13.ストーカー、守護神になる。
物陰に隠れ、ラザラスとクィールは建物の正面入口の様子を伺う。あれだけ派手な爆発を起こしたのだから当然とも言えるが、正面入口の警備はかなり手薄となっていた。
建物の規模および被害者の数からして、ラザラス達の敵となる人物の数は数人程度では無いと考えられるのだが、今現在正面入口には三人の男が立っているだけであった。
「どうする?」
「肉弾戦で絞めるか。せっかくあっちに行ってくれたんだ、物音を立てるのはどうかと思う……俺が先に出るから、危うかったらどうにかしてくれ」
意外にもクィールはラザラスを信頼しているらしく、彼女からはラザラスの考えを尊重しようという意図が感じられた。クィールは頷き、ラザラスの顔を真っ直ぐに見据える。
「……了解。頼んだよ、“ジャレット”」
(! また、この名前……コードネームか何かなの? ラズさんだけ?)
そういえば、初めて会った時もラザラスはクィールに『ジャレット』と呼ばれていたなとロゼッタは思い出す。
クィールはそのままなので何だか妙な感じがするのだが、彼らの境遇の差がそうしているのだろうか?
考察をしている暇は無さそうだった。ラザラスが拳銃をしまい、闇魔法【隠蔽】を使用して正面入口との距離を一気に狭め始めたのである。
上陸と共にラザラスの背後の影に移動していたロゼッタは、彼の姿をまじまじと見つめて首を傾げる。
(対象が自分自身だったら、炎魔法以外も使える感じかな……でも、ちょっと不安定な感じ。この際だから、ちょっと手伝っちゃおう……【魔力矯正】!)
先程、手伝い過ぎて気付かれかけたことを忘れているのだろうか。ロゼッタはラザラスの魔法を補正し、その効果を高めることにした。
ストーキングという犯罪行為を続けているロゼッタだが、一応真面目にラザラスを心配しているのだ。
しかし、ラザラスはラザラスで違和感に気付いてしまったようだ。彼はその場で停止し、自身の身体を確認している。
「……?」
(あー……流石に魔法使っちゃうと違和感があるんだね。うーん……)
ラザラスは【魔力感知補助】を使用している。それに加えて、恐らく元々この手の気配に敏感だったのだろう。どんなに微弱なものであろうと、【隠影】以外の魔法使用に関しては基本的に気付かれてしまうものと考えた方が良さそうだ。
少し考えてから、ラザラスは小さく口を開いた。
「……。さっきから誰がやってるのか知らないが、敵意も殺意も無いからありがたく頂戴するよ。後で手のひら返すのはやめてくれよな」
(!)
どうやら「この手の気配に敏感である」ことが上手く作用したようだ。
敵意も殺意も感じない、つまり「現段階では敵ではない」と判断したらしいラザラスは、ロゼッタの魔法の恩恵を感じながら、物音を立てずに体格が良い男の背後を取った。
流石にド素人を置いていたわけではないらしく、男が気付いた。しかし、声を出す間もなくラザラスに口を塞がれる。
「ッ!?」
そのまま男の背に左手を添え、口に添えた手を額にスライドさせ一気に倒した――ゴキリ、と骨が砕ける音がして男が崩れ落ちる。首の骨を折ったのだ。
(覚悟は、してたけど……)
全く『迷い』がない。
それが、ラザラスの行為に対するロゼッタの感想だった。
仲間が倒されたことに気付き、残された二人の男がラザラスに接近する。彼らも相当な手馴れらしく、何も考えずに突っ込んでくるような真似はしなかった。キレの良い動きからして、何かしらの体術を取得しているものと考えられる。
ラザラスはほんの僅かな時間、思考した。自分から見て右側の男を狙うべきか、左側の男を狙うべきか、悩んでいるのだろう。それは、時間にすれば数秒にも満たない刹那の時であった。
ラザラスが動く。狙いを定めたのは、右側に立っていた男だった。地を蹴り、姿勢を低くして駆け出す。男が、懐に隠し持っていた拳銃を取り出す。その際に生じる隙をラザラスは見逃さなかった。
彼の長い足が拳銃を弾き、銃を弾かれ怯んだ男の腕を掴み、投げ飛ばす。男は抵抗するすべもなく投げられ、背を打ち付ける。
もう一人の男の腹にラザラスの拳が入り、そのまま首を折られたのと、倒れた男の首が踏みつけられて折られたのはほぼ同時の出来事だった。
(……やっぱり、普通の人ではないんだね)
隠蔽で気配が最小限になっているとはいえ、ラザラスは完全に男達を翻弄し、撃退してみせた。地面には、言葉を発することさえ許されなかった男達が転がっている。全員首を折られているため、ほぼ死亡が確定したようなものだ。
悲鳴こそ上げなかったが、ロゼッタは目の前で見せつけられた殺人現場に身体を震わせた。
「うん、やっぱりすごいね」
上空からクィールの声がしたかと思えば、何か巨大なものが投げ落とされる――ライフル銃と、遺体だ。
「狙撃兵か? 悪い、助かったよ」
「流石に気付いたっぽい。アホではないみたいだから、警戒は怠らないようにね」
どうやら物音に気付いた狙撃兵が接近し、ラザラスに狙いを定めていたらしい。そちらは空を飛べるクィールが即座に撃退して事無きを得たようだが、今後も不意打ちに警戒すべき状況だろう。
ラザラスは隠蔽を解除し、彼が外出時に必ず使っている付与魔法【肉体強化】、【視力強化】、【聴力強化】、【魔力感知補助】を強めに掛け直した。
ラザラスが持つ魔力量の限界に近い強化だが、彼は素質の問題で魔法戦にはあまり向いていない。付与魔法を優先するのは当然のことだろう。
「じゃあ、ヴォルフさん。よろしくお願いします」
クィールが人を呼ぶ。その声に応え、さらに敵が撃退されたのを見計らい、物陰から銀髪の狼少年が現れた。
(わっ、可愛い~)
「了解了解~。おじさまに任せてなー?」
(……ん?)
