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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第5章 ストーカー、王子様を見守り続ける。
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64.ストーカー、相談される

※冒頭から過呼吸(過換気)っぽい描写が入ります。

(ん……)


 目が覚める。窓の外から日が射していることから、その日の刺し方から、もう朝なのだろうということが分かる。

 夜中に病室を脱走した後は素直に眠り込んでいたのだが……ちょうど睡眠が浅くなるタイミングだったのだろう。物音に気付き、ロゼッタは身体を起こした。


「かひゅ……っ、ひゅっ、は……っ」


「!?」


 近くから、荒れた呼吸音が聞こえる。見れば、ソファから体を起こし、玉のような汗を流すラザラスの姿がそこにあった。


「ら、ラズさん……っ」


 苦しいのだろう。胸を掴むように押さえている。ロゼッタは近寄ろうとベッドから飛び降りたが……不意に、脳裏にノイズのようなものが過る。足が、前に進まない。


(こんな時に……違う、大丈夫、なのに……っ)


 記憶の混濁、とでも言えば良いのだろうか。身体の大きなラザラスに近寄ろうとすると、同じように身体の大きな人間に殴られ、蹴られ続けた記憶が過るのだ。彼は違うと、彼は危害を加えないと、分かっているのに。それ以前に、怯えている場合では無いと分かっているのに。


「……っ、ひゅ……っ、……ロゼ、大丈夫、だ。来るな……」


「ラズさん……」


 そう言って、ラザラスはふらりと立ち上がる。真っ青な顔を上げ、彼が見つめるのは病室の窓だ。覚束ない足取りで窓に近付き、震える指でそれを開く。完全には開かないようにロックが掛かっていたが、それでも、半分は開く。彼にはそれで十分だったのだろう。


(え……ちょっと、まさか……っ)


 そのまさかだった。ラザラスは窓から身を乗り出し、何の躊躇いもなくそこから飛び降りた。


「ラズさん!?」


 ここは2階だ。普段のラザラスならあまり心配しなくとも良い高さなのだが、間違っても正常とは言えない状況だったこともあって冷汗が止まらない。

 恐る恐る窓に近付き、外を見る。建物と植え込みの間で座り込んでいるラザラスの姿が見えた。意識はあるようだが、身動きを取る気配がない。怪我をしてしまったのだろうか。


「……っ」


 いても立ってもいられず、ロゼッタは病室を飛び出す。廊下を走ってはいけません、という看護師の声が聞こえたが、申し訳ないとは思いつつ完全に無視だ。

 魔法が使えるならロゼッタも窓から飛んだのだが、今は確実に魔法を発動させる自信が無い。間違ってもラザラスを潰すような事態を発生させたくない。となると、全力で走るしかないのだ。


「ロゼッタ!?」


「す、すみません! 急いでます!!」


 途中でエマとすれ違った。ほぼほぼ無視して走るが、彼女は関係者だ。ロゼッタの後を追ってきている。何か持っている様子で、恐らく婚約者の病室に行く途中だったのだろう。


「どうした!?」


「大丈夫だとは思うのですが……ラズさんが病室から飛び降りまして。過換気っていうんでしたっけ? それを起こした状態で……」


「あー……そうだ、アイツ、病院って空間そのものが苦手なんだ……あーもー、それ系持ちなのは分かっていたけどさぁ、それにしたってトラウマ起爆剤多いなあのポンコツ!!」


 ラザラスのトラウマ起爆剤がやたらと多いことは分かっていた。ジュリアスやロゼッタの案件が落ち着き、悪い意味で余裕ができたせいで、自分が『病院に居る』という事実に目を向けてしまったということか。耐え切れず、咄嗟に自分が置かれている空間から逃げようとしたのだろう……だが、この選択肢を取った理由がそれだけではないことに、ロゼッタは気付いていた。


(わたしが、ラズさんにどうにか、近付こうとしたから……)


 過換気こそ起こしていたが、ラザラスは理性を保っていた。ロゼッタに無理をさせるくらいなら、と病室から飛んだのだろう。どうやら目撃者はいなかったようだが、恐らく、見られるのも覚悟の上だ。目立つ行動を嫌がるラザラスが、だ。


