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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第5章 ストーカー、王子様を見守り続ける。
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53.ストーカー、嘘を吐く。

 ラザラスがごろりとベッドに横になった。だらけている……というよりは、疲労困憊なのだ。無理もないよなぁ、とロゼッタは苦笑する。


「どこ行っちゃったんでしょうねぇ……お兄ちゃん」


「ホントなー」


 お兄ちゃん――もとい、テオバルドが失踪して、数日。


 泣き喚くクィールに、彼女を必死に宥めるヴォルフガング、またしてもストーカーを逃がしてしまった情報屋の面々はここ数日間ひたすらテオバルドを探し回ったのだが、全く見つからない。それこそ本業(暗殺家業)を放置で探し回ったのだが、全く見つからない。


 テオバルドは本人の発言からして恐らくかなりの、それこそラザラス並の身体能力を有していること、ロゼッタと同じ脱走方法を使ったと思われることを理由にラザラスとロゼッタも捜索に駆り出されたのだが、どういうわけか全く見つからなかった……少なくとも、ラザラス視点では。


(ずーっと、ティナさんの隣室に潜んでるんだよ、ねぇ……)


 実はロゼッタは早々にテオバルドの位置を観測していた。だがしかし互いの利益を優先し、口を閉ざしている。つまりはこの小娘、またしてもラザラス(とその他大勢)に無駄な作業をさせたのである。


(流石に可哀想だから必要以上に近付かないこととは約束してもらったし……無害だったら、良いよね?)


 ストーカーとストーカーが手を組むと大変悪質なことになるということが、お分かり頂けただろうか。


「いやー……ティナが引き取ってくれて良かった……ずっと俺の部屋に置いとくわけにはいかないからな……」


 テオバルド疾走初日、何を思ったかクィールは「匿って!!」とラザラスの部屋に転がり込んできたのである。

 これまた何を思ったかクィール同居断固拒否に必死だったラザラスは気付かなかったが、同タイミングでテオバルドは天井に張り付いていた――ロゼッタは引いた。


 結局クィールは同性のティナの部屋で厄介になることになったのだが、クィールに同情しつつもラザラスと二人きりな状況を壊されたくなかったロゼッタは、天井に張り付いていたテオバルドにしれっとテレパシーを送り、「クリスティナの隣の部屋は現状無人」という情報を渡して彼もラザラスの部屋から追い出すことに成功したのである。


「……女の子だから、ですか?」


 それはさておき、ロゼッタとしてはクィール断固拒否なラザラスが自分との同居はOKな部分が気になってしまった。自分は女として見られていないのだろうか、と。


(ペット扱いでも良いって、思うようにはしてたけど……)


 流石に、露骨に女扱いされないというのは傷付く。そう思い、遠まわしに「自分は女だと思ってないの?」と問い掛ければラザラスは目を丸くし、困ったように笑う。


「君も女の子じゃないか。違うよ」


(!……女の子って、思ってくれてるんだ!)


 どう考えても女泣かせ属性を保有しているラザラスのことだから、ロゼッタを気遣ってこのように言ったわけではないだろう。実際、何やら理由があったようだ。


「クィールは人妻みたいなもんだからだよ……いくらなんでも、兄さんに祟られるのは、ちょっと……」


「あ……ああ、なるほど……い、いや、でも、そんな悪いことするわけじゃないですし……!」


「“俺”の兄さんだから、人への執着が重いような気がして。俺が兄さんの立場なら、弟が嫁と同居してたら枕元に包丁持って立って変な気起こさないように脅すくらいのことはする」


「ら、ラズさーん!?」


 そうだこの男、親友のために復讐鬼になった男だった!


 ジャレットが嫉妬深い性格かどうかはさておき、ラザラス絶対肯定するマンなロゼッタでも、流石にこれには若干ではあるが引いてしまった。ただし嫁(仮)は羨ましいと思う。


 ただ、ラザラスの蔵書(推理小説)曰く、嫉妬深い人間はそれだけ自己肯定感が低いものらしい。ラザラスは異常に自己肯定感が低い人間であるため、このような思考に辿り付くのも無理はないのかもしれない……ジャレットも、自己肯定の出来ない人間だったのだろうか。


「そういえば、お兄ちゃん。クィールさんに『婚約者のこと忘れろ』みたいなこと、言ったんでしたっけ」


「だな。それもあってクィールが落ち込み倒してる感じだったなぁ」


 言われた言葉に傷付いたのも勿論あるようだが、どうも一番は『また自分のせいでストーカーが逃げた』ことにあるようだった。ロゼッタの時はともかく、今回は確実にクィールのせい(ただし本人は全く悪くない)であるから、無理もないだろう。


