48.ストーカー、潜入する。
「えっ、俺、表班じゃなくて良いんですか?」
一週間後。今日、亜人の闇オークションが行われる――喫茶店にやって来たラザラスに告げられたのは、「裏方に回れ」というエマからの通達だった。
「アンタはハーフとはいえヒト族だから惜しいっちゃ惜しいんだけど……アンタの容姿をあまり目立たせたくなくてね。ロゼッタパワーでユウを表に持ってこれたし、アンタは大丈夫」
「それじゃ本末転倒なんじゃ……? 俺は、ヘリオトロープ側に顔を見せ付けるのが役目なんですよね?」
今回行われるのが『亜人』のオークションということで、オークション参加者として会場に直接潜入出来る人物は限られる。通常、表に出ることが出来るのはヒト族のラザラスとグレン、そして角を隠してヒト族に擬態出来るエマとルーシオだ。ラザラス以外は戦闘員ではないため、万が一に備えて基本的にラザラスの表班同行は必須となっている。
しかし今回はロゼッタがラザラス同様に戦闘員であるユウの姿を光魔法で隠すことによって、目立つ容姿の彼を表に回すことが出来、ラザラスは裏方として、『商品』の救助と緊急時に備えて待機しているであろう『戦力』を削げという指令だった。
「今回はメディア関係者、それも重鎮クラスが居てもおかしくないってか、ジュリアスの件を考えたら恐らく何かしらはいるし、アタシは別にアンタのキャリアを潰す気はない。一応、作戦決行中はずっとゴーグルしときな」
「あー、なるほど。珍しいですからね、俺の容姿って」
「そういうこと。既に『LIAN』と『ジャレット』が同一人物だって推測は出ちゃいるだろうけど、確信させたくはないのよ。特に、視聴率しか頭に無いようなアホなメディア関係者にはね。アンタもメディアのアホさは分かってるでしょ?」
「……すみません、ありがとうございます」
「良いってことよ。今回は大人しく裏方に回っときな……で、派手に暴れといて?」
とはいえラザラス自身の適正で考えるならば、明らかに表の潜伏要員ではなく、裏の殲滅要員だ。
豪勢に着飾る必要もなく、優雅に振舞う必要もない。『いつも通り』で良いというある種の気楽さは、平常心を保つことに必死なラザラスにとってはありがたいものであった。
「……」
着慣れた装束を身に纏い、銃の整備を始めるラザラスを見つめ、ロゼッタは小さく息を吐く。
ロゼッタの提案により、ラザラスがジュリアス襲撃の真犯人を知ったのは皆とほぼ同時、一週間前であった。彼はその場で激昴するようなこともなく、表面上は上手く取り繕うことが出来ていた。
しかし、握り締めた手のひらに爪が食い込んでいたことを、ロゼッタは決して見逃さなかった――それもその筈だと知ったのは、翌日のことだった。
(ジュリーさん……)
クリスティナの家から帰ってからしばらくして、ロゼッタはラザラスの口からジュリアスの呼吸および身体の状態を示すあらゆる数値が安定し、人工呼吸器を装着する必要が無くなったという話を聞かされた。ここまで来れば、いつ目を覚ましてもおかしくはないそうだ。
ついでに目覚める前の方が苦しまずに済むという理由で事前に装着させたという魔導義肢も非常に安定しており、こちらも目覚めてすぐに大した苦痛もなく動かすことが出来るだろう……問題は、ジュリアスの精神面の方だ。
「ロゼッタ、ちょっと出てきてくれ。【火球】以外も銃を媒体に飛ばすことがあるかもしれない。媒体にするのに問題ないか、君の目でも確認しておいて欲しい」
「はーい」
今回の潜入任務について、ラザラスは決して失敗出来ないと険しい顔で語ってくれた。
目覚めたばかりのジュリアスに「もう大丈夫だ」と、「犯人達は皆、再起不能になった」と安心してもらうために、何が何でも潰してやると彼は意気込んでいた。
「大丈夫です。銃に問題はありませんし、最悪、媒体無しでもぶっ飛ばせますから……特に火属性は、わたしが二番目に得意とする魔法です。他もいけると思いますから、使いたい魔法があったら言って下さい」
ラザラス曰く、アンジェリアに並びジュリアスもかなり高度な音魔法の使い手らしい。慰めや誤魔化しの言葉は、彼には通用しない。だから、本当に犯人を全て『抹消』しなければ、ジュリアスは永遠に怯え続けるだろう。その結果、自分が関係者だと、復讐鬼であると気付かれ、軽蔑されても構わないとラザラスは語る。
(軽蔑しないことを、祈るけどね。アンジェさんも、知っておきながら離れなかったわけだし……ああ、どちらかというとラズさんは『怯えられて明らかに態度が変わる』の方が怖いんだろうな)
裏の世界に足を踏み入れたせいで、ラザラスはこの二年間、待ち望んでいた『その時』を心の底から喜ぶことができなかった――「ジュリアスが目を覚ますかもしれない」と語るラザラスの表情は、決して明るいものではなかった。喜びよりも、不安が勝ってしまったに違いない。
そのことはきっと、彼の中で何とも言い難い重石となっているだろう。この人は、どうしようも出来ない『自分自身の感情』さえも、『罪』としてしまうから――。