(無理、させちゃったな……)


 考え込んだ状態で、走る。途中何度かエマに腕を引かれたため、前方不注意になっていたのだろう。最後の方はもう、エマが先に走り、ロゼッタの手を引く形になっていた。

 




「ラザラス!」


「ラズさん!!」


 そうして向かった先、人目に付かない場所で、横たわるラザラスの姿を発見した。見たところ怪我は無さそうだが、やはり呼吸がおかしい。今すぐに病室に運びたいところだが、その行為は彼の場合は悪影響しか与えない。


「ッ……すみま、せ……、大丈夫です、すぐ、治まりま……」


「はいはい、意識はあるんだな。ここ、病院の裏側みたいだな。アタシとロゼッタが植え込みの前で話してるから、落ち着いたら出てこい。そして帰れ。良いな?」


「……っ、その……」


「アンタさぁ、馬鹿じゃないんだからさぁ……病院泊まり込みが無謀なことくらい、分かってたでしょ? もうちょっと自分労わってくれないと、良くなるもんも良くならないよ」


 そう言って、エマはちらりとロゼッタを一瞥する。ラザラスが自分のために無理をしたことに喜んでくれれば良いものを、分かってはいたが罪悪感に苛まれている様子だ。


(ま……アタシもしばらく狂ってただろうし、気持ちは分かるんだけどさ)



『愛してるよ、エマ。君が生きていてくれた……それだけで、僕は幸せだ』


 昨日、10年越しに目を覚ましたシグルーンがエマの顔を見て、最初に口にした言葉。自分が置かれていた状況、失われた年月を知った上でも、彼はこう言ってくれた……分かっていた。シグルーンが、そういう性格をしていることを。恐らく、そう言ってくれるであろうことも。


(良い奴を傷付けるって、そういうことだもんねぇ)


 いっそ罵ってくれれば良いのに、大嫌いだと、言ってくれれば良いのに。拒絶されないと知っていながら、今日もエマはシグルーンの病室に向かおうとしていた。だが、それは本当に許されるのだろうか、と現在のラザラスとロゼッタの様子を見ていると考えてしまう。


「……ロゼッタ。調子はどうだ?」


 ロゼッタの精神状態が非常に良くない状況に陥っているという話は、昨夜ユウから聞いている。

 曰く、過去の出来事を自分と切り離して受け止めていたらしい彼女が、それを主観的に考えられるようになったとのこと。これだけ聞くと良いことのようにも思えるが、ロゼッタの場合は話が違う。


「え? わ、わたしは元気です……昨日、色んな検査をして頂きましたけれど、特に異常はなかったみたいですし。ただまあ、しばらくは痛み止め飲まないといけないみたいですが……」


 彼女が語ったのは、精神面ではなく体調面の話である。精神的な部分に関しては触れない方が良いと判断し、エマは医者としての立ち位置で口を開く。


「それは異常なしって言わないんだよなぁ……まあ、聞いてると思うけど、この病院ね、アタシの婚約者が入院してたから……間接的にアイツを救ってくれたこと、結構感謝してるんだよね。だから、辛かったら言いな」


 はーい、と笑うロゼッタの表情に陰りが見える。

 振り切れたポジティブ思考と振り切れた変態性がアンタのアイデンティティだったろ、暗いのやめて欲しい。どうにか元気付けられないだろうか……と考えているうちに、エマは余計なことを思い出した。


「あー……」


「? エマさん?」


「恥ずかしいネタがあることをな、思い出したんだよなぁ……」


 実はエマ、定期的にルーシオに弄られている案件がある。

 ルーシオも鬼ではないので、他の人間がいる場所、特に“本人”がいる場所でそれを言ったことはないのだが……。


「き、聞いても良い奴ですか?」


「……。時間の問題なんだよ。絶対後々バレるから、もう先に言っちゃっても良いんだけどさぁ……普通に恥ずかしい」


 スマートフォンを操作し、1枚の画像を出す。これを見せれば、ロゼッタは多少笑ってくれるかもしれない。ラザラスやクィール、そして“本人”には伝えにくい案件なのだが、あの辺も時間の問題なのがとても悲しい。


