14.ストーカー、チートだけでは駄目だと知る。
※過呼吸っぽい描写を含みます。
「おらぁ!」
「ごふぁ……っ」
「うん、グロい……」
近付いて来た武装兵に回し蹴りを入れたら、ミンチになった……ラザラスは返り血を拭う余裕も無く、天を仰ぐ。
「ねぇ、今の、何……?」
流石にこれは気持ち悪いと言わんばかりに、クィールは顔を歪める。戦場に慣れている彼女でも、文字通り『ミンチ』になった遺体と遭遇することはそこまで多くはないのだ。
「守護神様……? ちょーっと、やり過ぎですね……? 俺、確かにそんな強くはないですけど、多分あなたが思ってる程には弱くないです……」
滴る血を拭いながら、ラザラスは深く溜め息を吐いた。
「命名するなら【脚力強化】ってところ、か……【肉体強化】の亜種か? さては守護神様、【魔法創造】が使えるんだろう。波長が完璧にあってた。結果がこれだ」
「専用付与魔法、だと……」
「ははは、もう驚かないぞ。もう、いちいち驚かないからな……」
(それが良いと思います! いちいち驚いてたら危ないですからね!!)
GOサインが出たのを良いことに、ロゼッタは使えそうな魔法を片っ端から試していく。彼女の場合、思い付いた魔法は大抵使えてしまうのが問題だった。結果、ラザラスが無駄に強化されてしまっている――天は必要な場所に才能を与えないのである。
「まあ、ありがたいんだけどさ……魔力量とか、大丈夫か?」
(ぜんっぜん大丈夫ですよぉお!!!)
ラザラスからは全く見えていないのだが、守護神系ストーカー・ロゼッタはわざわざ【波長合わせ】でラザラスの魔力の質と自身の魔力の質を合わせた上で、彼の体質に合うような魔法をポコポコ生み出している。ちなみに波長合わせもロゼッタのオリジナル魔法だ。
基本的に【魔法創造】は膨大な量の魔力を消費してやっと発動出来る超級魔法だ。しかし、魔力が底なし沼状態なロゼッタは少々魔法を量産したくらいではへこたれないのである。彼女が今現在感じている疲労感は、十メートルを全力で駆け抜けた程度に過ぎない。
ロゼッタだからこそこの程度で済むのであって、ポンコツ魔法使いラザラスを基準にした場合、魔法創造は彼が二百人集まって一度発動出来るか出来ないかレベルの魔法である。本当に神は必要なところに才能を与えてくれないのであった。
「……」
もうどうこう言っても仕方ないと判断したラザラスは手当たり次第に適当な部屋を開け、勝手に制圧していく。
第一、本当に彼はそこまで弱くはない。長くしなやかな手足から放たれる打撃は、通常でも一撃失神程度の威力があるし、天性の反射神経があるため余程のことがない限り不意打ちも入らない。
ラザラス=アークライトは経験年数が少ないのにハンディキャップは多い二重苦を抱えた戦闘員ではあるものの、それでも普通に戦えてしまうくらいには腕の立つ人物なのだ。
そんな人間に魔法を乗せてしまったせいで、扉を開いた瞬間に暴走トラック突進巻き込み事故レベルの惨劇が発生している――クィールは一切ラザラスを手伝うことなく、真顔で携帯端末を取り出して口を開いた。
「ヴォルフさん。色々あって、もう終わりそうです」
『うそやぁん』
いつもなら重傷こそ負わないものの、軽い打撲や切り傷くらいは普通に負う。しかし、今日の二人は無傷であった。ラザラスを放置しておけば勝手に敵が殲滅されてしまうのだから仕方がない。
「二階制圧完了だ。魔法陣設置していくぞ」
(そんな細かい作業しなくても、わたしがまとめて燃やしますよ~)
「とか言ってたら魔法陣が勝手に展開された……」
(任せて下さい~)
「あのー、魔法陣くらいは自分で設置させて頂けませんか……魔法の練習にならないから……」
「守護神さん。本当にジャレットの練習にならないから、そろそろ落ち着いて貰えますかね?」
(え~)
いい加減にしないと、捕獲して情報を聞き出す要員の捕虜を確保する前にラザラスに敵対する全ての人間が巻き込み事故に遭うか、物理的に炎上してしまいそうだった。
本当に困っているようだと判断したロゼッタは、ラザラスに掛けていた魔法を片っ端から解除していく。
「ふー……後は三階だけか? 三階入口の鍵はミンチになってそうなんだけど」
「ミンチになってるだろうね。というより、ミンチにされたせいで件の上官の顔確認できないんだけど……どれだろね」
「潰すことはできたってことにしよう……流石に、いちいち顔らしきものを確認するのは嫌だ……もう、ドアは蹴破る」
(ごめんなさい!!!)
