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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第3章 ストーカー、合法化する。
29/68

29.ストーカー対策会議/後

※前後編の後半です。

「えー……嘘だろ、潜伏場所分かってて、対抗打無しって……」


「やろうと思えば、捕まえられるよ。らずくんの尊厳を犠牲に」


「それは駄目ですって……」


――詰んでいる。どうしようもなく、詰んでいる。


 こちらの事情を知る人間で何とか全てを解決したかったのだが、これはもう白旗を降るしかないかもしれない。


「多分、ろぜちゃん相当なやり手だわ。黒い毛の飛竜リントヴルムだから元々闇属性特化の全属性保有なんだろうけど、少なくとも、俺とぐれんくん以外の情報屋メンバーが光魔法使えないの把握してやってるだろうね。本人も、光魔法は駄目って多分知ってるよ」


「絶対に僕らじゃ発見出来ないって分かってるわけか……くそっ、腹立つ……」


「別に俺らを引っ掻き回したいわけじゃなく、らずくんが好き過ぎるだけなんだろうけど」


「なおさらタチが悪いです! ……って、ああ、そうだ」


 これが悪意全開の、どうしようもない悪党だったらある意味まだ良かった。それなら、何も考えずに燃やすことだけに集中出来る。

 しかし、ロゼッタの行動原理は全て『恋心』由来なのである。そうなると、色んな意味で『やりにくい』のだ。


「ん? 誰か、光魔法使える子に心当たりがあるのかい?」


「使いこなせるかはさておき、全属性持ちの子がいます。ALIAのJULIA……アンジェさんです。能力柄、こちらの事情も知っている子です。ロゼッタの存在についても、既に認識しているようですね」


「ふむ……じゃあやろうと思えば出来るわけだ」


「ただ、なぁ……」


 だが、ユウは「だったらさっさとやろう」とは言わなかった。それどころか、少し悩んでいる様子である。

 アンジェリアは裏社会に足を踏み入れた人間はないが、こちらの事情に踏み入らないという協定を結ぶ必要があったくらいには関係者である。彼女を巻き込みたくないと思っているようではなさそうである。

 第一、彼女が無理だとしても助けた組織被害者の中から光魔法を使える者を探せば良い話だ。【光源開放】が使えない光魔法の使い手は存在しないと言っても過言ではない。


 それならば、何故悩むのか――これこそが、ヴォルフガングがユウを指名した理由だ。


「らずくんのメンタルがアレだから、何か傍に置いときたい。そしてその対象としてロゼッタはアリかナシか……って感じ?」


「……はい、その通りです」


「俺も同意見。ついでに言えば、アリだと思ってる。多分ろぜちゃん、『頭の良い馬鹿』って奴だから、身の程知らずではないと思う……それに、じゃれくんが全属性持ちの魔法使いだったことを考えたら、ろぜちゃんの力を借りれば擬態に説得力を増すからね」


 亜人保護団体『ステフィリア』と違法組織『ヘリオトロープ』間の戦いはそれこそ数十年規模で続き、戦いはステフィリア側の完全敗北で終わった。しかし、一時期ステフィリア側が優位に立てた瞬間が存在していた。

 それは十二年前、戦闘員に特異な容姿をしたキメラドールのクィールと全属性持ちの魔法使いでスナイパーのジャレットが前線に登場した時期である。当時十一歳という若さで驚異の戦闘能力を持っていた彼らの存在は、両陣営に大きな影響を与えたのだ――六年前、ジャレットが死亡したことによって、ステフィリアは一気に壊滅状態まで持って行かれてしまった程に。


 エマやクィールにヴォルフガング、そしてグレンといったステフィリアの生き残り達および彼らが連れてきた助っ人であるルーシオ、ユウ、レヴィは大規模な行動こそ起こせずにいたものの、ヘリオトロープの新たな拠点となったグランディディエで必死に抵抗を続けていた。

 しかし、あまりの戦力の低さ故、ヘリオトロープ側には完全に馬鹿にされ、下っ端や当時を全く知らない新手の構成員だけで相手をされているような状態だった――二年前、ステフィリア構成員であった両親から離し、ひっそりとグランディディエで生きていたジャレットの双子の弟、ラザラスがこちら側に転がり込んできたのはそんな絶望的な状況下でのことだった。


