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15.ストーカー、関係者になる。

※前回に引き続き過呼吸っぽい描写があります。

 後始末をヴォルフに託し、クィールは懸命に翼を動かした。行きの飛行速度とはまるで違うそれは、彼女がそれだけ必死になっているということが伺える。しかし、運が悪いことに上空では強く向かい風が吹いている。


(……こうすれば、楽になる、かな)


 漸く精神的な余裕が出てきたロゼッタはクィールの真正面に透明な壁を展開した。彼女の動きに合わせて稼働するそれは向かい風を防ぎ、クィールの負担を大きく減らしてくれる。


「あれ?」


 目には見えないが、何となくロゼッタが何かしたことには気付いたのだろう。クィールは口元に弧を描き、イタズラめいた笑みを浮かべてみせた。


「ふうん、君、私のサポートもしてくれるんだね……いや、これだと結果的にラズ君のサポートか。でも魔法使えるの、羨ましいな。私、どうあがいても魔法使えない部類の人間だし」


(クィールさん、魔法、使えないんだ……じゃあ、テレパシーで会話なんかもできないのか)


「ふふ、助かるよ。ありがとう。いくら腕力はあるって言っても、ラズ君デカイ上にそこそこマッチョでかなり重量ある上に意識飛びかけて無気力状態だから、この速度で飛ぶのはちょっとしんどかったんだよね」


 会話は出来ないなりに、何となくこちらの意図を察して話しかけてくれる。これは完全に『ロゼッタがラザラスに憑いている』と理解しているようだが、ロゼッタもこの状況で存在を誤魔化し、ただの荷物に成り下がる気はなかった。


「ひゅッ、ひゅー……ひゅっ、ッ……ぐ……っ、か、は……っ」


「喉、痛めたのかな……私はあまりこの手のことに詳しくなくてね。守護神さん、何か分かる? 分かるなら、魔法でどうにか出来ない?」


(やろうと思えば酸素一気にラズさんの口に押し込めるけど、やって良いのか分からないことをやるのは、ね……)


「ごふっ、げほ……っ、ッ……」


「……。原因も分からないのに、下手すりゃとどめささせるようなことさせるのは酷か。ごめんね。ラズ君も、無理に反応しないの」


 クィールの発言に対し、ラザラスはゆるゆると微かに首を横に振った。何かを否定したいのだろうが、言葉が出てこないらしい。カリカリと震えが止まらない指で喉を掻いているのが痛々しい。その喉には見える傷が無いため、内面を痛めたのだろうか。

 ラザラスは意識こそ辛うじて保っているものの、必死に酸素を取り込もうとするあまり会話ができる状態ではない。さらに意図的なのか無意識なのかは分からないが、負傷部位の治癒に少ない魔力が総動員されているせいで、テレパシーの受信すら出来ない状態だった。


(わたし、外に飛び出してクィールさん手伝った方が良いかな……二人で運んだ方が、良いのかな……?)


「守護神さんはそのまま潜んでてね。多分私と同じくらいの速度は余裕で出せるんだろうけど、今回はそんな遠くまで行かないし。それにちょっと、ユウさん達に相談したいことがあって」


(!?)


 実はクィール、心が読めるのではないだろうか……?

 そう思ったが、心を読むのは超級クラスの精神魔法でやっと出来る領域の行為だ。彼女からは全く魔力が感じられないため、それは絶対に無い……無いのだが、そうなると逆に怖い。


 彼女の言い分は嘘ではなかったようで、目的地上空でクィールはゆっくりと高度をさげた。どこかの建物の中庭と思わしき場所である。建物には明かりが灯されていて、住民がいることが伺えた――というより、ここはロゼッタが最初に保護された喫茶店である。ラザラスを散々ストーカーしていたのだから、それくらいはロゼッタにも分かる。


(あー! エマさんか! あの人、絶対正規じゃないけど医者っぽいもんね、絶対正規じゃないけど!!)


 病院に駆け込むのかと思えば、いつもの喫茶店だった。よくよく考えなくても、病院はついさっきまで殺戮(大体ロゼッタのせいだが)をしていたラザラスとクィールが駆け込める場所ではない。

 ガラスで囲われた狭い中庭に降りてきたクィールに気付き、エマは彼女は勢いよくガラス製のドアを開いて近くに寄ってきた。


「エマさん! ラズ君、喉を負傷したみたいで……」


「いや、これは過呼吸か過換気だ。だから多分、喉の心配はない。まあ、ラザラスだから十中八九過換気だと思うが、それにしたってこれ……酷いな。あと、何があったか知らんがイケメンが台無しだ。とりあえず部屋に運ぶ!」


