35.ストーカー、マンションの管理人に会う。
「なるほどねぇ、この子が件のストーカー……」
朝から騒ぎ過ぎたせいで、上階の住民によるクレームが大家に入ってしまった――突如襲来したのは、ラザラスとユウ並みの美形男性だった。
というより、部屋に飾ってあるラザラスにクリスティナ、アンジェリアにジュリアスが写っていた写真の五人目の美丈夫がこの男である。五人でバンドでも組んでいたのだろうか。
どうやら『グレン』という名前らしいこちらの美形男性、何とこのマンションの大家らしい。
上に見ても三十代半ばくらいにしか見えない若さだが、マンション持ちということはそれなりに稼いでいるのだろう。
グレンは目の前のロゼッタをまじまじと見つめ、軽く息を吐いた。
「ジュリーちゃんと同じ種族って聞いてたけど、どうも本当にそうみたい。飛竜は可愛くなる法則でもあるのかしら……ロゼッタ、だったかしら?」
「はい……」
ラザラスの可愛らしさに悩殺されていたロゼッタは最上階(15階らしい)からラザラスの様子を見にわざわざやって来たこの男の気配に気付くことが出来ず、合鍵でドアを開けられ即座に発見され、その場に正座させられる羽目になってしまった。
ちなみにラザラスは非常に決まりが悪そうに視線を逸らしている。助けてはくれないようだ。
恐らく、これまたラザラスの立場が低いのだろう。ラザラスは逆らえない相手が多過ぎる気がする。
(これ、わたしが下手なことやらかしたらラズさんに飛び火する奴じゃん……!!)
ロゼッタは緊張のあまり、ガチガチに固まってしまった。
そのためか、グレンは再び息を吐いて膝を付き、ロゼッタに視線を合わせてから口を開く。
「色々と聞きたいことはあるんだけど、最初はこれよね……ラズちゃんに悪さ、してないでしょうね?」
「当然ですよ、見守ってるだけです!」
「ストーカーしてる時点で何も当然じゃないから落ち着きなさいな」
ロゼッタの発言はおかしいし、ラザラスは何も言わない。
状況の異常さを早くも察してしまったグレンは既に頭が痛そうだった。
「ラズちゃんが寝てる時に、パンツ脱がせたりしてないでしょうね?」
「何を聞いてるんですか!? 何でそんなこと聞くんですか!?」
むしゃくしゃしたのか、グレンは一種のセクハラをぶちかましてきた。
あまりにも突然過ぎて上手く反応出来ず、ロゼッタは『罪を誤魔化す犯人』のような挙動不審さでラザラスを見上げた。
「ロゼ……君って奴は……っ」
「誤解です! 誤解ですラズさん!! 大体ラズさんならそんなことされたら起きるでしょう!?」
「ふふ……っ」
「笑わないで下さい! わたしはサキュバスじゃないです!!」
ずっと黙っていたラザラスが余計なちょっかいを出してきた。真面目な彼にからかわれるのは素直に嬉しいが、内容が内容なだけに、全く嬉しくはない。
狼狽えるロゼッタに「冗談よ」と囁き、美丈夫は自身の胸元に手を当てて色っぽく首を傾げてみせた。
「改めまして、アタシはグレン。グレンウィル=レミングスって名前で通ってるわ」
「その言い方……ユウと一緒のパターン、ですかね?」
「んー、あの子は物心付く前に親が殺されたせいで自分の本名知らなかっただけよ。アタシは色々あってレミングス家の養子になることが決まって、その時に姉のウィルと名前合体させられて、グレンウィルになったの。元の名前は、グレン=アインザッツ。エマの元上司でもあるわね」
「!?!?」
また闇が深い人来た! レミングス家の話を聞いてはいけない感がすごい!
ついでにさらっとユウの闇が更に深まってしまった。あの男、出生から既にハードモードだった。
それにしても、ラザラスの周りには、闇が深い人しかいないのだろうか……。
「す、すみません……」
「良いのよ良いのよ、もう10年前の話だもの、ふっ切れてるわ」
ただでさえこの男、謎のオネエ口調に加えて『膨大な量の魔力を保有しているのに魔法を使うための器官(魔力回路)が崩壊している』という指摘したくて仕方がないことが分かりやすく表に出てしまっている。聞きたい。だが、どう考えても地雷である。
次に何を話すべきかと悩んでいると、グレンウィルは口元に指を当てて何かを考え始めた。この男、なんというか、いちいち仕草がエロい。一体何故だろう。
「んー、悩んでるみたいね。別に言いわよ、何聞いても」
「えっ!? あ、いや……」
「この喋り方ね、癖なの。昔、変態御曹司のためにウィル姉さんの『代わり』をしてたのよ。その時に矯正された喋り方が、どうにも抜けなくってね。魔力回路はその直前の事故で壊れちゃったの」
まだ何も聞いてない!!
