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【旧版】ストーカー竜娘と復讐鬼の王子様  作者: 逢月 悠希
第3章 ストーカー、合法化する。
26/68

26.ストーカー、親友さんのことを知る。/後

「……」


「その沈黙は駄目だと思うなぁ。でも……そろそろ、言っとくべきじゃない? キミら、『入院しました』以上の情報出してないじゃん」


(……本題は、これだったのかな)


 大御所オスカーがわざわざALIAの深夜番組に顔を出した理由、それはラザラスに、現在のジュリアスの状態を話させるためではないだろうか。恐らくは、社長のGOサインは既に出ている。これも、彼の中では決められた流れだったのだろう。

 全てを察したのか、ラザラスは顔を上げ、アンジェリアを一瞥する。対し、意外にも落ち着いた様子のアンジェリアは、相変わらず言葉は発さずにテレパシーを送った。


『確かに、言うべきではあると思う……社長も、私達に任せてくれてはいるけど、いい加減ちゃんと言って欲しいみたいだし、ね……』


 ラザラスは頷く。そして、重い口を静かに開いた。


「分かりました、お話しましょう」


 アンジェリアは震える手を握り締め、はくはくと口を動かす。

 声を出そうとしているようだが、緊張のあまり音すら出ないようだ。手のひらに、爪が刺さっていた。


『私も、話せそうなら話す。アンタだけに、辛いこと背負わせたくないわ』


(アンジェさんのコレって、どう考えてもただの『人見知り』じゃないんだよね……)


 アンジェリアの『人見知り』には、何かしら事情がありそうだ。

 ラザラスも、そんなことは分かっている。テレパシーの送信に関しては難がある彼は首を横に振ってみせ、ぽんぽんと自身の胸を叩いてみせた。任せろ、ということなのだろう。


「うん、それでいい」


 一連の動作を見て、オスカーはラザラスにウインクを飛ばし、親指を立ててみせる。このような状況でなければラザラスは喜びをあらわにしていたのだろうが、残念ながらそれどころではなかったようだ。軽く息を吐き、ラザラスは口を開く。


「アリスが入院中だという話自体は、決して嘘ではありません。今現在も、そこに関しては変わりません。それこそ、俺達は何度もアリスの病室を訪ねています……話すことは、一度も出来ていませんが」


 話すことは一度も出来ていない――それが意味する事柄が分からないほど、オスカーは馬鹿ではない。

 そもそも彼は、ある程度ラザラスの解答を予測していたらしい。テーブルの上で組んでいた拳を握り締め、極めて落ち着いた様子でオスカーはおもむろに頷いた。


「まあ、予想はしてた。これこそ放送事故な質問になる気がするけれど……一体、何があったの?」


「……。通り魔事件です。夜道で一方的に暴力を振るわれたようです。アリスは非常に珍しい種族ですから、変に因縁付けられたのではないかと」


「ふむ……人身売買絡み、かな。確かに、それはちょっと公にしにくいね……変な噂もあるし」


(変な噂……?)


 あまりの緊張感からか、ラザラスの口調が素に戻っている。流石のオスカーも、これには余計なちょっかいは入れる気になれないらしい。視聴者の方も同様で、コメントがほとんど流れなくなってしまっている。

 ロゼッタとしては彼が発した「変な噂」という言葉が気になったのだが、今は追求の仕様がない。


「いえ……警察の方は、タチの悪い酔っぱらいの仕業だと仰ってました。犯人も逮捕済みです」


(! 嘘だ……テレビだと、そこ掘り下げられるとまずいってことか)


 仮に犯人逮捕済みならば、ラザラスは今現在顔面崩壊するような事態にはなっていないはずだ。ジュリアスの失踪は高確率で人身売買組織絡みであることは、ロゼッタも理解している――オスカーは平然とその言葉を発していたが、本来は公共の放送で『人身売買組織』の話をしてはいけない理由があるに違いない。


「どこかに連れ去られるだとか、そういったことはなかったのですが、あまりにも外傷が酷かったのです。恐らく、当たり所が悪かったのでしょう……発見された時には、もう、あらゆることが手遅れでした」


(暴力云々は分からないけれど、実際は神経毒の投与も行われているはず……これ、もしかしなくても、結構きな臭い話になってる?)


