46.ストーカー、決断する。/前
「うん……よかった、センス無いとかそういうこと無さそう……」
ロゼッタが作ったスープを味見し、クリスティナはほっと息を漏らす。
「普通にお料理、出来そうですよね」
レヴィは美味しい、とニコニコ笑っている。
「ジュリーの系譜だったらどうしようかと……」
そしてアンジェリアは深過ぎるため息を吐いた――大体全部、ロゼッタと同種族なジュリアスが恐怖のポイズンクッキングの腕前を保有しているためである。
「会う前からジュリーさんのイメージが大変なことになるんでやめてください」
彼女らはジュリアスのイメージを保ちたいのか壊したいのかハッキリして欲しい。
とはいえ、ロゼッタも不安ではあった――もし、万が一自分が味覚音痴だとすれば、どうあがいてもまともな料理は作れないからだ。
飛竜種は味覚音痴だとか、そういう事実が判明したとすれば3日は立ち直れない自信がある。
「ジュリーさんがエマさん寝込ませた話、聞きます?」
「なんでエマさん食べちゃったんですか!」
「あはは、好奇心には抗えなかったみたいですね……一体何を入れたらああなるのかって解明したかったみたいなんですけど……」
「あと、予想出来ると思うけど僕とラズも被害者だよ。試験前に食べちゃったもんだから、ふたりして試験受けれなくて単位落としたもん」
「なんでそんな大事な時期に劇物食べちゃったんですか!!」
被害者多数だった。
何も言わないが、恐らくアンジェリアも被害者だろう。
「分かる? 私が料理作れないと、私達詰んでたの。添加物まみれか餓死一直線なの」
「一緒に住んでたんですか?」
「流石に一緒じゃないわよ。隣に住んでたの。私達、ベリル街じゃなくて、お隣のクォーツ市に住んでるんだけど……通院とかその辺の事情もあるし、ジュリーが目覚めたらこのマンションに引っ越す気でいるわ。ちょうどティナの部屋の横が2つ空いてるしね」
「マンションの知り合い率がすごいことに……」
ここから病院距離が全くないわけではないが、隣町よりはマシということか。
彼女らの職業のことを考えれば、総合病院、もとい放送局の近所に住むのは危険だろう。
(ジュリーさん、両足無くなっちゃったんだっけ。そりゃ、病院の近場に住もうって話になるよね……)
ただ、目覚めた後のジュリアスが普通に通院するだけで済むとは、ロゼッタには到底思えなかった。
目が覚めたら、両足が無くなっていて……その上、2年も時が流れていて。そもそも、襲われた時の状況次第ではそこ含めてトラウマになっていてもおかしくはない。
それこそ、目覚めた瞬間から数多のショックに耐え切れず、心を壊して狂ってしまっても、自ら命を絶ったとしても何もおかしくはない――何もかも、2度と、元通りにはならないのだ。
「あっ、すみません。ちょっと、連絡が……」
気分が暗くなってきたところで、ふいにレヴィがスマートフォンを片手に席を立った。よくある光景だとは思うが、対象が彼女だということで、皆の背筋が伸びる。
「ッ、え……?」
この場合、十中八九、ヘリオトロープ関連に違いない。
そして案の定、レヴィは、ちらりとロゼッタの姿を一瞥した。きっと法務卿ベンジャミン関連だ。
「あの……」
レヴィはスマートフォンをロゼッタに差し出してきた。
その意図が分からないロゼッタではない。ロゼッタは迷わず、電話を耳元に持って行く。
「……もしもし?」
『すまない、ルーシオだ。楽しいところに水を指すことになって申し訳ないんだが、レヴィと一緒にこっちに来てくれないか? アンジェはともかく、ラズを外してお前と話し合いをするんだったら、今がチャンスだと思ってな』
「!」
ロゼッタを指名した時点でベンジャミン絡みなのは分かっていた。
しかし、そこに加えてアンジェリアとラザラスは外せと言う辺り、この件、今、話題に上がっていたジュリアスも関連するのではないだろうか……?
レヴィが席を立つ。
様子を見ていたクリスティナは、クローゼットからコートを取り出し、ロゼッタの肩に掛けてくれた。
「外、この時間だと結構寒いから、これ着ていくと良いよ。ちょっとサイズ大きめだから、君でも合うと思う」
「あ、ありがとうございます……」
「終わったら戻っておいで。待ってるよ」
クリスティナとアンジェリアに見送られ、ロゼッタはレヴィと共に喫茶店アクチュエルへと急いだ。
○
喫茶店1階。既に閉店した飲食フロアで椅子に腰掛け、ルーシオはロゼッタ達を待っていた。
どういうわけか、彼ひとりである。いつも一緒にいるエマがいなかった。
「……嫌な予感がしてな。流通だの銀行口座だのを片っ端から調べてみたら、ビンゴだったってわけだ」
ロゼッタが帰った後の数時間で調べ尽くしたのか、ルーシオは大量の書類を机の上に並べながら、深刻な面持ちでロゼッタの目を見据えている。
「どうも法務卿ベンジャミンは、水竜種の竜人を好むらしい。間違いないか?」
案の定、と言ったところだろうか。
ルーシオはかつてロゼッタを飼っていた男、ベンジャミンの情報を集め、ひとつの結論に辿り着いたようであった。ロゼッタが呼ばれたのは、情報の最終確認のためなのだろう。
「そうですね。言われてみれば確かに、水竜が少し多かったです。でもわたしを含め、あらゆる竜人を集めている感じでしたよ。水竜以外は入れ替わりが激しかったですけど」
「本命は水竜で、後はコレクション……? 違う……そういうこと、か……」
レヴィはぽつりと呟き、広いテーブルの上に置かれた資料のひとつに手を伸ばした。そして、眉を寄せる。
「この値段……おかしいですね。『相場』より明らかに高いです。闇オークションですか?」
マフィア時代に培ったのか、現職で知ったのか、レヴィは竜人の取引相場を知っているようだった。
彼女は数字の羅列が記された紙をルーシオに渡し、意見を求める。ルーシオは両目を閉じ、深くため息を吐いた。
「そういうことだ。ヘリオトロープに依頼して、竜人を集めさせて……自分が飼うか、『付加価値』を付けて、派手に売り飛ばすか。そんなところだな」
「付加価値……気分が悪い話ですね。水竜以外はそんな感じで売り飛ばしていった感じでしょう。ラズさんが知ったら荒れそうです」
レヴィは資料を置き、ロゼッタの顔色を窺い始めた。
彼女はロゼッタがダヴィド=ベンジャミンの関係者であると話した場にはいなかったが、話は聞いているのだろう。どこか不安そうに、こちらを見ているのが分かる。
「大丈夫ですよ。でも……この話題、わたし、呼ばれるんですね。確認だけ、じゃないですよね?」
「そうだな。クィールやヴォルフさんが来たら話すが……お前の意見が聞きたかったんだ」
今、この場にいるのはルーシオとレヴィだけだ。
少しだけ待っていてくれ、とルーシオは席を立ち、ロゼッタとレヴィに飲み物を出してくれた。
「ここから先はベンジャミンの話しかしないからな。ロゼッタ、気分が悪くなったら、言ってくれよ。無理はさせたくない」
「ご心配には及びませんよ。ありがとうございます」
ロゼッタが本心から礼を言えば、ルーシオはふっと気が抜けたような笑みを浮かべてみせた。
「分かった。少しだけ待っていてくれ。直に、揃うはずだから」