そうロゼッタが発するよりも早く、グレンウィルはくすくすと笑って口を開いた。
「聞きたいって顔してたんだもの」
魔力回路が壊れた件はともかく、彼の最大の闇は『姉の代わり』にされていたということだろうか――要はこの男、戦えなくなった後は『自分達』と同じような立場にあったのだ。それも、未だに矯正された喋り方が抜けない程、無意識化に深刻な傷を残してしまったような環境に……。
「……」
ラザラスに視線を移せば、どうやら彼も知っていたようで苦虫を噛み潰したような複雑な表情を浮かべていた。
彼とグレンウィルは親しい間柄のようであるし、グレンに「なんでもない」というノリでこういった話をされるのはあまり好ましいことではないのだろう。
狼狽えるロゼッタの頭に手を伸ばし、グレンウィルは「勝手に話したんだから気にしないでね」と笑ってみせる。
「ストーカーしてるくらいだし、あなたは大丈夫そうね。そんなに可愛いのに」
「……。火竜なのに黒かったんで、皆、気味悪がってそういう流れにはならなかったんです」
「ああ、なるほどね。ヒト族に擬態してたとはいえ、ジュリーちゃんもロードクロサイトでは散々苦労してた上にグランディディエに来てからも四年間は何事も無かったわけだし、飛竜ってあまり価値が知られていないのねぇ……」
「あの……“リントヴルム”って、なんですか?」
何とか話を変えようとしたところで、ちょうどグレンウィルがロゼッタでも触れやすい話題を出してくれた。そこに食いついてみせれば、彼は不思議そうに目を丸くしてみせる。
「あなた、自分が『飛竜』って種族なの、知らなかった感じ?」
「そ、そうなのですか? わたし、ずっと『黒竜』って呼ばれてたので……」
自分が火竜でないことは分かっていたが、黒竜でもないらしい。どうやら彼は、自分でも分からなかったことを知っているらしい。
無意識に、身体が前のめりになっていたようだ。それを面白がってクスクスと笑った後、グレンウィルは穏やかな目をロゼッタに向けた。
「黒竜は褐色肌に大きな翼を持った全然違う種族よ。飛竜は、あらゆる竜人種からごくまれに生まれる突然変異種。アンタは、火竜の突然変異種だから、髪は赤いの」
「俺もその辺りの話は初耳なんだけど、ジュリーは派生元が『水竜』だから、髪が青いんだと思うぞ」
「そ。でも見た目ほとんど一緒でしょう? 毛の色は得意な属性に引っ張られるそうだから、派生前の種は関係ないのよ。元祖の竜人ってあなた達みたいな容姿だったんですって。要するに、先祖返りなの。その関係で魔力お化けみたいな感じになっちゃうそうよ」
亜人族の一種『竜人』が誕生した当初は皆、飛竜種であったそうだ。そこから環境に応じて独自の進化を遂げていき、元祖の姿は失われてしまったのだという。
竜人は魔法能力が高い種族なのだが、進化の過程でその能力は少しずつ衰えていってしまった。先祖返りである飛竜種は、失われた姿と魔力を持って生まれた存在なのだという。
「確かに……何だか、やたら魔力が多いなぁ、とは思っていたんですけど……」
「多いってレベルじゃないわね。ユウがロゼッタちゃんの魔力は多過ぎて【魔力鑑定】で計測出来ないって言っていたもの」
「……ユウは、魔力が少なすぎるから駄目だったのではなく?」
「やめてあげなさい……」
無属性魔法【魔力鑑定】による魔力量計測は、計測相手の魔力量が使い手の魔力量を大きく上回っていた場合、必ず失敗するのだ。
というわけで、ロゼッタはグレンウィルに対して魔力鑑定を行う。魔力量が多いことは初対面の時点で察していたのだが、実際の計測はまだだったのだ。
(わ、これはすごい……!)
大体、一万程度だろうか。魔法使いの総魔力量の平均値が千なので、ちょうど10倍ということになる。
現時点でグレンウィルはロゼッタが確認出来た人間の中では最大の魔力保有者である。ここまで魔力量が多い人間はそうそういないため、魔力回路が壊れてしまっていることが非常に惜しまれる。
「……」
「ラズさん……」
「やめろ……見るな。そんな憐れむような目で俺を見るんじゃない……」
ちなみに魔法戦を強いられているラザラスは総魔力量が百を切っている。後にロゼッタは知るのだが、彼はジャレットに化けるためにレヴィの念力で無理矢理魔力回路を作っていたらしい。それでも、百を切ってしまうのだ――世知辛い世の中だ。
※余談:美形設定が付き纏っているラザラス、ユウ、グレンはそれぞれ正統派な王子様系、綺麗系で神秘的、女性的で耽美系、といった感じで地味に守備範囲が違います。ロゼッタは王子様系が好みだったようです。




