58.ストーカーは、気付かない。
「~~ッ!!」
身体が痛い。物凄く痛い。ふかふかとした、柔らかな感触に包まれているにも関わらず身体が物凄く痛い! 主にお腹の奥の方が痛い!!
現実逃避気味に「お布団の感触って久しぶりだなぁ」などと思いつつ、とりあえずロゼッタは目を開いた。
(わたし……普段、影に潜み過ぎなんだね。流石にどうかと思い始めた……)
ラザラスの名誉のために言っておくが、彼は別にロゼッタに布団を与えていないわけではない。何なら、異性であることを一応気にしているのか、わざわざグレンから布団を借りてきている。
しかしながら影の中に潜むのがデフォルト過ぎるロゼッタは、なんと布団の感触に慣れていなかった。布団を使っていなさ過ぎるのだ。流石にロゼッタ本人も、これに気付いた瞬間自分に引いた。引いたが、恐らく止める気はない。
お布団は気持ちいいけれど、影の中は落ち着くのだ。お外は落ち着かない。
というわけで、さっさと影の中に戻ろう。
(影……に、入れない!! うわぁああ!!)
魔法が使えない! 影の中に戻れない! 落ち着かない!!
「ロゼ!!」
大切な日常という名の、一般の人にとっての深刻な非日常が奪われ、混乱するロゼッタ。狼狽える彼女の手の平を、何かが包み込んだ。
「え……?」
その何かの持ち主を見上げ、完全に感情ポンコツ不安定状態と化したロゼッタは隠す気が無い程に顔を上気させた。
「王子様!!」
「久しぶりにそれ聞いたけど、今の君それどころじゃないからそういうのやめような!?」
――寝起きにラザラスの顔面は刺激が強過ぎる!!
ただでさえ混乱していたロゼッタの理性は、もはやあっけなく崩壊した……が、絶望的かと思われた彼女の理性を一瞬で再生させる光景がそこにはあった。
「でも、元気そうで良かった……本当に……」
目の前の美しい碧眼に、涙の膜が張る。
そしてロゼッタは思い出した。あくまでもラザラスのために、と身体を張ってみたのだが、結果この人を悲しませてしまったのだということを。
「あの……ジュリーさんは……」
正直なところ、その理由は未だに理解はしきれていない。
そのためロゼッタは、ラザラスが確実に反応するであろうワードを投げかけてみた。
「……」
眉をひそめられてしまった。何だか納得してなさそうだ。何故だろう?
少し不服そうではあったものの、ラザラスは素直に口を開く。
「無事だよ。まだ寝てると思うけど」
「ラズさん、傍についてなくて良いんですか?」
「……」
今度は溜め息まで吐かれてしまった。一体何故だろう?
「酷い奴だって思ってくれて良いけど、やっと目覚めた親友より、今は君の傍にいたかったんだ。ジュリーの傍にはアンジェがついてるから、気にしなくて良い」
「え、えぇ、と……?」
もしかしなくても、この人は唯一無二の親友ではなく、自分を選んでくれたということなのだろうか……?
今まで、性別誤認の件があるとはいえ散々嫉妬してきたジュリアスよりも自分が優先されている事実に気付き、ロゼッタは再び顔を赤らめる。
(……期待してどうするんだ、そんなわけ無いよね)
とはいえ、優しいラザラスのことだ。
自分の容体が非常に悪かったから、そうさせてしまった“罪悪感”からこちら側に来てくれたのだろうとロゼッタは考え直す。そして、色々と期待してしまった自分を恥じた。
「わたし、そんなに酷いことになってます?」
「色々損傷してる可能性が高いから、検査入院だそうだ。君は無茶しそうだから、病院側にお願いして魔力拘束着けてもらったよ……とはいえ、君が本気出したらそれ吹っ飛ばせるって話だったけどね」
言われてみれば、両手首と両足首に違和感がある。何かを巻かれているらしい。
なるほど。魔法上手く使えなかったのはこれのせいか。さっさと吹っ飛ばそ……
「吹っ飛ばさないでくれよ」
駄目だと言われてしまった。
「でも……ラズさん、帰っちゃいますよね?」
「そう言われる気がしたから、君が退院するまで、院内に居座る許可取った。ここに寝泊まりするけど、構わないかな?」
「良いんですか!? 勿論です……ッ!?」
