65.ストーカーの正体を暴きたい
(ジュリーちゃんのリハビリも順調みたいだし、あっちはラズちゃん達に任せるとして……アタシは、さっさとこっちをどうにかしなきゃ、なのよねぇ……)
所持しているマンション、その最上階の自宅にて、グレンウィルはため息を吐く。その視線の先には、ストーカー2号ことテオバルドが住み着いている部屋がある。
閉ざされた扉に手を当て、グレンウィルは中に閉じこもっている人物に声を掛けた。
「ちょっと? そろそろ正体吐いてくれても良いんじゃないの?」
「だから、俺は、ごくごく普通のキメラドールだってば……」
ここに隔離して、一か月程。
テオバルドは最初こそ外に出せとごねていたのだが、最近は出そうとしても出て来なくなってしまったのだ――原因は分かっている。彼の正体をしつこく暴こうとしているせいだ。
この男、『元の』記憶にかなり欠けがあるそうだが、少々特殊なキメラドールであることはエマの証言から確定している……というより、その『元』が誰なのかは若干一名を除き、ステフィリア関係者は大体察しているのだ。
「……それ吐いてくれたら、クーちゃんに近付いても許されると思うのだけれど」
「ストーカーくらいの距離感がちょうど良いんだよ。クィールが幸せになってくれれば、素直に身を引くし……ただ、それまでは今の距離感を……」
「ストーカーくらいの距離感って一体どういうことよ!?」
クィールに対して並々ならぬ感情があることは確かなのだが、言っていることがよく分からない。そもそもストーカー“さえ”しないでいてくれれば、恐らくここまで酷くは拗れなかったというのに……!!
「ヴォルフさん! もう確定事項として行動しちゃ駄目!?」
苛立ちを隠せない様子で、グレンウィルは近くソファに腰掛け紅茶を飲んでいるヴォルフガングに声を掛ける。年の功、とでも言えば良いのだろうか。彼はそのままの体勢で深く息を吐いた。
「んー……くーちゃんもなんだけど、らずくんのことを思うとねぇ……言質は取ってから動きたいんだよねぇ……『そういう記憶』を埋め込まれたキメラドールって線も無くはないからねぇ……」
キメラドールは遺伝子レベルで操作され、成功失敗こそあれど、作成者の望む姿形でこの世に生み出される生命だ。それこそ、生み出す段階で『購入者のことをこよなく愛している』記憶を埋め込むことも可能なのだという。
「……。それって何かメリットあるのかしら」
「あるよぉ。ほら、俺達はておくん救出後、らずくんを引っ込める選択をしたでしょ? 向こうさんがそれ狙いって可能性は普通にあるんだよね」
流石にまったりしていられる状況では無いと判断したようで、ヴォルフガングは立ち上がり、グレンウィルの横に並ぶ。そして彼も、扉に手を当てて口を開いた。
「向こうさんはじゃれくんの生死なんて分からない。でも、真か偽の確証が欲しい。だから『ジャレットを元にしたキメラドールを作った。つまりそっちが出している駒は偽物だ』っていうアピールをするために、ておくんを作り出した可能性がある……だとしたら、完全にやられちゃってるんだけどさ。俺達がらずくんを引っ込めたってことは、向こう側からしてみれば、らずくんが偽物ってのが確定だからさ」
まるで、中にいるテオバルドに語り掛けるように、彼はそう言った。
「……ッ、ねえ、こういう話になってるんだけど!?」
「……」
テオバルドは、ラザラスの兄でクィールのマスターだった男、ジャレット⁼レインを元にしたキメラドールである可能性が極めて高い――これが、彼らの共通認識だった。
実は、クィールにまとわりつく人間はそう珍しくはない。ロゼッタがラザラスに一目惚れしていたように、彼女もまた、助け出した亜人に一目惚れされてしまうことも過去には多々あった。今回程ではないが、少々厄介なことになってしまったこともある。
