45.ストーカーと、人生ハードモードな有翼人達
「う、うわああぁ……」
スタッフクレジットが全て流れ終え、黒画面に『fin』と表示される。
余韻に浸るロゼッタの横に置かれたテーブルに、クリスティナは新しく三つのグラスを置いた。
「『Traveling Game』っていうも有名なんだけど、こっちはこっちで有名なんだよね……王道ストーリーだけど、シンプルにまとまってて、綺麗だからって……ッ」
「ティナさん泣いてません? 大丈夫ですか?」
「これは何度見ても、涙腺にクるんだよねぇ……」
見せておきながら、どちらかというとロゼッタよりもクリスティナの方が派手に被弾している。クリスティナはティッシュを数枚取り、鼻をかんだ。
「ジュリー以外の声には気付いた? アイクの故郷にいた女の子がアンジェで、お父さん役がオスカーさん」
「えっ!? そうなんですか!?」
「やっぱり初見じゃ分かんないよね。このふたりもすごいからねー……」
クリスティナはまだまだ語り足りなさそうだったが、ピンポン、と玄関チャイムが来客を知らせ、話は強制的に中断させられる。
しかしクリスティナの表情は晴れやかだった。セールスや宗教勧誘の類ではないのだろう。
「……?」
「あ、来たね。丁度良かったかな」
とてとてと玄関に走り、クリスティナはドアを開ける。
外に立っていたのは、ふたりの若い女性。ロゼッタも(ほぼ一方的に)よく知っている有翼人コンビ、アンジェリアとレヴィだった。
「えっ、あれ……?」
ロゼッタが首を傾げれば、アンジェリアはこほんと咳払いし、口を開く。
「ら、ラズと、ユウさん、の依頼……アンタに、年頃の女の子っぽいこと経験させてあげてって……」
「ロゼッタさんの着替えとかも用意してますよ。女子会……お泊り会って奴、しましょ?」
言われてみれば、アンジェリアもレヴィも比較的重装備だ。今日はクリスティナの家に泊まりに来たのだろう。
彼女らの合流の件があったため、最終話だけというよく分からない制限が入ったに違いない――そんなことよりも、ロゼッタは赤面するアンジェリアから目が離せなかった。
「アンジェさんが、喋った……」
「しゃ、喋るわよ……! わ、わ、私、相手が同い年、くらいの女子なら、まだ、喋れる……!!」
吃りまくっている。
しかし、この程度なら時間経過と共に解決していきそうな気もした。
アンジェリアは付いたままになっていたテレビ画面に目を移す。彼女は「ああ……」と苦笑し、ロゼッタの方に視線を戻した。
「布教、されてたんだ……」
「はい。結構洒落にならないストーリーの奴でしたね」
「あー、色んな人に見せてはいけないあの名作ですね……って、ああっ!」
レヴィは部屋に上がり、クリスティナの机の上に布を掛ける。何かを隠したようだ。
「てぃ、ティナさん……! ロゼッタさんはあたしより下なんで。ああいうの、晒してたら駄目です!」
「!? いけない! 忘れてた……! ごめんね、君も今年解禁とはいえ未成年なのに!」
一体、クリスティナとレヴィは何の会話をしているのだろう。
「えっ? え……っ?」
「知らなくて良いんですよ。深淵を覗いてはいけません」
「ていうか……アンタの中の、ジュリーのイメージ、が、大変なことになりそう、だから……お願い。見ないで……っ」
クリスティナの部屋には、何やら見てはいけないものがあるらしかった。
○
「えーと、ラズさんとユウの依頼?」
「そうですね。せっかく外に出てきてるんだからって、急で悪いけど計画して何かしてあげてって言われたんです」
レヴィ曰く、以前からラザラスがユウに「何かないかな」と相談していたらしい。背後を常に陣取っていたはずのロゼッタが全く気が付いていなかったため、メールか何かで伝えていたのだろう。
「何でそこでユウに相談しちゃうかな……」
「んー、勘違い云々の前に、ユウさんは孤児院運営してた時期があるんで。あたし達の経歴知ってたら、多分誰だってユウさんに相談してると思いますよ? あたしなんて、ストリートチルドレンからのマフィアの養子からの暗殺者ですもん。そういうのからは一番程遠いです」
うふふ、と穏やかに笑っているが、話の内容が凄まじく怖い。クリスティナとアンジェリアが若干引いている。
ロゼッタが少なからず興味を示していることに気付いたレヴィは、ニコニコと笑いながら話を続けてくれた。
「あたし、間違いなく純粋な鴉種ではないでしょう? ロードクロサイトで鴉種は地獄なので、大方オウム種か何かの父親が鴉種の母親孕ませて放置したんだと思います。あたしみたいな変なのは、絶対そういう類の事情です」
「ひえぇ……」
「普通野垂れ死ぬのでしょうが、あたしは運良くストリートチルドレンというか、ギャング的な人達に拾われて育てられて、自我が芽生えてすぐくらいからは、財布スったりとか空き巣したりとかして生きてました。たまたま念力使えたので、それ応用すればサクサク財布取れましたね」
「……」
「あっ、犯罪ですよ?」
「分かってます……」
ロリータ寄りの服装を好み、穏やかな敬語口調にふわふわとした巻き毛のピンク色の髪に、女の子らしい顔立ちのレヴィ……の、中身が凄まじいことになっている。
これまでにロゼッタはギャップが凄い人複数名に遭遇していたが、彼女も凄まじいギャップの保有者だった。見た目と中身が全く一致しない。怖い。
