6.ストーカー、スマホの暗証番号を把握する。
「眠……」
脱衣所からタオルを被ったラザラスが出てきた。
ロゼッタは彼がパンツ一枚で出てきたり全裸で出てきたりしないか内心期待していたのだが、残念ながらラザラスはしっかりとジャージを着込んでいる。乙女の期待は盛大に裏切られた。
(ああ、でもジャージ姿も格好良いなぁ……スポーツ万能そう……!)
しかし、ロゼッタは強かった。ベッドの下から完全オフモードなラザラスを眺め、頬を赤らめる。
彼女の存在に誰かしら気付いてくれれば即通報案件なのだが、困ったことに誰も気付いていないしそもそもここにはラザラスしかいない。もはや変態無法地帯であった。
まさか自分が変態無法地帯の餌食になっているとは夢にも思わないラザラスはベッドにごろりと横になった。それを見計らいロゼッタは壁に出来た影にしれっと移る。結果、彼女は後ろからラザラスを覗き込むような形になった。
(はあ……お風呂上がり良いなぁ、シャンプーの良い匂い……)
完全に通報案件である。
しかし、通報者が誰もいないのだからどうしようもない。
(スマホ……暗証番号、見えるかなぁ)
ラザラスがスマートフォンに手を伸ばすのを見て、ロゼッタはその小さな画面を覗き込もうと目を凝らす――指紋認証を行った直後、入力した暗証番号は1・2・2・5。
(誕生日かな? ラズさんクリスマス生まれなの? 可愛い……!!)
極めて残念なことに、ロゼッタは文字は読めずとも簡単な数字は読めるようだ。彼女は暗証番号のついでに誕生日(?)も把握してしまった。
ここまで接近されていればラザラスも気付きそうなものなのだが、ロゼッタの魔法能力は無駄に高い。【隠影】使用中の彼女は本当に無敵だった。
「えーと、眼鏡……あった。よし……【解除】」
スマホを弄って遊ぶのかと思いきや、相当眠かったらしい。ラザラスは眼鏡をチェストの上に置いてからスマホのアラームをセットし、電気を消してそのまま布団に沈んでしまった。
(今の、【視力強化】だ。しかも、結構強めに掛けてあった。ラズさん、目が良くないんだ……)
【肉体強化】、【聴力強化】、【魔力感知補助】に続く最後の付与魔法の正体は【視力強化】だった。解除の際に生じる魔力の乱れから、ロゼッタはラザラスの弱点に気付いてしまった。
(総魔力自体が物凄く少ないなぁ。ほとんど付与魔法に使い切ってる感じだし、そもそもこの量じゃ魔法使う度に身体に負担掛かってそう……決めた、【魔力譲渡】の練習しとこう。陰ながらサポートするんだ!)
ちゃっかり自分の価値を見出してしまったロゼッタは影から抜け出し、暗闇を浮遊し始めた。
流石にこの状態だと魔力感知に引っかかってしまうのだが、ラザラスは早くも寝息を立てている。余程疲れていたのだろう。
ロゼッタは物音を立てないように細心の注意を払ってラザラスの顔を覗き込む。
辺りは真っ暗だが、根本的に闇に強いロゼッタからしてみれば日中と大差ない程度に目が見えている。だからこそ、彼女はあることに気がついた。
(! ラズさんの顔、傷が……!)
日中は気付かなかったのだが、左の頬と前髪の下にかなり目立つ傷跡がある。シャワー後に顕になったということは、コンシーラー等を塗って隠していたのだろう。
鋭い刃物で斬り付けられたようなその傷は、ラザラスの顔が整っていることもあって非常に痛々しく感じられる。
既に完治しているようで、傷を負ってからそれなりに月日が流れていそうだ。つまり、これ以上は薄くならないのだろう。
「……」
先程判明した視力強化の件も含めて、ロゼッタはラザラスの体質を考察する。
(顔に怪我をして視力が落ちたか、病気で悪くなったか、生まれつき悪いか、かな。視力強化の掛かり方からして、ただの近眼じゃ無さそうだもんね……多分、視力強化だけじゃ不十分だから、聴力強化と魔力感知補助も一緒に使ってるんだろうし)
他には何か無いかと、ロゼッタはラザラスが眠っているのを良いことに彼の顔をまじまじと眺める。しかし、目で見て分かる範囲の異常は、ふたつの傷のみだ。
(整形もしてないみたいだし、生まれつきイケメンなんだなぁ……この国の人にしては随分色が薄いし、顔立ちもちょっと変わってる。北の方の国出身の異国人か、ハーフだろうなぁ……ていうか、ラズさん大人びてるけど、いくつなんだろう?)
詳しく聞いてみたいが、ストーカー中という残念な身分故に何も聞けそうにない。しかも逃走してしまったせいで姿を現して話をすることも叶わない。自業自得だが、悲しい状況である。
せめて年齢だけでもある程度特定したかったロゼッタはラザラスから離れ、冷蔵庫の前に移動した。
(さて、ラズさんは自炊する人なのでしょうか?)
ガチャリと冷蔵庫を開ければ、部屋以上に寂しい中身が顕になった。
入っていたのは、保存食とスポーツドリンクとお茶、そして缶酎ハイ数本。卵どころか、比較的日持ちするベーコンやソーセージ等も無い。確実に自炊しない人の冷蔵庫である。キッチンを漁れば、インスタント食品がゴロゴロ出てきそうだ。
(ふむ……お酒が入ってるってことは、二十歳以上だね。じゃあ、最低でも三つは上かぁ……アリだね!!)
ロゼッタは恋だとか愛だとか、そういうものとは全くもって無縁だった。
だからこそ、自分の好みがよく理解出来ていなかった。しかし、今なら分かる。年上は『アリ』なのだと――単純にラザラスだから良いのかもしれないが。
「……? あれ、冷蔵庫が……」
「!?」
人の家の冷蔵庫を開けて勝手に色々と考えていると、明らかに寝ぼけた様子の家主の声が聞こえてきた。どうやら、物音か光に気付いて起きてしまったようである。
(やばい!!)
いくらなんでも探索開始が早すぎたようである。ロゼッタは再び大慌てでベッド下の影に飛び込むことになってしまった。
ちなみにラザラスは魔力感知補助を使っていない上に寝ぼけすぎていたようで、侵入者の存在に気付くことは出来なかった……実に残念な状況である。