そのため、判断の決め手は彼女に対する想いではなく、『初対面でクィールの名を呼んだこと』、『エマを知っているような素振りを見せたこと』、そして『ラザラスの顔を見た際、および彼の境遇を聞いた際に奇妙な反応をしたこと』だ。
「……」
しかし、ヴォルフガングが言う通り、『そういう記憶』を埋め込まれた可能性も否定できないのである。困ったことに、判断の決め手となった情報は、どれもヘリオトロープ側がそれなりに頑張れば探し当てられそうな情報なのだ。だからこそ言質を取りたいのだが、何をどう頑張っても本人が語らないのである。
「……もう良いわ。また後で来るから」
再びため息を吐き、グレンウィルはヴォルフガングと共に、閉ざされた部屋を離れた。
〇
「なんともまあ、強情なのよねあの変態は!!」
拠点を喫茶店に移し、グレンウィルは空のグラスを握り締めて叫ぶ。その前で、ヴォルフガングは何とも言えない表情をして笑っていた。
「一緒に暮らしてるぐれんくんが何も危害加えられてないから……確信持ちたいよ? こっちも。でもさぁ、ておくんが自分の正体黙っとくメリットが全く見当たらないんだよねぇ……ストーカー決め込んだせいで、もう本当に分からない……」
「そう、そうなのよ。アタシが知ってるジャレットは結構幼い頃のジャレットなんだけど……だいぶ誠実な子だったわよ」
「うん、俺もその認識。とはいえ、ろぜちゃんも話してる分には結構誠実だなって感じる部分もあるから、『誠実=ストーカーしない』の方程式は成り立たないけどね」
「この世に存在する全ての純粋に誠実な人に謝って欲しいわね」
ストーカー達のせいで、いらないところに飛び火した感がすごい――グレンウィルは頭を抱える。調理場から出てきたルーシオは彼の手に握られたグラスをひょいと取り上げ、目の前にレモンスカッシュが入った新しいグラスが置いた。
「あ、ありがと……」
「ははは……気を確かに持って下さい……」
現在時刻11時半。それにも関わらず、現在、喫茶店の従業員は彼だけである。本来多忙となる、この時刻にワンオペである。もはや客が来ないことを前提とした勤務体制だ。絶対に有り得ない話だが、残念ながらこの店では有り得るのである。
「……ねぇ、ルーシオ。とりあえずアレはジャレットっていう前提で話すわ。あなたが同じ状況だったらどうする? ストーカーする?」
困ったことに雑談をしていても大丈夫な環境であるため、グレンウィルは容赦なくルーシオに話し掛ける。当の本人は話題が話題なだけに苦笑いだ。
「絶対しないと思う……ただまあ、離れてた間、どうしてたのかくらいは気になるかな……ってくらいです。わざわざ付き纏ったりはしない。俺なら周りの人間に話を聞いて終わりますよ」
「そうよねぇ……」
「双子ですし、多少は感性も近いかもしれません。ラザラスに聞いてみたらどうですか?」
「嫌よ」
「えっ」
グレンウィルは、グラスを握りしめたまま、机に額を押し付けた。
「…………。あの子は……その、あの……何となく、よ? 何となくだけど、『やるかもしれない』って……言いそうで……言いかねなくて……怖いのよ……」
「……」
しばしの沈黙。
誰もが同じ発想に至ってしまったのである。
「あー、えー……感性が割とまともな部類で誠実な奴っていうと、うちの魔法使い予備軍ことユウですけれど」
「色んな意味で可哀想すぎて聞けないわ……」
ついでに言えば、聞かずとも「やりません」と怒る様が目に浮かぶ。
「……その、グレンさんとヴォルフさん的にはどうなんですか?」
「やるわけないじゃない……」
「やらないしさぁ……もうさぁ、この論争やめようよ。もうね、やるにしたってね……らずくんしかやらない気がするから……」