“ヴォルフ”と呼ばれた少年は正面入口にあったパスコードをカタカタと打ち込み、入口のロックをあっという間に解除させた。完全に裏方なルーシオとは異なり、現場に出向くタイプの凄腕ハッカーなのだろうか。
しかし、ロゼッタ的には別の場所が気になってしまった――大体十二歳くらいに見えるこの少年。本人も『おじさま』を自称しているが、声がとっても『おっさん』なのである。
「ありがとうございます」
「んじゃあ、くーちゃんもらずちゃんも、気を付けてねー。おじさま、いつも通りに外で待機してるからさー」
可愛らしいけれど声がおっさんで態度もどことなくおっさんな少年は再び物陰に隠れてしまった。【隠蔽】の魔法を使っているのは間違いないが、ラザラスとは違って非常に上手い。ロゼッタでも即座に感知するのが難しいレベルの隠蔽である。
(おじさま……)
衝撃的過ぎて、色々すっ飛んでしまいそうだ――。
ロゼッタは首をぶんぶんと横に振るい、ラザラスの方へ意識を向けた。
何故か本人からGOサインが出てしまったこともあり、ここからは全面的に彼のフォローに回ることにしたのだ。ストーカーの本領発揮である。おじさまに気を取られている場合ではない。
(とはいっても、ラズさん魔法戦以外だと強そうだから、わたし必要ない気もするんだけどね……)
先程の戦闘に加え、訓練時にラザラスが非常に軽やかな身のこなしで動き回る姿をガン見していたロゼッタはもう、過度にラザラスを心配することをやめていた。心配なのはやはり、どうしようもない魔法のセンスと、それによる失敗くらいだろうか。
(あ、そうだ)
ふと、ロゼッタは練習していた魔法の存在を思い出した。今使わず、いつ使うというのか。ロゼッタは魔力を放出し、対象をラザラスに絞る。
(――【魔力譲渡】)
魔力がやたらと貧相なラザラスに、ロゼッタの魔力が分け与えられた。
今度も何かに気付いてしまったようで、ラザラスと、そしてクィールが動きを止める。
敵陣で何をしているのかと言いたくなる状況だが、ロゼッタは変なところで馬鹿ではない。
彼らが一時停止してしまう可能性を考え、探知系の魔法を色々と併用して事前に周囲に何もいないことをしっかりと確認し、彼らの安全を保証した上での行為だった。
「君、完全に『守護神』ついてるよね」
「守護神」
「敵意も殺意も無いどころか、むしろ好意を感じるから安心して良いと思うよ」
「好意」
ロゼッタの魔法能力も異常だが、クィールが素で持っている探知能力も異常である。
クィールは深く、本当に深く溜め息を吐き、虚空に向かって口を開いた。
「とりあえず、今は放置ね。まあ……ユウさん達が謎の可能性追ってるし、私も何となくそんな気がしてきたから、守護神はそのままジャレット守ってて下さい……その可能性に賭けるんだったら大丈夫、絶対にジャレットに害は加えないし、この調子じゃ守護神も馬鹿なことやらかさない限りは無事でしょう……」
「あー、うん……守護神さん、おとなしくしてろよ。堂々と出てこられたら、ちゃんと守ってやれる自信無いからさ……」
ラザラスは誰か分かっていない様子なのだが、クィールはある程度対象を絞っている様子である。これは間違いなく、「近くにロゼッタがいる」と判断しての発言だろう。
それでも驚きのプラス思考を持つロゼッタはクィールからも一応GOサインが貰えた喜びから、影の中でグッと拳を握り締めるのであった――ストーカーが何故か守護神に昇格した瞬間である。