41.ストーカーと王子様の難儀な関係
今回、臨時で決まった潜入作戦は二十六時に決行することとなった。
ラザラス抜きで話し合いはある程度進んでいたため、これといって会議が難航することなく、後は時間経過を待つだけである。
会議に参加していたメンバーが離散し、部屋にはクィール、レヴィ、ラザラス、それからロゼッタだけが残される。
(しっかし……ラズ君もラズ君だよね。よりによってそこ行っちゃう? レヴィさんやティナさんの気持ちを考えてくれないかな?)
――クィール=アリエスは憂鬱だった。
仕事上の相方であり、同い年でさらに言えば婚約者そっくりな弟君、ラザラスが何故か変態ストーカー魔道士に惚れてしまうという未曾有の大事故が発生している。
主に最後の『婚約者にそっくり』な部分が非常に憂鬱である……似てなかったら、多分ここまで気にしてないのに。
クィールはラザラスにまで惚れて欲しかったとは断じて思っていない(むしろそうなったら非常に困る)のだが、彼女は唯一残されたジャレットの家族を何としてでも守りたいと思っていた。
そのため、盛大に道を踏み外しかけているラザラスのことが本気で気掛かりなのだ……というのは建前で、『婚約者と同じ顔で道を踏み外すとか全力でやめて欲しい』というのが正直な本音である。
「ねえ、ロゼッタさん。もう影に潜まなくてよくない?」
クィールは会議の最中に何故かまたしても弟君の影に潜ってしまったロゼッタに話しかける。
すると、影の中から「えへへ」と声が聞こえてきた。何も知らなければホラーでしかない。
「いやー、なんか、落ち着くんですよね」
「ダンゴムシじゃないんだから」
せめて、正攻法で行って欲しかった。
いや、正攻法を使わせない『きっかけ』を生み出してしまったのは、自分なのだが……クィールはこめかみを抑え、頭痛に耐える。
(うう……私がもっと優しく声を掛けていれば、この子もストーカーにならずに済んだんだろうか……)
ごめんなさい、私のせいで弟君がとんでもない子に捕まっています。
戦死した婚約者とそのご両親に本気で頭を下げたい気持ちでいっぱいいっぱいになりながらも、クィールはラザラスに視線を移した。
(ジャレットも、だけど……ラズ君なら、選ぼうと思えばもっと良い子見つけられるだろうに……)
ジャレットはさておき、ラザラスに関してはちょっとどころではない勢いで精神的な闇が深い。色々あったのだから、仕方ないといえば仕方がないのかもしれない。
だからこそ、『こんなこと』になってしまったのだろうか……告白以前の段階で撃沈した少女(片方は年上だが)を思い浮かべ、クィールは天を仰ぐ。
「……なあ、ロゼ」
件の人物が口を開く。
ロゼッタは「なんですかー?」と嬉しそうに返事をした。姿は見えないが、黒い尻尾をブンブン振っていることだろう。
「その……あれだ、言いたくなかったら、言わなくて良いんだけどさ……」
ラザラスがジャレットの形見のゴーグルをくるくると回し始めた。
大変に挙動が怪しい。
「……」
クィールが静かに見守っていると、真横にレヴィがやって来た。
「嫌な予感がします」
「奇遇だね、私も」
言いにくいことを言おうとしているのは分かる。
だが、しかし、もしかしなくとも、ラザラスが発するのは『彼』のことだろう――クィールの中で、何かが弾けた。
「ユウさんとロゼッタさんの関係は強いて言えば、『悪友』って奴だと思うんだけど?」
「っ!?」
ラザラスは顔を真っ赤にしてゴーグルを落としかける。
ああ、やっぱりかとクィールは盛大にため息を吐き、レヴィは両手で顔を覆った。
「クィールさん……駄目です、この人、ほんっと駄目です……!!」
「もうねぇ……仕方ないんだろうけど、ねぇ……!!」
ラザラスは絶望的な勢いで、人の好意に鈍感過ぎる。
そのせいで、クィールが把握しているだけでも二人の女が泣いている。
片方は自覚間近の淡い恋心の段階であったため傷は浅いが、もう片方は何年間かは間違いなく片思いし続けていた筈だ。