ラザラスの優しさに感動し、身体を起こそうとしたが、痛みのあまりロゼッタはベッドに沈んだ。目の前の王子様があからさまに狼狽えているからと苦痛が顔に出ないようにしたかったのだが、上手くいかない。激痛で呼吸が止まりそうだ。冷汗が噴き出てくる。
苦しんでいる者と狼狽えている者。その傍で、ナースコールを手に冷静にSOSを出してくれた人がいた。
「看護師さーん、竜っ娘が起きたんで、痛み止めお願いしまーす」
ええと、この人誰だっけ。そうだ、オスカーさんだ。
病院来てからずっとそうだけど、この人物凄く冷静で助かる。年の功って奴ですかね。
「オスカーさん!」
「うんうん、ありがとね。ベタな擦れ違い劇場見せてくれて。現実でやる人達いるんだねぇ」
オスカーが近付いてきた。どうやらずっと部屋にいたらしい。気付かなかった。
「最初は黒竜だと思ったけど、よく見たらジュリー君と同じ飛竜だね。ラズ君、また随分と珍しい子連れ歩いてたんだなぁ……キミ、魔力少なそうだし、この子は補佐係ってとこ?」
「あはは……」
一応オスカーとロゼッタは初対面なのだが、初対面な気がしない。ロゼッタの変態性も理由ではあるが、オスカーの理解が速すぎるのも錯覚に拍車を掛けている。
そのためロゼッタはオスカーが顔に向かって手を伸ばしてきても、悪気は無さそうだと判断して構えることはしなかった。実際彼がロゼッタに危害を加えることは無く、ただ静かに【痛覚麻痺】を掛けてくれた。
「楽に、なりました。ありがとうございます」
「うん、良かった。そうだなぁ……なんとなく、なんとなーくだけど、キミはおれのこと知ってるけど知らなさそう。自己紹介しとくね」
「あ、はい」
本人たちは知らないことなのだが、オスカーはラザラスのメンタルがどうしようもなくポンコツであることに加えて、彼の裏家業にも気付いているため、彼らが何かを言わずとも色々と予想できてしまうのである。
「おれはオスカー=クロウ。事務所経営をしてるタイプの俳優だよ。ラズ君達の会社の社長と親しいから、今日は保護者役で来たんだ。ちなみに魔法の素養は隠してるだけでそんなに低くないし、魔法自体も適正に偏りがあるだけで苦手じゃないんだけど、流石に飛竜相手だと勝てそうもないっていうか、まあ見事に負けてたから助かったよ。ありがとね」
「ええと……わたしはロゼッタ=アークライトと言います。あっ、その、アークライト姓を名乗らせてもらってますが、諸事情あるだけでラズさんとは無関係?というか……」
「無関係じゃないよ」
「えっ」
発言が唐突に遮られてしまった。
「無関係じゃなくて……上手く説明できないけど、ただ、その説明はちょっと嫌だな」
ロゼッタとしては、自分とラザラスが夫婦的な何かだとオスカーに勘違いされてしまうと、今後色んな意味でラザラスが困るだろうと判断したが故の発言だった。しかし、ラザラスは何かが気に入らなかったらしい。
「あ、ペット的な何かって思ってくれてます?」
「……」
そしてオスカーにまで憐れむような目で見られてしまった。一体どうして!?
「ラズ君、気付いてないなら理由は後で教えてあげるけど、この子にはどう足掻いても勘違いされないレベルでストレートに行かないと通じない気がする」
困惑するロゼッタの前で、オスカーはラザラスの肩を叩き、苦笑する。
それに対し、ラザラスは顔を赤らめてオスカーを一瞥した後、力なくゆるゆると首を横に振った。
「分かってますけど……俺もさっき自覚したんで、まだストレート決めたくないんです……」
「えっ? あ……そういえば……えっ? 待って、どういうこと? は……?」
「オスカーさん?」
「いや、ごめん、もうツッコまない。おれだけは冷静さを欠いてはいけない。おれは保護者、おれは保護者、おれは保護者、おれは保護者……」
ロゼッタが“そういう関係”であることを否定したどころか「無関係?」とまで言い出した挙句、ラザラスは“その感情”を「さっき自覚した」等と言い放った。
じゃあこの二人の関係って一体なんだろう?
どうも物理的にずっと一緒にいるっぽいのに?
ラザラスの方は平然と受け入れて、何事もなく一緒にいるっぽいのに……?
