42.ストーカー、情報共有をする。
「……」
「あのなぁ……俺だって、好きで引き受けたわけじゃねぇんだよ……」
その日、ロゼッタは頬を膨らませて椅子に座っていた。
彼女の目の前で、ぐったりと横になったユウが右手で顔を覆っている。
「なんかー、わたし、ユウのこと好きだって誤解されてるみたいでー」
「あの馬鹿、メンタルがポンコツだから仕方ねーよ……お前も、よく着いていかなかったな……」
「今回ばかりは見られたくない、着いて来て欲しくないってハッキリ言われたのー……」
「そういうのは素直に従うんだな」
喫茶店『アクチュエル』の2階、店主ユウの自室。
今朝、相変わらず絶望的なレベルで意味不明な勘違いをしているらしいラザラスは、何故かロゼッタに喫茶店待機(それもユウ付き)を命じてどこかに行ってしまったのだ。ちなみにユウに拒否権は無かった。
着いてくるな、と言われて応じたらしいロゼッタを多少は不憫に思ったのか、ユウはゆっくりと身体を起こし、近くのローテーブルに置いてあったスマートフォンに手を伸ばした。
「まあ、別に俺に引っ付いてる必要はねぇだろ。好きなとこ行ったらどうだ? レヴィと年近いんだし、出掛けてくるか? どうせ、店には客来ねぇし」
今は魔導義肢のせいで外に出られなくなっているのだが、普段も外見に難があることを理由に、ユウはよほどのことがない限り表には出て行かないそうだ。彼は裏方でメニューの開発や発注等に携わっているらしい。だが、他の面々は違う。
エマとレヴィはウエイトレス、ルーシオは調理担当として喫茶店の仕事も兼任している。そのためレヴィは現在仕事中なのだが、今日は彼女を休みにしても良いとユウは言い始めた――喫茶店『アクチュエル』は客がラザラスとその周囲のメンバーくらいしか来ない、四六時中閑古鳥が鳴いている系喫茶店なのだ。
「……いや、流石にそれは悪いというか。そのー、よく潰れないよね、ここ……」
「喫茶店は単なる隠れ蓑だからな。エマさんの婚約者さんがやってた頃は、そこそこ繁盛してたみたいなんだが……」
「ユウ……」
それはつまり、経営権がユウに移ってから客足が遠のいたということではないのか?
声には出さずとも、顔に出ていたのだろう。ユウは綺麗な顔を歪め、頭を振るった。
「~~ッ、うっせえ!」
「婚約者さん、どこ行っちゃったの?」
「あー……あれだ。ジュリアスが入院してるトコと同じ病院に入院中。ほら、放送局の近くに総合病院があるだろ?」
「その……あそこ、闇深くない?」
「あそこはステフィリア……亜人売買とかやってる組織に対抗する団体の関係者が多いらしくてさ。ステフィリア構成員だったエマさんとヴォルフさん、それからクィールの名前が通るんだ。設備も整ってるらしいし、関係者放り込むには良い場所なんだってさ」
「な、なるほど」
めちゃくちゃ闇が深かった。ただロゼッタも決して無関係ではなかったようだ。
ユウ曰く、助けられたばかりのロゼッタに使われたのは、2年前にジュリアスが受けた毒をサンプリングして作っていた中和剤なのだという。
エマ達が関係者でなければ、もしかするとロゼッタは助かっていなかったかもしれない。
(わたし……急に運が良くなった感じなんだなぁ……)
目の前の男よりはマシだとは思うが、生まれた時から割とハードモードだった自覚はある。
そんなことを考えていると、ふいにロゼッタはトリフェーンでラザラスと話していたことを思い出した。
「ねえ、ユウ。わたし……もしかしたら、ステフィリアに貢献出来るかもしれない」
「えっ?」
「全員じゃないとは思うけど、政府高官とかこの国の重役で黒いの、何人か分かるよ」
「……。それ、本当か?」
本当かどうか確認しつつも、嘘を言っている様子ではないと判断したらしく、ユウは即座に一階で働くメンバーに連絡を取った。
バタバタと階段を上ってくる音が聞こえてくる。どうやら、客はひとりもいなかったらしい。今日の喫茶店の営業は終わりということだ。
(こういうことするから、お客さんいなくなるんじゃ……)
そう思いはしたが、事の発端を自分が作ってしまったこともあって、ロゼッタは口を固く閉ざしたまま待機していた。
