61.ストーカー、怯える。
「……」
「ああ、うん。あの子レベルじゃなさそうだけど、結構エグそうだねぇ」
ジュリアスが、抱き込んだ枕に顔を埋めて撃沈している――何が起こっているかというと、彼の“両足”が原因であった。
「痛い……痛いん、ですけど、まあ、聞いてた、ほど、では……ッ」
「ジュリー君の場合、眠ってる間に手術も装着慣らしも終わらせてたからねぇ」
「装着慣らし終わっててコレって、ユウさん生きてるんですか……!?」
そう言ってジュリアスは顔を上げた……が、たったそれだけの動作でも辛いのか、彼は再び枕に顔を埋めた。歯ぎしりの音が微かに響いている。
彼が今、両足に装着している義足は、数か月前にユウを撃沈させていたものと同じ型の魔導義肢。一度取り外されていたそれを、先程再装着した結果がこれである。
「ねえラズ君、“フェリ君”って今はどんな感じ?」
「えっ!? あー、えーと……じゅ、十中八九ユウさんのことだと思うのですが……最近会ってないんですよね。最後に会った時は意図的に義手外してましたし」
オスカーとジュリアスがロゼッタの存在を認識しつつもスルーしたように、ラザラスも即座に『何故かオスカーがユウの存在を認識している上に、どうやらユウの本名を知っているらしい』ことをスルーした。ロゼッタも瞬時にそれを理解する。
(ああ、ユウの本当のお名前って『フェリクス』だったね……ラズさん触れない姿勢っぽいし、わたしもほっとこ……)
世の中には触れない方が良いことが沢山あるものだが、彼らはいっそ全く触れない方針で行くことにしたようである。そうして勿論ストーカーはラザラスの選択を尊重するのであった。
「んー、フェリ君、外しちゃってたのかぁ。サンプルとしての意味合いもあったから、ちょーっと困るなぁ、それ……ま、仕方ないか。後で様子見てこようかなぁ」
その瞬間、ガラリと勢いよく入口の扉が開く。
開いた先には、頭から黒いフードを被り、その他色々纏って全身の肌を一ミリも晒していない黒装束の人物が立っていた――誰、と尋ねるよりも先に、その人物は叫ぶ。
「何なんだよアンタ!! アンタは情報屋とかそういうのじゃない筈だろう!? もうどこから突っ込んだら良いのか分かんねぇよ!!!」
「あ、ユウだ」
勝手に魔導義肢装着者のサンプル扱いをされている上、いつの間にか本名と居住地を知られているらしい事実を突きつけられたユウの気持ちがお分かりいただけただろうか。
空気を読んだアンジェリアが病室のカーテンを閉じれば、ユウはそれに合わせて武装を解いていく。現在時刻は正午過ぎ。本来であれば、彼は室内に引きこもっていなければならない時間なのである。
「ははは。気にしちゃいけないよ。悪い筋から入手したわけじゃないから、安心して欲しいなぁ」
「安心できるか馬鹿!!!!」
布の下から現れた、あまり健康的な印象を与えない白髪と白い肌は相変わらずだ。しかし、現在の彼を傍から見て『隻腕』だと思う者は誰もいないだろう。
ラザラスが裏家業に参加しなくなったため、しばらく顔を合わせていなかったのだが何となく雰囲気が変わったように見える。その間、ほんのひと月ほどの間に、ユウは自然な動きで左腕を動かすことができるようになっていたのだ。
「まあ、それはさておき。今はどうなんだい?」
「はぁ……そうだな。痛みやら発熱やらは一週間もすれば落ち着く。ジュリーの場合は装着慣らし済んでるし、すぐに問題なくなるだろう。後は、リハビリ中に定期的にやってくる激痛さえ乗り越えれば、普通に動かせるようになるんじゃねぇか?」
ユウは左腕の義手をゆらゆらと動かしながら、ジュリアスに向かって茶化すように笑いかける。
「慣れさえすれば良いんだ。かなり不本意だが、義手の存在に早くも結構助かってる。俺は元々、左利きだったしな……だが、慣れるまではハッキリ言って地獄だ。痛いとかそんなもんじゃねぇ。発狂するかと思った。覚悟決めとけ」
「覚悟は決めます、歩きたいので。でも、楽しそうな顔して脅すのやめてくれません!?」
「ははは。憂さ晴らしって奴だな。しっかし、思ってたより良い顔してて安心したぞ」
「ていうかそのキャラどうしたんですか。二年前の段階ではもうちょっと大人しい人だった気がするんですけど」
「残念だがこれが素なんだよ。二年前どころかジュリーと出会う前からこういう感じだよ。見た目に合わせておとなしそーに取り繕ってただけだ。うっかり素が出たから、お前に対してもこのまま行くわ」
「は、はい……」
ジュリアスの記憶の中のユウは、一人称は『僕』、二人称は『あなた』で柔らかな口調、呼び捨てなんて絶対にしないタイプの男だった。
そもそもジュリアスはラザラスどころかこの男達が『ヤバイお仕事を本業にしている方々』であることを知らないのである。
(ユウは年下なら結構誰にでもこういう感じだと思うんだけど……あー、もしかしてジュリーさんだけ何にも知らない感じ……?)
