28.ストーカー対策会議/前
長くなったので前後編です。続きは今日中公開を目指します。
観葉植物だらけのおしゃれな喫茶店の椅子に、灰色の髪と耳、尾を持つ可愛らしい狼少年が座っている。
狼少年――ヴォルフガング=ハーヴァンの前にホットココアを置き、ユウは目を泳がせた。
「ラズ君が……テレビに出ちゃいまして……」
「ああ、うん。見てた。ありゃ仕方ないんじゃない? あの子、好きなんでしょ? おすかーくん。おすかーくんの方もやり手っぽいし、悪い風にはならないと思うんだわ」
ヴォルフガングは大変可愛らしい容姿をしており、衣服も同居人のクィールに選ばせているせいで見た目相応なものを身に付けている……が、この“男”は声帯と頭の中が見た目に伴っていないのが特徴的だ。
そのため、混乱を防ぐために事情を知る者の前以外では声を出さないようにしている。ユウは事情を知るどころか、彼の協力者のひとりである。
「ネットで簡単な事情くらいは調べたんだけど、おすかーくん、ちょうどおじさまの10個下なんだってね。つまり、52歳。事務所の社長やってるとはいえ、52で好き勝手出来るって結構な強者だわ」
「そうですね。オスカー=クロウがバックにいたら、芸能活動自体はやりやすくなるかなーとは思うのですが。元々、ALIAの2人のバックに彼がいることはこちらでも把握してましたし……いつか、ラズ君に接触されるとは思っていましたけれど」
「その様子だと、暴走族絡んでたり極道の人間だったり変な宗教団体に所属してたりとか、訳の分からん話はないわけな。完全にシロ……だが、懸念材料があると」
ヴォルフガングの問いに、ユウはこくりと頷く。
「ええ。学歴は凄いですが、あくまでも一般人枠です。ただ、どっちに転んでもおかしくはないくらいには、情報通のようです……どう考えても彼は『ヘリオトロープ』が政府官僚とパイプ持ってるのを、知っているようです。ジュリー君が酔っ払いに絡まれたという話を、全く信じていません」
「あー……ちょっと情報持ち過ぎな一般人か。でも、らずちゃん達に好感持ってるなら、悪いようにはしないと思うけど……ゆうちゃん、一度出動しとく?」
「僕ですか?」
「うん。調べたところ、おすかーくんはスカウトを結構積極的にやってるみたいだし」
「……。知っての通り、僕は『色々と無い』ですよ?」
そう言って、ユウは肩をすくめて苦笑してみせる。こんな醜い容姿でスカウトされる筈が無い、と言いたいのだろう。
ヴォルフガングからしてみれば、ユウはラザラスや彼の兄であるジャレットとは違う方向性で美しい男だと思うのだが、火傷の件が無かったとしても彼の出身国は鴉種やアルビノを忌み嫌う国だったそうだ。
それでなくとも、この男は根本的に自分自身を卑下する傾向が強い――僅かに悲しみを滲ませる赤の瞳に向かってウインクし、ヴォルフガングは子どもに大切なことを言い聞かせるように語りかける。
「だからこそ、さ。ゆうちゃん、全く自覚は無いみたいだけど持ってる物は一級品だし、多分食いついてくると思うよ。整形手術を受けさせることが可能かどうか、受ける気があるかの打診くらいしてくるはず」
「僕は接触を待てばいいのですね。そこでこちらのカードを出せ、と」
「うん。おすかーくん自体はかなりぶっ飛んだ人だけども、ああいうのが許されるのはそれ相応の理由があってこそ。裏に変なもの絡んでないなら、本人の人格がとことん良いからこそ信頼されてるんだよ……どう考えたってヤバイ情報をバカみたいに広めるような奴が、あの若さで権力を握れるはずがない」
「……それもそうですね。分かりました、ルーシオさん達に協力して頂くことにします」
「それで良い。頑張ってね……ん?」
ユウが、ヴォルフガングの顔をじっと見つめている。一体どうしたのかと問えば、彼は決まりが悪そうに頭を振るう。
「いや……ヴォルフさん、オスカー=クロウの10個上かー、と……すみません……」
「へへっ、全然成長しねーのよ。知っての通り、息子やキメラドールと合体させられてから30年くらい経ってんだけど」
「え……」
「あれっ、ユウちゃんにおじさまの話、してなかったっけ? おじさま、キメラドールの開発者よ? うっかりキメラドールに脳みそ突っ込まれたけど」
「あっ、いや、その……それは……知っています……」
「ああ、そゆこと」
見た目は明らかにユウの方が年上なのだが、実際のところヴォルフガングはユウの倍以上の年を重ねている。だからこそなのか、彼の振る舞いにはどこまでも余裕があった。
申し訳ないことを聞いてしまった、と言わんばかりに身を縮こませるユウの頭に手を伸ばすも全く届かないことに苦笑し、ヴォルフガングは口を開く。
「おじさまねー、何病にかかった息子の臓器作ろうとして、色んな遺伝子組み合わせて臓器を作る研究してたら、たまたま『お人形』が出来ちゃったの。それが、キメラドールの始まりね……で、おじさまは一緒に研究してた部下の謀反ってか口封じで、その場にあったモノ全部合体した『何か』にされちゃったわけで」
「……」
ヴォルフガングの言葉を聞き、ユウの赤い瞳が僅かに細められる。キメラドールを『モノ』扱いしたことが、気に入らなかったのだろう。