「……ええ、利点の方が多いくらいだ、ということは分かっています。ロゼッタが危ういとか、一般人を巻き込むべきではないとか、そういうことを考えることはやめました」


 ラザラスの容姿は、6年前に死亡したジャレットにあまりにも似ていた。

 そして1年半前、隠居生活を続けていたクィールと共に突然戦線復帰した『当時の英雄達』の存在がヘリオトロープ側に大きな衝撃を与えたことは言うまでもないだろう。

 ただ、問題はジャレットが魔法戦および銃撃戦を得意とする後衛型だったのに対し、ラザラスは体術頼りの前衛型であったことだろう。

 幸いにも両親譲りの戦闘センスはあったようで銃撃戦は半年で物にしてみせたのだが、魔法に関してはどうしようもないところがある。

 そこに全属性持ちと想定される飛竜のロゼッタが手を加えてくれるのであれば、ラザラスの魔法センスの無さはごまかすことが可能である。

 上手く行けば『ジャレットの死亡』を悟らせることなく、ジャレットを殺め、ステフィリアを壊滅した当時のヘリオトロープ構成員を表に引きずり出すことが可能だろう。


「何が気になるのか、聞いても良い?」


「ラズ君自身が良い方に転ぶか悪い方に転ぶか……こんなことを考えている状況ではないのは分かっています。ただ、僕としては全てが終わった後は、彼には普通に生きて欲しいと思っているのです……きっと、彼の両親もジャレットさんも、それを望んでいる筈だから」


「ふむ……」


 ロゼッタを長時間、ラザラスの傍に潜ませておくのは果たして、良いことなのだろうか――彼らの関係は、現状は、決して健常とは言い難いおかしな状態だ。

 しかもロゼッタはさておき、先日ラザラスに接触したというクリスティナの証言を聞くに、ラザラスの方は一種の依存状態に近くなりつつある。元々彼は依存体質の気が強い。時間が経過するに従って、その依存心はより深刻なものとなっていくだろう。


「難儀なものよねぇ……でも、てぃなちゃんとぐれんくんはずっと一緒にいてくれたんだろ? あの子達じゃダメだったってことだもんね」


「だからこそ、駄目なのでしょうね。特にティナさんは両親がキメラドールとはいえ、本人は殺人だの復讐だの、そういった世界とは全く無縁の存在。彼女の両親がヘリオトロープに苦しめられた被害者であるという件も含め、遠ざけておきたいと思うラズ君の気持ちは分からなくもないです」


「なるほど、自分から距離置いちゃったパターンか……同じ理由であんじぇちゃんも駄目、ぐれんくんもまだちょっと距離がある、加えて、親友のじゅりーちゃんはそういう問題じゃない、と」


「僕らに対しても距離を感じますね。あくまでも仕事仲間としか思っていない……というか、『いつ裏切られても良いように』覚悟を決めている気がします。クィールに対しては変に負い目感じてる節がありますし」


「ああいう子特有の『何で自分が生きてるの?』って奴だよね。知っての通り、くーちゃんはそれで何度も死のうとしてたから、その深刻さは分かってるつもり。そもそも今だってくーちゃん、らずくんをじゃれくんと重ねて辛いっぽいし、これ、両方が壁作っちゃってるような状況だよね……ろぜちゃんも、すっごいタイミングで来ちゃったねぇ」


「既に色々知られてしまっているから何も隠さなくて良いし、変に取り繕う必要もない……これだけ聞いたら、すごく楽な相手だなって思います。対人関係の築き方としては、理想的ですね」


