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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第3章 ストーカー、合法化する。
36/68

36.ストーカー、王子様の『母親』を知る。

 顔が完全に治るまでは、ということで(殺し屋)のお仕事は休暇中のラザラスだが、(テレビ)のお仕事は普通に出続けていた。そうでなければ、アンジェリアが詰んでしまうからだ。


 アンジェリアはコメント欄を一瞥し、ラザラスの顔を見てから口を開く。


「リアンの顔、今は結構良くなってますよ。まだ完治とまではいかなくて、右目に眼帯してますし、頬に湿布が一枚残ってますけど」


「でも、もう大丈夫ですよ……あっ、傷ですか? 残っていません、平気です。気に掛けてくださって嬉しいです。ありがとうございます」


 オスカーがサプライズゲストで顔を出して以来、ラザラスもといリアンへのコメントは彼を思いやる優しいものが大半を占めるようになっていった。


 ちなみに現在、ラザラスの顔に湿布はあっても眼帯は無い。放送局の外での身バレを防ぐため、アンジェリアがフェイクを入れたのだ。


 軽くヒビが入っていた右頬を除き、ラザラスの顔の傷はすっかり良くなっていた。右頬も腫れは既に引いている。もう、ラザラスは対面した瞬間に人を驚かせるような外見ではなくなっていた。


(『良かったね』かー……そうなんだけど、話聞いてる感じ、今まではこんなコメント無かったんだよね……?)


【カルセドニー王国、大嵐らしいよ】


【オスカーが行くとこって大体嵐になるよね】


「らしいですね……季節外れの台風だとか」


【やっぱチェックしてますねーwwww 大ファンなんですもんねーwwwww】


【これは再サプライズワンチャン】


「今度こそ顔バレしそうなんで勘弁して頂きたいですね!!」


 オスカーの話題が振られていることもあるが、トゲのあるコメントを警戒せずに済む分ラザラスは大変話しやすそうだった。


 どこか楽しそうな彼を見守るロゼッタの心も安らかだった……顔バレ云々の件に関しては、ロゼッタも少々気がかりではあったが。


(ラズさん、普通にしてても目立つもんなぁ……)


 大体、顔バレしていなくとも金髪碧眼色白高身長なラザラスの見た目は、この国では異様に、それこそ“絶望的”なレベルで目立つ。


 ラザラスは最近ようやく魔法を使えるようになり、闇魔法【隠蔽】を使用して誰にも気付かれずに放送局まで来られるようになった。

 しかし、それまでの間はパパラッチらしきものに追い回されて大変だったのだ。特にある程度顔が見えるようになってからは、何故か通勤が一番の激務と化していた。


(通勤の度に壁ジャンプからの屋根上ダッシュじゃ、ねぇ……)


――ラザラスは魔法がポンコツでも、身体能力はチートだった。



 ただ、顔の傷がかなり良くなったこと、魔法が使えるようになったことから明後日以降、ラザラスは裏のお仕事に復帰してしまう。ラザラスは嬉しそうにしていたのだが、ロゼッタとしてはそのことが正直気がかりでもあった。

 それがラザラスの望むことなのだとしても、「あまり危ないことをして欲しくない」というのが本音である。こればかりは、言ったところでどうにもならないため諦めているのだが。



(そういえば……)


 ロゼッタは数時間前、ラザラスがいつも以上に多い荷物をまとめていたので気になって話しかけたこと、そしてその内容のことを不意に思い出した。


 ラザラスが現在住んでいるのは『ベリル街』というグランディディエ最大の都市らしいのだが、実は彼、数年前までは国内の全く違う場所に住んでいたのだという。


 今日はその場所、『トリフェーン』にある実家に帰るらしい。


(明後日休みだから泊まるって話、だったなぁ……でも、ラズさんって、家族いない、よね……?)


 ラザラスには家族がいない。そのため、実家には人が全くいないことが想定される。

 最初に『庶民』と言っていたことから、家に使用人が常駐している可能性もまず無いだろう。


 以前は頻繁に帰っていたそうなのだが、ここ二年間、それこそ『ジュリアスが意識不明になってから』は一切帰っていなかったという実家。

 荒れに荒れているのではないかと思い、ロゼッタは気分が沈んでしまった。

 掃除が大変だとか、そういう問題ではなく――ただ、精神的に脆いラザラスには酷な光景なのではないかと思ったのだ。


(お掃除、手伝うから、ね……)


 収録が終わる。アンジェリアと別れ、ラザラスはフードを目深に被って電車に乗り込んだ。ここから三時間程離れた場所に、トリフェーンはあるらしい。


 ラザラスはテレパシーの送信が出来ないため、ここで話し掛けてしまうと迷惑になってしまう。そう思い、黙っているうちに電車の揺れの心地よさを感じ、ロゼッタは眠気に支配され始めた。眠ってはいけないと頭を振るうと、何となくそれが分かったのだろうか。ラザラスが小声で話し掛けてきた。


「……寝てて良いよ。着いたら、合図するから」


 相手は彼女じゃなくてストーカーだ。普通、置いていくだろう……。


 流石のロゼッタもそう思ったのだが、ラザラスの感性がおかしいのは今に始まったことではないし、ロゼッタ本人もそんな気はさらさら無い。しかし、眠いのは確かである。


『ありがとうございます。おやすみなさい……』


 この男は本当に合図を送ってくるだろう。

 ラザラスの変な感性を信頼しきっているロゼッタは、そのまま眠気に身を委ねるのであった。





 ラザラスがトントントン、と床を三回鳴らした。

 その不自然さに目を覚ませば、ラザラスが電車を降りるべく席を立っていた。トリフェーンに着いたのだろう。


(田舎って奴、だなぁ)