不毛すぎる会話はラザラスの名誉を地に落とすことにしか繋がらないため、話題を変えようよとヴォルフガングが話を打ち切りにかかった。
「俺的にはやっぱり『なんで正体を言わないのか』が気になるんだよね。本人だったとしても、本人じゃなかったとしても、『ジャレットです』って言わない理由が分からない」
「んー……それはまぁ、確かにね。やっぱり別人格なのかしら……違和感がすごくて言えないとか、罪悪感がすごくて言えないとか? ルーシオはどう思う?」
「さっきからどうして俺に聞くんですか」
「丁度よくそこにいるし、あなたは比較的地雷じみたものが無いからよ」
「ははは……あえて触れにくい話題を例に出すなら。俺がそのタイプのキメラドールだったとします。その状態で何故かシグルーンの記憶を持っているとしても、嘘を吐けば、そうだと言えば、エマと結ばれるかもしれない未来があるとしても……『シグルーンです』とは言えませんね。『俺』という別の意識があるからかとは思いますが」
「地雷じみたものが無いって言ったせい!? 本当に触れにくい話題出してきたわね!?」
「10年間バームクーヘン食うの、割と本気で楽しみにしてきたので気にしないで下さい」
シグルーンが意識を取り戻した結果、バームクーヘンがほぼほぼ確定した男はそう言って笑う。
その空白の10年間でエマを口説き落とせば良かったものを、確固たる意思で彼女に手を出さなかったこの子も大概に誠実なタイプよねぇとグレンウィルはヴォルフガングに視線を向けた。
「そう考えると、別人格持ってる可能性も無きにしも非ず、か……」
「でも、俺はストーカーしない派の人間なのであんまり当てにならない気がします。そもそも、俺の場合は『シグルーンが親友だから』っていうのも強いですしね。だからバームクーヘン食いたいわけで」
「う、うーん……」
話がどう足掻いても先に進まない。そうこうしていると、誰かが2階から降りてきたようだ。
「とてつもなく不毛な会話してませんか……?」
話し声が聞こえたのだろうか。よりによってユウが降りてきてしまった。とはいえこの建物内にいる人間は彼で最後だ。降りてくる可能性は普通にあった――先程、どう考えても可哀想なことになる質問内容を聞かれていないだろうか?
「感性が割とまともな部類で誠実な魔法使い予備軍!」
「寝起きに暴言吐かれたんですけど」
「半分は褒めてるから。よし、余計なこと聞いてないな?」
「……」
最高に酷い確認を取られたせいで、非常に不満そうである。ユウはそのまま調理場に行き、コーヒーを入れ始めた。
「ゆうちゃんにしては起きるの早い?」
「そうですね、何となく起きたので……まあ、今日は組織突入も無いですし、のんびりしようかなと」
日光をとにかく苦手とするユウは、基本的に夕方くらいに起きて朝方に眠るような生活をしている。世間一般からしてみれば十分寝坊しているような時間帯だが、彼にしては『早起き』なのだ。
「らずくんとくーちゃんの分、君とれびちゃんの負担が増えてるのが気になるんだよねぇ」
「んー……まあ、ロードクロサイトに居た頃は似たようなことをひとりでやってましたし、レヴィがいる分、楽なものですよ」
テオバルド救出後は、関連人物は同じなのに理由が全く異なるという意味不明な理論でラザラスとクィールに突撃任務を与えていない。そのため、必然的にユウとレヴィの負担が増えている状態だ。
なお、本日レヴィは今日はクリスティナと一緒に『クィールを慰める会』と称した買い物に行っている……テオバルドが周囲に与えた影響が大き過ぎる。
「ふあ……」
過労を強いられた男が、コーヒーを飲みながら欠伸をしている。立ち上がり、ルーシオはカップを取り上げた。強引に眠気を覚まそうとしていることに気付いたようだ。