「お兄ちゃん、なんでそんなこと言ったんでしょうか。自分で言うのもなんですけど、ただでさえ気持ち悪いことやってるんだから、必要以上に嫌われるようなことしないと思うんですけど」


「そりゃ、忘れてもらわなきゃ話にならないってのもあるんだろうけど、少なくとも正気ならあのタイミングでは言わないなぁ……」


「ですよねー」


 少なくとも正気ならストーカーしないのだが、残念ながら彼ら“が”正気ではないのでツッコミが不在である。


「……ちなみに、ラズさんならどのタイミングだったら言います?」


「俺ぇ!? んー……心を十年弱前にして考えるんだったら、格好良いとこ見せつけまくって、彼氏の話をしなくなった辺りで行く。それまでは何も言わずに話聞いてる」


「結構、策士なんですね」


「その辺含めて黒歴史だなって、反省してる」


 多分、失恋した女の子を重点的に食べまくってたんだろうな、とロゼッタは察したくないことを察してしまった。そりゃ話聞いてくれるだけだった規格外なイケメンがタイミング見計らって言い寄ってきたら落ちるわな。


(良かったと思うべきなのか、勿体無いって思うべきなのか)


 とはいえ『心を十年弱前にして』と前置きしている上に、今の彼の性格を考えたら結局何も言えずに話を聞くだけの良いお兄さん化しそうなところがある。

 普通に考えれば「ストーカーからその立ち位置に回れるだけ良いと思え」という話なのだが、残念ながら彼女らが普通ではないのでそういう話には行かないのである。


「うーん……とはいえクィールに関して言えば、確かに前に進んだ方が良いんじゃないかと思う部分もあってさ。キメラドールだから、無理もないんだろうけれど」


「キメラドールじゃなくても、配偶者の死って辛いものだと思いますけどね」


 キメラドール、特に愛玩用に使われやすい女性型のキメラドールは特定の相手を『マスター』として認識し、執着心に似た並々ならぬ感情を相手に持つように出来ている。クィールの場合、それがジャレットだった。


 とはいえキメラドールも普通に感情を持つ、限りなく人間に近い存在だ。キメラドール特有の感情に加えて本当に心から愛していた唯一無二の配偶者を失ったショックで立ち直れなくなることもあれば、ストーカーされて気持ち悪いと感じることもある。別にクィールが何かおかしいわけではない。


「……それでも、俺が兄さんなら、前向いて生きてて欲しいなって、願うよ」


 クィールはジャレットに操を立てているようなものであるし、尚の事テオバルドが受け入れられないのだろう。

 だが相手がストーカーなのはどうかと思うが、まだ若い彼女に前を向いて生きて欲しいと願うのは、ラザラスの独りよがりな感情ではない筈だ。


「……。兄さん、か……」


 ラザラスの境遇を聞いた限り、彼は一度も己の兄と邂逅したことはない。

 だからこそ、その兄の婚約者・クィールについては色々と思うところがあるのだろう。


 それに加えて、彼には新たに、『ひとつの問題』が発生していた。


「あの、聞いて良いか悩んでいたんですけれど。“現在の状況”を理解するためにも、教えて頂けないでしょうか」


「ん? どうした?」


「ジャレットさんって、死亡確定……なんですか?」


 彼の裏の顔――復讐鬼としての存在が、揺らいでいる。


 ロゼッタからしてみれば、否、彼に関与するほとんどの人間が願ってもない状況だが、それは即ち『彼の今までの行為が無駄になる』ということである。


「そう、か……そもそも君は、あまりこっちの状況把握してないのか。今更だけど、よくついてこれたな……」


「自分でもそう思います」


 今更ながら、情報屋関係者の事情をいまいち知らなかったことに気付かされる。

 ラザラスに関する情報はある程度掴んでいたため気にしていなかったのだが、彼と、あとはユウとレヴィの事情くらいしか把握できていない。彼らに関する話も、明らかに『全て』とは言い難いレベルだ。



 ラザラスは軽く息を吐き、口を開いた。


「ざっくり言えば、兄さんは墜落事故で亡くなった。クィールと一緒に、ヘリオトロープの旅客機に乗り込んでたらしいんだが……しくじって空に投げ出されてしまったらしい。クィールは飛べるから助けようとしたらしいんだけど、上手くいかなかったって……」


「ッ、それ、は……」


 旅客機が飛んでいる高度から墜落して、生きていられる筈がない。ラザラス曰く、空に投げ出されたジャレットを追って身を投げたクィールは背後から散弾銃で狙撃され、羽を散らされてしまった挙句意識を飛ばしてしまったために上手く着陸することが出来なかったのだという。