……というより、既に困ったことが起こっていた。構成員を片っ端からミンチにしたせいで、誰が誰やら分からないのだ。
最初の方に遭遇した男達はミンチになっていないが、最初の方に出てきたのだから重役ではないだろう。三階の鍵も持っていなさそうだ。
「二階が構成員が住み着いてた主要の部分で、三階がフロアぶち抜きの亜人隔離場って話だよ。この構造だと、事前情報通りで間違いないだろうね……私、コンピュータから情報抜く作業するから、亜人さん達の救助、任せて良いかい?」
「え……むしろ、それで良いのか?」
「うん。ドア蹴破るのは私じゃしんどいし。ていうか、ね……」
クィールはラザラスから目を逸らし、扉の向こうの惨劇を死んだ魚のような瞳で見つめていた。
「ミンチの処理は、私の方がまだ慣れてると思うんだ」
「……ごめん」
コンピュータの類は、ことごとくミンチでまみれていた――体液を浴びて、コンピュータが壊れていなければ良いのだが。
ラザラスはクィールに両手を合わせ、三階の階段を駆け上がり、勢いのまま扉を蹴破った。勿論、ロゼッタも一緒である。一緒だが、結果的に大迷惑を掛けてしまったため、流石にもう何もしていない。
蹴破った扉の先では、沢山の檻。その中には美しい角を持つ亜人達が詰め込まれていた。
「なんとか、元気そうだな。良かった」
ロゼッタの一件があった為か、ラザラスは檻を見回し、極端に衰弱した者がいないことを確認するなり胸を撫で下ろす。銃を手に持ち、彼は檻に近付いていった。
「ひぃっ! 殺さないでくれ!」
「殺さないよ。鍵壊すから、下がっててくれ」
鍵に金が掛かっているのだろう。檻には随分と重々しい鍵が取り付けられていた。少々殴打したくらいでは壊れそうにないそれを、ラザラスは至近距離から打ち抜き、壊していく。
「……みたいな感じで、全部壊すから。当てないようにはするが、一応隅に寄るようにして欲しい。順番にあの窓から降りてもらうけど、ガキの見た目のおじさんがいるから、指示に従って」
「ガキの見た目のおじさん……」
「残念ながら、これ以外に説明しようがないおじさんだ。じゃ、これ、ハシゴな」
ラザラスは出てきた一角獣人に縄梯子を手渡し、深く語らないまま他の檻の鍵を壊していく。幸いにも、銃弾を打ち込んでも壊れないような鍵は存在しなかったようだ。
「え、ええと、あんたは……っ」
「悪いけど、説明してる時間はないんだ。俺の話を信じて、そこから逃げて欲しい。おじさんが色々説明してくれるから」
意外にも、捕まっていた一角獣人達に対し、ラザラスはあっさり対応を心掛けているらしかった。そういえば、自分以外はそんな感じだった気がするなぁ、とロゼッタは首を傾げる。ロゼッタだけが例外だったのだろう……ジュリーとかいう人と、容姿が似ていたから。
(ジュリーさん、やっぱり強いなぁ……)
そう考えると、ラザラスがこの仕事をしている理由も見えてくる――恐らく、ラザラスは人身売買組織、特に竜人を襲う者への『復讐』を誓っているのだろう。
彼にとって大切な人物であったジュリーが人身売買組織に襲われ、毒を打たれ……少なくとも、『無事』ではなかったために――。
囚われていた者との会話はあっても適当で、とにかく「速く鍵を壊す」ことしか考えていない様子だった。ラザラスの海のような青い瞳は、どこまでも、冷たい。
(まるで、流れ作業だ。クィールさんがうっかり『ラズ君』って呼んじゃってたの、分かるなぁ。普段はこんな対応しかしてないだもん)