 この辺りの事情については、後々ラザラスに聞くしかない。そしてオスカーも、嘘に気付いているようすではあったが、これ以上掘り下げようとはしなかった。


「ごめん、不謹慎なこと言うよ。生きては、いるんだよね? これが一番大事だから」


 一息吐き、ラザラスは右手の甲に左手の爪を立てた。


「生きては、います。最近は、様々な数値が正常値を出すようになりました……ただ、アリスはろくに自発呼吸ができない状態で……お察しの通り、意識は、まだ一度も戻っていません……」


(それは……)



――本当に、『生きている』と言い切ってしまって、良いのだろうか?



 あまりにも不謹慎だが、ロゼッタはそう思わずにはいられなかった。しかしそれは、ラザラスとアンジェリアの方もどうしても考えてしまう『禁断の問い』なのだろう……。


 ラザラスは必死に泣くことを堪えている様子であったし、アンジェリアの方は既に涙を見せていて、せめて嗚咽だけは漏らすまいと足掻いている状態だ。

 そして話を聞いているだけのオスカーも少々堪えてしまったらしい。彼とジュリアスは少なからず面識があったのだ。それも無理もない。


「まいったね、思ったより状況がキツかったわ……カルヴァンから事前に聞いときゃ、おれもある程度覚悟できたんだけど。アイツもアイツで、キミらが喋るまではって教えてくれなかったのよ……そりゃ、『Traveling Game』の二期やらその他もろもろも制作中止ってなるわな」


 リアルタイムコメントも葬式状態である。恐らくはオスカーが立て直す流れだったのだろうが、彼もあまりにショッキングな事実の発表に即座に話題を切り替えられずにいるらしい。それを察したのだろう。当事者のラザラスがクスクスと笑ってみせた。


「まあ、確かに状況は辛いのですが……俺は、アリスは絶対に戻って来るって信じてます。だから、代わりにここにいるんです。変に慣れてしまう前に、素人間男浮きまくりの炎上芸人やってるうちに、帰ってきてくれないかなぁと思っています」


「……。大丈夫だって、キミ、ユリアちゃんの翻訳係ってとこ以外は基本的に属性被ってないし。ていうか、キミが一番浮いてるのは容姿だと思うけどね」


「あはは、それはごもっともです。ALIAの2人は見た目も可愛らしくて……多分、容姿に関しては全視聴者が抱くイメージ図を裏切らない奇跡のコンビですからね……俺は元々ALIAのファンで、最初の方からずっと視聴者やっているのですが……てっきり、アリスはもうちょっとゴツイ子だとばかり……」


「うーん、やっと警戒心MAXから契約に持ち込めた子に外見と不一致な名前付ける嫌がらせしないかな……ところで、その様子だとこんな状況になるまではふたりの正体知らなかった感じ?」


「はい。ふたりとも、放送時の声と普段の声にかなり差がありますからね……とはいえ、アリスの方は大概にボロが出てました。TGのキサラ役、本人は相当苦しかったんだと思いますが、俺に助け求めた時に『友達が声優で演技で詰んでるから、ちょっとこういうシーンでこういう役演じてみて欲しい』って言われたんですよね」


「ははははははっ! それはキミが優しいわー、要は、騙されてあげたんでしょ?」


「ふふ、そういうことですね……そんなわけで、声優だろうなってのは分かってましたが、俺は声優にはあまり詳しくなかったのと、知られたくないなら、とあえて詮索はしませんでした……あと、大好きな芸能人が目の前にいるとか、普通思わないです……」


「んー、でもキミ、指先に独特の痕があるんだけど、多分ギターか何か弾くよね? つまり音楽好きだよね? カラオケとかいかなかったの?」


「はい、ギター弾けます。上手くはありませんが。カラオケは……まず、ユリアは何度誘っても全力で逃げてましたね。アリスとは行ったことがあるのですが、『下手だから』って嫌がって歌わなかったんですよ。それでも、と一度歌って貰ったら、もう音程リズム全てにおいて絶望的なレベルで音痴に歌ってくれましてね……上手い人は逆に崩せるんだなって思いました」


