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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第5章 ストーカー、王子様を見守り続ける。
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54.ストーカー、確保しに行く。

「ごめんなさい」


 こうなった以上は開口一番に謝るべきだろう。何の躊躇いもなく、両の掌を地面に並べ、頭もぺたんと床に付けたロゼッタを見て、ラザラスは慌てて「土下座しろとは言ってない!」と首を横に振るい、明らかに困惑した様子で口を開く。


「とりあえず……理由、聞いても良いかな?」


「ええと……」



――ぶっちゃけ『ラザラスと一緒に(二人きりで)いたかったから』で終了である。



 だが、これをそのまま言えば、ドン引かれること間違いなしだろう。これをそのまま言うのは流石によろしくない。

 最初こそ「王子様」だの「彼女(彼氏)いますか」だの壊滅的なドストレート系失言を繰り出していたロゼッタだが、ラザラスと暮らしているうちに駆け引きめいた何かを身に着けていた。よって、彼女は即答ドストレートを胸の中に封じ込めることに成功する。


 しかしラザラスに嘘は通用しない。ある程度は本当のことを言わなければならないだろう。


(よし……『こういう理由』にしておこう)


 実のところ、ロゼッタはテオバルドおよびクィールの行動に引っかかるものを覚えていた。


「そのー……実は、気になることがありまして」


 念には念をということで、ロゼッタはラザラスの自動嘘発見器対策のために影に潜り、口を開く。


「クィールさんがストーカーに気が付かなかったのが、どうにも引っかかったんです。だってあの人、わたしが潜んでた時でさえ気付いたのに」


 どう考えても影に潜った時点で怪しむ場面だが、残念ながらラザラスはその辺の感性が死亡している。ロゼッタ=影にいるものと当たり前のように認識しているせいで、この状態でも彼は特に何とも思わないようだ。

 そのため、ラザラスは普通に驚いて目を見開き、軽く考え込んで見せた。実際のところ、ロゼッタの指摘はもっともなのである。


「言われてみれば……そうだよな、しかも、影に潜んでたわけでもないのに」


「ぶっちゃけ、扉とかすり抜ける時以外は本体出てますよ。さっきも天井に張り付いてましたもん」


「はあ!? き、気持ち悪い!!」


 天井に貼りつく行為は流石に気持ち悪いようだ。絶対にやらないようにしようとロゼッタは固く心に誓った。


「お兄ちゃん、魔力量自体はそれなりにあるんですけど、制御するのがどうにも苦手みたいなんですよね。加減が出来てないというか……全体が百で、普通は十ずつ小出しにしなきゃいけないところを一気に九十くらい出しちゃうような感じで」


「すぐに魔力切れを起こすような感じか?」


「その通りです。魔力の質を見た感じだと、発動させたら即終了な【魔法創造】とか【火球】みたいな魔法ならわたしより上手いと思います。【隠影】はオリジナルの魔法ですが、あっさりコピーされてますし……でも不相応な魔力量を込めてしまうので、間違いなく連発は出来ません。そして【隠影】のように、継続的に微弱な魔力を使い続けるような魔法は苦手なのかと」


「一気に出し切ってしまうから、か……なるほど、それで扉をすり抜けたら本体が出るのか。継続発動ができないから」


 すぐに魔力切れを起こしてしまうせいで、テオバルドはロゼッタのように長期間影に潜ったり、空気中に溶け込んだりといった芸当が出来ない。しかし、扉をすり抜ける能力があるだけでストーカーをする分には十分だ。害悪だ。


