51.ストーカー、増える。
「……」
床に正座させられた、25歳くらいの赤毛の男。彼は一週間前に保護した、火竜モチーフのキメラドールである。
端正な顔立ちをした彼は、頬を真っ赤に腫らしてがっくりと項垂れている。
彼を見下ろすのはエマとルーシオ。死んだ魚のような瞳で、レヴィは【魔力拘束】を使用していた。あの顔は「もうどうにでもなーれ」とでも思っているのだろう。
クィールも死んだ魚のような瞳をしている。顔色も非常に悪い。ただ、彼女に関しては殺気全開なユウに庇われる位置にいるため、男からかなり離れた場所に立っている。
「ゆうちゃん、めっちゃ顔怖いよ」
とりあえず飛び抜けてユウがやばい。コイツは多分「GO」と言えば多分男を絞めに行く。
ヴォルフガングは苦笑しつつ、男の顔を覗き込んだ。
(んー、とりあえず反省はしてんのかねぇ……)
当然の如く休みになった喫茶店。そのホールは前代未聞のカオス風景と化している――そこに、ラザラスが飛び込んできた。
「クィール! 大丈夫か!?」
放送局から全力で走ってきたのか、ラザラスの息は軽く上がっている。軽く、で済むような距離ではない筈なのだが、彼は体力オバケだ。これくらい問題ないのだろう。
クィールは死んだ魚のような目をラザラスに向け、ニコリと笑った。「大丈夫」ということなのだろうが、全くもって大丈夫ではない。
「ッ、最低ですね……!」
ひょこっ、とモグラのようにラザラスの影から顔を出し、ロゼッタが叫ぶ。
「助けられておきながら、寝室に忍び込むなんて最低です! この悪質ストーカー!!」
「お前が言うな!!!!」
――そう、ここに新たなストーカーが爆誕してしまったのである。
「わ、わたしはただ一緒にいるだけです! わたしは健全です!!」
ロゼッタはラザラスの手前、やましいことはしていないと首をブンブン横に振るう。
しかし、最近はストーカーの概念が怪しくなりつつあるものの、彼女は現在進行形でラザラスをストーキングしている立派なストーカーだ。当然ながらユウのツッコミが飛ぶ。
「そういう問題じゃないだろ!? 不法侵入はお前も一緒だ!!」
むしろ長期化している分、ロゼッタの方が悪質である。健全かどうかも非常に怪しい。
新・ストーカーの被害者であるクィールは虚ろな瞳でロゼッタを見ていた。
「私がおかしいんですかね……」
「いやいや、クィールの反応は普通だろ。あたし、ルーシオがそんなことしたらメッタ刺しにする自信あるわ。よく平手打ちで我慢したよ」
「俺はそんなことやらねぇよ!! 変な疑いが掛かるだろやめろ!!」
ルーシオに謎の被害が行ってしまった。エマは単純に「長年付き合いがある」という意味でルーシオを上げたのだろうが、可哀想過ぎる。
婚約者のことを愛しすぎているエマにとって、ルーシオは仲間であっても恋愛対象としてはアウトオブ眼中なのだ。周りからは丸分かりなのだが、エマはきっと永遠にルーシオの気持ちに気付かない。本当に可哀想過ぎる。
「……全く、竜人ってのは愛が重くなる傾向があんのかねぇ」
「ははは……とりあえず、事件の概要を教えて頂いて良いですか? クィールが朝起きたら横で竜人さんが寝てたってのしか知らないんですけど……」
もう完全に事案である。絶望的なまでに事案である。
早朝に同居しているクィールの叫び声で飛び起きたヴォルフガングは、まるで台所を這う黒い虫を見つけた少女の如き反応で怯えていたクィールのことを思い出して苦笑する。
どんな拷問にも屈しなさそうなクィールなのだが、いくらなんでもこれは無理なのだろう……というより、ラザラスでもこれは流石に無理だと思う。
ラザラスの言葉を聞いた新・ストーカーは、大慌てで顔を上げ、首を横に振るう。【魔力拘束】が掛かっているというのに、大したものである。そして、彼は叫んだ。
「俺はクィールの手を握って、寝顔眺めてたらそのままうっかり寝ただけだ! 添い寝はしてない!! 信じてくれクィール!!」
「そういう問題じゃねぇよ!!!」
叫ぶユウの背に張り付いたクィールの心が折れそうだ。顔を真っ青にして震えている。
「一応、その通りだとは言っておきます……添い寝はちょっとオーバーに伝わり過ぎてます……」
「あ、ごめんよ、くーちゃん。添い寝って言ったの、おじさまだわ。ぶっちゃけ寝室侵入してる時点で似たようなもんだと思うけど」
似たようなもん、という言葉に異議を発したのは問題の新・ストーカーだけだった(ロゼッタは絶対に同罪だと思うが)ため、ヴォルフガングは真面目に事件の概要を説明する。
「昨日の夜に侵入したんだと思うけど、何かくーちゃんの部屋にこのお兄ちゃんがいたわけよ。くーちゃん昨日は睡眠薬飲んでたから、手握られても起きなかったわけよ……まあ、くーちゃんがマンションの5階だからって窓ちゃんと閉めて無かったのも悪いよ? けど、5階のちっさな窓から侵入するとか普通思わないわな。だからおじさまはお兄ちゃんが百パー悪いと思うんだ」
1週間前に保護された新・ストーカーは、この事件が起きるまではロゼッタ同様に喫茶店の2階で保護され、傷の治療を受けていた。
あの後、新・ストーカーは全く目を覚ますことはなく、喫茶店のメンバーも治療はするがそこまで警戒態勢は取っていなかったのである――それが仇となった。あまりの虚しさにルーシオは顔を覆う。
「ロゼッタ脱走の件があったのに放置してた俺達にも非があるよ、本当にごめんな、クィール」
