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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第5章 ストーカー、王子様を見守り続ける。
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59.ストーカー、勢いで大体解決する。

「……ごめんなさい」


「うん。とりあえず冷やしとこうか」


 大体分かってた。

そう言わんばかりに準備万端だったラザラスは、両頬を真っ赤に染めたジュリアスに氷水入りの袋を差し出した。


「あー、それ取ってきてたから遅かったのか。大変だったんだよ、威嚇する猫みたいにフーフー言ってたアンジェちゃん抑え込むの」


「ははは……」


 件のアンジェリアは病室の奥のソファーで体育座りをしてこちらを見ている。冷静さを取り戻しはしたようだが、まだ精神的に不安定なのだろう。

 やっと目を覚ましたかと思えば勝手に暴走して勝手に死に掛けた想い人を前に、平常心ではいられないということか。


(しかも全部『聴こえちゃう』んだったな……ジュリーさん、「死にたい」とか「殺して」とか考えてたのかもなぁ……)


 本人もそのことを自覚しているのか、ジュリアスは申し訳なさそうにアンジェリアを見つめている。とはいえ、『そう考えてしまった』ジュリアスにも罪はないのだが……。


「……駄目だね、オレ。色々受け入れて、どうにか気持ちも安定してきたし、取り繕えると思ってたんだけど……いや、そもそも取り繕うとしたのが無謀だったのかな。アンジェには全部筒抜けになるのに、無駄なこと、しちゃったかな……ごめんなさい」


 ジュリアスは、“笑う”。

 笑みを貼りつけるような、強引な笑い方をよくする人だな、とロゼッタは思った。この人は、根っからの強がりなのだろうと。

 しかし本人も言っているが、『無謀』なのだ。相変わらず淀んだ青の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「本当はずっと、現実を見るのが怖かった……この酷く壊れた両足でも、きっと、いつか治るって……元通り“舞える”ようになるって、信じずにはいられなかったんだ」


 この言い方からして、元々、ジュリアスの両足は切断する前から壊れていたのだろう。

 それでも、そこに『ある』か『ないか』では差が歴然だ。しかも彼は「舞えるように」と言った。何を踊るのかは知らないが、舞には足が必要不可欠だということは聞いているだけのロゼッタでも分かる。


 くしゃり、とジュリアスの顔が悔しそうに歪む。それはアンジェリアが堪えきれない嗚咽を漏らしたことに関係しているのだろう。そして見ないようにはしているが、間違いなくラザラスも前向きな反応はできていない。

 ジュリアスはきっと、彼らに悲しい顔をして欲しくはなかったのだろう。自分が吐き出した言葉で、彼らを悲しませたことが悔しくて悔しくて、仕方がないのだろう。


「強がってはいたけれど、オレはずっとこんなだったんだ。アンタたちは何も悪くないから、気にしないで欲しいんだけど……たださ……臆病で、ありもしない希望に縋り付いて……元通り舞えたところで、あの村でのオレの扱いなんて、たかがしれてるのに……オレ、本当にバカみたい、だろ……?」


(……ああ、うん。何となく見えた)


 アンジェリアが完全に泣き出してしまった。ラザラスも何かしら堪えている感じだ。

 ジュリアスの発言からして、結果的に切断せざるを得ない状況を作り出したのはラザラスだが、恐らく彼の足を壊す根本的な原因を作ったのはアンジェリアだ。そうでなければ「アンタたちは何も悪くない」とは言わないだろう。

 そして、ジュリアスとアンジェリアが両片想いのまま動けない状況となったのは、恐らくジュリアスの壊れた足が原因だ。


(わたしには、分かるな……もし、わたしがラズさんのこと好きでもなんでもなくって、その状態でラズさんに「好きだ」って言われたら、わたしを求められたら……そこに、わたしの意思が入る猶予なんてないから)


