3.ストーカー、名付けられる。
「ああああすみません! 間違えましたぁああぁ!!」
ラザラス(困惑している)とレヴィ(耐えている)以外の皆様が大爆笑している――しかしこれは無理もない、無理もない……が、間違えるにしてもコレはないぞと少女は頭を抱える。
オーバーな動きをしてしまったせいで管を引っ張ってしまい、点滴スタンドをひっくり返しかけてしまった。
「あ、危ない!」
そこにすかさず手を差し伸べてくれる、金髪碧眼の王子様。
嗚呼、このままじゃいけない。今度こそ、今度こそお礼を言わなければ!!
「お、王子様は、彼氏はいるんですか!?」
「彼ッ!? い、いません!!」
――違う!!
「……。ラザラス=アークライト。君、俺のことを王子様王子様言ってるけど、俺はド平民だ。そういうのじゃないよ」
このままではいけないと思ったのか、ラザラスは溜め息混じりに少女の傍に跪き微笑んでみせた。とても、きらきらしている。とても、眩しい。溶けてしまいそう。
「ラズ君、ラズ君。それ、多分、逆効果。固まっちゃってる」
少女の視界には全く入っていなかったのだが、実は部屋の中にはラザラスとほぼ同時にシスターが現れていた。妙に長いシスターベールの下から、肩上で切り揃えられたボブカットの青い髪が覗いている。
なんで、こんなところにシスターがいるんだろう。そんな疑問は、そのシスターの声を聞いた瞬間に消え去った。
「クィール、さん……?」
声だけではあまりに中性的で判断がしにくいのだが、シスターということは女性なのだろう。
少女が名を呼ぶと、クィールはニコリと微笑み返してくれた。
「正解。私はクィール=アリエス……ええと、彼氏も彼女も作る気はないかな」
「その情報いらないですね!!」
くすくすと笑う動作は非常に美しい。というより、この女性も規格外の美貌の持ち主であった。
シスター服を着ていることもあって、まるで迎えの天使が舞い降りたかのように錯覚しそうになる――されていることはむしろ、かなり悪魔じみていたが。
「アタシはエマ=ウォリス。これでも一応、婚約者がいるよ……あ、男の婚約者な」
「ルーシオ=フェルナンデスだ。彼氏はいない。嫁と彼女はいるが、画面から出てこないな」
「あっ、あたしも彼氏彼女いませんよ!!」
「んー、とりあえず、僕はユウ=ウォリスって名乗っとくね。婚約者がいたね、女性の」
「続かないで下さい!!」
クィールのせいで、他の皆様も名乗るついでに交際相手の有無を申告する流れになってしまった。レヴィに関してはわざわざ追加申告までしてくれた。
ルーシオ(羊男)とユウ(部屋に入ってこない人)に関しては色々と気になるが、あえてスルーを決め込もうと思う。
ふと気が付くと、ラザラスがじっとこちらを見ていた。致死量レベルのイケメンオーラを浴びて、少女の挙動が不審になりそうだった。
「君は?」
どうやら、少女の名前が気になっているようであった。
しかし、少女は目を伏せ、笑うことしか出来なかった。
「強いて言えば、黒竜と呼ばれていました」
「……それ、種類であって名前じゃないだろ?」
「わたしは売られるために産み落とされた、家畜のようなものです。個を示す名前なんてありません」
少女の言葉を聞き、ラザラスはエマとルーシオの方へと視線を向ける。ラザラスの顔は少女からは見えなかったが、エマもルーシオも眉間にシワを寄せている。きっとラザラスも、同じような表情をしているのだろう。優しい人だな、と少女は思った。
「場所は?」
「えっ」
「お前が生まれた場所だ。分かる範囲で良い、教えてくれ」
唐突に口を開いたのはルーシオだ。何故かスマートフォンを手にしている。しかしふざけているわけではなく、どうやら真面目に聞いているらしい。
「ええと、火竜の繁殖場で……場所は、多分繁華街の地下です。そんな感じの話を聞いたことがあります。すみません、まともに外に出たことが無いので」
「まあ、無理もない。だが、繁殖場は流石に数少ないし、繁華街の地下って情報だけで十分」
ルーシオは効果音を付けるならば『シャ――――ッ』だろうなぁ、という勢いでスマホを操作していく。フリックだとかタップだとか、そういう次元ではない。もはやスマホの形をした別の機械なのではないかと錯覚してしまう程の速度だった。
きっと彼は、あのテクニックを駆使して妻(画面から出てこない)や彼女(画面から出てこない)とイチャイチャしているのだろう。
「ラザラス、特定完了だ。十中八九ここ」
それはさておき、どうやら生まれ故郷が特定されてしまったようだ。