「眠いんじゃないか。無理して起きるな。寝ろ」
「最近なんだか夢見が悪くて……」
「深刻ならエマに導入剤出してもらえよ。多分秒で処方してもらえるぞ」
実はエマがこの青年を密かに可愛がっていること。それは勿論ルーシオも知っており、そこに関しては同感だったりする……というより、ルーシオの場合はユウが鈍臭い親友によく似ているせいで普通に心配なのもある。
彼らに血縁関係は無いし、そもそもシグルーンはヒト族ということで種族から全く違うのだが、一体何の運命なのやらとエマと一緒に頭を抱えたことが懐かしい。
「んー……そうですね、寝ます……」
「それでよし、さっさと寝ろ」
何かに気を取られて途中で止まりそうだと判断したルーシオはユウの背を押し、階段まで導く。案の定、ユウはぴたりと立ち止まった。
「どうした?」
「……。困らせそうだなって、思いはしましたが……悲しいことに、多分境遇だけなら僕が近いですし……手掛かりになるかもしれないので……寝る前に、呟きますね」
背は、向けたままだった。誰も、その顔を見る気にはなれなかった。彼が、何を言い出すか。それを全員予測できていたのだ。
「僕も、言えないと思います。守れずに、助けられずに、散々傷付けて……何年も経って急に現れて、そこで都合良く恋人だなんて名乗る資格は、どこにも、無いかなって……」
「ッ、ユウ……!」
やはり、聞かれていたのか――話の流れを理解しているため、もしかすると最初から聞いていたのかもしれない。声を掛けてはみたが、小さく「ごめんなさい」と呟いた後、彼は振り返ることなく2階に上がっていった。
「……」
困らせそうだ、というユウの言葉通り、空気が重くなる。しかし『自責の念で名乗れない』は普通に可能性として存在すると言えるだろう。皮肉なことに、彼の発言は決して無駄ではない。
「あれから1週間くらい経ってるけど……ユウ、どんな状態なの?」
「表向きは頑張っていますよ。表向きは。特にエマの前ではかなり」
「まー、どう考えたって羨ましいって思うよねぇ……ゆうちゃんもどうしようもないことだって分かっているから、表面は頑張って取り繕おうとするんだろうけど」
本人なりに頑張っているようだが、ジュリアスが目を覚ました後……厳密に言うとシグルーンが目を覚ました後、少々様子がおかしいのだ。今だけであると信じたいが、そんな甘い話では無いような気がする。
「ジュリーちゃんも、エマも。勿論そのシグルーンって子もだし、その辺羨ましがっちゃうユウもなんだけど。誰も悪くないってのがねぇ……」
「そうですね。とりあえずテオバルドを締め上げる許可が欲しいです」
「やめよう? 返り討ちに遭うから? ね?」
とりあえず、関係者各位に悪影響しか与えないキメラドールをどうにかしたい。
「クーちゃん以外には手を出さない気配が濃厚なのよね。ティナちゃんとレヴィちゃんを投下してみましょうか。2人ともステフィリアとの関係性が薄いから、尻尾を出すかもしれないし」
「ジュリアス案件がもう少し落ち着いたらアンジェリアに片っ端から嘘を見抜いてもらうのも手かと」
「あんじぇちゃん、対ストーカー最終兵器みたいな扱いになってて可哀想……」
もう背に腹は変えられない。このままだと巡りに巡ってユウまで潰れかねない。謎に戦力が削がれていってしまう。部外者だとか、女の子だとか言っている場合ではない。もうやってもらうしかないのだ。
「作戦1はティナちゃんとレヴィちゃんで行きましょ。多分そろそろ帰ってくるでしょう」
「アンジェリアは場合によってはものすごく可哀想なことになるから、本当に最終兵器にしましょう」
「ひっどいなぁ、本当にひっどいなぁ」
……そうして、本人達が知らない間に作戦が固まっていくのであった。
第6章。サブタイトルは『そっちじゃない』です。




