31.ストーカー大作戦(仮)
魔法が使えるというのは、何も良いことばかりではない……とルーシオは目の前で着飾っていくユウを見据えて思った。
自身の規格外な容姿を自覚しているグレンやラザラスとは異なり、この男は無自覚を通り越して自分に自身が無いタイプである。ついでに自分自身の価値を見出すことを苦手としているせいで、すぐに無茶をするのだ。
「ユウ、昨夜の件は俺の判断ミスだ。お前が負傷してしまった以上、接触の日は改めて指定し直す。だから……」
「これくらい、かすり傷みたいなものですよ。それに【痛覚麻痺】と、貧血誤魔化しに【肉体強化】を重ね掛けしておけば、普通に動けます。大丈夫ですよ」
「あのなぁ……」
魔法が便利なのは分かる。しかし、「無理」とか「無茶」とかいう言葉が辞書にないらしいこの男に持たせてはいけないものだと思う。ロゼッタクラスの化け物ではなくて良かった、とルーシオは肩を竦めた。
第一、魔法があるから無茶出来ているだけであって、ユウは決して強靭な肉体を持っているわけではない。むしろ、アルビノであるためなのか肉体的にはかなり弱い方だ。彼の幻想的で美しい容姿には、代償が伴っていた。
(しっかし、鴉族差別ねぇ……黒いのが嫌ってのは百歩譲って良いとしても、だったらユウは受け入れられてても良いんじゃねーのって思うんだが)
ユウは母国のロードクロサイトで住んでいた集落に住む他の鴉族にこき使われ、鴉族排除運動の対抗打として生き残りを掛けた殺戮行為を強いられていたらしい。そのせいで本来弱い筈の体質を凌駕した強さを得たのだろうが、精神的には色々と麻痺してしまっている。
8年前、ルーシオが『鴉集落の白い守人』としてヘリオトロープにマークされつつあった彼の情報を得て、ヘリオトロープ側に引きずり込まれる前に戦力に出来ればとエマと共にスカウトに行ったのが彼と、彼が直前に救助したというレヴィとの出会いだ。
ただ、その時点でユウも大概に参っていたので、もう少し行くのが遅ければ自害していたのではないだろうかとルーシオは思う。
今では随分落ち着いたのだが、当時心に負った傷が後遺症的に残っているのか、ユウはじっとしていることが極めて苦手な男になってしまった。とはいえ、下手に動いて回復を遅らせてしまうのはルーシオとしても不本意だった。
「エマも言ってたろ? 無理なら無理って言っていいって。医者の言うことは聞きなさい」
「そうは言っても、オスカーは明日以降スポーツ祭のMCやるとかでカルセドニー王国じゃないですか……帰ってくるまで待機するにしたって、留守にする期間が読めないですし。ていうか五年に一度しかないカルセドニー・スポーツ祭ですよ? グランディディエとカルセドニーの距離考えても、あの男、数ヶ月単位でこの国から消えるんじゃないですか?」
「うーん、それはそうなんだが、うーん……」
困ったことに、この件に関してはユウが正論だった――現在の情報屋は完全に神に見放された状態なのである。
「あーもう、俺がお前くらい綺麗な顔してればなぁ……エマもこんなの傍に置いといて、よく靡かねーよなぁ」
「? 僕、顔面半分焼失してますよ?」
「馬鹿野郎、そうなると残された半分が際立つんだっての……何でこんなんが『魔法使い予備軍』なのかねぇ……」
「僕はアリア一筋なので。そう言う貴方はどうなんですかね」
ルーシオは自身のど平凡な容姿を嘆いた。ついでに目の前の美丈夫の一途さにも嘆いた。
ユウがもうちょっと“はっちゃけた”性格だったならば、彼はこんなにも苦しんでいないのだろうな、と……それに関しては、ルーシオもあまり変わらないのだが。
「俺はエマ以外は二次元しか見えてねーから良いの。肝心のエマはシグルーン一筋なんだが、もうそれはそれで諦めた。早く幸せになってくんねーかな、とは思ってる。隣に並べずとも、ウェディングドレス姿のエマは見たいわ」
「それは……ちょっと僕も、見てみたい気がします」
「エマに手ぇ出すなよ」
「アリア一筋だって言ってるじゃないですか」
12年前まで、ルーシオは仕事とは無関係に色々な企業のコンピュータに侵入し、機密事項や未公開情報を盗み見まくるというとんでもない『悪趣味』を楽しんでいた。やっていることは法に触れる行為なのだが、それ以外はごく普通のサラリーマン生活を送っていた彼の人生における分岐点は間違いなく、エマとの出会いにある。
唯一の親友であり、喫茶店アクチュエル前店長であったシグルーンが大怪我をした一角獣人の女を拾ってきたのが全ての始まりであった。
彼女に出会った時、一角獣人の『命』とも言える角が折れても心は折らず、凛とした佇まいを保ち続けた彼女の強い眼差しに心を射抜かれたことをよく覚えている――今では、様々なことが変わってしまったのだが。
「エマさんはその、シグルーンさんのところに行ってるんでしたっけ?」
「目的はアンジェリア捕まえて話をする方なんだが、アイツのことだから、絶対そっちより婚約者の方優先するんだろうなぁ……」
当時、行き倒れていたエマを救ったのはシグルーンだった。しかし、もしも自分がエマを救っていたならば。もしも自分がユウやラザラスのような美しい容姿をしていたならば、この「もしも」が実現していたとすれば、エマはシグルーンではなく、自分を選んでくれていたのだろうか……?