「いえ……」
新・ストーカーは喫茶店メンバーが皆出払っているタイミングで目を覚まし、運悪く見舞いに来たクィールの後をそのままストーキングし、マンションと部屋を特定してしまったようなのだ。
そして開いていた窓からクィールの部屋に侵入し、色々あって今に至るのである。
「物理ですね。わたしと同じ、竜人なのに。魔法使った方が楽ですよ?」
「うーん、それが、上手く魔法使えなくってさぁ。この身体、身体能力は高いっぽいから、物理的に色々出来て便利なんだけどね。壁登ったりとか。君はどうやったの?」
「わたしは影に潜みました。結構長いことバレませんでしたよ」
「へぇ、良いなぁそれ。俺にも教えてよ」
「ストーカーさん達は情報共有しないで下さい!!!!」
「ぎゃんっ!!」
レヴィは【魔力拘束】を強化し、顔を上げていた新・ストーカーを床に沈めてしまった。ロゼッタの方はレヴィでは勝ち目が無いのでひとまず放置だが、こちらも大概に質が悪い。
このところ共闘したりお泊り会をしたりと仲良くしていたせいで感覚麻痺しかけていたが、ロゼッタも倫理性(ストーカー的な意味で)が盛大に欠如した人間である。この手の話題(ストーカー的な意味で)で彼女とまともに意思疎通が取れると思わない方が良いのだ。
「ストーカー兄妹って感じですね。何か、見た目も似てますし……」
確かに火竜と飛竜ごとの違いはあるが、ロゼッタと新・ストーカーの色合いは非常によく似ている。兄妹と言っても通じそうだ……最悪な兄妹だ。
「もうやだ、ラズ君引き取ってよ……もう君ならストーカーがひとりふたり増えたって良いでしょ……兄妹セットでお得感出てるでしょ……?」
とうとうクィールが壊れてしまった。
元々彼女は婚約者そっくりなラザラスにストーカーがくっ付いた時点であまり良い顔をしていなかったのだ。ここで自分にまでストーカーがくっ付いたのだから、もう嫌で嫌でたまらないのだろう。
そもそもラザラスがおかしいだけで、普通は嫌だ。
「いらねぇよ……」
そう言ってラザラスはロゼッタを見る。しかしこの男、ロゼッタが「いる」と言ったら連れて帰りそうだから怖い。
「ん? ロゼ、どうした? お兄ちゃん欲しいのか?」
案の定、感性がおかしいラザラスは妙なことをロゼッタに聞いている。
なお、お兄ちゃん(仮)は「クィール以外に興味ないんだけど」などと口走ったので、再びレヴィに沈められた。
「い、いえ……お兄ちゃんは多分、沢山いると思うんですけど……その、お兄ちゃんかぁって、ちょっと思っちゃって……あ、連れて帰るのはごめんですけど」
ロゼッタが闇を感じる言葉を口走った。そうだ、彼女は繁殖場出身である。当然血の繋がった『お兄ちゃん』は何人もいることだろう。
まともな生活環境にいなかった以上、家族に憧れるのも無理はない――が、「コイツはやめとけ」と多分誰もが思った。ロゼッタもストーカーだから似たようなものだが。
「もうコイツはさっさと隣国に送還するとして」
「嫌だ、クィールと一緒にいる」
「うるせぇ。まあ、名無しはアレだから、ラザラス、名前付けたって。もうロゼッタと兄妹なら『アークライト』で良いだろ」
「俺に拒否権は無いんですね……」
「つーか、名無しだと色々と面倒なのよ。クィールに付けてやれっていうのは流石に可哀想だし」
ラザラスは悩み、件の人物を一瞥する。意外にも新・ストーカーは、ラザラスの方を真っ直ぐに見据えていた……というよりはやっとラザラスのことが眼中に入ったというところか。彼の容姿はやたらと整っているから、男でも二度見三度見くらいはしたくなるものだ。
「『テオバルド』でどうでしょうか、ね……?」
それ、映画『信託の姫君』のオスカー=クロウの役名じゃないか。
よっぽど好きなんだなあの映画。
「……ッ」
件の映画はラザラスにオスカーが接触された際に確認したため、大体皆見ている。そのため、気付いてしまった者が何人か吹き出した。
ついでに彼のストーカーであるロゼッタが姫君の名前から来ていることも気付いてしまった。
本当によっぽど好きなんだなあの映画。
ていうかストーカーにそんな名前付けるなよ、オスカーに悪いと思わないのか。
「……えーと、どうですか……?」
何故か新・ストーカーはラザラスをまじまじと見つめて動かない。まさか恋が始まっていやしないかとヴォルフガングは新・ストーカーの表情を確認する。
(信じられないようなものを見る、というか……そんな感じだな……いやー、『それ』は、いくらなんでも……)
……男の表情を見て「まさか」とは思った。
しかし、『それ』はあまりにも楽観的すぎる。口に出すべきではない。少なくともラザラスに第二のストーカーが付くことは無さそうだったため、ヴォルフガングは閉口する。
「あー、すまんすまん。良いよ、テオバルド。うん、愛称で呼びやすい名前、良いじゃん。是非ともクィールに『テオ』って呼んでもら」
「お黙り下さい」
新・ストーカー改め、テオバルド=アークライト。
彼はクィールに向かって清々しいウインクを決めると同時、表情筋の死んだレヴィの手によって床とキッスする羽目になった。
『ストーカー竜男と復讐鬼の聖女様』爆誕
※テオバルド登場に従って、過去話のオスカーの役名をこっそり変更しております。
(頭文字被りに気付いてしまいました……申し訳ありません)




