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11.ストーカーの王子様は魔法が下手である。

『ほ、本当に……やるんです、か……?』


『やるよ。必要なんだろ?』


 ベッドに腰掛けたラザラスを、『これから行うこと』のために待機しているユウとルー塩を前に、レヴィは声を震わせる。「お願いだからやめて欲しい」と言わんばかりに、彼女は首をゆるゆると横に振るった。


『ラズさん……』


『レヴィ。分かっていると思うけれど……始めたら、最後までやり遂げるんだ。途中で止めてしまえば、それこそ何が起こるか分かるか分からない』


 ユウの言葉を聞き、レヴィは奥歯を噛み締める。ユウが【身体強化】で腕力を強化し、隻腕の彼をサポートするためにルーシオも位置に付いた。


 彼らはラザラスの不意を付く形で、彼をベッドの上でうつ伏せに拘束する。


『はあっ!? なっ、なに……っ』


 困惑し、ラザラスは身動ぎする。ルーシオは彼の口に布を押し込み、両足を押さえつけ、恐ろしい程冷静に口を開いた。


『悪いな。体格恵まれたお前に暴れられると、流石にレヴィが危ないんだよ。終わるまでは、我慢してくれ』


 やっぱりなぁ、とレヴィは頭を振るった。そして、両手を強く握り締める。


 今からレヴィは、得意の念力を用いて魔法使いではないラザラスの脳を弄り、強引に魔法の才能を開花させる――誰も、その際に生じる『苦痛』の話を本人にしていない。


 彼にこの『手術』を拒否されると困るのは分かっているつもりなのだが、レヴィだけはどうしても事の重要性を測りかねていた。だからこそ、そして相手が『ラザラスだから』こそ、躊躇いが生じる。