 助けられたのだから、相手の要望には応えるべきだ――自分自身の価値観が歪んでいることは、自覚している。

 しかし、それでもこの価値観は守るか守らないかはさておき、全人類に共通するものだとは思う。


 アンジェリアはジュリアスに対し、抱えきれないほどの負い目を感じている。そのため両片想い状態だと分かっていたとしても、彼に対して好きだとか付き合って欲しいだとか、そういうことを言える立場にない。彼女からは絶対に動けないのだ。

 そうなるとジュリアスがどうにかするべきなのだが、こちらはこちらで大問題だ。あの悲惨な魔力制御状態でアンジェリアが暴走させている上級音魔法の【読心術】が使えるとは到底思えない上、自己肯定力も絶望的と思しきジュリアスはアンジェリアの想いに気付かないだろう。


 しかも、超絶面倒なことにジュリアスは馬鹿ではない気がする。

 むしろラザラス達の話を聞いている限り、賢い部類に入るだろう。そのため「アンジェリアが自分の想いを拒否できないこと」は理解していそうだ。


 結果、ジュリアスがどれだけアンジェリアを好きになろうが、どれだけ想いを募らせようが、動くことができないのだろう。


 嗚呼――これでは、どちらも幸せになれないじゃないか。



 誰も、何も言えなくなってしまった。部外者が口を出して良い状況ではないが、だからこそロゼッタは物凄く口出ししたい欲に駆られていた。


(じれったい……)


 もちろん純粋に応援したい気持ちも無くはないが、ぶっちゃけこの二人がくっ付いてくれないとラザラスに悪影響が出るから困る。

 これ以上、ラズさんにクソ重感情を背負わせないで欲しい!


「いっそのこと、ジュリーさんも音魔法暴走させちゃえば良いのに」


 そうすれば互いの想いが否応なしに分かるため、とりあえず両片想いなのはジュリアスも気付くだろう。

 ジュリアスは賢そうだが同時にかなりヘタレそうにも見えるため分かったところで動けない気もするが、分かるだけでも多少はマシになるような気がする。主にジュリアスのメンタルが。


「魔力量自体はアンジェさんどころか、わたしより多いんだし、歌手なら音魔法適正もありそうだし、使えると思うんだけどなぁ、読心術」


 あーあ、さっき暴走したのが光魔法じゃなかったら良かったのに。

 音魔法暴走させとけばワンチャンあったのに。

 アンジェリアの想いに気付けていたような気がするのに。


「あの……」


 ジュリアスがこちらを見ている。

 ていうかラザラスもこちらを見ている。みんな見てる。


「あ」


 そしてロゼッタは、「大体口に出ていたこと」に気付くのであった。


「えーと、えーと……あ……その……」


 大変申し訳ない。これは酷い。

 本当に酷い。申し訳なさ過ぎる。


 ロゼッタがどうしようもなく狼狽えていると、ジュリアスは涙の残る虚ろな瞳を細め、「いいよ」と頭を横に振るう。そして、彼は躊躇いがちに口を開いた。


「読心術、完璧には使えないけど……実は、分かってる。オレのことを、友達以上に、幼馴染以上に……大切に、本当に大切に、想ってくれてるって。アンタが聞きたいのは、多分それだろ?」


 そして紡がれたのは、衝撃の言葉だった。


「! それなら、どうして……!」


 ジュリアスはアンジェリアから寄せられる好意に気付いていないのだと、そう思っていた。しかし、彼はちゃんと分かっていたのだ――つまりジュリアスは、分かっていて動かなかったことになるのだが。