「アタシねー……適当にあしらっちゃいるというか、意識的にそうしてるとこもあるんだけど……ゆ……フェリクスのこと、すっごい可愛いなって思ってるのよ」


 何故か愛称で呼べなかった。本当に恥ずかしい。

 当の本人が慣れていないせいで反応が非常に鈍いことを不憫に思い、陰で定期的に本名(フェリクス)で呼んではいるが……基本的に彼は『ユウ』だ。ロゼッタに通じるだろうか。


「!? えっ、ユウ? どういうことですか!?」


……通じてしまった。物凄く恥ずかしい。


「あれよ? 恋愛的な奴じゃなくて……弟みたいに、思ってんのよ。あの顔は反則だと思う……あー……時間の問題なのよねぇ、もう、絶対近いうちにバレる……恥ずかしい……」


 顔から火が噴き出しそうだ。

 震える手で、ロゼッタにスマートフォンを渡す。


「あの」


「……」


「この人、ユウじゃないんですよね……?」


「………………。うん、アタシの婚約者……」


 やっぱり駄目か。ユウの顔が半分焼けただれているから、ワンチャンバレないかと思ったのに。ロゼッタの手からスマートフォンを強奪し、エマはその場に崩れ落ちる。


「ねえ、弄られたくないの」


「無理かと」


「恥ずかしいの」


「諦めましょう」


 つまりは、こういうことである――エマは、婚約者に顔のよく似た男を、計画に引きずり込んだのだ。とはいえ、言ってしまえば事故のようなものだ。スカウトしに行った男の顔が、たまたま婚約者に似ていたのである。問題は……。


「……あの、ついでに聞いて良いですか?」


「うん」


「ユウって……結構剥がれますけど、意図的に口調……」


「言わないでっ!!」


「あっ、はい……つまり、そういうことと、いうことで……」


 こちらも事故といえば事故だ。あまりに口が悪いからと、ルーシオと一緒になってせっせと口調を矯正してみた結果……何故か、シグルーンに似た喋り方に矯正してしまったなんて。


「そのー……あのー……多分ユウって、エマさんに結構懐いてると思いますよ。実質弟みたいなもんだと思いますよ」


「慰めるにしたって、多分そうじゃないと思うんだ」


「……。頑張って下さい?」


 皆に……特に、ユウに冷めた目を向けられそうで怖い。アレは困ったことに、感性的なものは割と常識的だ。しかも、何が嫌ってユウに自分の姓を付けている。

 完全に無意識だった。そういう意図は無かった。だが、当人がそう思ってくれるかといえば話は別だ。


「でも……ほら、プラスに考えましょう? その……失礼ですが、顔合わせが、出来なかった可能性もあるわけで……」


「……」


「顔合わせした結果、エマさん恥ずかしい思いするかもしれませんが……多分、それって凄く幸せなことですよ。さっきから話題に出てるユウは、そもそも……」


「……それも、そうか」


 ユウは何年経っても、何十年経っても、もう二度と、婚約者に逢うことができない。奇跡は、決して起こらない。

 多少恥ずかしい思いをしようが、自分は恵まれているのだとエマは悟る。


(『おめでとうございます』って、笑ってくれたけど……でも、アイツは……)


 彼の婚約者であるアリアは、AN型キメラドールだった。

 髪色や瞳の色、年齢等異なることもあったようだが――それでも、同じAN型キメラドールであるアンジェリアと、同じ顔をしていた。


 3年前、ユウが店にやって来たアンジェリアを初めて見た時。うっかり彼女に手を伸ばしてはいたものの、その場では、その時は耐えてみせた。

 しかし店を閉め、自分の部屋に戻った後、彼は婚約者の名を泣き叫んでいた。ユウが泣き叫んだのは、後にも先にもその時だけだった。誰も、彼の傍に行くことはできなかった。


「アタシは……幸せ、なんだよな」


 不幸中の幸い、AN型キメラドールはアンジェリア以外生き残ってはいないらしい。言い方は悪いが、つまりは『廃盤』だ。既に生み出された『個体』も、アンジェリア以外は存在しない。全員『破棄』されているらしい。そのため、ユウが泣き叫ぶような事態は、もう発生しないと言える。

 だが、アリアは21歳でこの世を去ったらしく……ユウは何も言わないが、アンジェリアの外見的特徴はかつて出会った時よりも、ずっとアリアに近くなっているのではないだろうか?