 どうやら、あの呼吸困難は『過換気』というものらしい。「ラザラスだから」という理由も、その病名もロゼッタにはよく分からなかったが、とにかく治療が施されるようだと彼女はほっと胸をなで下ろす。

 喫茶店に到着した時点で、ラザラスは意識を飛ばしてしまっていたのだ。酸欠状態が続いていたのだから無理もないが、エマ曰く酷い状態だという話である。恐らく命に別状は無いのだろうが、そういえば彼は顔を滅茶苦茶に殴られている――顔出しはしていないにしろ、ラザラスは芸能人である。色々と、大丈夫だろうか……。



(ッ、うわ……)


 ラザラスが部屋に運び込まれたところで、ロゼッタは壁に掛けられていた額縁の裏に移動した。そこで漸くラザラスの顔が確認出来たのだが……彼の顔は、思っていた以上の惨状になっていた。


(えっ、『申し訳ありません』で済むわけないじゃんコレ! あの男、コンクリートの地面に半分埋めたい!!)


 内出血しているのか、ラザラスの顔の右半分は青黒く変色し、その一部が腫れ上がり、出血している。間違いなく右目は開かないだろう。顔の左半分も無事ではなく、やはり変色している。見たところ、鼻の骨や歯といった目立つ部位は無事そうなのだが、これは骨にヒビくらい入っているかもしれない。


 あの男に再び会うことがあったら、身体の右半分をコンクリート半身浴させてやろう――椅子に腰掛け、慣れた手つきで傷を処置していくエマを見ながら、ロゼッタは固く心に誓ったのであった。


「んー、打撲と内出血と、レントゲン撮らないと確信は出来ないが軽くヒビ入ってるくらい、かなぁ。はぁ……見た目で怯んだけど、思ったより酷くなかった……良かった良かった」


(それは軽いんでしょうか……)


 骨にヒビが軽いのかどうかはさておき、少なくとも手術が必要なレベルでは無かったらしい。そしてラザラスの顔が包帯やら眼帯やら湿布やらで真っ白になる頃には、酷く乱れていた呼吸も落ち着きを見せていた。

 負傷箇所が他に無いか確認した後、エマは椅子に座ったまま、後ろに立っていたクィールの方へ向き直る。


「クィール。これ、何があったんだ? 知っての通り、ラザラスは魔法がポンコツでも体術はプロみたいなもんだから、こんな一方的に殴られたような傷は付かないと思うんだよな。しかもこれ、相手はド素人だろ?」


 傷を見ただけで、エマは事態の異常性を察したようだ。クィールは決まりが悪そうに自身の左腕に右手を添えた。


「そうですね。私が目を離していた間に組織の人間ではなく、捕まっていた一角獣人の男にやられています。檻を壊した直後に不意打ちにあったようで……男が酷く怯えて錯乱していた様子だったので、強気に出られなかったんだと思います」


(えっ、それで……?)


 男が錯乱していたから、怯えていたから。突き飛ばしたり振り払ったりすることなく、これ以上怯えさせないようにと甘んじて殴られ続けたということだろうか。

 クィールの推理はあながち間違っていなさそうだとロゼッタは思った。彼女は事が起こってから現場に駆け付けたのだから、そう推理するのが普通だろう。

 しかし、ずっと近くで見ていることしか出来なかったロゼッタには、それだけでは到底納得することが出来なかった。そしてそれは、どうやらエマも同じだったらしい。


「あー……気遣ったのもあるんだろうが、そもそもそいつ、『馬乗り』になってラザラスをボコボコやったんじゃないか?」


 妙に『馬乗り』という単語を強調し、エマはクィールに問い掛ける。「そうです」とクィールがそれを肯定すれば、エマは深く溜め息を吐いてこめかみを押さえた。


「うん、あれだ……過換気起こしたのは、その体制のせいだ。フラッシュバック起こして、呼吸困難に陥ったんだろう。確かに相手を気遣う気持ちもあったんだろうが、それ以上に余裕が無い状況に追い込まれてたんだと思うぞ」


 過換気は、精神に多大な負荷が掛かった際に呼吸が上手く出来なくなってしまうことで起こる症状なのだという。とはいえ、意識を飛ばしてしまう程の症状はかなりのレアケースだ。


 症状について簡単に説明した後、エマは「話は変わるが」とクィールに問いかけた。


「クィール。ラザラスの昔話、聞いたことあるか? 俳優挫折した時の」


(えっ、ラズさん俳優志望だったの!? 何それ天職じゃない?)


