60.ストーカーのお陰だと認めたくはないが。
「えーと……」
どちら様でしょうか――当たり前と言えば当たり前の問いに、ロゼッタは天を仰ぐ。
「せ、説明に困るんですけど……とりあえず、ロゼッタっていいます」
「は……? 説明に困る、とは……?」
聞かないで欲しい! 分かんないの!!
嘆きのロゼッタはラザラスに視線を向ける。ラザラスも困っていた。顔が引きつっている。
「えーと……あ、そうか! 同居人って言えば良いのか?」
同居人。
この単語だけなら嘘ではない。しかし、ラザラスの言い方が非常に悪かった。
「なんでラズが疑問符なの? 何か大事そうに抱きかかえてたじゃん? 絶対関係者じゃん?」
「説明に困るんだ、何か言葉にできない関係なんだ。少なくともペットじゃないよ」
「ペット……っ!?」
「ラズさん悪化させないで!!」
……非常に残念なことに、ラザラスにこの場を突破できるだけの応用力は無かった。
そう、この男は数年前までは顔“で”大体何とかしてきた男であり、近年は外面“は”さておき内面的には激しくポンコツでしかない男である――アンジェリアという最終兵器が近くにいるせいで非常に分かりにくいが、巷ではこのような人間のことも『コミュ障』と呼ぶ。
「――ッ」
激しく混乱したジュリアスは物凄い勢いでアンジェリアへと視線を向ける。
さっきまでちょっと良い雰囲気だっただけに、アンジェリアは残念過ぎて残念過ぎてもう死にそうなレベルで淀んだ目をジュリアスから反らして口を開いた。
「合意の上でラズを二十四時間ストーカーしてる子よ」
「……」
最終兵器コミュ障は何も隠さない。
もう訳が分からなさ過ぎて、ジュリアスは何も言えなくなってしまった。そうして最後の砦、オスカーへと視線を向ける。
「ジュリー君、これいくら聞いても多分混乱するだけだから、おれもさっき存在に気付いたのは良いとして全然処理しきれてないから、もう触れるのやめとこうか!」
恐らく今現在この場にいる人間の中で最もコミュ充なオスカーだが、流石の彼も怒涛の謎展開に疲れ切り、理解することを諦めていた――そう、いきなり顔が半分焼けただれた隻腕隻翼のアルビノ鴉にストーカーされても一ミリも動じなかったどころか、盛大に反撃して一方的に好感を持ってスカウトして、結果的にアルビノ鴉に不審がられて実は既に一方的に嫌われているあのオスカーですら無理なのだ! ジュリアスに理解できる筈がない!!
「合意の上でストーカーもあながち間違いじゃないんだけどさ、ぶっちゃけ何かその単語嫌だから、とりあえず『同居人』認識で頼むよ」
「合意の上でストーカーしてましたけど、別にストーカーって言われても否定しないですけど、ラズさんが嫌っぽいので違うってことでお願いします」
「えええぇぇええええぇえぇぇぇ」
「畳みかけるように当の本人たちが率先して意味不明にしていくのやめて!! ジュリーが可哀想でしょう!?」
そもそも今日、ロゼッタと会ったばかりのオスカーやジュリアスが彼女らの意味不明な関係性を理解するのは不可能だ。
会ったのが半年くらい前のアンジェリアや情報屋の面々どころか、当の本人たちですら、その関係性を全く理解できていないのだから!
「あー、うー……うん、そう……そう、だね」
もはや全員が明後日の方向に困惑している。先程とは違う意味で地獄絵図である。
芸能活動の中で培われたジュリアスの適応力は、ひとつの結論を出した。
「分かった! もう細かいこと気にしないことにする! ロゼッタさんだね、よろしく!!」
「よろしくお願いします!!」
ジュリアスは、もう考えることをやめた――順調に通報してくれそうな常識人たちの理性を抹消していることには気付かないまま、ロゼッタはぺこりと頭を下げた。
「敬語じゃなくても良い、かな? オレはジュリアス⁼グレイ。通称ジュリーで、職業は歌手だって言い張りたいです。年齢はどうも二十歳っぽい」
「敬語じゃなくて良いですよ。えっと、通称ロゼです! フルネームだと、ロゼッタ⁼アークライトって名付けてもらいました! 職業はラズさんのストーカーです! 年齢は十七歳だって教えて貰いました!!」
「気にしないようにしてるんだから気にさせないで!!」
ロゼッタの発言がことごとく爆弾発言でしかない。
だが、「こうとしか言えないんだから仕方ないじゃないか」とロゼッタは頬を膨らませる。
「うぅ……悲しくなるんですけど、詳細は伏せさせてもらいますけど、経歴が我ながら悲惨なんですよぅ。同じ種族なんですから、気持ち分かって下さいよぅ」
「同じ種族……? えっ、あれ……? ホントだ、アンタ、オレの色違い……?」
意味不明なことしか起こらなかったせいで、意識がそちらに向かなかったのだろう。ジュリアスは今さらロゼッタの種族に気が付いたようだ。
真っ先に種族のことを気にされてきたロゼッタからしてみれば、新鮮な体験である。だが、彼の場合はそれも無理はないだろうと考えながら、ロゼッタは自身の黒い翼を広げて見せる。