「おおー……あの子、やっぱすごいんだねぇ……」


「今にして思えば、あれはあれで芸術的でしたね……」


 話の方向性は完全に『リアンとALIAの出会い』に向いた。リアルタイムコメントには「さらに掘り下げて欲しい」とオスカーに懇願する内容がしばしば流れていたが、オスカーはそれには一切触れずにいる。彼は彼で、ALIAにとって命取りになるような情報は流させないように取捨選択しているということか。


(……何か、ラズさんが試されてる気がしなくもないんだよね)


 ジュリアスの容態は、極めて重い。だからこそ、二年経った今でも復帰が絶望的なのだ。しかしそれを視聴者に隠したまま、得体の知れない青年を連れてきて『時間稼ぎ』を続けているのは不誠実なことだ。


 わざわざ深夜放送に顔を出し、ラザラスに事実を語らせたのはきっと、そういった理由なのだろう。いくら『破天荒おじさん』といえども、きっとその辺りのことは弁えているに違いない――彼は大御所。長きに渡って、芸能界の荒波と戦ってきた人物なのだから。


「まー、アリス君帰ってきてからで良いんだけど。キミ、うちの事務所来ない?」


「へっ!?」


「面白いじゃん? ひとりだけ所属事務所が違うのって……そういう理由でカルヴァンに頂戴って言っても首を縦に振ってくんないんだわー」


「いやいやいやいや……そんな理由で首を縦に振られたら困ります……」


 ついでに、ラザラス自体がどうもかなり気に入られている様子である。

 リアルタイムコメント曰く、Traveling Gameの三話でジュリアスが魅せた演技もそうだが、どうやら昨日の放送直後から検証動画がかなり上がっているらしく、ラザラスの護衛騎士テオバルドモノマネの精度がすごいのは視聴者も把握している事実なのだとか。その辺りの事情を加味して、オスカーはラザラスを俳優デビューさせようとしているのではないかと。


「ま、考えといて? 放送も終わるしね」


「!? も、もうこんな時間か……!」


 オスカーは時計をコンコンと叩き、わざとらしく首を傾げてみせる。ラザラスは即座に番組を締める体勢に入った。


「はい、色々とありましたが……本日の【SINFONI:ALIA】。サプライズゲストに俳優オスカーさんをお招きしての特別回となりました。俺は全く知らなかったのですが、どうやら他の面々はオスカーさんが来られることを知っていたようで……はい、見事にサプライズされてしまいましたね……」


「もう素だねぇ」


「いつの間にか禿げてたので、今日はそのまま終わります……そうですね。アリスの件に関しては、事務所を通じて改めて正式に発表させて頂こうと考えています。私達も完全に言うタイミングを失っていたので、大変良い機会でした……オスカーさん、本当にありがとうございました」


「……うん、頑張ってね。おれもちょくちょくサプライズしにくるから~」


「そ、それはやめてください……」


「あはは、それとリアン君、【病院行ってね】ってコメントで溢れてるよ」


「! ……そうですね、アリスの見舞いついでに数時間後に行ってきます。視聴者の皆様に心配して頂けて、本当に嬉しかったです……はい、それでは、ご視聴ありがとうございました。また次回の放送でお会いしましょう!」


 波乱に満ち溢れ過ぎていた特別回は無事に終了した。ラザラスは深くため息を吐き、杖を手に取って立ち上がる。そんなラザラスの頭を、ぽふぽふとオスカーが叩いた。



「お疲れさん。悪いね、言い辛いこと聞いちゃって」


「いえ、本当に心から、良い機会を与えて頂いたと思っています……ずっと、隠せることではありませんから。言うべきことであったことは、事実です」


「そか。そう言ってくれると、嬉しいね……でもキミ、本当に病院行きなよ? アリス君の見舞いついでじゃなくって。傷残ったらどうすんのさ」


「あはは……」


 ラザラスは特に何か言うわけではなく、愛想笑いを浮かべるだけであった。何しろ、『傷が残る』に関して言えば、彼は既に手遅れだ――それを見て、オスカーも思うところがあったらしい。


「ねえ」


 相変わらず、軽い話し方だった。しかし、その顔は真剣そのものであった。


「おれは本気で言ってるからね。本気で、キミを売り出す気でいるよ。おれの勘が、ウン十年に一度の逸材だって言ってる……キミも、自覚はあるでしょう?」


「やめておくべきだと思いますよ。俺は……」


 憧れの人にここまで言われて、嬉しくないわけがない。だがラザラスの俳優としての『経歴』には、消えることのない深い傷が残っている。それ以上に、彼自身の身体にも、心にも、深刻な後遺症を残している。それを、オスカーは知らない……そう、誰もが思っていた。