 一体どうして、何故。

 ロゼッタの疑問に、ジュリアスは軽く視線を逸らしながら答えてくれた。


「だからこそ、かな……?」


 ジュリアスの瞳が、悲しげに細められる。


 彼は何も言わなかったが、ロゼッタは理解した。ジュリアスは自分の気持ちもアンジェリアの気持ちも全て知った上で、「言わない」と決めていたのだと。

 それも、ひとつの選択肢なのかもしれない。選択は尊重されるべきだ。


「なんで……」


 それなのに、どうしてだかロゼッタは胸が酷く痛むのを感じた。

 ジュリアスに同情しているわけではない。何故だろうか。


「何か、問題があったら……その人は、幸せになっては、いけないんですか?」


 声が、震える。

 理由も分からず、苦しい。


「そうとまでは、言わない……言わない、けど……」


「だったら、良いじゃないですか……! 良いって、言って下さいよ!!」


 身体を大きく揺らし、ジュリアスに手を伸ばす。バランスが、崩れた。


「ッ、ロゼ!?」


 ラザラスが慌てて抱え直そうとしていてくれたことには気付いたが、その手を振りほどいてジュリアスが腰かけているベッドの上に降りる。その刹那、ジュリアスの顔が歪んだ。


「……っ、そこに乗られるのは、あまり良い気はしない、かな……?」


 その場所は、『空白』だった。本来足のある場所が、空白だった。

 何も、無い。無くなってしまった。

 ロゼッタがその場所に下りたことで、空白が強調されている。今のジュリアスには、当然ながら非常に辛い光景だ。


 これが、彼が抱える問題だ……でも、“それだけ”じゃないか。


「ごめんなさい……っ、でも、でも……っ!」


――あなたは、わたしとは違う。


 そう思った瞬間に、ジュリアスの喉元に手が伸びていた。彼が着ていたパジャマの襟元を掴み、自分より少し座高の高い彼の顔を縋るように顔を見上げる。

 ロゼッタの表情を見て、ジュリアスは顔に困惑の微笑みを貼りつけてみせる。


「ごめんね、何か、傷付けたみたいで……」


「あなたが謝ることじゃ、ない、ですけど……」


 本来、ジュリアスは責められるべきではない。けれど、責めるような形になってしまった。

 そう分かっていて抑えきれなかったほどに、ロゼッタは苦しかった。

 何故こんなにも苦しいのか、いつの間にか流れ始めた涙が止まらないのか、気付いてしまった。


(わたし……本当に、ラズさんが、好きになっちゃったんだなぁ……)


 出会った当初から、ラザラスのことが好きだなとは思っていた。

 それはどちらかというと、憧れだったのだと思う。


 きっと、最初に抱いていた想いは、クリスティナがALICEに対して抱く感情に近かったのだろう。物語の中の王子様への憧れに過ぎなかったのだろう……けれど、今は違う。


「ただ、わたし……せめて、あなた達にはどうしても、諦めて欲しくなくて……!」


 作り物のように美しい顔をした青年のことを、万能そうに見えて弱点だらけで、度胸があると思いきや非常に臆病なこの青年のことを、心の底から大好きになってしまった――好きになっては、いけなかったのに。


「なんで……どうして、アンタが……」


「足が動かなくたって、失くなってしまったって……あなたは確かに愛されていて、そしてあなたたちは、誰からも祝福される存在じゃないですか!! 誰も、あなたたちの邪魔なんかしないのに!!」


 ロゼッタは生まれてから十七年、今まで生きてきた。生き延びた。

 けれど、「生きてきた」だけなのだ。


 これまでの経歴は意味不明、学歴なんてものはない。だから文字も満足に読めないし、常識なんてものもよく分からない。

 そもそも、どのようにして生まれてきたのかさえも分からない。それが、自分だった。


 自分は、本当に望まれて生まれた存在ではない。

 考えないようにしていたが、本当はずっと気にしていたのかもしれない。


 封じ込めていた『劣等感』が、希少種であるがゆえに事件に巻き込まれたジュリアスとキメラドールであるアンジェリアの姿に刺激され、強く主張を始めている。


「なんで目の前に『希望』があるのに、目を背けてしまうんですか? 今まで苦労してきたからですか? 彼女に苦労をかけたくないからですか? こう言っちゃなんですが、“わたし達”に苦労しない道なんて、まず絶対に存在しないじゃないですか!!」