「そう思いますよ」


「恥ずかしい、とか……言ってられないのか……でも……アタシ、惨いことしちゃったかなって、思ったり……」


「流石に、婚約者の生死でどうこうはならないと思いますけど……というか、ユウはエマさんの婚約者さんに謝らなきゃいけないこと、あると思うんです。喫茶店、店長が変わった結果、めちゃくちゃ閑古鳥鳴いてるって聞いてますよ」


「あはは、そうなんだよ。今は隠れ蓑扱いだから、喫茶店の経営をそこまで大事にしてないってのもあるんだけど……それにしたって、酷いんだよねぇ。毎月大赤字だもん」


「全部が終わったら、責任もって立て直して貰えば良いんじゃないですか? その……似たような顔の美男子が2人いたら、話題性もあるでしょうし」


 ロゼッタは後ろにいるラザラスに配慮してか、最後の部分だけこっそりとエマの耳元で囁いた。


「それもそうか。もうそのまま喫茶店に就職してもらえば良いのか。うん……あの容姿にあの体質に加えて、あの性格だから気にはなってたんだよね」


――全てが、終わった後。


 正直、ルーシオやレヴィ、そしてラザラスはどうにでもなると思う。彼らは普通に、表社会で生きていける部類の存在だ。そもそもルーシオとラザラスは元々は表社会の人間だ。元の世界に帰ってもらえば良い。

 クィールとヴォルフガングは生粋の裏社会側の人間だが、あそこまで振り切れれば逆に生きていけるだろう。残念ながら全てが終わったとしても、彼らのような存在は需要があるに違いない。

 問題はユウだ。容姿と体質を思えば普通の生活はできないし、かと言って完全な裏社会で生きていけるような性格でもない。

 彼をこの国に連れてきたのは、自分だ。またシグルーンを巻き込んでしまうが、連れてきた責任は取りたい。


(この子に話して、良かったな……最後まで戦おうっていうモチベーションが保てそうだ)


 エマもまた、仇討ちのために戦っていた人間だ。シグルーンが目覚めたことにより、決意が揺らぐのではと心配だったのだが……未来を夢見て、そのために戦おうと再度決意を固めることができた。

 勿論、途中で投げるつもりはなかった。最後まで走り抜くつもりだった。だが、それでも彼女は不安だったのだ。


 背後で茂みが揺れる。どうやらラザラスが出てきたらしい。


「……すみません」


「んー、アタシもロゼッタに悩み相談できたし、ちょうど良かったよ。アンタは今日のところは帰りな、ジュリアスのリハビリ、明日からって聞いてるよ。どうせ付き添いたいんでしょ?」


「まあ、はい……そうなんですけど……」


 煮え切らない返事をしながら、ラザラスはちらりとロゼッタを見る。ああ、そういうことかとエマは苦笑した。


「はいはい、分かったよ。今からこの子の退院手続きしてくるから、ちょっと待ってな」


 連れて帰りたいらしい。もはやストーカーどうこうはもう指摘しないことにする。ロゼッタはラザラスが怖いんじゃないかとは思ったが、恐らく打開策があるのだろう……影に隠れるとか。


(まあ、好いた者が同士一緒にいられるってのは幸せなことだしね……)


 血塗れの道を、常人には理解されない道を歩むことを少なからず覚悟した自分達だが、それでもそれぞれが幸せを願っても良いのだと信じたい。

 自分も幸せになりたい。シグルーンと共に生きていきたい――そして、“彼ら”の幸せを願いたい。


「ほら、行くよ。ロゼッタ」


「はーい。ラズさん、すぐ戻ります。待ってて下さいね」


 解決しなければいけない問題は山積みだが、最後は、全員で笑いたい。子どものような細やかな願いを抱きながら、エマはロゼッタの手を引いて歩く。


 彼女が、夢見た未来。それは、誰もが望むだろう、希望に満ちた未来だった……ただ、1人を除いて。

第5章、終了です。やっぱりもう数章続きます……。

多分第6章は短めです。

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