「ああ……メディアが馬鹿やって被害者なのに加害者みたいな報道されてラズ君が社会的に殺されたっていうマスゴミ的な話ですか?」


「そう、それ」


(なにそれ関係者コンクリートに半分沈めたい!!)


 勝手に話を聞いているだけのロゼッタにとっては感情が忙しなく変化するような話題だが、完全に事情を理解しているらしいエマとある程度は知っているクィール、そしてラザラス本人にとってはかなり深刻な話題らしい。

 エマはラザラスの意識が無いことを確認した後、言葉を続けた。


「ラザラスはその『加害者』に夜間呼び出されたかと思えば、突然襲われて馬乗りからの目潰しタコ殴りメッタ斬りっていう、文字にしただけでも結構インパクトある感じの暴行を受けたわけなんだが」


「……。あー……はい、事情はよく分かりました……そりゃ無理もないか……」


(えっ、なにそれ犯人コンクリートに沈めたい)


 どうしてラザラスの顔に大きな傷があるのか、どうしてやたらと目が悪いのかその理由が分かってしまった瞬間であった。

 しかもこの事件、何やら加害者を保護する感じの報道が流れ、世間的にはラザラスが加害者のようにされてしまったという話――ラザラスのメンタルもご臨終するだろうとロゼッタは奥歯を噛み締める。


(酷い、な……いつの話なんだろう。そりゃ、馬乗りになられたら怖くておかしくもなるよね……)


 馬乗りされることに対し、深刻なトラウマがあることはよく分かった。

 しかし、状況次第で行動不能となるような発作が誘発されるというのは、戦闘員としてはいくらなんでも危険極まりない問題なのではないだろうか……。


「エマさん。ラズ君……やっぱり、外しませんか? 本来、彼は私達の件とは無関係の筈です」


 案の定、クィールは思うところがあったらしい。彼女にとってエマは目上の相手であるにも関わらず、彼女は臆することなく意見を発した。


「悪いけど、それは素直に頷けないんだ。アンタらが組んで、もう一年半か? 現場だとそんなに感じないだろうが、向こうは結構混乱してるみたいなんだよ」


「ふふ、そっくりですもんね……私は、未だに彼を見ていると時々、胸が苦しくなります……」


 クィールは左手薬指の指輪を撫でながら、微かに声を震わせる。エマはそんな彼女を見て、悲しげに微笑んでみせた。


「アンタにキツい仕事背負わせてるのは分かってるよ。ただ、こっちとしては『ジャレット=レイン』と『クィール=アリエス』でコンビを組んでくれないと意味が無いんだ……残念だが、どちらかが欠けたんじゃ、話にならない」


「……」


「そもそもラザラスは自分の家族と親友の仇討ちで、遠ざけてたってのに自分からこっちに転がり込んできた人間だからな。残念だが本人が納得しないと思うぜ」


「そう、ですよね……」


(え……親友はジュリーさんだとしても、家族……? ラズさん、家族も……?)


 少ない情報でどうにか真相に辿り着こうと、ロゼッタは必死に頭を働かせる。


(ジャレット=レイン……ジャレットって、ラズさんのコードネームだよね? いや、もしかして。コードネームじゃなくって……ラズさんの、家族の誰かなんじゃ……)


 ラザラスは恐らく、誰かの身代わりをしている。

 父親や母親に成り代わるのはしんどいだろう。加えて話を聞いている感じでは年下でもなさそうだ……そうなると、恐らく『ジャレット』はラザラスの兄だ。それも、かなり年齢が近く、容姿がよく似ているのだろう。それこそ、双子の兄弟なのかもしれない。


(会話内容が会話内容だからね……ラズさんが二人とか美形家族見たいなとか喜んじゃいけない奴だよね……だって多分、ジャレットさん死んでるし……下手すりゃ両親も死んでるし……)


 事情が全く分からない状態にも関わらず、ラザラスが天涯孤独の可能性が高いという事実だけ知ってしまった。

 そして思っていた以上にラザラスの境遇が、重い。とにかく、重い。


(わたしなんて、軽いものだったのかもな……)


 肩を抱き、こぼれ落ちそうな涙を懸命にこらえる。ここで泣いてしまえば、エマとクィールに潜伏していることがバレてしまう。

 クィールはほぼほぼ手遅れな気がするが、重要事項を平然と話していた辺り、付いて来ていないと判断しているのかもしれない。ここは上手く乗り切るべきだ。


「さて、と……どこにいやがるのか知らないが」


 そんな中、エマがきょろきょろと辺りを見回す。そして彼女は適当な場所を見つめながら、口を開いた。


「ロゼッタ。この話を聞いてしまった以上、お前も『関係者』だからな!」



……あれ?

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