ルーシオのスマホ画面を確認し、ラザラスは目を細める。
「あ、それ俺がデビュー戦で燃やしたとこですね」
「燃やした!?」
デビュー戦で燃やした――そういえば、クィールがラザラスのことを“炎上芸人”と呼んでいたことを思い出す。
少女は何となく、彼が普段何をやっているのかを察してしまった。というより、恐らくここに集まっている者達全員が“関係者”である。
「悪いな、君の故郷は俺が燃やした」
「えっ、あっ、いや、別に、良いんですけど……そんな、思い入れがあるわけじゃないですし……それに、多分、火竜の皆さんは助けて下さったんですよね?」
「ああ。竜の皆さんには隣の国に亡命してもらったから、もう大丈夫だと思う」
竜人は絶対に助けてくれるようだが、一体施設の従業員はどうなったんだろう。多分、施設と一緒に『燃やされた』んだろうなぁ……と少女は生唾を飲み込む。
とはいえ竜人である少女からしてみれば、彼らは絶対的な味方である。発言にさえ気を付けていれば、恐らく燃やされることはない。
生まれ故郷の焼失を恐ろしい程の雑さで理解してしまったところで、エマが点滴を取り外し始めた。
かなり大きな点滴だったのだが、体感ではそんなに長い間繋がれていた気はしない。意識を取り戻すまでに、随分と時間がかかってしまったのだろう。
「これで今日の分はおしまい。経過良さそうだし、一週間もすればアンタも自由になれるよ」
「自、由……?」
「一緒に捕まってた奴らは隣国亡命の準備を進めてるんだけど、アンタは毒抜かないとまずいから、しばらく居残り。身体が万全になったら晴れて自由の身だから、少し我慢してくれ」
救出後のアフターケア、ということなのだろうか。彼女らは本来、救出後の竜人はさっさと隣国に亡命させているらしい。
隣国はこの国とは異なり、間違いなく竜人に優しい国なのだろう。自由になれる、ということは喜ばしいことの筈なのに、少女の胸は少しだけ、ちくりと痛んだ。
少女はふと、ラザラスへと視線を向ける。視線に気付き、ラザラスは「ん?」と軽く首を傾げてくれた。顔が良い。
何故こんな人が故郷を燃やしに行ったのかが非常に気になるが、絶対に触れてはいけない部分である。
勝手に「顔が良い」と思うだけに留めておこう。そして、今のうちによく見ておこう。一年分くらい。
「……そんなに見られると、流石に落ち着かなくなる」
「すみません、充電中なんです」
「何のだよ、やめろよ」
流石に恥ずかしそうにし始めたラザラスの肩を叩き、エマがにんまりと笑みを浮かべた。
「ラザラス、これも何かの縁だろ。アンタ、この子に名前付けてあげな。記念にね」
「えっ」
なんということでしょう。
少女は内心「きゃあああ」と叫びたい気持ちで一杯だったが、ラザラスに変態だと思われるのは心外だったために口を押さえて必死に耐えた。しかし変態疑惑に関しては手遅れ感満載である。
ラザラスはしばらく少女から目を背けて悩み、そして口を開いた。
「じゃあ……『ロゼッタ』。安直で悪いけれど、綺麗な薔薇色の髪だから」
「! き、綺麗……! 綺麗ですか!? あなたの方が綺麗ですよ!?」
「さ、さっきから思ってたんだが、君、大丈夫か!? 色々大丈夫か!?」
――大丈夫ではない。
少女は両頬を押さえて頭を振るう。挙動が怪しい。
ラザラスも自分が助けた龍の少女がこんなにも愉快な子だったとは思いもしなかっただろう。
「苗字! 苗字も欲しいです!」
「君結構グイグイくるな!? えー、苗字……苗字……」
少女は「どうせあと一週間なんだから」という謎の欲張り精神を発揮し、ラザラスに迫る。流石に苗字は難しかったのか、ラザラスはエマに助け舟を出した。
「面倒臭いから『アークライト』で良くね?」
「良くないですね」
「えー、アタシ、ユウに苗字付けた時、めんどいからアタシの苗字そのまま付けたんだけど……そのうちアタシは苗字変わる予定だし、いっかなって」
「惚気! 急に惚気!!」
少女的には『アークライト』で全然OKだった。全然OKなのだが、流石にこれを口に出すのはここまで飛ばし気味の失言ラッシュを繰り返してきた少女でも無理だった。とりあえず、ラザラスをガン見するだけに留めておいた。
ラザラスはしばしの間、真面目に悩んでいたようなのだが疲れてしまったらしい。彼は深く溜め息を吐き、「ごめん」と苦笑してみせた。
「エマさんが余計なこと言うから、アークライトしか浮かばない……俺と一緒で、良い?」
「よ、喜んで!?」
「言い方」
「ラザラスも大概に言い方すごいけどな」
こうして、竜の少女の名前は『ロゼッタ=アークライト』となったのである。