「わたしたち、正式には飛竜って言うそうですよ。突然変異で魔力が先祖返りした竜人です。血統的にはわたしは火竜、あなたは水竜ですが、その辺関係なしでこういう容姿になるそうです。翼や耳、尻尾の色は得意な属性に引っ張られるそうです。わたしの場合、闇属性が一番得意なので黒くなりました」
「飛竜……そっか、そういう……」
「まあ、他と容姿が違うと良いようにはなりませんよねぇ。わたしの場合、ちゃんと火竜しててもお先真っ暗だった気がしますが」
「気にしないことにするね」
ロゼッタは何を話しても爆弾発言にしかならないため、ジュリアスはラザラスに目を向けた。
「……で、アンタはオレのこと結構応援してくれてたから、オレだってアンタを邪魔したくないし、この子も修羅場とかそういうのは多分希望してないから、ちょっとどかしてもらっても良い? 傍から見たらこれ事案だから」
「俺はまだ何も言ってないんだけどな!!」
「さっきから時々、面白い顔してるし、見たら何となく分かっちゃうかなぁ。まさか再会してすぐ謎の案件持ってくるとは思わなかったけど、アンタの変化は嬉しいから応援するね。だから早くどかして」
ロゼッタが「何をどかして欲しいんだろう?」と首を傾げていると、上からラザラスの腕が伸びてきた。そしてスムーズな動きで腕の中に回収されてしまった。
「あ、わたしをどかして欲しかったんですね」
「アンタもオレの上に乗ってるより、そこの方が良いかなって?」
そう言ってジュリアスはパチンとウインクをする。ロゼッタが何かを返すよりも先に、ラザラスが激しく咳込み始めた。
「ら、ラズさん!?」
「ジュリー君遊ばないの、ラズ君変な顔してるから……まぁ、でも……元気になったみたいで良かったよ。おれはおれで、アンジェちゃんからいないものみたいに扱われてる気がして何か複雑だけどさぁ……」
「確かにアンジェさんよく喋ってる……」
よく慣れた人以外がいると喋らなくなるアンジェリアが普通に喋るようになるくらいには衝撃的な事態しか起こっていない。視界の片隅でアンジェリアがおろおろしているが、そういえばこの人、何で喋れなくなるんだろう?
「……ちょっとしたトラウマみたいなものよ。その場にいる全員の顔をしっかり認識できてないと、勝手にパニックになっちゃって、しんどいの」
アンジェリアの能力が勝手に発動してしまったようだ。彼女は困ったように笑い、首を傾げて見せる。
「認識できるように努力すれば良いって思うかもしれないけれど……パニック起こしちゃうせいで、そもそも人の顔見て喋るなんてできないし……それが無くとも、なんでか私は人の顔をちゃんと認識するのにかなり時間掛かるから、大体喋れないわね」
「で、でも、わたしとは結構ちゃんと喋ってくれる……」
「アンタはインパクト強すぎて顔見れたし、インパクト強すぎて関連付けて覚えることできたから平気。なんかもう、今となっては完全に平気っぽい」
「あっ、はい」
ストーカーだから仕方ないですね。
「ふうん、なるほど。詳しくは聞いてなかったけど、そういう事情だったのか」
ロゼッタとアンジェリアの話を聞いて、興味を示したのはオスカーだ。流石のこの男も、アンジェリアのことを何でもかんでも知っているわけではないらしい。
「……はい。そ、その……すみません……」
「ははっ、事情を知ることもできたし、謎の流れ弾でおれに対しても普通に喋るようになってくれたから、ラッキーって思ってるよ。要するに、顔をしっかり認識した上で、さらに時間を掛けるか、何かしらのきっかけが必要ってことだろ? おれの顔は流石に覚えててくれたみたいだしなぁ」
アンジェリアは戸惑いつつも、コクリと頷く。それを見て、オスカーは満足そうに笑った。
「そういう特性のある人間って、俺の知り合いにもチラホラいるんだけど……時間が掛かっても認識できるなら、まだ軽度なのかな。いやー、ジュリー君やラズ君の顔認識できないとか結構人生損してると思うから、そこは安心したかな?」
「あっ、分かります!!!!」
「笑うしかないから強めに便乗してこないで欲しいなぁ!」
ロゼッタは間違いなく理解していないが、恐らくこの世に存在する人間の中でも「オスカー⁼クロウを困惑させることができる」人間はそう多くはない。本人は至極当然のことをしているつもりなのだろうが、大体全部当然ではないのだから困惑不可避なのである。
話が盛大に脱線していく気配を察知したアンジェリアは咳払いし、躊躇いがちに口を開いた。
「そう、ですね……オスカーさんの顔を認識していなかったわけではないのですが……オスカーさんの年齢的に、苦手意識が先行していたんです。その……私達の“お得意様”って、大体オスカーさんくらいの年齢層になる、ので……」
アンジェリアは元をたどれば、愛玩用に作られたキメラドールだ。高価な“商品”を買うのは富裕層。富裕層で、そういった商品を購入する人間はさらに限られてくる。若年層の購入者がいないわけではないが、圧倒的大多数のユーザーは――。