「……話を戻しますが、それでもクィールさん、明らかにお兄ちゃんの存在に気付いていなかったんですよ。影に隠れてるわたしの存在には薄々気付いていたあの人が、ですよ」


「気付いてなかったな……ああ、つまり。クィールは天敵が生身でそこにいるのに、全く気付けてないってことになるのか」


「そうなります。それも最初のストーカーの時なんて多分、最初から最後まで普通にストーカーされてますよ。それでも気付かないっておかしくないですか?」


「……。テオバルドが特殊な技を持ってるってことは?」


「ぶっちゃけわたしが即座に気付いてる時点で、それはないかと」


 つまり、とロゼッタは一度間を開ける。


「クィールさん側に何かしら理由があると考えるべきだと思います」


 クィールはとてつもない索敵能力の持ち主だ。相手に敵意が無くとも、何者かが傍にいるという気配を感じとることが出来る。そんな彼女が、生身で尾行してくる相手に気付かないとは思えない。


「もしかして、キメラドールなら気付けない、とか……? いや、でもキメラドールの戦闘員相手でも普通に戦うからね……強いて言えば、俺だったら背後取れる。不意打ち出来る」


「えっ、クィールさん、ラズさんに負けるんですか?」


「俺が弱いみたいな言い方やめてくれよ、まあ弱いけど……それはさておき、そうなんだよ。俺だけは何故かクィールの背後取れるし、驚かせてしまうから背後取らないようにはしてる。過剰防衛で殺されたくないからな」


 多分、過去に過剰防衛で殺されかけたんだろうな、とロゼッタは考えた。


 確かにラザラスの気配消しは上手いと思う。だが、上には上がいる。彼の先輩ともいうべき、元々暗殺家業めいたことをやっていたユウやレヴィのことだ。彼らの場合はどうなるのだろうか。試しに聞いてみることにする。


「ユウやレヴィさんでも背後取れないんですか?」


「うーん、ユウさんやレヴィの場合は少し反応遅れるけど、それでもある程度の範囲内に踏み込んだらバレる。ただ、『仲間だな』と判断することも同時に出来るから、うっかり刺し殺すような失態は起こさないかな」


 多分、ラズさんはうっかり刺し殺されそうになったんだな、とロゼッタは考えた。


 ラザラスは異様に動体視力が良いから躱せたのだろうが、相手が彼で無ければ「うっかり」で人命が消えていた可能性が高い。クィールに気付かれないということは、それはそれで危険だということだろうか。


 しかし、何故ラザラス相手の場合はそんな事態になってしまうのか。


「……。ラズさんのことが好き過ぎて空気みたいに思っちゃう、とか?」


「それは無い。そして兄さんが枕元に立ってたら嫌だから、冗談でもそういうこと言わないで欲しい」


 ラザラスがまたしても会ったことのない兄の心境を自分と被せている。つまり、自分なら死に別れた婚約者が他の男に惚れた場合、その男の枕元に立つということだ――この男、時々強烈に重い発言をする。


「あっ」


 自身の発言から連想したのだろうか。不意にラザラスが何かを思い付いたようだ。


「兄さん、といえば……あれか。双子だから、なのか? 性格はともかく、他はことごとく似てるらしいから」


「ああ、ジャレットさんなら背後取れたかもしれないわけですか……お兄ちゃん、似てるんですかね。ジャレットさんに」


「それ、絶対にクィールには言うなよ。刺されるぞ」


「言いませんよ……」


 最愛の婚約者と最悪のストーカーが似てる説とか、ありとあらゆる地雷を踏み抜くと考えられる発言だ。地雷原でタップダンスを踊る度胸は無い。


「……で? テオバルドは今どこに?」


「ティナさんの隣の部屋に誘導しておきました。流石に女性2人と一緒の部屋ってのはどうかと思ったので」


「そこはアンジェの部屋になる予定だから困るな……とりあえず、隣の部屋に住み着いてる時点でかなり悪質だから、グレンさんに回収してもらうか。クィールが何故か気付かないってのも気になるし、隣国輸送するのもちょっと待った方がよさそうだ」


