいえ、流石に訓練無しで命中させるのは無理なんじゃない?」
「そうであって欲しいです」
「余程悔しかったんだね? まあ、無理もないだろうが……まあ、そうだな。当てれたら記憶に間違いはないって信じることにしようか」
ふふふ、とテオバルドは笑う。問題は、誰を相手にするか、だ。
「ラズさんも考えましたが……あの人は銃を使わなければ基本的に肉弾戦の人ですし、どうせ使えるんでしょうけど刃物使ったことないですし。どうせ使えるんでしょうけど」
「……話聞いてた感じだと肉弾戦のが向いてる気はするな」
「諸事情で持って頂いた銃をサラッと使えるようになっちゃったからあたしは辛いんですよ。それなのに、こっちが何をどう頑張っても魔法はドが何個付くか分からないくらい下手ですし」
あの時はきっと、関係者各位全員思ったことだろう――求めた能力はそっちじゃない、と。
「もうユウさん一択ですね。小型の刃物使って頂くので、行けそうなら受けてみて下さい。あとユウさんは空間魔法使えるので、銃撃戦の様子見も行けそうです。テオバルドさんから余程のが来ない限りは銃弾撃たれても対象逸らして回避できそうですし」
「えーと……その人相手だと……俺、殺されないかな?」
「自業自得です。諦めて下さい。腕一本くらいは飛ぶかもしれませんが、諦めて下さい」
「それ、結構どころの騒ぎじゃないくらい困るんだけどな!?」
「諦めて下さい。とりあえず、あたしは許可取ってきます。早い方が良い気がするので、今日の夜辺りにお願いしたいところですね」
レヴィは無情だった。しかし、これに関しては120%テオバルドに非があるため何も文句は言えない。立ち上がった彼女に合わせて、黙っていたクリスティナも立ち上がる。
「僕もグレン兄に許可取って来なきゃ。お話、楽しかったよ。のんびりしててね」
「ああ、ありがとな」
「それと……」
躊躇いがちに、クリスティナは口を開く。
「無責任なこと言うけど……僕はね、テオバルドは自分の記憶に自信持って良いんじゃないかなって思ったよ。だって『記憶』は作れるかもしれないけど『感情』は作れない筈だから」
「……」
「記憶を埋め込みまくったキメラドールはもうお人形さんにしかならないらしいけど、テオバルドはそうでもないし……埋め込まれすぎてないだけって思うかもしれないけど。それでも、記憶が怪しいことに対して不安を感じるようにも、さっきレヴィを大切にしてくれたことも、それに、暴走しちゃってはいるけどクィールを好きになるようにって、人工的に作り上げるなんて、できないんじゃないかな……その豊かな感情を、否定しないで欲しいなって、僕は個人的に思ってるよ。だから今だけでも、自分を信じて欲しいな」
ますます悩ませちゃったかもしれないけれど、とクリスティナは黙り込んでしまったテオバルドに笑いかけた。戦闘指南をしてみれば、彼も少しは、自信を持つことができるようになるだろうか。
(まだ分からない、けれど……この人が“ラズのお兄さん”だったらなって、どうしても願っちゃうなぁ……)
会話の中で出た仮説を胸に、クリスティナは静かに部屋を出た。