関係者各位にやばい人しかいない。
ジュリアス以外はやばい関係者か知ってて黙ってるやばい人のどちらかなようだ。口を滑らせないように気を付けなければ、とロゼッタは苦笑した。
そうこうしているうちに、ぞろぞろと他の知り合いたちが病室に入ってきた。
「ジュリー君!」
「……元気そうね」
「ジュリーさん! 遊びに来ました!!」
「とりあえず作ってきたけど、差し入れって持ってきて良かったのか……?」
(わぁ、大集合だぁ)
集まってきたのはクリスティナにグレンウィル、それからレヴィとルーシオだ。恐らくジュリアスと面識があるのはこのメンバーとエマまでなのだろう。
耳に羽が生えている上に強烈に顔が整ったクィールと、見た目は子どもなのに中身と声がおっさんなヴォルフガングは完全に裏方要員なようだ。よくよく考えたらこの二人は喫茶店では働いていないため、出会うこともなかったのだろう。
(ここまで来ると、エマさんいないのが逆に気になるなぁ……ジュリーさんのほっぺたもみじ化現象知ってたってことは最初に顔出したっぽいのに、どうしたんだろう?)
クリスティナとレヴィがジュリアスの顔を見て泣き出したり、グレンウィルがジュリアスの顔をもちもちしたりする様をルーシオが眺めている。知り合いなのは分かっていたが、何となく彼らとジュリアスの距離感が分かりそうな光景だ。ロゼッタは、新しくやってきた面々の中ではどうも外野寄りらしいルーシオへと視線を向ける。
「ルーシオさん。エマさん、どうしたんですか?」
「あー……そうだなぁ、エマ帰って来なさそうだし、代わりに説明しとくか」
俺から言って良いもんなのかなぁ、とどこか決まりが悪そうにルーシオは口を開く。
「エマの婚約者……シグルーンっていうんだが。そいつが目を覚ましたんだよ。十年ぶりの再会だから、今はそっとしてる」
「えっ!? 一大事じゃないですか!!」
「ああ、一大事だなぁ……その他、院内に居た不特定多数の意識不明患者が目を覚ます事態が発生してるからな。病院大パニックだよ。ナースセンター行っても誰もいないんだ」
そういえばさっきナースコール鳴らしたけど、誰も反応してくれなかった。
恐らく、急に目を覚ました患者本人への対応及び家族への連絡と対応に追われて、ナースセンターに人が滞在できる状況では無いのだろう。病院の規模の大きさを考えれば、今回、対象となった患者がひとりやふたりでは無いことは安易に想像できる。
「あの、まさかとは思うのですが……」
ジュリアスが会話に割って入る。
このタイミングである。余程鈍い人間でなければ、何となく原因を察するものだ。ましてや、彼は当事者なのだから。
「うん、お前が病院中に光の魔力ぶち撒いたのが原因です。院内では【強制目覚まし事件】って呼ばれてる。結果的に割と良い方に動いたが、もう二度と使うなよ、お前が目覚めなくなるからな」
「は、はぁい……」
確かにあれをもう一度抑え込む自身は無い。とりあえずジュリアスはお願いだから魔法の使い方を覚えて欲しい。
「そのー……今のままだと、多分また強制目覚まし事件起きちゃうと思うんですけど……ジュリーさんって、今まで飛竜種の魔力多すぎ問題どうしてたんですか?」
ロゼッタは以前、暇を持て余してラザラスの部屋に(家主の能力的に使えない本ばかりだったが、それでも何とか使えるようになろうと頑張ったのか)大量にあった魔法関連の本を読んだことがある。その結果、現在のジュリアスの状況が妙なことを理解できていた――普通、ああはならない。
「逆にアンタに聞きたいんだけど、どうやって制御してんの?」
「……。触れちゃいけない気がするんですけど、言います。年齢に応じて魔力は魔力回路のキャパに合わせて増えていくらしいので、普通に息してたら暴走なんかさせない筈なんですよ。今までどうしてたんですか?」
「んんー? いや、普通に使ってたんだけど……耳とか羽とかに対する局所的な【隠蔽】とか、音魔法でアンジェとテレパシー送りあったりとか……だから、使えなくはない。けど、オレの素質は並だと思ってたんだ……」
「全く使ってなかったわけじゃないんですね。ますますよく分からない分からないです……並どころか、あなたの素質はわたしより上です。わたしより素質が上の人初めて見ました。このままだと非常にまずいのでどうにかしましょう……どうやって?」
