47.ストーカー、決断する。/後
直に、というルーシオの言葉は間違いではなかった。
10分も経たないうちにドアが開き、クィールとヴォルフガングが姿を現す。
(そういえば、全員集合ではないんだ……)
ユウはともかく、エマとグレンはいないのだろうかと気になった。だが、その答えはヴォルフガングが教えてくれた。
「えまちゃんとぐれんくん、近々行われるオークションの情報、掴んできてくれたよ……来週だね」
「! どっか潜伏してたんですか!?」
「ああ。グレンさんは金持ちだし、一時期は表から完全に姿消してたのが幸いしてヘリオトロープに掴まれてなくて、亜人売買取引が舞い込んできやすいんだよ。カムフラージュに何度か亜人やキメラドールを買って貰ってるから、良いカモって向こうには思われてるみたいでさ」
「貴族の会合、みたいな奴だね。えまちゃんはタイトなドレスが様になるし、パッと見はヒト族だしってことで、ぐれんくんの相方ポジションで参加してるんだよ。おじさんたち、見事にみんな亜人だからさ。らずちゃんはヒト族だけど、そういうの向かないし」
どうやらエマとグレンのペアは、怪しい会合的なものに時々顔を出してはあえて金を落として情報を掴んでくる役回りのようだ。
エマはヒト族ではなかったのかと問えば、どうやら彼女は角が根元から折れてしまった一角獣人だったらしい。どう考えても闇が深いため、詳細は聞くに聞けなかった。
ヴォルフガングはちらりとロゼッタを見た後、ルーシオに視線を戻す。
「あの会合、小規模だから目付けてなかったし……ベンジャミンが話持ってくるのも、そう多くはないんだってさ。だから今日、ベンジャミンを黒打ちしてなかったら、この情報取れたか怪しいと思う」
ベンジャミンのような社会的地位のある人間は会合には参加せず、部下などの仲介人を使って情報だけを置いていくらしい。
加えて彼の場合、大規模な会合には決して顔を出さず、ごく僅かな人々の、それこそ『国の重要人物』は一切出てこないような会合にしか情報を落とさないようにしていたそうだ。だからこそ、今までルーシオ達は彼が黒い存在だと認識出来ずにいたのである。
「なるほど、な……ありがたい。ベンジャミンの屋敷に侵入すると『後片付け』が大変だからな。オークション会場に殴り込むのが手だろうな」
「め、目立ちません!?」
「ベンジャミンは徹底的に情報消してたからな。表沙汰には出来ないこと多数だから、通報されるとか面倒なことにはならないだろう。来たとしてもヘリオトロープの兵士だ。だから、目立ったとしても、関係者全員とっ捕まえれば問題ない」
だが、規模が小さいとはいえ、ベンジャミンを含む重要人物がいる以上、逃げ場を塞いで物理的に炎上させる作戦は使えない。ひとりも逃がさないために、こちらは『総力戦』でオークション会場に忍び込むことになるとルーシオは言った。
「おじさま達も突撃だね。情報収集と重要参考人の拘束はこっちが率先してやるとして、そのサポートをくーちゃん達に頼むことになるかな。ゆうちゃんも、義手外しとけば来週までには復帰出来そうだから、タイミングが良かったね」
「……あの」
ヴォルフガングに質問を投げ掛けたのは、今まで黙っていたクィールだった。
「竜人関係なのにラズ君不在なのは、もちろん、意味があるんですよね?」
この件についてはロゼッタも不思議に思っていたし、様子を見る限りではレヴィも分かっていない様子であった。
だがクィールに関しては、分かってはいるが、覚悟を決めるために確認した。そんな様子だった。
「まだ推測に過ぎない。だが、確定事項として扱う」
答えたのは、ヴォルフガングではなく、ルーシオだった。
やっぱり、と呟き、クィールはおもむろ頷く。
「ここに来て、漸く……ってところですね。ラズ君の戦いがひと段落付くというわけですか」
「まさか、こんなデカい案件絡んでるとは思わなかったからな……本人じゃなくて、本人のストーカーさんに話を聞いてもらうつもりで、ここに呼んだんだ」
ルーシオはロゼッタに視線を移した。
まさかの指名だったが、不思議と心は穏やかだった。覚悟を決めることは、出来ていたのだろう。
彼の言葉を引き継ぎ、クィールはロゼッタの目を見ながら口を開く。