○
数十分後。
ロゼッタはルーシオが情報関連を扱っていると思われる別室に誘導され、エマとルーシオ……それから何故かグレンとクリスティナを交えた4人を前に『前職』に付いて語ることとなった。
「なるほどな。お前、法務卿のとこにいたのか……」
「はい。でも……偽名使われてたら危ないので、一応確認したいです。法務卿の顔写真とか、出せますか?」
「ん? ああ、これだ」
ルーシオはキーボードを叩き、現グランディディエ連邦議会議員の集合写真をデスクトップに表示させる。
件の法務卿、ダヴィドの顔もあったが、数人見覚えのある人間が混ざっていた。ロゼッタは頭を振るい、その人物を指差す。
「ダヴィドは間違いありません……それから、この辺りの顔も見覚えがあります」
「……。おいおいマジか、うっそだろ……?」
数人を指せば、ルーシオが撃沈してしまった。この国の官僚に悪人が混ざっていることがショックだったのかと思えば、どうやら違うらしい。
「破天荒おじさん、予想的中させてやがる……」
「破天荒おじさん?」
「こっちの話だ……悪い、ティナが何か言いたそうだから、彼女と話しててくれ」
話のバトンを渡されたのは、意外にもクリスティナだった。彼女は鞄の中から分厚いファイルを取り出し、途中のページをロゼッタに見せる。
「その辺りが該当するんだったら……ごめん、嫌なこと思い出させると思うけど、こっちの写真も見てくれる?」
「はい」
こちらも何かの集合写真のようだった。
人数自体は、連邦議会議員の数よりも多い――流すように視線を動かしているうちに、ロゼッタの青い瞳は、ある『男』の姿を捉えた。
「ッ、ぁ……!」
「ロゼッタ?」
ドクン、と胸が脈打つのを感じた。身体が震え、呼吸が止まる。
「ご、ごめん! 大丈夫!? 無理しないで……!」
「マジか……! 悪い、そういうことはなかったんだと思って、油断してた……」
クリスティナが事情を察し、慌ててファイルを閉じる。
咄嗟にエマが近付くのに対し、ルーシオとグレンはロゼッタから距離を取った。
「……大丈夫ですよ。男性が怖いとかじゃないです。だったら、ストーカーなんて出来ませんから」
「それは、そうだけど……」
「ちょっとビックリしちゃっただけです、すみません」
先程の写真をもう一度見せてもらい、ロゼッタは迷うことなく上段の中心に立つ中年の小太り男性の顔を指差す。指が震えることもない、呼吸も出来る。もう、大丈夫だ。
「その、わたし……」
だが、ちょっとだけ恥ずかしかった。
恥ずかしがっている場合ではないと、ロゼッタは頭を振るう。
「この男の股間、蹴り上げました!」
そして訪れる、しばしの間。
「……っ、ぇ??」
クリスティナはファイルを落とし、
「ぶはっ!! イイねぇイイねぇ、それくらいやってやんなきゃね!!」
エマは盛大に吹き出し、
「……」
グレンウィルはその場に座り込み、
「痛い気がしてきた……」
同じくその場に座り込んだルーシオは、おもむろに自分の股間を押さえた。
「ダヴィドの家にいたら、急にコイツに空き部屋に引きずり込まれて襲われたんで、股間蹴り上げたんですよ。そしたらたまたま警備ガバガバで、何か逃げれたんですよね……まあ、ある意味感謝してますよ。お陰で逃げられたんで」
そこで逃げられなければラズさん達に会えませんでしたから、とロゼッタは笑う。
彼女の底抜けにポジティブな発言に、グレンはあんぐりと口を開けて間抜けな姿を晒していた。
「ちょ……ちょ、アンタ……よく、ラズちゃんと一緒にいれるわねぇ……トラウマ物じゃない……」
百歩譲って男性恐怖症にならなかったとしても、そうだとしても、普通ストーカーにはならないだろう。
いくら規格外のイケメンとはいえ、男性とひとつ屋根の下にいて平然としていられるロゼッタのメンタルが逆に心配になってしまったグレンは、躊躇いがちにロゼッタの肩に手を伸ばす。口調はともかく、グレンはれっきとした男性である。触れてみたが、これといって問題はなさそうだ。おかしい。
「分かった。この子、変な方向性に吹っ切れちゃったんだ……」