クリスティナはラザラスがかつて巻き込まれた事件の傷を掘り返すことになるから、と身を引いたようなのだが……それにしても『気づけよ』とクィールは言いたくてたまらなかった。そしてレヴィはラザラスに魔道士の才能を与える手術を行った後、『思い出させては悪いから』と身を引いた。
どちらも自分を蔑ろにし過ぎである。
そしてラザラスは頼むから気付いてくれ。
(それが、一体どういうわけか、ストーカーに行っちゃったんだよね……)
最悪なことに恐らくラザラスは、自分自身の中に芽生えつつある感情にも気付いていない。まだそこまでは行っていないが、いずれ『そう』なるだろう。
この男、散々女の子と遊び倒しておきながら、誰かに関してその感情を抱いたことがなかったらしい……難儀な男である。
この辺りで、ロゼッタがラザラスの勘違いに気が付いたようだ。
「えっ、まさかラズさん、わたしがユウのこと好きだって思ってますか!? わたしにだって選ぶ権利くらいありますよ!?」
「い、いやいやいや、なんか、その、ユウさんだけ特別扱い感あるじゃないか……!」
「ラズ君アホ? アホなの!? ていうかロゼッタさん? ユウさんに凄まじく失礼なこと言ってない!?」
「だってユウですもん」
「し、失礼ながらロゼッタさん!! ユウさんにも選ぶ権利くらいありますからね!?」
確かに、基本的に丁寧な喋り方をするロゼッタはユウに対してだけ何故か喋りが崩れる。
しかしそれは、あくまでもユウが(ロゼッタ視点で)喧嘩を売ってきたのと、本人達は認めたくないだろうが、妙に波長が合ってしまっているからであって、そこに特別な感情は間違いなく存在しない。
「……。ユウは何か話しやすいんで。何か、しばいても良いかな的なオーラ出てるんで。ストレス解消に強気で行っちゃうんですよ。安心して下さい、婚約者さんの話とか、そういうことには踏み入りませんから」
ロゼッタが返した言葉に対し、ラザラスは無言を貫き始めてしまった。
クィールは「嘘だろ……」と呟き、彼らから距離を置くことにした。レヴィだけは手招きして傍に寄ってもらう。
「ロゼッタさんもなーんかズレてるんですよね……ラズさんが何でこんなこと言いだしたのか、気付いてもおかしくないのに」
「……それに関しては、私もちょっと思い当たるところがあるから、何も言えない……」
「あっ、ええと……すみません……」
クィールとロゼッタは、助け出される前は『奴隷のような存在』であったという部分で共通している。ロゼッタは天真爛漫で明るい少女だが、抱える闇はそれなりに深いのだろう。
「私もだけど、ロゼッタさんも『商品』だったからね。自分にモノとしての価値以上のものを見出してもらえるなんて、なかなか思えないんだよね……相手の感情を読めるアンジェさんはイレギュラーだよ。いくら好意を寄せられたって、それが本心だとは到底思えないものさ」
「……」
「ロゼッタさんは商品であった期間が、私やアンジェさんより、ずっと長い。あの子もあの子で何かしら『崩壊』していても、おかしくはないと思う」
難儀なのは、ラザラスだけではない。
クィールは左手の薬指に付けたリングをなぞり、ふうとため息を吐いた。
「私……どちらにも、幸せになって欲しいとは思うんだ」
「……はい」
「もうちょっと、何とかならないかなとは、思うんだけど……」
「はい……」
頼むから素直に応援させて欲しい。
いつまでもストーカーと被害者のままなのはやめて欲しい。
「ロゼッタさん! 光景がホラーだからそこから出て!! 影に潜るのは仕事の時だけにして!!」
「えーっ」
「クィール……駄目か? なんか、俺達はこのスタイルに慣れちゃってさ……」
「もうやだ全てがおかしいよ!!」
……なお、結局ロゼッタは影から出てこなかった。ラザラスの価値観は大崩壊していた。
訴えは聞いてもらえなかったクィールは、心の中でラザラスの家族に全力で謝罪すると共に「もう考えても無駄なんだ」と悟りを開くことにした。
数時間後、むしゃくしゃしていた彼女とレヴィによって、亜人売買の現場は大崩壊させられたということも、ここに記しておこう……。