「……で、悪さしてたらマフィアのおじさまに拐われました。臓器になるかなって思ってたら、普通に娘みたいな感じで可愛がって頂きました」
「……。えーと、なんか、慰みもの的な……」
「性奴隷ではないですよ~」
「もっとこう、その、伏せて下さい」
「あ、ごめんなさい。えーと、本当に親子みたいな感じでしたよ、あたし、マフィアのボスのおじさま、『パパ』って呼んでましたし」
レヴィとマフィアのボス、通称『パパ』――どこからどう聞いてもイケナイ関係にしか思えないのだが、どうやら健全だったようだ。
「んー……強いて言えば、ありとあらゆる銃の扱い方叩き込まれたくらいですかね? 普通じゃないのって。あたしにはライフルが合ってましたからライフル使ってますけど、おかげで割と何でも使えますよ!」
「……」
もはやどこからツッコめば良いのか分からなくなってしまったため、ロゼッタはクリスティナとアンジェリアに視線を向けた。そらされてしまった。
ロゼッタが狼狽えていることに気付いたのだろう、レヴィは口元に手を当て、くすくすと笑い始めた。
「変なのは自覚していますが、明らかに堅気じゃないお兄さんをストーキングしたあなたにだけは変だって言われたくないですね」
「うっ、それもそうですね……」
棚上げするんじゃありません、とレヴィは首を傾げてみせる。
こうしていると、本当に可愛らしい、お人形さんのような女の子である……現職は暗殺者だが。
困ったことに周囲に『普通の人』がいない。
もはや、『普通』ってなんだろう。
「8年前にお屋敷が襲撃にあって、あたしはパパに逃がしてもらって……でも追ってに見つかって、襲われて。そこに駆け付けてくれたのがユウさんです……その時にはあの人、既に身体が半分位炭になってましたけど……」
「うぅ……」
「そこに加えて、翼が片方無くなっちゃったのはあたしのせいなんですよね。だから、役に立てればって思って、今は暗殺者やってます。倫理観とかその辺は路地裏時代の段階で既に消し飛んでますから、そんなに気にしてないです……ちなみにユウさんも鴉族の集落を守るためにバーサーカーやってたらしいので、その辺の感覚は欠落していますね。あの人は根っこの部分が相当優しいので、正直メンタルが心配になりますけど」
ロードクロサイト共和国出身鴉種達の人生ハードモードっぷりが恐ろしい。
(わたし……グランディディエ生まれで、良かったのかも。結局は一緒かも知れないけど……)
そこまで人種差別が酷い国ならば、竜人種で、しかも突然変異体の自分はさらにハードな人生を送る羽目になりかねない。
これ以上ハードな人生を、となると今度こそ死ぬだろう。紙一重なところで神に救われたような気がしてくる。
「ろ……ロードクロサイトだと、しんどかった、かもね……ただ、人身売買組織の警備は、ザル、よ」
どうやら感情を読まれたようだ。
ロゼッタの心境に合った言葉を、アンジェリアが投げかけてきた。
「組織の警備がザル?」
「ええ。私は……量産型とはいえ結構な『レア個体』だったみたいなんだけど、あっさり逃げれちゃった、から……」
そう言ってアンジェリアは長い髪を片側だけ上げてみせた――AN0146という刻印が、彼女の細い首筋に入っていた。
「! それ……!」
アンジェリアの首に残る、キメラドールの刻印。
髪を下ろし、彼女は自嘲的な様子で口元に弧を描いてみせた。
「魔力の、素養が高くて……綺麗な容姿を持つ“メス”の歌い鳥。ウグイス種やカナリア種、ブンチョウ種なんかを掛け合わせて音魔法の素質を限界まで高めたのが、私達、AN型。ユウさんの婚約者のアリアさんも、私と同じ型だったみたいだから……多分、私と同じ顔、してたんじゃないかな」
「……」
「そんなわけで、JULIAは顔出ししてないの……コミュ障なのもあるけど、ね」
だけど、アンタ相手ならかなり慣れてきたわ、とアンジェリアは息を吐き、タイミングを見計らってクリスティナが差し出したジュースを数口飲み干した。
「……まあ、普通の子がいると思わないことね。私達の中だと、ティナはかなり普通だけどね」
「自分自身が普通じゃないですし、もう普通の人探しは諦めました」
「それで良いわ……さて、何かしたいこと、ある?」
仕方のないことだが……少し、空気が重い。
何か、ぱっと明るくなるような話題が欲しい。
考えて考えて、ふと頭に思い浮かんだことがある――ロゼッタはパンと両手を叩き、クリスティナの方へと視線を向けた。
「料理、教えて欲しいです……!」
「あっ、料理!? うんうん大体言いたいこと分かったよ、ラズがひっどいからね」
「良かったわね、ここにいる3人は間違いなく平均以上よ。近くにいる人間が料理出来ないか逆にプロ級かの二択で、そんな荒波の中で鍛えた腕前があるわ」
どうやら彼女ら3名は料理関係においても普通ではない環境に置かれてきた『逸材』だったようだ。
クリスティナはタンスから予備のエプロンを引っ張り出し、苦笑している。
「ラズとジュリー並べるのやめようよ。ジュリーの料理は人災じゃん」
「人災」
「僕は忘れないよ。焦げた半生イカスミクッキーのことを」
「焦げた半生イカスミクッキー」
……とりあえず、ジュリーの料理がやばそうだということだけは分かった。