 電車を降り、改札を通り過ぎ、眼前に広がるのは大きな建物の一切無い、静かな住宅街。

 そのため、ロゼッタが真っ先に抱いた感想は『田舎』だった。

 彼女の比較対象になっているベリル街は大都市であるため、至極当然の感想である。


「グランディディエの中じゃ、中の下ってくらい。一応電車で来れる場所だし、そんなぶっ飛んだ田舎ってわけじゃないよ」


 周囲には一切人がいない。そのため、ラザラスは平然とロゼッタに話し掛けてきた。ロゼッタも特に気にすることなく、彼の言葉に応える。


『……よく、わたしが田舎だと思ってるって分かりましたね』


「普通そう思うよ。実際はベリル街が大き過ぎるだけなんだけど」


 時刻は夕方。少しずつ、日が沈みかけている。ラザラスの影が、舗装されていない黄土色の地面に伸びる。


『静かで良いですね。わたし、こういうの好きです』


「奇遇だね、俺も」


 そんな気はした。ラザラスは静穏を好みそうなタイプだ。むしろ、ベリル街の騒々しさが苦手なタイプだろう。

 では何故ベリル街に、と聞くまでもなくロゼッタはその答えを理解出来た。彼がかつて追いかけていた『俳優』という夢のためだ。


(でも、駄目になっちゃったんだよ、ね)


 そして恐らく、夢破れた後にここに戻らなかったのは事件の影響だ。

 その証拠に、ラザラスは人がいないというのにフードを目深に被ったままだ。極力、人に会いたくないのだろう。


 絶対に顔を、見られたくないのだろう。



「……何か、考えてる?」


『ラズさんのお家、どんなとこかなって』


「うーん……まあ良いか。一軒家だけど、そんなに大きな家じゃないよ。でも、先に墓行くよ」


『お墓……』


「うん、墓」


 明らかにメイン通りではない通りに逸れ、ラザラスは迷いのない足取りで町外れの墓地を目指す。数多の墓石を通り過ぎ、立ち止まる。こぢんまりとした、微かに汚れた墓石が、目の前にあった。


 ラザラスは墓前に屈み、祈りを捧げている。最近文字を覚えたばかりのロゼッタは墓石に刻まれた名前を少し苦労しつつ、読み取った。


 エリシア=マクファーレン。

 女性名ということは、ラザラスの母親の名前だろうか。


(色々と、気になることは多いけど……何よりこれ、『汚されてる』よね)


 消されているが、油性ペンの落書きがあった痕跡が残っている。風化していて分かりにくいが、ロゼッタには【識字】の魔法がある。

 痕跡さえあれば、問題なく読める。幸いにもそんなに長い文章ではない。さくっと読めてしまうだろう。


 墓石には一体、何が書いてあったのか――ロゼッタは軽率に魔法を使ったことを、即座に後悔することとなった。



【私は最低な息子を送り出しました】


【死んだところで許されると思うな】


【地獄に堕ちろ】


【あの世で被害者に詫びな】


【人殺しの母親です!!】



(ひ、ひど、い……なん、で……っ、なんで……!!)


 途中で、読むことが出来なくなってしまった。


 こんなの、死者への冒涜だ。

 それ以前に、ラザラスが何をしたというのか。


 耐え切れずに、ロゼッタは影から飛び出してラザラスの背に抱きついた。


「ッ!? ……ああ、見ちゃった、か」


 ラザラスが努めて明るく、声を発する。


「実を言うとな、この人は『育ての母親』って奴でさ。俺と血は一切繋がってないんだ……良い人、だったよ。大好きだった……」


 本当は無関係だったのに、自分のせいで巻き込んでしまった、申し訳ない。


 そんな『声』が、聞こえてくるようで、泣き叫びたいのを、懸命にこらえているようで。


「……大丈夫。もう、大丈夫だよ。ロゼッタ」


「ッ、何が大丈夫だって言うんですか!!」



 思わず、叫んでしまった。

 ロゼッタの叫びが、静かな墓地に響く。


「す、すみません……」


 叫んでおきながら自分の声で人が寄ってこないか不安になったロゼッタは慌てて立ち上がり、ラザラスから距離を取る。対するラザラスは逃げ出したり身を隠したりするようなことはなく、ロゼッタの方に向き直ってくれた。


「君が……泣くこと、ないだろ……」


 そう言われて、頬に触れる。そこで初めて、自分が泣いていることに気が付いた。


 自覚してしまうと、あとはもうどうにもならなくて。

 何か言いたいのに、「あなたは悪くない」と伝えたいのに、上手く言葉が出てこない。口を開けば、漏れるのは嗚咽ばかりだ。


「ロゼ……」


 膝立ちの状態でラザラスはロゼッタの腕を引き、小さな身体を抱きしめた。


「……ありがとう」


 聞こえてきたのは、どこまでも優しく、どこまでも寂しそうなラザラスの声。


 そんな声を掛けられたものだから、ロゼッタの両の目からはさらに涙が溢れてしまう。

 大泣きするロゼッタの顔を見て苦笑し、ラザラスは彼女の背に左手を回し、子どもをあやすようにトントンと軽く叩いた。右手は後頭部を優しく撫でている。


「ありがとう……何だか、救われた気分だよ……」


 本来ならば彼は、こんな目立つ場所で長居したくはなかっただろうに。

 それでもラザラスは急かすことなく、ロゼッタが泣き止むまで静かに待ってくれていた。

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