そう言ってロゼッタは周囲に視線を向ける――一斉に目を逸らされてしまった。
「ロゼッタより、上……だと……そんなバカな……」
特にユウ(素養だけはある器用貧乏残念魔導士)は絶望のあまり天を仰いでしまっている。何も言わないが、ラザラス(ポンコツ人工魔導士)に至っては震えている。悲しくて悲しくて震えている。
「だ、誰か……どうにかする方法は……」
「……」
苦虫を嚙み潰したような顔をしたグレンウィルが両手を軽く上げて首を横に振るった。分かりません、ということだろう。ロゼッタはジュリアスと視線をかわす。こちらも苦虫を嚙み潰したどころか百匹くらい噛んで飲み込んだような顔をしている。
「流石に歩く爆発物にはなりたくない、かな……参ったな……ははは……」
困ったことに、このまま行くと本当に歩く爆発物である。ジュリアスも気を付けはするだろうが、感情が高ぶるとやらかす可能性が出てくるということだ。
現時点では安定しているものの、彼の身に起きたことからしてどう考えてもこの先年単位で精神不安定になるのは間違いないわけで……あれ? 詰んでない?
(うーん……病院の先生とか呼んで来たらどうにかなったり……)
「……。ジュリー、ちょっと……ちょっとどころか、かなり酷いこと言うけど良い?」
詰んだかなというこの状況下で手を挙げたのは意外にもクリスティナだ。彼女は非魔導士だが、どうも博識らしい。何か分かることがあるのかもしれない。
「必要な話なんだよね? 受け入れるよ」
名指しで大丈夫かと聞かれたジュリアスがそう答えれば、クリスティナは躊躇いがちに口を開く。
「ジュリー、足に入れ墨……とか。そういうの彫ってなかった? その……ごめんね、多分、それが今まで魔法に制限掛かってた原因なんじゃないかなって、思うんだ。その足が無くなったから、制限が無くなったのかなって……」
(ああ、なるほど)
そういえば、暴れまわった結果、顔に謎の模様を彫られた同期が、先輩が、後輩がいたなぁ……何故だか、笑みがこぼれてしまった。あれは、そういうことだったのか。
あの模様には、入れ墨には、魔力を物理的に抑え込む効果があったのだろう。今、自分の手首足首に付けられている魔力拘束とは異なり、入れ墨は一度彫られてしまえば、どんなに拒んでも、どんなに嫌でも自力で取ることができない――一生、残り続けるものだ。
流石にそれは嫌で、暴れようとは思えなかったことを思い出す。殴られようが蹴られようが、大人しく従っていたことを思い出す。だからこそ突然変異であるロゼッタの魔法の素養が高いことに、周囲は気付かなかったわけなのだが。
ザザザ、と脳裏に砂嵐のような音が走る。走馬灯のように、『自分』が乱雑に扱われている様を思い出す。ボロボロの『自分』は、床に適当に転がっていることが多かった。
(わたし……)
次に来たのは、今、身体に触れている熱に対するどうしようもない『恐怖』。
「うん……そうだね、結構えげつないのが広範囲に入ってたよ。それも物心付いた頃には既にあったよ。それで納得した。オレ、生まれが竜人の村だからね。多分、飛竜種のことも知ってたんだろうね……なるほど、抑え込まれて育ったわけか。どうりで自覚がないわけだ……」
(……駄目だ、話が全然頭に、入ってこない……いやだ)
込み上げてくるのは、嫌悪感、不快感。言葉に上手く言い表せない負の感情。
この場から逃げ出したいと、大好きだった筈の、ずっと一緒にいたいと思っていた筈の人の腕から飛び出したいという感情を、ロゼッタは必死に抑え込む――この人を、拒絶するわけにはいかない。
(ラズさんを、拒みたくなんか、ないのに……どうして……)
「それならロゼちゃんに闇魔法の【魔力拘束】使ってもらえば良いんじゃないかしら? 少しずつ段階に応じて解放して貰って、馴染ませていけば……って、ロゼちゃん?」
気付かれてはいけない。
「ッ、大丈夫……大丈夫です。それで……なんでしたっけ?」
ロゼッタは頭を振るい、笑みを浮かべて見せる。ぐちゃぐちゃになった感情をどうにか抑え込む……そうだ、『今まで』ずっとそうしてきたじゃないか……ちゃんと、笑えているだろうか?
