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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第3章 ストーカー、合法化する。
37/68

37.ストーカー、王子様の実家に行く。

 極力裏通りを選び、人目に付かないように気を付けながら、息を殺して歩く。状況によっては塀の上だろうが屋根の上だろうがお構いなく走った。


 向かう場所は実家なのだが、これではまるで警察から逃げる犯罪者のようだった。

 ラザラスはベリル街でもやたらと裏道ばかりを選んで歩く癖があったが、流石にここまででは無い。


『け、怪我しません……!?』


 何だか、ラザラスがやけくそになっているような気がしてきた。


 彼が屋根から屋根ならまだしも、塀と塀の間を飛び始めた辺りで不安になり、ロゼッタは影の中からラザラスにテレパシーを送った。

 しかし、ラザラスはクスリと笑い、頭を振るう。


「これくらいなら、全然平気。昔、よく遊んでたんだ」


『どんな遊びですか!?』


 田舎は娯楽が無いと言うが、だからと言ってこんな危険な遊びに手を出さなくても……。

 困惑するロゼッタのことは気にせず、ラザラスは勢いを付けて崖から飛び降りた。


『死ぬ気ですかね!?』


「いやいや、平気平気。ただの近道だよ」


『嘘でしょう!?』


 隠れる云々の前に恐らくこの男、墓地から家に帰る時は基本的にこのルートを使っていたのだろう。

 恐ろしい。


 落下先の茂みで衝撃を弱め、ズボンの埃を落としてポケットから鍵を取り出す。

 どうやら、実家の庭にピンポイントで降り立ったようだ……化物か、とロゼッタは息を呑んだ。


「これ、『パルクール』って言うらしい。海外の動画見て面白そうだなって、やってみたら普通に出来たから、それ以来適当に遊ぶようになった」


 コンビニに行くような感覚でサーカスの曲芸みたいなの成功させないで欲しい。


『ラズさんの運動神経おかしいですよね』


「うーん……今でこそ『おかしい』って自覚してるけど、当時はそうでも無かったからな……当時、俺の真似した奴らが複数人大怪我した」


『……。死者出なくて、良かったですね』


「俺もそう思う」


 外見が良い上、スポーツ万能で頭脳明晰なラザラス。この田舎町では、さぞかしモテたことだろう。

 そういえばこの男、五年前までは相当な遊び人だったらしい。言い方は悪いが、選り取り見取りの選びたい放題だったのだろう。当時は決して奥手ではなかったのだろうから、友人も多かったのではないかと想定される。


(あんまり、考えたくないけど……)


 悪く言えば、彼が酷い目に遭った理由も何となく、納得出来る――多才なラザラスへの嫉妬心を募らせた者も、間違いなく多かっただろうから。


 五年前、限りなく『完璧』に等しかったラザラスに『汚点』が出来てしまったことで、周囲の人間は掌を返して一斉に彼を叩いたのだろう。

 完璧過ぎて絶対に勝てないと思っていたラザラスに出来た汚点。そこを突けば、勝てる。優位に立つ事が出来る……あまりにも醜い感情だが、人間とは、そんなものだ。


 考え込んでいるうちに、ラザラスは家に荷物を置き、菓子折りを持って隣の家に向かった。荷物を置いたということはこちらが実家で間違いないのだろうが、何故隣に行くのだろうか。

 トリフェーンに着いてからは徹底して人に会わないようにしていた彼がわざわざ顔を出しに行くくらいなのだから、例外的に親しい存在なのだろう。俗に言う『お隣さん』というものだ。


 玄関チャイムを鳴らせば、中から住民が顔を出す。現れたのは、黒い猫耳と尾に幼い顔つきをした可愛らしい女性だった。

 クリスティナに似ているから、彼女のお姉さんだろうか。歳は、ラザラスよりも下に見え――と、勝手に分析しているうちに違和感に気付いた。


「ラズ君! お久しぶりね、元気? ついでに聞くんだけど、ティナとグレン君は元気してる?」


「お久しぶりです。娘さんもグレンさんも元気ですよ」


(んっ!?!?)