「ジュリー君はね、拉致役を担当していたヘリオトロープ末端の若手が毒の投与量を誤ったから、今も眠り続けているんだ。その若手は確保して、『処分』してる……けど、それを命じた人間が分かっていなかったんだ」
「? ヘリオトロープ上層部って可能性は無いんですか?」
「それもあったけど、知っての通り、ジュリー君は知名度があったからね。そんな子が消えたら社会的混乱は避けられないし、無計画に拐ったりしない……でも、大金詰まれて、『あの子が欲しい』と言われたら、話は別って奴」
「! そ、それ、まさか……!」
そういうことですよね、とクィールはルーシオに問い掛ける。
「3年前くらいからだな。ベンジャミン卿が、特定の人物の調査を色んな場所に依頼していたことが分かった。本人のメール確認は出来なかったが、可能性のある奴らのコンピュータを洗いざらい調べたら固有名詞こそ使っていなかったが、出るわ出るわって感じだったな……というわけで、メディア関係者がベンジャミン卿と思われる人物に情報を売っていたよ。ALICEのな」
「! それで、ジュリーさんが隙だらけになってる日を探して、ヘリオトロープに依頼。そして日程を合わせて、襲わせた……?」
「それが正解だろうな。どうもヘリオトロープ上層部は足が付く可能性を考えて渋ってて、ベンジャミンが直に若手構成員を買収したみたいなんだが」
水竜が好きなベンジャミンとしては、その突然変異体であるジュリアスが、どうしても欲しかったのだろう。そしてその欲のせいで、ジュリアスは――。
「……」
「知っての通り、普段は俺とエマ辺りで情報止めてるんだ。でも、この件に関しては例外で教えることも考えた……ラズの気持ちを考えた場合、教えるべきか、当初の方針を貫くべきか……悩んでいるんだ」
ラザラスとアンジェリアに聞かれてはいけない話題と判断されたのは、そういう理由だ。アンジェリアはともかく、ラザラスに聞かせるのは些か不安材料が多過ぎる……だが。
「話すべきだと思います。何も知らずに、後になって全てを知らされるなんて、そんなの、このために戦ってきたラズさんが可哀想です」
否の意見を唱えたのは、クィールだった。
「……。だけど、ベンジャミンを殺させるわけにはいかないんだ。殺してやりたいくらいに憎んでいる相手を前に、葛藤する方が辛いとは思わないかい?」
この国の司法の要、ダヴィド=ベンジャミン。
よりによって、超重要人物がジュリアスの仇だった――次に繋げる情報を得るためにも、ラザラスは彼を生け捕りにしなければならない。
ラザラスはベンジャミンを自らの手で殺し、復讐を達成することは出来ない。全てを知ってしまえば、尚更彼が浮かばれないのではないかとクィールは言う。
だが、ロゼッタの考えは変わらなかった。
「今のラズさんは、どんよりと気持ちが沈んだ状態です。ヘリオトロープとの戦い、目覚めないジュリーさん……色んなことに終わりが見えませんから、仕方がないと思います。だからこそ、この先彼が戦い続けていくためにも、気持ちを切り替えられる、『何か』が必要だと思うんです」
「……」
「自らの手で、『ジュリーさんの仇討』という決着を付けた。その感覚をハッキリ感じて頂くには、後から真相を告げられたのでは遅いと思うんです……何も、殺すことだけが、復讐では無いはずです」
「そうか、そう……だよね」
「それこそ、ベンジャミンの両足を再起不能にしてやれば良いじゃないですか。雑草みたく引きちぎってやれば良いんですよ。患部燃やしとけば出血死はしませんし」
「君、結構怖いこと言うんだね」
クィールが引いている。
彼女の中では仇討=抹殺のようだが、ロゼッタの意見は少々違う場所にあるようだ。
「わたしは、どちらかというと殺すとかそういうのより死にたくなるくらい苦しめって意見です……それはさておき、安心して下さい。ラズさんが暴走しそうなら、それこそ命懸けで止めてみせますから」
ロゼッタは両目を閉ざし、深く息を吐く。そして、口を開いた。
「わたしはラズさんも、ベンジャミンも、殺させません」
「……分かった」
ふ、とクィールが小さく笑みを浮かべる。
彼女以外も、『ラザラスに伝える』という方向で決意を固めたようだ。
――そして翌日、ラザラスは『ジュリアス襲撃事件の真相』を知ることとなる。