「キミは、何も悪くない」


「え……」


「断罪されるべき存在は、キミじゃない。昔も、今も、それは変わらない。自分を責めるんじゃないよ」


「なんで……」


「気付かないとでも思ったかい?」


 その発言は、ラザラスの過去を知っていなければ出るはずのない発言だった。

 つまりオスカーは、『リアンの正体』に気付いているのだ――彼が五年前に、世間に殺された元俳優志望の青年であるということを。


「俺、は……ロジャーどころか、ジュリーのことさえも、助けられなかったんです。何年も前のことに、縛られて……引きこもったままで……」


「何があったのかは聞かないけれど、キミは引きこもってて当然だと思うけどな。もし仮に、またキミを非難する声が出てくるなら、おれはもう一度声を上げるね……キミをそうしたのは、一体誰なんだって」


「……ッ、……」


「おれは、何度だって言い返すよ。おかしいものをおかしいって言って、何が悪いんだい?」


「あ……、あ、ぁ……ッ」


 ぺたり、とラザラスが両膝を付いた。震える肩を抱き、俯く彼の頭を撫で、オスカーは穏やかな笑みを浮かべる。こんな優しい顔も出来たんだな、とロゼッタは思った……そして、気付いた。


『……とにかく俺は、あの人に迷惑を掛けるのは、絶対に嫌だ』


 ラザラスが、オスカーに迷惑を掛けることを強く拒んでいたことも、それをアンジェリアが咎めなかったことも、すべて『そういう理由』だったのだ。


(ラズさんが『大好き』っていうのも、無理もないか……もしかしたら、この人がいなかったら、ラズさんは、もう……)


『メディアの方はあの後大物俳優に苦言を呈されて、それを聞いて手のひらクルーした世間にも叩かれたんだが謝罪する意思皆無、そのまま風化っていう胸糞案件だ。燃やしたいな』



――あの日、ユウが言っていた『大物俳優』こそが、オスカー=クロウだったのだ。



 身も心も深く傷付き、挙句世間的に殺され、そのまま居場所を失ってもおかしくはなかったラザラスが自ら命を絶たなかった、その理由こそがこれだろう。


 5年前、面白可笑しくラザラスを責め立てたメディアに、オスカーは「間違っている」と噛み付いたのだ。そして、世間の意見を転換させたのだ。

 いくら大御所といえども、それは非常に勇気を必要とする行動だ。何より、彼自身にとっては何の利益にもならないというのに、オスカーはたった一人の青年を守るために動いてくれたのだ……そしてラザラスは今、ここにいる。


(ラズさん……)


 ラザラスが子どものように嗚咽を上げ、泣きじゃくっている。包帯やガーゼが意味を無くす程に、大粒の涙を流し続けている。


 過去のこともそうだが、ジュリアスの件で彼は相当な罪悪感を抱いていたのだろう。辛辣な周囲の対応に耐え続け、アンジェリアの傍を離れなかったのはいわば『贖罪』だったのだろう――それこそ、ジュリアスが目覚め、復讐を終えたその瞬間。ラザラスは今度こそ自ら命を絶っていてもおかしくはない。それくらいには、彼は酷く不安定だった。


「無理強いする気は無いけど、その気になったら、言ってよ。多分顔に傷残ってるんだろうけど、整形費用くらいはこっちで負担する……だから、待ってるよ。おれが生きている限りは、ずっとね」


 オスカーが、どこまでラザラスの事情を察しているか。それはロゼッタには分からない。だが、確かに彼は、ひとりの青年を救ったのだ。一度だけでなく、二度も。


 いつもより小さく、弱々しく見える彼の頭をもう一度撫で、返事も待たずにオスカーはひらひらと手を振って収録部屋を去っていく。

 狭い収録部屋の中で、ラザラスが泣く声が響く。アンジェリアが傍に寄ろうが、ロゼッタが声を掛けようが、彼の涙はしばらくの間、止まることを知らなかった。

結構長いこと滞在していた破天荒おじさん、ひとまず退場です。

話自体はまだまだ続きます。

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