「あ、ごめんなさい、ティナさん。もう一度写真、見せて下さい。まだいるかも」
「えっ」
「ティナちゃん、駄目。本来あるべき感情を抱かない方が、多分この子、幸せ」
「う、うん……そうだね……」
3度目の正直だ。
クリスティナに再び写真を見せてもらい、さらに数人の顔を指差していく。
そして判明した『黒い方々』のリストアップを済ませ、ルーシオはリストの人物に関する情報を集め始める。
「今の話、ラザラスもだけど……ユウが聞いてなくて良かったわ……」
「ユウちゃん抜いといて正解だったわね」
ルーシオの作業を横目で確認しつつ、エマとグレンは、しみじみといった様子で呟く。
「? そういえば、クィールさんとヴォルフさんは別のお家に住んでるから仕方ないとして、何でユウとレヴィは仲間外れなんですか? 逆にグレンさんとティナさんは参加してたのに」
ロゼッタが問いかければ、エマは人差し指を口に当ててから、静かに語り始めた。
「ユウの婚約者、アイツに助けられるまでは散々『そういうこと』に使われて、声すら出なくなるくらいに傷付いた子だったんだってさ……だからユウは、この手のが相手だと加減が一切出来なくなる。ハッキリ言うけど、引くくらいの勢いで潰しに掛かるね」
「あ……」
「でも、こちらとしては情報を持っている可能性の高いターゲットは、ひとまず生け捕りにしたくてさ。私情を挟ませないためにも、襲撃担当の奴らは極力情報が入らないようにしてるんだ。レヴィはちょっと事情が違うけど、似たようなもん。ラザラスとクィールに関してはユウよりはマシ。でも、何より四人とも、本人の意思で『聞きたくない』って言ってるのよ。変に情を掛けてしまう可能性もあるからって」
確かにロゼッタから見ても、ユウは非常に感情的になりやすいタイプだという印象を受ける。
それに関してはラザラスも同様な気がするが、彼は激昂してもまだ頭が回る方なのだろう――この道に足を踏み入れてまだ日が浅いというのに、それでも『敵』と判断した者の命は容赦なく奪い去る、異常なまでの冷酷さを持ち合わせてはいるが。
ロゼッタがクリスティナに視線を向ければ、今度は彼女が喋り始めた。
「僕は政府高官の出身者も多い、この国の国立大学の現役関係者として時々顔を出す感じ。グレン兄は実際の売買現場とか、そこら辺に顔がきくんだ。お金持ちだからね……まあ、僕らはラズの幼馴染だから、あんまり首突っ込んで欲しくなさげなんだけどね」
「特にティナさんは……普通の女性って感じ、ですもんね」
「そうそう。ラズは、僕に普通でいて欲しいと思ってる……だから、僕が話し合いに参加するのは『絶対にラズがいない日』だけだね」
「……」
この様子だと、クリスティナはラザラスが今日、どこに行ったのか知っているのだろう。
ロゼッタは全く教えて貰えなかったのだが、幼馴染だからこそ、気付くことがあるのかもしれない。
クリスティナはくすりと笑い、「大丈夫だよ」と首を傾げてみせた。
「ラズ、十中八九総合病院にいると思うよ。ジュリーのお見舞い」
「!」
「ラズは病院が苦手だし、変なとこ見栄っ張りだからね。君が一緒にいる時は、行きたくなかったんだと思う」
「えっ、別に良いのに……わたしのことは空気だと思ってくれて良いのに……」
「まあ、多分落ち込んで帰ってくるから、出来る範囲で癒してあげて?」
確かに、ロゼッタが引っ付き始めてからラザラスは一度も総合病院に行っていない。
色々あって行けなかったこともあるのだろうが、ロゼッタの存在を認識してからは意図的に足を運ばないようにしていたのだろう。
彼は結局、顔の傷関連でさえ病院に行かなかったのだが、それだけ『病院が苦手』なのだろう。
元々病院が苦手で、どう考えても容態の悪いジュリアスを見舞う……確かに、気が重くなる話だ。落ち込んで帰ってくるというクリスティナの予想にも納得出来る。
(でも……何でわたしに頼むかな。わたし、ストーカーだよ?)
頼まれなくとも癒す気ではあったが、クリスティナもあまり危機感が無いようだ――ラザラス同様に変に拗らせているロゼッタは、「はい」と言いつつも不思議そうに首を傾げるのであった。