「いつだって、わたしが傍にいますから。何でも言って下さい」
「……ありがとう」
隠せと言われた青の瞳を細め、ラザラスは微笑む。
ジュリアスが目覚めた時、彼が心の底から笑うことが出来ますように……何としてでも今回の作戦を成功させなければと、ロゼッタも固く決意した。
○
「ユウ、いる?」
「いますよ。大丈夫です、エマさんの後ろにいます」
ロゼッタの光魔法がどれくらいの距離まで効果を持つかは事前に確認したのだが、少なくとも双方が会場から出なければ問題無さそうだ。しかし普通に音は通るため、気を付ける必要がある。
VIP待遇で先に会場に入ったグレンを探す。彼は早速、政府の要人と思わしき人物と話していた。
ルーシオは辺りを見回し、素早くスマートフォンの画面を操作して外部班に連絡を入れる。ユウの位置から画面は見えないが、会場内の様子を伝えているのだろう。
(……俺はこの手の場面じゃ、役に立たないからなぁ)
参加者リストは顔写真付きで確認したものの、現在集まっている者達に相違が無いかどうかは正直なところよく分からない。頭脳戦になると、やはりルーシオが強いのだ。
そして、エマはというと……
「こんばんは。随分と若く、美しいお嬢さんだ」
「あら、お上手な方……こんばんは、聡明そうなお顔立ちの旦那様。お会い出来て光栄ですわ」
身体のラインを強調するタイトドレスを着て、プラチナブロンドのロングウィッグを被って美しく着飾った彼女が少し年上くらいの適当な男――彼女のことだから、何かしら理由はあるのだろうが――に色気たっぷりな視線を向ければ、相手はあっさりと食いついてみせた。
男勝りなエマだが、意外とこの手の色仕掛けに強いのだ。彼女、普段はすっぴんなのだが、今日はガッツリ気味なメイクを施している。
メイクの技術も凄い。彼女の場合は元も良いのだが、見事に別人と化す。見るたびにユウは「女って怖いな」と思わされるのだった。
「ははは、あなたも上手だね。だけど、初めて見る子だ……お名前を伺っても?」
「クレア=ベルガモットと申します。会合にはいつも、お父様が参加しています。今日も本当はお父様が来る予定だったのだけれど、『たまにはお前が好きな子を買っておいで』と言って下さったの……でも、どういう子を選べば良いのか、分からなくて」
困っているの、とエマが悩ましげに目を伏せる。クレア=ベルガモットは本当に実在する上に本当に今日参加予定の人物だったのだが、彼女は父親共々先日ユウが絞めに行ったためにここには来ない。なお、ベルガモット家は政府官僚一家である。
ユウ達情報屋は亜人売買の情報を掴めば飛んでいくが、買い手の常習犯達に関しては時々泳がせるようにしている――というのも、彼らは『こういう時』に役立つのだ。
「ああ、あなたがベルガモット様の……いやはや、こんなにも美しい娘さんだなんて思わなかった。きっと自慢したかったのですね……私のような、独り身の寂しい男に」
「寂しい男だなんて仰らないで。ねえ……よろしかったら、今日のオークション、一緒に見させて頂いても宜しくて?」
「勿論ですよ! 選ぶ基準が分からないと仰っていましたし、私でよければ……」
(はい落ちた……って、あ。コイツ、教授か)
男が浮かべたねっとりとした笑みを見て、ユウはハッとする。そういえばこの男、クリスティナが見せてくれた大学教授の集合写真にいた。ついでにベンジャミン卿の屋敷によく出入りしているという話もあった。
重要参考人として捕縛するか、それとも燃やすか。
流石のユウも捕縛対象は完全に頭に入れているため、分からなかったということは後者だ。エマが狙いを定めた以上、無罪放免ではない――こんな場所に来ている時点で、ほぼ黒確定なのだが。
(なるほど。今回の参加者は全体的に年齢層が高めで既婚者ばかりだったからな……ハニートラップに掛かりそうで、尚且つベンジャミン卿の情報を掴めそうな相手を選んだということか)
それにしても早い。事前に誰を狙うか決めていたのだろうが、ターゲットを見付けるのが早い。怖い。
あと遠くの方で男女問わず楽しそうに会話しているグレンも怖い……ついでにエマの付き人設定であるルーシオの顔が怖い。グレン達とは違う意味で怖い。
「……」
ユウは端末を取り出し、ルーシオに連絡を入れた。
『顔が事故ってます。平常心を保って下さい』
『愛する女が変な男にハニトラ仕掛けてる姿を見せ付けられるんだ。お前にこの気持ちが分かるか』
『分かりませんけど平常心は保って下さい。顔は整えて下さい』
まあ、彼は使用人(設定)だから、エマお嬢様(設定)が男にアプローチ仕掛けてるのが気に入らないとか、色々言い訳は出来るか――ユウは息を吐き、周囲を見回す。まだオークションは始まっておらず、会場は雑談の声で賑やかだ。
(……ラザラスの覚悟は知っているつもりだし、アイツの才能も理解しているつもりだ。俺は俺でこっちに集中して、いざという時に備えるとしよう)