 “復讐鬼”という決して公言することが出来ない『秘密』を把握している。

 ついでに芸能人であることも知っている。

 ラザラスが身体を張って必死に守らずとも、ある程度は自衛してくれる。


「これでストーカーでさえ、無ければなぁ……」


「その五文字で関係性が一気に不健全になるもんね」


 ただ、ストーカーの件に関しては困ったことにラザラス本人が気にしていないのだから、彼にはロゼッタの良い部分しか見えていない筈だ。

 何が起こっても、何を見ても離れていかない、無理に引き離す理由も無い、自分にとって絶対の味方――ラザラスは、そんな存在に飢えてしまっている。


「ジュリー君が目覚めてくれたら良いって状況でもないのがまた問題なんですよね……ハッキリ言ってあの子、目覚めた瞬間に自死の可能性が極めて高いですし」


「正気保てるか、かなり怪しいよねぇ……最悪の場合、らずくんが連鎖自死しそうだしさぁ」


「うっわ、最悪だ……そう考えたら、ロゼッタをそのままにしといて監視してもらうべきでしょうか……」


「かといって、現状は凄まじく不健全なんだよねぇ……」


「ああああ……」


 現状放置も駄目、無理矢理引き剥がすのも駄目……じゃあ、どうしろと?

 ユウは頭を抱え、ヴォルフガングも思わず苦笑いしてしまった。


「とりあえず、引っ張り出せるか試そか。らずちゃんの目が治ってからの方が良いかな……それまでに、無理にろぜちゃんを引き剥がしたり強制出国させたりしないよう、えまちゃん達を説得しておく。引っ張り出すのは、あくまでもろぜちゃんの慢心防止であって二人を引き剥がすのは保留ってことで。おっけー?」


「了解です。その間に、僕はオスカー=クロウに接触してみます」


「……ゆうちゃん、たまには休みなさいよ?」


 ラザラスの負傷により、戦闘関連が全て彼とレヴィに回っていることは裏方であるヴォルフガングもしっかり把握していた。まだまだ幼いレヴィを庇うように前線に立つユウは怪我をして帰ってくることも多く、彼らに余計な負担が掛からないようにするのが裏方の役目である。しかし現状、ユウに多くのことを任せているのが現状で。

 ヴォルフガングの言葉に、ユウは「大丈夫ですよ」と穏やかに笑ってみせた。


「前回のラズ君大暴れで向こうも思うところあったみたいで、ヘリオトロープ側は随分と慎重になっているようなのです。最近は仕事がないくらいで」


「ははーん、なるほど。前回はろぜちゃん仕込みの高火力【火球】ぶっ飛ばしてたもんね。らずくんがじゃれくんかもしれないって、向こうも本気で誤認しつつあるわけだ」


「はい……そういう意味でも、ロゼッタの利用価値は十分にあります。エマさん達の説得も、普通に可能かと……うーん、やっぱりロゼッタを利用する方向に行ってしまうか……」


「全てが終わるまでに、らずくんの精神状態がまともになることを祈るしかないねぇ」


「今度、ロゼッタが変な気起こさないように釘指しときます……」


 ラザラスの精神状態は、ハッキリ言ってまともではない。

 ユウ自身、普通に生きてきた筈の彼が『敵』であるという理由だけでいとも簡単に殺人に手を染めることができたことに対しては、一種の恐怖を覚えていた。

 ロゼッタと一緒にいる時間が長くなれば長くなるほど、ラザラスは彼女に依存し、彼女の意志で動くマリオネットと化す可能性が極めて高い――全ては、ロゼッタ次第なのだ。

 幸いにもロゼッタの心は完全に『こちら側』なのでラザラスの謀反は考えなくとも大丈夫だろう。ただ、ロゼッタが変なことを考えないようにしなければ……。


「はー……これも僕の役目だな。音魔法使えるのは、僕だけだし……」


「あっ、またゆうちゃんのとこ行っちゃうのか」


 器用貧乏体質のせいか、厄介事は勝手にユウの元に集まってしまうようだ。こちらは一応、減らそうとしているというのに。何であれこれ背負い込んでしまうのか。


「ふふ……まあ、手伝える範囲で手伝うからさ」


「お願いします……」


 頭を悩ませるユウの姿を見て、ヴォルフガングは苦笑する。

 非情になりきれないからこそやたらと苦労させられているこの若者を、本来は決して戦闘員向きではない性格をした不器用なこの男の姿を、ヴォルフガングは心から好ましいと思っていた。

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