「同じように墜落した筈の彼女が生きているのは、兄さんが最後の力を振り絞って魔法で彼女の身を守っていたからだろうって……今と同じように、ふたりをサポートしてたヴォルフさんから聞いたのが、こんな話。これが、六年前の事件だ」


「……」


「ただ、クィールの近くに落ちていた右腕以外の遺体が見つかってない」


「み……右、腕……ッ」


「その後、銃とゴーグルは見つかったんだけどね。何故か遺体だけが無かったらしいんだ……とはいえ、とてもじゃないが生きてるとは思えない状況だろう?」


 クィールが受けたであろう、精神的苦痛が計り知れない。ヴォルフガング辺りが献身的に面倒を見ていたのだろうが、六年であそこまで立ち直っただけでも奇跡のようなものだ。


 ラザラスが助けた男に殴られ、負傷した日。彼女が「ラザラスを巻き込みたくない」と言っていた気持ちがよく分かる……ラザラスとジャレットは相当似ているという話であったし、彼女はもう二度と『配偶者』を失いたくないのだろう。


「でも、遺体が見つかっていない。こっちもむこうも、ジャレットさんが死んだという確証は持てない……だから、ラズさんがジャレットさんのフリをして戦うことになったんですね」


「そういうことになるね……でも、まあ、無駄だったっぽいんだけどさ」



――ここに来て、エマの口からとんでもない言葉が発されたのである。



『ごめん……アタシの予想が外れてなければ、ヘリオトロープ側は十中八九、ジャレットが死んだことに、気付いてる……アンタを出したのは、完全に悪手だった』



 テオバルド捜索が打ち切りになった日、エマに呼び出されて告げられた言葉。


 本業を蔑ろにしてストーカーを探すこととなった珍事態の裏に隠れていたのは、ラザラスの今までの戦いを否定する事象だった。


「ラズさん……」


「ぶっちゃけ俺は、兄さんの代理としてステフィリアに貢献すること以上に、ジュリーの仇討ち目的が強かったから構わないんだけどさ……俺じゃなくて、あの人達がやけに気にしてるみたいだ」


 元々、ラザラスの参戦はあまり望ましいことではなかった。単純に彼の復讐とジャレットの代役という利益一致によって手を組んでいただけであった。そして先日、ラザラスは復讐を成し遂げた。手放しで喜べるような結果ではないとはいえ、ラザラスからしてみれば望んだ成果を出すことが出来たというわけだ。


 しかしエマ達からしてみれば、裏社会と関わりなく平和に生きていけるはずだった彼の存在を彼らに提示してしまったという罪悪感が強いのだろう。


 今後、ラザラスはステフィリア陣営として戦い続けることになるのか、はたまたここで縁を切り、ヘリオトロープを警戒しつつも無難に生きていくこととなるのか……それはまだ、分からない。


「それにしても、何でこのタイミングで気付いたんだろうな?」


「普通に考えたら、ベンジャミン辺りから情報が落ちたんだろうなとは思います。でも、あの辺りの人間がそんな、ヘリオトロープの内部事情を知っているとは思えないんですよね」


 ベンジャミン法務卿は、あくまでもこの国の政府官僚だ。ヘリオトロープの良い『お客様』であって、構成員ではない。


「でもあの人クラスなら、ヘリオトロープの本拠地くらいは把握しててもおかしくないかな、とは。ユウとレヴィさんがラズさん抜きで特攻仕掛けて、情報抜いてきた、とか……? ああでも、お兄ちゃん捜索と時期が被りますし、普通に考えて本拠地とかラズさんとクィールさん足して四人で行きますよね。違うよなぁ……」


 今ならラザラス、そしてクィールを抜いて特攻を仕掛けるのも分かるのだが。


「あとは……テオバルドが何か知ってたパターンだろうな。俺も、あの人に関してはちょっと引っかかるところがあるというか」


「お兄ちゃん……」


 ラザラスは、ロゼッタの顔をまじまじと見つめる。ときめいている場合ではない。

 彼がロゼッタに向けているのは、未だかつてない、『疑い』の眼差しだ。


「俺ね、表情から嘘を見抜くの得意なんだよ」


「!? な、何のことでしょう……!?」


「テオバルド、どこにいるか……把握してるだろう?」


 嗚呼――多分、最初の『どこ行っちゃったんでしょうねぇ』からバレていた。

 どうにかこうにか誤魔化そうと足掻いたが、最初からバレている以上はどうにもならない。


 数分後、ロゼッタは観念して「ごめんなさい」と項垂れたのであった。

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