 そう――ラザラスは否定してくれるが、自分の存在は『ペット』と何も変わらない。

 こんな自分が、人として愛される筈が無い。『幸せ』になれる筈が無い。

 だから、叶いもしない願望を、抱くべきではない。


「だったら、少しでも良い方向に進みましょうよ、諦めないで下さいよ……!!」


 ペットとしてでも大切にされれば十分だと、そう思い込んでいたのに。

 自分の本心に気付かないように、考えないようにしていたのに……突きつけられた『事実』は、決して消えてはくれないのだ。


「幸せになって下さいよ! 多少の問題くらい、あっさり乗り越えて下さいよ!! どんな問題だって乗り越えられるかもしれないって、幸せになれるかもって……そんな『希望』を見せて下さいよ!!」


 涙が止まらない。誰もが驚いている。わたしは笑っていなければならない。

 それなのに、身体がいうことを効かないのだ。俯き、絞り出した声が、酷く震えた。


「じゃなきゃ……わたし……希望なんて、永遠に持てないじゃないですか……ッ」


 こんなに感情をむき出しにしたのは、いつ以来だろうか。

 無かったかもしれない。分からない。覚えていない。“思い出せない”。


 ロゼッタはラザラスに助け出されるよりも前のことが、断片的にしか思い出せないのだ。

 辛いことだけでなく、嬉しいこともあったのかもしれないが、よく分からないのだ。


 自分は、本当によく分からない存在だった……だからこそ、ジュリアスとアンジェリアの恋の成就に縋ってしまうのかもしれない。


――自分が不完全だからこそ、不完全な彼らの『幸せ』を見たいと願ってしまったのだろう。


「……そっか、そうだよな。苦労するとかさせるとか、今さらなんだよな。大体、オレが五体満足だったとしても、「苦労させない」なんて口が裂けても言えないかな……はは」


 頭を撫でられ、ロゼッタは顔を上げる。

 微笑むジュリアスの瞳に、光が戻っていた。


(え……)


「アンジェ」


 彼は部屋の隅でこちらをじっと見つめていたアンジェリアに視線を向け、困ったように目を細め、笑ってみせた。


「随分前から気付かれてることも、アンタが絶対に断れないのも、分かってる。だからこそ、言わないつもりだったよ。でも……この子に背を押されて、覚悟は決めた。オレが退院できたら、話をしようか」


「!」


 肝心の言葉は伏せられていたが、アンジェリアにはこれで十分だ。とはいえ、あまりにも不意打ちであったために、彼女は上手く言葉を発せない程に動揺してしまっているようだが。


「……」


 そして動揺しているのは、アンジェリアだけでは無さそうだ。ラザラスどころかオスカーも何も言わない。流石に心配になり、ロゼッタは横目でオスカーの姿を一瞥した。


(……違う、オスカーさんは楽しそうだ)


 ニヤニヤしていた。この人は確信犯っぽいから放っておこう。お陰で涙も止まってしまった。

 オスカーを気にしている場合ではない。当事者であるジュリアスの顔を見上げると、彼は恥ずかしそうに目を背けられてしまった。


「その……アンタ、勢いで生きてる子みたいだから……オレも勢いに乗ってみた。何というか……全部、諦める必要は無いのかなって、そう思ったから……」


「それで良いと思いますよ。良かった、何となく、顔色も良くなった気がします」


「ありがとうね……ええと、うん……」


 ロゼッタの頭から手を降ろし、ジュリアスは天を仰ぐ。

 明らかに困っている。どうしたら良いものか悩んでいる。


「どうしましたか?」


「いやー……何というか。今さらっぽくて、聞きにくいんだけどさ……」


 ジュリアスはもう一度ロゼッタに視線を向け、頭を振るい、意を決して口を開いた。


「……。どちら様でしょうか」


「あっ」



 名乗るの忘れてた。


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