 そんなレヴィの姿を見て、ユウはまるで自分のことのように悲痛に顔を歪める。そして、ラザラスの両腕を拘束する右腕に力を込めた。


『覚悟、出来てるんだろう? 見せて貰おうか。“俺ら”としては、この程度で弱音を吐かれてもらっちゃ、迷惑なんだよなぁ……レヴィ、頼むぞ』


『……はい』


 ユウの素が出てきている。

 ラザラスはさておき、それをやらなければならない自分の事を、本気で心配してくれているのだろう。彼は、優しいから。


 意を決し、レヴィは瞳に確かな怯えの色を移すラザラスの頭に右手を添えた。奥歯を噛み締め、綺麗な顔を歪めた後……ユウは声を張り上げる。


『――歯ァ食いしばって耐えろ!』


……自分は、一生忘れないだろう。


 逃げることさえ叶わない状態にされたラザラスが物理的に脳を弄られ、気絶することさえ叶わない激痛にもがき、声にならない悲鳴を上げ、涙を流し、許しを乞う姿を。


 彼を苦しめたのは、他でもない『自分自身レヴィ』であったということを――。



『ごめんなさい、ごめんなさい……っ』


 全てが終わり、レヴィはひっくひっくとすすり泣く。そんなレヴィを、ラザラスは忌々しそうに見つめていた。冷たい、全てを凍らせるような青い瞳が、レヴィを映している。


『やっぱり、君は俺とは違うんだなぁ。生きた人間の脳を弄るなんて、正気とは思えないよ』


『ラズ、さん……』


 違う。そんなことはない……とは、言い切れない。何も、言い返せなかった。

 レヴィを見つめるラザラスの顔が、ボロリと崩れ落ちていく。


『! ラズさん!!』


『近寄るな!!』


 怒声が響く。驚き、立ち竦んでいる間に、ラザラスの身体はどんどん崩れていく。そして最後には、ぐちゃぐちゃの血肉だけが残された。


『全部、全部……テメェのせいだ!!』



「ッ、いやああぁああぁ!!!」


「レヴィ!!」


 部屋のドアが勢いよく開き、ベッドから身体を抱き起こされた。

 訳が分からなくてもがけば、頭を肩に押し付けられた。抱きしめられているのだ。

 それで漸く、レヴィは『夢』を見ていたのだと気付くことが出来た。


「悪いな、勝手に入ったぞ……大丈夫か?」


「あっ、ぁ……、ユウ、さ……ッ、うっ、うぅ……」


「落ち着け。何もない。もう怖くない。大丈夫、大丈夫だ……」


 身体が震える。抑えようとしても、涙が、嗚咽が溢れて止まらない。

 片方しかない手でユウはレヴィの頭にそっと触れ、その小さな頭を優しく撫でる。


「大丈夫。ラザラスは生きている。お前を恨んでなんかないし、アイツは死なない。大丈夫だ」


 ユウはレヴィが何にうなされているか、理解しているらしい。無理もない。この一年で、レヴィは何度も同じ夢を見て、酷く魘され飛び起きていた。


 また、やってしまったのだ――あまりの申し訳なさに、さらに涙が溢れてくる。


「ッ、うぅ……ごめんなさ、い……ごめんなさい……」


「お互い様だ。俺も、お前には散々迷惑を掛けただろう? それに、この件に関しては俺が不甲斐ないばかりに、レヴィに嫌な思いをさせてしまって……ごめんな……」


 ゆるゆると頭を横に振るう。仕方がなかった、そんな高度な念力が使えるのは、自分以外いなかった。そう言いたいのに、言葉が、上手く出てこない。

 ユウの胸元で、シルバーのチェーンに通された傷んだ二個のプラチナリングが揺れている。震える指先をリングに伸ばし、レヴィは嗚咽をこらえた。


「お前が気にすることじゃない……全部、俺のせいにしてくれて良いんだ。ただ、まあ……うん……」


「……」


 夢で見る内容と、現実は異なる。ラザラスを苦しめたのは事実だが、『手術』は一応成功している。ラザラスは生きているし、無事に魔法が使えるようにはなった。

 レヴィの頭をポンポンと叩き、ユウは深く溜め息を吐く。


「うーん……そうだよな。生きてはいるけれど、あんだけ下手くそだったら、失敗したかもって、気に病むよな……」



――問題は、『術後の経過』である。



「……ッ、なんで、なんでッ! あんなに……っ」


「今日も元気に爆発させたからなぁ……もう、諦めるべきかもしれない……炎上だけ派手に出来たら、ジャレットのフリ出来るだろ……」


「でもっ、でも、ラズさん、あんなに苦しんだのに……!」


「俺らもあんなに酷いとは思わなかったんだよ! 本当にごめんな……!!」


 大の大人が泣き喚く程の苦痛に耐え、漸く手に入れた魔法の能力。

 だが、ラザラスは元々絶望的に素養が無かったのか、そこまでやったというのに微々たる力しか得ることが出来なかったのだ。


 元々ラザラスは体術を得意としており、頭の回転の速さと身体能力に関しては天性のものがあった。容姿に関しても、『諸事情でユウ達が求めていたもの』と完全に一致するものを持っていた……しかし、神は二物以上与えているとはいえ、それでも持たせるものをちゃんと選別していたようである。


 レヴィが悪夢を見る日は決まっていた。

 それはラザラスの特訓に付き合い、思うような成果が出ないどころかラザラスが魔法の発動を大失敗してしまった日である……。


 ユウは顔の左、前髪で隠された赤黒い火傷痕を指でなぞり、再び溜め息を吐いた。


「うん、もう……もう、ね。仕方ない。出来ればいちいち魔法陣書かずに下級魔法くらい発動させて欲しかったけど……仕方ない、仕方ないな……俺が炎怖いんだってことで、俺のせいにしていいから、もうやめてくれないか……? 実際、あの炎爆発乱舞は精神的によろしくないんだ……」


「あ、えっと、うぅ……」


 見るからに分かる話であるが、ユウは大きな炎が物凄く苦手である。ラザラスが炎魔法に失敗して弱るのは、実はレヴィだけではなかった。


 結局ラザラスが使えるようになったのは下級の炎と闇と付与魔法のみで、後はあまり使い道の無い中途半端な音魔法くらいである。レヴィ達は訓練でどうにかしようと足掻いたのだが、どうにかする前にレヴィとユウがダウンしてしまいそうな状況である。


「さて……少しは落ち着いたか? ココアでも飲むか?」


「はい。ありがとうございます……頂きます」


「分かった。じゃあ、少し待っていてくれ」


 そう言って部屋を出て行くユウを見送り、レヴィは自身の右手をまじまじと見つめた。


 指先に、ユウが首から下げていたリングのひんやりとした感触が残っている。変な幻覚を見てしまいそうな状況であったから、彼のリングには非常に助けられた。


「……優しい、なぁ」


 ユウの立場なら「ぐずぐず泣いてないでラザラスをどうにかしろ」くらい言っても良いと思うのだが。しかもそれはユウだけではなく、エマやルーシオも同様だった。


 ラザラスの魔法能力に関しては確かにどうしようもない部分が大きい。しかし、改善の可能性に賭け、彼らが再度手術をするようにレヴィに言わないのは彼らが優しいからだ。


(確かに、あたしは大した目的もなく付き合ってるけれど……あたしにとって殺人なんて日常だったから、他人相手なら戦うことに苦痛はない。そもそも、拾ってくれた恩を、感じているつもりなんだけどな)


 そしてレヴィが、彼らの『目的』とは関係のない、ただの『協力者』に過ぎないということも理由の一つだろう。


「復讐、か……」


 レヴィは、皆が何故戦っているか、その覚悟の重さを理解している。

 だからこそ、半端な覚悟しか持たない自分が彼らに着いていって迷惑を掛けないかどうかが心配でたまらなかった。


「今のままじゃ、ダメだ……あたしも、強くならなきゃ」


 強くならなければ――そのために、余計な感情は全て排除すべきだ。


 レヴィは奥歯を噛み締め、おもむろに頷く。


(魔法陣無しの魔法発動が出来ないにしたって、魔法陣同時発動の規模はもっと上げないと……あたしは、逃げない)


 明確な『目的』が無かろうと、違法組織に大切な物を奪われ、その『復讐』を誓った彼らの力になりたいという思いは、変わらないのだから。

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