不快にさせたことに気がついたヴォルフガングは「ははは」と乾いた笑い声を漏らした。
「ごめん、言い方が悪かった。そうだよ、生きてるんだよ、キメラドールも……よくよく考えなくても、倫理的に間違ってる。最初から臓器だけ作れば良かったのに、入れ物になる身体ごと作ろうとしたからこんなことになったんだ……ちゃんと、分かってる。だから、全部が終わったら、俺の首跳ねても良いけど、もうちょっと待ってくれないかな?」
「いえ……愛する人を救いたい気持ちは、僕にも分かります、から……それに、貴方は完全にシロとは言えずとも、被害者側の人間だ……」
ユウは最初から、ヴォルフガングの近くにいた人間ではない。
彼は8年前、エマが内戦中のロードクロサイト共和国から拾ってきた、亜人保護団体『ステフィリア』と『志』を同じくする人間だと聞いている。
その経緯で、ユウの事情はかつて保護団体に所属していたヴォルフガングも理解している。
ユウが鴉種を嫌うロードクロサイト共和国における爪弾き者であったということも。
彼がアルビノであったため、その爪弾き者の輪の中にも入れず、孤独に生きてきたということも。
寂しさに耐えかねたのか、同じ鴉種の孤児を拾って育てていたということも。
人身売買の輸送中に逃げ出したキメラドールの娘、アリアを匿い、共に暮らしていたということも。
――鴉種を迫害する共和国内の過激派団体と人身売買を専門とする違法組織『ヘリオトロープ』が手を組んだことによって、彼らの平穏が、彼の大切な人々が全て晦冥の焔に飲まれたということも、彼自身も決して無事ではなかったことも……全て、知っている。
「少なくとも、貴方がいなければ、僕はアリアに出会えていない……その点においては、感謝しています。そして僕自身、貴方々『ステフィリア』の志に共感しています。僕が謀反する心配は必要ありませんよ」
「えまちゃんも、良い子拾ってきたなぁ」
「ふふ、エマさんとルーシオさんの使いっぱしりにされている感は否めませんがね……」
修羅場を潜り過ぎているせいでかなり落ち着いているが、ユウは現在27歳の若者だ。そしてエマは32歳、ルーシオが31歳と彼より年上だ。
年功序列をかなり気にするタイプだったらしく、ユウが年齢を気にして下手に回っているうちにエマ達はユウを尻に敷くようになってしまったようだ――仮にユウが謀反した場合、彼女らが真っ先に殺されるような気がしなくもない。
とはいえユウに謀反の心配が無いことは、ヴォルフガングもよく理解していた。
「……ところで、俺の方からもちょっと話があってね」
ヴォルフガングは、大人びた外見や振る舞いに純粋無垢な心を隠し持つユウを信頼しているからこそ、大事な話をする際には彼を単独指名することも多い。
同組織の構成員であったエマや彼女の友人ルーシオは合理的行動を好むところがあるため、内容によっては相談相手に向かないのだ。
要は、人の『心情』を思いやるべき場面では彼女らよりも感情論で動いてしまいがちなユウを指名する。今回もそのパターンだ。
「ろぜちゃんだけど、十中八九『影』に潜んでると思うんだ」
ヴォルフガングは持っていた鞄からびっしりと文字が刻まれたレポート用紙を取り出し、ユウに渡す。用紙にはこの結論に至った過程を示す魔法式が書かれているのだが、それを見ずともユウは納得出来たらしい。
「! そうか……影なら、どこにでも発生するし、元からそこにある以上は新たに空間を生み出す『空間魔法』の痕跡が残らないことも納得出来る……影の中に空間を生み出し、そこに潜んでいるということでしょうか?」
「うん、正解。だから、真っ白で何もない空間に、滅茶苦茶強い光源当てて、衣服削いで髪とか眉毛なんかも全部抜いたらずくん放り込んだら空間維持できなくて出てくると思うよ」
「やめましょう、それは」
「俺もそう思う」
ロゼッタを捕獲するために、ラザラスにとてつもない心の傷を負わせることは避けたい。
ただでさえあの男、メンタルが絶望的にポンコツだというのに……。
「あ……っ、でも、それなら」
それならどうすべきか。ヴォルフガングが言わずとも、ユウは結論に辿り着いたようだ。
「光魔法【光源開放】で解決しません? 要は、一瞬でも影が無くなれば良いんでしょう?」
何もヴォルフガングも鬼ではない。先程の捕獲方法はあくまでも「魔法に一切頼らない」という条件付きの考えだ。
影を一切発生させない特殊な光を放つ光魔法【光源開放】が使えるのならば、ラザラスの尊厳を傷付けずにロゼッタを捕獲することが可能だ。
幸いにも【光源開放】は決して難しい魔法ではない――しかし、だ。
「うん、【光源開放】使えたらね」
「あっ」
「ゆうちゃん、器用に光魔法だけ使えないもんね。ぐれんくんは全属性保有者だけど知っての通り事故で魔法使えない子になっちゃったし、えまちゃんにるーしおくん、くーちゃんは元から魔法の才能皆無だから無理だし、れびちゃんも確か光は使えないよね?」
「はい……」
誰も光魔法に素養が無ければ、お話にならないのである。
ちなみにヴォルフガングは闇魔法に特化した魔法使いのため、彼も例に漏れず光魔法の使用は不可である――情報屋関係者の『詰み』が確定した瞬間であった。