「……おれは保護者だから、もう何来ても受け入れるから。大丈夫だよ」
「オスカーさん?」
「おれは! 味方だから!!」
――基本的に何が起きても動じない精神のオスカーだが、可愛い後輩の闇には流石に動じた。
「えっ、あの……」
「……うん、落ち着いた。キミと仲良くなりたいなぁ、事情聴取したい。じゃなくて……よし、話を変えよう」
心の平穏を取り戻すことを諦めたらしいオスカーはわざとらしく咳払いし、どうにかこうにか話を別の方向に持っていくことにした。
「さっきお医者さんから話聞いてきたんだ。ジュリー君だけど、暴れたら安定しつつあった色んな数値が完全に安定したっぽくて、もう治療そんないらないからリハビリに専念する感じになるみたい。メンタル面がどうなってるか心配だけど、身体の方は本当に心配いらないってさ」
「! そうですか……良かった」
唐突に話の内容が明後日の方向に切り替わったが、内容が内容なだけに、一気にそちらに頭が切り替わった。
ジュリアスは何故か元々魔力操作がほぼほぼできていなかったそうなのだが、ただでさえまともに使われていなかった魔力が2年間の昏睡状態で完全に行き場を失くし、投与された毒と一緒になって彼の身体を苛む存在と化していたのだという。
そしてつい先ほど、溜まりに溜まっていた魔力を感情の高ぶりと共に大放出した結果、残っていた不調も見事に改善されたとのことだった――その代わりに危うく、病院は爆発しかけたわけなのだが。
(やっぱりわたし、活躍してたじゃんって思うんだけど……ラズさん、全然喜ばないからなぁ。目の前で人に傷付かれるの、怖いのかなぁ)
何故かラザラスが不服そうにするからと、ロゼッタが思いを口に出すことはなかった。
そして、彼女は気付く。
「あの……もう楽になったから良いんですけど、看護師さん、来ませんね……」
さっきオスカーがナースコールしてたのになぁ。
「言われてみれば。んー、忙しいのかもなぁ……もうちょっと待ってたら来るよ。大丈夫」
「待って下さい。そういえば看護師さん、返事してましたっけ?」
「してない。キミ達の擦れ違いコント見てたから気付かなかった。えっ? ナースセンターにナース不在?」
ロゼッタが「それはなかなかによろしく無いのでは?」と病院の異常事態を告げようとしたその瞬間、病室の扉が勢いよく開いて紫色の髪の女が駆け込んできた。
「エマさん!?」
医療関係者だが、看護師ではない。エマだ。
一体どうして、と誰かが訪ねるよりも早く、汗を流した彼女は慌てて口を開く。
「ラザラス、頼む。ジュリアスの顔がもみじだらけになる前に、アイツのとこに行ってくれ。そして止めてくれ」
「えっ」
……この人は何を言っているのだろう?
「気持ちは分かるから、アタシにアンジェリアを止める資格はない! でも止めねぇとジュリアスの顔が!」
「もみじだらけになるって言いたいんですね分かります!!」
全力で冗談でも言いに来たのかと思ったが、そうでも無いらしい。エマの顔には微かに涙の跡が残っている。強気な彼女に似合わないものだからこそ、事態の異常性はすぐに理解できた。
(何が……うっ、動けない……)
痛みはマシになったが、身体があまりにも重い。普通に歩くことすら厳しそうだ。
置いていかれるのかな、と思ったその矢先、ロゼッタの身体はふわりと宙に浮かび上がった。
「はい、ラズ君。看護師さん来ないだろうし、一緒に連れてったげて。おれは先に行っとくから……何が起こってるかはもう察してるよね? この状況なら少々遅くなっても大丈夫だからさ」
オスカーはロゼッタを抱き上げると、そのままラザラスに押し付け、颯爽と病室を出て行った。それを見送り、ロゼッタはラザラスを見上げる……何か、困ってる?
「……」
視線に気付いたラザラスは、病室を出て歩きながらぼそぼそと呟くように話しかけてきた。
「念のため言っておくけれど、ジュリーがどうにかなってても、無茶しないでくれよ」
エマがもみじがどうこう言っていただけに、ロゼッタはラザラスの口からこの言葉が出てきたことに心底驚いた。普通、何に変えてもジュリアスを助けたいと考えるものではないのだろうか、と。
「え、と……」
上手く言葉が発せぬまま、ロゼッタは俯く。
先程のラザラスが自分のために泣いて、怒ってくれたのが事実で、自惚れではないことには流石に薄々気付いていた。
だが、そうなってくると、つい欲が出てしまう。あの涙が罪悪感や彼の優しさから流れたものではなく、「自分だから」流されたものだったら良いのに、と。
溢れそうな欲を抑え込み、俯いたロゼッタの頭上で、ラザラスは前を向いたまま、相変わらず呟くように、振り絞るように言葉を紡いだ。
「ッ、怖かったんだよ。ロゼを、失ってしまうんじゃないかって」
「……!」
違う意味で、顔を上げられない。ラザラスの顔を、見ることができない。
嬉しくて、何となく恥ずかしくて。ロゼッタは、両手で顔を覆う。
(……本当に大事に、想ってくれてたんだなぁ)
大切に想ってくれている。少なくとも、自分を失いたくないと思ってくれている。
もう十分だ。十分、泣き叫びたくなるほどに、嬉しい。
「ありがとうございます、ラズさん」
それだけで、彼女には十分だった――彼女は何故か、無自覚ではあったが“それ以上”を求めることができなかった。




