2.ストーカー、王子様と再会する。
「う……」
目が覚める。ふかふかとした、柔らかな感触に身体が包まれている。
竜の少女はおもむろに瞼を開き、周囲の様子を見回した。
「ここ、どこ……?」
六畳程の小ぢんまりとした殺風景な部屋に置かれたシンプルなベッド。そこに自分は寝かされていた。
それも適当に投げ置かれているわけではなく、汚れた衣服などは綺麗なものに替えられ、中身は分からないが悪いものでは無さそうな点滴もセットという高待遇である。
身体は重いが、痛みはない。それだけで、随分と楽になった。
夢のような状況におかれているが、未だ身体に残る重みが置かれている状況が夢ではなく現であると教えてくれている。
「目が覚めましたか?」
正面の扉の向こうから、少女の声が聞こえた。
何故か姿を見てもいないのに『目が覚めた』と判断されているが、この際考えないことにする。
「は、はい、ええと……」
「あっ、あたしったら……すみません! ちゃんとお顔を見て話しますね!」
扉が開く。入ってきたのは、ピンクの髪と赤みがかった黒の翼を持つ可愛らしい女の子だった。
年齢は同い年か、少し下くらいだろうか。フリルにレースでえらくファンシーな服装をしているが、普通に着こなせているのでただただ可愛らしかった。お人形のようだ、とでも言えるだろうか。
「初めまして……?」
「はい、初めまして。あたし、レヴィ=フロックハートっていいます」
レヴィは少女の顔を見て微笑み、扉の向こうに顔だけ出して「エマさーん! 竜さん起きましたー!」と誰かを呼んでいる。
どう考えても一人しか呼んでいなさそうだったが、部屋に近付いて来ているのは明らかに複数人の足音だった。
そして、レヴィに続く形で二人の男女が部屋に入ってくる。短い鮮やかな紫色の髪をしたボーイッシュな女性に、若草色のふわふわとした髪の巻き角の男性だ。
「竜のお嬢ちゃん目覚めたって? 良かった良かった。ラザラスがうるさかったからな」
「あの子、ちょうど仕事終わる頃じゃないか? ユウ、連絡入れてやりなよ」
巻き角の男性が、扉の外にいるらしい誰かに話しかける。ユウ、と呼ばれた存在は何故か姿を現さないつもりのようだ。
「後で怒られるの面倒なんで、レヴィの声聞いた瞬間に入れましたね……あ、既読付きました。すぐ来ますね、これ」
「おー、よしよし。ラザラスがあれ以上メンタル大惨事になられたら大変だからな。お嬢ちゃんの顔見たら安心するだろ」
「あと、クィールも来そうなんですけど……その子、人見知りするタイプですか?」
「んー、大丈夫じゃね? 固まってるけど」
巻き角の男性とユウが扉を隔てた会話をしている隙に、紫髪の女性が近付いて来た。
「……!」
敵意は無さそうだが、知らない人間にいきなり近付かれるのには少々抵抗がある。それに気付いたのか、女性は肩を竦め、微笑んでみせた。
「悪いことはしないよ。そんなことしたら、アンタ連れてきたラザラスにぶっ飛ばされちまう。軽く診察はするけどな」
「ラザラス……?」
誰だそれは、と言いたくなった少女だが、すぐにその人物が助けてくれた“王子様”であると理解出来た。
『ラズ』は『ラザラス』の愛称として知られている。流れからして、『クーちゃん』は彼ではない方、ラザラスと共にいた『クィール』のことだろう。
「あらぁ?」
「エマ? どうした? 何か問題発生か?」
「いやー、『そういう意味の』問題は特に発生してないかなぁ」
今は明るい場所だ。もうすぐ来る、ということは、明るい場所であの王子様に会えるのか――エマという名前らしい女性に手首やら顔やら首やらを触られているが、少女は内心それどころではなかった。
「うーん、罪深い“王子様”だねぇ」
「ッ、だ、駄目だ! 落ち着け、わたし!!」
「声に出ちゃってるねぇ……うーん、王子様もうすぐ来るよ、良かったねぇ」
いやいや待て待て、吊り橋効果(?)って奴かも知れない。助けてくれたから格好よく脳内で補正されてるだけかもしれない。落ち着け、落ち着くんだ、わたし!!
「おー、流石。若い若い。階段駆け上がって来ましたよ。お疲れ様……あ、クィールも来ましたね」
「お疲れ様です!」
「こんばんは、お邪魔します」
エマとその他数名に温かい目で見守られていることには気付かず、少女は真っ赤に染まった顔を両手で覆う。思い出しただけでこのザマである。
齢十七歳、出会いなんてものが無かった上、まだまだ思春期真っ最中な少女にあの美貌は少々インパクトが強すぎたのだ――少女が凄まじく冷静さを欠いている中、件の人物の手によって目の前の扉が開かれた。
「良かった。思ってたより、元気そうだ」
「あ……」
記憶の中の姿とまるで違わない美丈夫は、走ってきてくれたのか少し汗をかいている様子で。
天井のライトに照らされた金糸が、白い肌が、それ以前にやはり整い過ぎている彼の美貌はキラキラと輝き、少女の目を眩ませる。
間違いない。あの時、助けてくれた王子様だ――そうだ、ちゃんとお礼を言わなければ。
フリーズしてしまいそうな頭を横に振るい少女は口を開く。
「彼女いますかッ!?!?!?」
「いっ、いませんけど?」
……どうしよう、間違えた。