「……ごめんなさい」
「うんうん、カルヴァンに対する余所余所しい態度を見ても、その類の理由だろなーって薄々察してた。謝るってことは、おれがそういう人間じゃないって頭では分かってたんだろう? だから気にしないよ」
そういえば、アンジェリアの周囲にいる人間はラザラスを含めて比較的若い。年齢が離れすぎると、友達・仲間として認定しにくい部分もあるのだろうが、そもそも彼女自身が受け付けられなかったのだろう。なかなか生きにくそうだなぁ、とロゼッタはぼんやりと考えた。
そんなロゼッタをちらりと一瞥し、オスカーが微笑みかけてきた。アンジェリアが喋り出すきっかけを作った自分に、感謝の言葉でもくれるのだろうかと淡い期待をしていると、オスカーは何事も無かったかのように顔を背け、アンジェリアへと視線を戻す。
「まー……おれも、大体勢いで全部どうにかしてくれる竜人さんのお陰なのは頭では理解してるけど、そんなことは気にせず、アンジェちゃんに感謝の言葉を贈るとしよう。ありがとうね」
「あれっ?」
無かったことにされてしまった。オスカーは色々認めたくなかったようだ。別に感謝の言葉が欲しかったわけではないのだが、ちょっぴり悲しい。
(何かオスカーさんに褒めて貰えること自体が名誉なことな気がするし、何よりラズさんに自慢できそうなのに)
行動と感情の原理が大体全部ラザラスに向いてしまうロゼッタを見つめるのはアンジェリアだ。
「いや、むしろアンタこそオスカーさんくらいの年齢層苦手だろうって思ってたけど……大丈夫なの?」
そう問われ、ロゼッタはきょとんと首を傾げる。何故そんなことを聞くのだろう?
「アンジェ。多分そこ、触れない方が良い」
「ラズ?」
「俺も最近気付いたんだけど、よくよく考えたら俺のストーカーできてることが変なんだ」
「それを普通に受け入れてるアンタが一番変だから安心しなさいな」
「ああうん、多分一般的な反応としてはクィールが正しいんだなって思ってはいる」
「自分がおかしいの、気付いてたのね……!?」
ラザラスとアンジェリアの会話を聞いて、「待って、まだストーカーいたの?」と行き場のない疑問を抱いてしまったのがジュリアスとオスカーだ。
しかし、ここで疑問を投げかけると話がまた明後日の方向に行ってしまう。二人が困惑するのを分かってか、ラザラスとアンジェリア、それからラザラスに抱えられたロゼッタは「ちょっと失礼します」と言い残して病室を出て行った。残された二人は顔を見合わせ、苦笑する。
「……なんか、良い意味でどうでもよくなってきました。オレ、何年間も足のこと気にしてたのに……馬鹿らしいな」
「ここまで勢いだけで大体どうにかされるといっそ清々しいよね」
「本当に。今は彼女がどこまで勢いだけで大体どうにかできるかを見守りたい意欲の方が強いです……これでも結構どん底まで落ち込んでたんですよ、もういっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかってくらいに」
「知ってる。おれもどうしようかと思った」
「……すみません」
「ふふふ」
密かにオスカーはアンジェリアではなく、ジュリアスの件でロゼッタに感謝していた。彼女がいなければ、彼はこんなにも早く立ち直ることはできなかっただろう。この調子なら、きっと近いうちに芸能界に復帰することだってできる。「人の噂も七十五日」というだけに、ALICEが話題になっている今のうちにジュリアスを芸能界に戻したい。
明らかに『ALICEは才能溢れるJULIAのサポーター』でしかないと思い込んでいた本人に自覚はないだろうが、彼は芸能界側の住民だ。なんだかんだ言って仕事は本人の生き甲斐となっていただろうし、本人が思っている以上に、人々は彼の活躍を望んでいる。
早々にジュリアスを芸能界に連れ戻したいところだが、それよりも先に、彼にさらなる希望を与えても良いだろう。少々戻るのが遅れても、経過報告さえ怠らなければ彼のファンは待ってくれるはずだ。
「ジュリー君、とりあえず身体の調子整えてよ。体力付けて、リハビリさえ頑張ってくれれば……自分の足ではないとはいえ、キミはまた、歩けるようになるから」
リハビリする分、芸能界に戻るのは遅くなってしまうけれど、とは言わない――否、驚き、目を丸くしたかと思えば、また泣き出してしまった彼を前にして流石にそれは言えない。そもそも、彼も馬鹿ではないのだからそれくらい分かっているだろう。
泣かせてしまったが、悪い意味の涙ではないのだから別に構わないだろう。大丈夫か、出来るかと問えば、彼は頷き、涙を拭って笑ってみせた。
「……ッ、はい!」
――その笑顔に、もう影はない。
「ごっめん、ジュリー君泣かしちゃった☆」
「えっ!? 何で!!??」
余計なことは言わなくて構わないだろう。
タイミングよく戻ってきた三人組に向かって、オスカーは何事も無かったかのように親指を立て、笑ってみせた。