「……」
視界の片隅で、ユウが無言でフードを被る。その直後が早かった。
早歩きでこちらに近付いてくる。『恐怖心』という感情が出るよりも先に、気が付けばロゼッタはユウに「米俵かな?」という感じに抱え込まれていた。
「えっ!? な、何……!?」
そんな抱き方なせいで、一番最初に出てきたのは疑問だった。
『俺でも無理なもんは無理だろうが、ラザラスよりは若干女っぽい顔だし、ひょろいからこの中ではまだマシな方だろ?』
(!?)
テレパシーが届く――嗚呼、全部、気付かれていたのだ。
きっと、この意味の分からない抱き方を選んだのも、色々分かっていてやっている……ロゼッタは目頭が熱くなるのを感じた。
「ロゼ……」
背後から不安げなラザラスの声が聞こえた。ユウのお陰で嫌悪感や不快感は薄れたが、恐怖心が消えてくれない。何も、言葉を返すことができない。
(ラズさん心配してる。わたし……わたし……)
何か言葉を返さなければ。声が出ない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「ちょっとロゼッタ借りていくぞ! 事情は……多分アンジェリアが分かってるだろ。レヴィ、無いだろうが何か事が動いたら後で説明してくれ。じゃあな!」
ユウを止める者、説明を求める者。声は上がらなかったが、そんな感情を込めた視線は明らかに来ていた。それでもユウは立ち止まらず、足早にロゼッタを抱えたまま病室を後にする。
「ゆ、ユウ……まだ、明るいから、フードだけ、じゃ……」
「まあ、流石に外に出るのは死ぬなぁ。さて……お前の病室って二階上のフロアだったか? とりあえずそこ行くか」
謎の抱え方をされたまま、ユウはスタスタと院内を歩いていく。
抱え方は雑なのに、歩き方のせいだろうか。振動が全くと言っても良い程に来ない。優しいなぁ、と思った瞬間、ロゼッタは込み上げてくるものが我慢できなくなってしまった。
「……ッ、天然タラシ……」
「はいはい」
間違いなく気付いているだろうに、何も言わない。無言の優しさに、ロゼッタの最後の砦が決壊する。ユウの決して広くはない背に顔を埋め、ロゼッタは声を震わせた。
「ラズさんのこと、怖いなんて……思いたくなかったのに……っ! なのに、どうして……自分のことなのに、全然、制御、できなくって……っ」
「今も昔も、俺は『思いたくない』って思ってくれていただけで、一緒にいる理由としては十分だったけどな」
「……ッ」
ユウが真っ先に異変に気付いて“くれた”理由を察してしまった。それは、彼の心の傷を抉る行為でもあったはずなのに。
気が付けば、目が覚めた時にいた病室に帰ってきていた。ベッドに降ろされた途端、ロゼッタは声を上げて、子どものように泣いた――そうしているうちに大声で泣いた記憶が全く無いことに気付いて、自分の記憶が不自然な『空白』だらけだと気付いて、自身の歪さに怯えたロゼッタは尚更泣きじゃくることしかできなかった。
最初から何もかもが歪だった少女と、実は薄々察していた青年。