 何か違う。何かおかしい。

 そもそも、よく考えてみたらクリスティナの年齢が分からない。クリスティナはどこからどう見てもロゼッタより年下に見えるのだが、もしかすると年上なのかもしれない。


 そうこうしているうちに、中から限りなく少年寄りの『青年』が姿を現す。クリスティナのお兄さ……ではないんだろうなぁ、とロゼッタは天を仰いだ。


「……顔に怪我をしているな。まさか、また……」


「いえいえ、問題ありませんよ。ちょっと階段から落ちただけです」


「君の家、一階だったよな……?」


「しょ、職場の階段から落ちたんです……」


「はあ……そういうことにしておこうか。最近はなかなか会えないから、心配だよ」


(えっ、なにこの息子を思いやるパパさんみたいな会話)


 家の中から現れた二人は、上に見ても二十代の外見をしている。しかし、会話内容が明らかに『ラザラスより年上』だ。

 クリスティナの『何となくお姉さんぶっている感じ』な振る舞いも少し引っかかっていたのだが、彼女、本当に『お姉さん』なのかもしれない。


 そして、会話内容からして眼前の彼らはお姉さんでもお兄さんでもなく、『お母さん』と『お父さん』だ――ドア横のネームプレートにクリスティナを含め三人分の名前しか書かれていない時点で、間違いない。


(あーっ!! 分かった!! これ、ヴォルフさんと同じパターンだ!!!)


 目の前の二人はキメラドールで、クリスティナは俗に言う『二世キメラ』なのだろう。

 ヴォルフほど酷くはないが、明らかにおかしな光景に決着を付けるにはこれ以外考えられない。


「仕事が休みになったので、久々に母に会いに来たんです……ええと、これ、お菓子です」


「わざわざごめんねぇ。お仕事、頑張ってるみたいじゃない」


「顔に怪我といえば、君、数週間前にオスカーにちょっかいを掛けられていたね。あれ、一体どうしたんだい?」


「階段から転げ落ちまして」


「……意地でも階段から落ちるんだね」


(家族ぐるみのお付き合いって奴、かなぁ。仲良さそう)


 どう見ても年下の男女に絡まれているお兄さんにしか見えないのだが、その男女を推定五十代くらいだと考えてみると会話内容に整合性が取れる。


「そう……明日の朝には帰っちゃうのね。もっとゆっくり……は、辛いか。ごめんなさいね」


「いえ、お気になさらず……というより、仕事がありますので。どちらにせよ長居は出来ないんですよ」


「何かあったら、ちゃんと言うんだぞ。遠慮するんじゃない」


「ははは……ありがとうございます」


 クリスティナの両親はラザラスの身に起きた出来事を把握した上で、彼の味方となっているようだ。だからこそ、引き留めることが出来ない。そんな様子だった。


(……ラズさんのお母さん、事件前に亡くなってるのかな。何か、すごく親しい感じ)


 彼らはやたらとラザラスに肩入れしているが、娘と同年代の子どもが隣で一人暮らしをしていたのであれば、それも納得できる。彼らにとって、ラザラスは息子のような存在なのだろう……見た目が凄まじいことになっているが。


「お家、ある程度は綺麗にしてるけど……何か壊れてたり、無くなったりしてたら、ごめんなさい」


「とんでもないです! 申し訳ありません、ありがとうございます……」


「気にしないの。晩ご飯、食べていく?」


「お気持ちだけ、頂いておきます。ありがとうございます」


「うーん……遠慮しなくて良いのに……」


「あはは、弁当買ってきているので……すみません」


 せめて今晩だけでもと引き留めようとするクリスティナの両親に別れを告げ、ラザラスは実家に戻る。

 向こうは「遠慮するな」と言ってはくれているものの、ラザラスの方は甘えたくない、頼りたくないという思いが強いらしい。


(……不器用な人だよね)


 どこか寂しそうな彼の横顔を眺め、ロゼッタは小さく息を吐いた。

クリスティナは見た目15歳前後(実年齢24歳)、彼女の両親は20歳前後(実年齢48歳)といった感じです。アンチエイジングにも程がある奴です。

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