ラザラスは間違いなく、「心を許した者以外はどうでも良い」と考えているタイプの人間だ。だからこそ、人を殺めることに一切の迷いがないし、例外的に『ジュリーと似た容姿を持つ』ロゼッタには肩入れしてくれたのだろう。そもそも、ジュリーの件が無ければ、彼はきっと、今、こんなことをしていない筈だ。
(悔しい、なぁ……わたしだったら、ラズさんの傍から、離れたりしないのに……)
普通に生きてきた人間を、結果的に『復讐鬼』に堕としたジュリーの存在が、今、ここにはいない『彼女』の存在が、ロゼッタにはどうしても疎ましいものとなっていた。
こんなことを考えてはいけないと、分かっているのに……そんな葛藤が、ロゼッタの心を支配する。
――ゆえに、気付くことが出来なかった。
「もう……もう、お前らの好きにさせるものか!! 殺してやる……殺して、やる……!!」
「ッ!?」
錯乱した一角獣人の男がラザラスに掴みかかり、彼を殴り飛ばしたのだ。流れ作業的に檻を壊していたラザラスは完全に反応が遅れ、背を打ち付けて倒れる。
「死ね! 死んでしまえ!!」
すかさず馬乗りになった一角獣人はラザラスを全力で殴り始めた。体格差はそこまで大きくない。抵抗しようと思えば抵抗できるはず。しかし、ラザラスは抵抗しない。彼が手に持っていた拳銃はコンクリートの床を滑り、壁にぶつかった。
(ら、ラズさん!!)
ロゼッタは即座に何かしらの魔法を発動させようとする……が、何を発動して良いのか分からなかった。ラザラスを助けなくてはならないのに、頭がこんがらがって、どうしようもなかった。影を飛び出したところで、あの男を退けることなんてできない。そうこうしているうちに、ラザラスの綺麗な顔から血が流れ落ちる。
(どうしよう、どうしたら……どうしたら、良いの!? 何を、何を、したら……っ)
舐めていたとしか、言いようがない。何でも、出来るはずなのに……。
ロゼッタはラザラスが不利になった途端、何も出来なくなってしまった――だが、彼女は何も悪くない。彼女は戦場なんてものを知らない、ごく普通の少女なのだから……。
「ラズ君!!」
異変に気付いたのか、階段を駆け上がりクィールが駆けつけた。彼女はラザラスを殴り続ける男を引き剥がし、されるがままになっていたラザラスの身体を起こす。
「げほっ、はぁ……ッ、ひゅ……っ、ひゅー……」
意識はあるらしい。しかし、随分と呼吸が荒い。ラザラスは自分を殴り続けていた男に手を伸ばす。男は、自身より小柄なクィールに引き剥がされたことで腰が抜けてしまったのか、その手から逃れることが出来なかった。
「ひっ、ひぃい……っ」
「げほ……ッ、大丈、夫か……? ッ、少しは、落ち着いた、か……?」
「え……」
ひゅうひゅうと、ラザラスは荒く、浅い呼吸を繰り返す。そんな状態のラザラスに心配されたことで、男は漸くラザラスが「敵ではない」と認識したらしい。彼は「申し訳ありません」と声を震わせ、この場から去っていった。
「ら、ラズ君!? ラズ君、大丈夫……?」
「げほっ、ひゅ……っ、ごめ……、う……っ、ひゅッ、……!」
「大丈夫じゃないね……すみません、ヴォルフさん! もう敵は殲滅済みですので、後はお願いします!」
『任せとけ。早くどうにかしてやんな』
クィールは携帯端末に向かって叫び、ラザラスの両腕の下に手を回す。このままどこかに飛ぶつもりなのだろう。ロゼッタは慌ててラザラスのポケットの中に飛んだ。
(……脈が、速い)
ラザラスの心臓はドクドクと異常な速度で鼓動している。身体に密着したことで、おかしな呼吸の様子もより感じられた。これではまともに息が吸えていない。酸欠を起こしている。苦しいのだろう、冷や汗をかいている。
彼の白い頬を流れるものが血なのか、汗なのか、涙なのか……もう、よく分からなかった。