 結論の着地点がおかしい気はしたが、“一緒の部屋に住み着いている”自分がそれを指摘するのはどうかと思ったため、ロゼッタは何も言わなかった。

 ラザラスはマンションのオーナーであるグレンに電話を掛け、対処方法を問う。電話越しにグレンはどうしようもなく困惑した様子で唸っていた。


『んんんん……っ、どうしたら良いのかしらねぇ……とりあえず、アタシの部屋に監禁しようかしら』


「えっ、監禁!?」


『アタシの部屋に関しては物理的に破壊出来る構造にはなってないし、ロゼッタちゃんに魔法の発動妨害する術式組んで貰ったら、脱走は防げるでしょ』


「なるほど……? とりあえず、捕獲して連行したら良いですか? 鍵だけ貸して貰えたら突撃しますよ?」


『あー、うん、そうね……お願いするわ』


 明らかに『ヤバイ』会話が繰り広げられている。ラザラスは電話を切り、荷造り用のビニール紐を取り出して首を傾げた。


「うーん……流石に引き千切るだろうな。手錠なんか常備してないし……ロゼ、【魔力拘束】お願いしても良いか?」


「はい、大丈夫ですよ」


「ありがとう。じゃあ、行こうか……クィールが気付いて騒ぎ出す前に」





「いらっしゃい、ストーカーさん。逃がさないからね」


「ちくしょう……」


 ラザラス達は被害者クィールを怯えさせないため、内密かつ迅速にテオバルドを捕獲し、マンション15階まで連行する。その間、テオバルドはロゼッタに「裏切ったな!!」と恨みがましい視線をぶつけてきていたが、ロゼッタは全く気にしていなかった。


 マンション15階はワンフロア丸々グレンウィルの家になっていた。普段は使っていないという一室(客間だろうか)にテオバルドを放り込み、ラザラスは即座にドアを閉める。


「えーと……ユウさんのとこで拘束具借りてきましょうか? その、強引に突破するかもしれませんし……」


「大丈夫よ。多分、そういうことはしないと思う」


「でも……」


 ラザラスはテオバルドがグレンウィルに危害を加えないかどうかを心配しているようだ。魔法に関しては既にロゼッタが妨害魔法の術式をフロア全体に刻んだことによって無力化させているのだが、これだけでは物理的な攻撃を防ぐことはできないのだ。

 部屋の壁を破壊して外に逃げ出すことは無くとも、グレンウィルを殴り飛ばして鍵を奪い、外に出る可能性がある。体格の良いテオバルドに殴られれば、無事では済まないだろうとラザラスは主張する。しかし、グレンウィルは「大丈夫」の一点張りだった。


「エマからちょっとだけ話、聞いてるんだけど……多分、そういうことはないわ。少なくとも、アタシなら大丈夫だと思う」


「……。根拠を伺っても?」


 怪訝そうに、ラザラスは眉を顰める。グレンは視線を泳がせ、申し訳なさそうに、非常に決まりが悪そうに首を横に振るった。


「ごめんね。また、繰り返すようで、嫌なんだけれど」


「……そうですね。でも、“俺の方は”繰り返しませんから、ご安心を」


 顔に笑みを貼りつけ、ラザラスは肩を竦めてみせる。その態度には少々棘があるように、ロゼッタには感じられた。彼にしては珍しい、嫌味な印象を与える態度だった。


(えーと……このふたりって昔馴染み、なんだよね? それにしては、距離があるのも気になってたけど……)


 グレンウィルはもう一度「ごめんなさい」とラザラスに告げる。どちらにせよ、根拠を聞かせてもらうことは叶わないようだ。


「……」


 グレンウィルが俯き、背を向ける様を見たラザラスが奥歯を噛みしめ、両の拳を強く握りしめたことにロゼッタは気付いた。何かを必死に堪えている様子だった。


 ゆるゆると頭を振るい、ラザラスは逃げるように部屋を飛び出した。やや足早にエレベーターに乗り込み、部屋に戻るまでの間……彼は一言も、声を発さなかった。


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