「……」
――もしも、自分がエマの恋人になることが出来ていたならば。
彼女は10年もの間、目覚めぬ恋人を待ち続けるという地獄を、味合わずに済んだのだろうか。
「ルーシオさん?」
そんな、どうしようもない「もしも」を、首を振って消し去る。
目の前には、派手で異質な格好だろうがお構いなしに着こなす美丈夫の姿。
顔が焼け爛れていなければ、チヤホヤされて大変なことになっていたに違いない。本当に、羨ましい程に、恨めしい程に美しい男だった。
この容姿を利用し、ユウはオスカーとの接触を図る。彼は止めても行くのだろうから、ここは出来うる限りのサポートをするべきだろう。
「……後ろにいるから、何かあったら突撃させてもらうぞ」
「暴力沙汰になってたら逃げて下さいね」
「はいはい」
元々ルーシオはクィールのように戦闘部隊に所属していたわけでも、ユウのように生きるための戦いを強いられた立場にいたわけでもなかった。
ラザラスのように戦闘の才能があるわけでもなかったため、彼はいつまでも『裏方』に徹することしか出来なかった。裏方が大切なことは分かっている……だが、ふと考えてしまうのだ。
自分が戦えたならば、もっと被害を減らすことが出来るのではないか、と。
(情けねーの……)
暴力沙汰になれば逃げることしか出来ず、何も出来ずに倒れていく者達を眺めている自分が、本当に惨めで、恨めしいと思った。
〇
「おおっとぉ……? おれ、悪いことしちゃったかなー?」
(やっべぇえええぇぇぇぇ!!!!!!)
そして数時間後、深夜、人気のない路地にて。
ルーシオは自身の非力さを本格的に嘆くこととなってしまった――神は時として無情なのである。
「ッ、ぐぅ……」
「あー、なるほどねぇ。怪我、してたのかぁ……しかも相当酷い感じだ。そりゃ、【魔力飛散】からの【毒付与】、さらに【痛覚強化】なんかされたら、立ってられないわなぁ」
「……ッ」
「悪いねぇ。それなりの手馴れと判断したから、こっちも強気に出たんだわ」
痛みと不調に耐え切れず、崩れ落ちたユウをオスカーは上から見下ろしている。
オスカー=クロウ接触作戦は、完全に失敗に終わってしまったのだ。
というのも、放送局を出た直後、複数の魔法を重ねがけしているユウの存在を不審に思ったオスカーはあえて彼に接触せず、ふらりふらりと路地裏に入り込んでいき、結果的にオスカーをストーキングする羽目になってしまったユウに向かって魔法の使用を妨害する【魔力飛散】と読んで字のごとくな凶悪な魔法、【毒付与】と【痛覚強化】をぶつけて来たのである。
どれも付与魔法の一種だが、魔力飛散と痛覚強化は上級魔法として知られている。オスカーの魔法能力については全く情報が無かったのだが、少なくとも付与魔法の技術はユウより上だ――恐らく、意図的に能力を伏せていたのだろう。大御所だからこその権力と知恵で。
「く……、そ……っ、ストーカーまで、したのに……!」
(そこ!?!?)
「ん? 何? ストーカー嫌いなの? ははっ、良かったじゃん、早々にやめれたじゃん」
そして困ったことにユウはユウで、魔法を取られてしまうと一気にポンコツに成り下がるらしい。
本人は全く関係ない理由で――余程ロゼッタが気に入らないらしい――ショックを受けているが、状況は極めてよろしくない。まさかここまで悲惨な状況に持ち込まれるとは思わなかった。
不幸中の幸いは一切魔法を使用していない、そもそも使用できないルーシオの存在には気付いていないことだろうか……あまりの惨状に、ルーシオは物陰で頭を抱えるしかなかった。




