第6章 密約 ※写真付
メアリーが海賊船に乗り込んでから三ヶ月あまりが経った。
この頃には、ボンことアン・ボニーとはすっかり打ち解け合い、一緒にいることが多くなっていた。
「あいつら、いつの間にあんなに仲良くなりやがったんだ?」
「ボンがジャック以外と慣れ合うなんてなあ」
「ウィリアムだってそうだ。ジャックとボン以外とは、必要以上のことは何も話そうとしないんだからな」
「まあ。あいつは、この船に乗りたくて乗ったわけじゃねえからな。極力慣れ合いたくないってのはわからねえでもないがな」
「だが、あいつは掘り出しもんだぜ。この間の戦闘を見たか? その辺の海賊より、よっぽど海賊みたいだったぜ。あの戦いっぷりはよお」
乗組員たちは、年齢や性格の違う二人が仲良さげにしていることを不思議がり、また面白がってそう噂し合っていた。
そして、その噂話は、当然のように船長ラカムの知るところとなる。
「おい、ウィリアム」
ラカムに声をかけられたのは、メアリーが何の気もなしに、甲板から見える水平線を眺めていた時のことだった。振り向いたメアリーに、
「ちょっと面ぁ貸せ」
唐突に言うなり、ラカムはすぐさま背を向けて歩き出す。少しばかり思案したメアリーだったが、ここで船長であるラカムに背くのは得策ではないように思った。そこで、すぐにラカムの背を追って歩き出したのだった。
ラカムに連れて来られたのは、なんと船長室であった。
「入れ」
促されるままに足を踏み入れる。通常では決して入ることのない空間にいるということが、メアリーの緊張を高めた。
「入ったら、扉を閉めろ」
メアリーはラカムに従い、後ろ手で船長室の扉を閉めた。
「おい、ウィリアム。俺がお前を呼んだ理由がわかるか?」
「いや……」
瞬間、ぎろりと睨まれ、メアリーは俄かに身を竦ませた。
「そうか。わからねえか」
「……」
「お前、随分とあいつと仲が良さそうじゃねえか」
「……あいつ?」
「まさか、知っているのか?」
「……何のことだ」
「あいつのことだよ」
その時、突然にも船長室の扉が開かれた。
「おい。いきなり入って来てんじゃねえよ。ここは船長の部屋だぜ」
「今さらでしょ」
躊躇することもなく部屋に入ってきたのは、ラカムの右腕であるアン・ボニーである。
「ウィル、行こう」
足早に歩み寄ってきたアンが、メアリーの腕をとる。そのまま腕を引かれたことに動揺し、メアリーは思わず口走ってしまった。
「待ってくれ、アン」
それを聞いたラカムの顔色が見る間に変わっていく。そして、ついに、激昂したラカムが腰に下げたカトラスを抜き放ったのだ。それをメアリーに突きつけるやいなや、アンに向かって叫ぶ。
「アン。お前の新しい色男の喉を、こいつでかっ斬ってくれる!」
カトラスの切っ先が喉元に届く寸前、メアリーはそれを咄嗟にかわした。だが、すぐさま再び首を斬りにきた刃を、メアリーは自らのカトラスを抜いて防ぐ。鈍い金属音が狭い室内に響いた。
「ほお。船長に刃を向けるか」
「……先に剣を抜いたのは、あんただろ」
「船の上じゃあ船長がルールだ。とっととそいつを収めろ」
「抵抗もせず、黙って殺されろとでも言うつもりか。あんたが収めるなら、僕も引くよ」
しばし睨み合う二人。斬り結んだカトラスを横に滑らせると、ラカムはメアリーの剣の鍔を弾いた。剣を手放すことは防いだものの、メアリーは体勢を崩す。その隙に、ラカムの剣の切っ先が再びメアリーを襲った。その時だった。
「やめて、ジョン!」
アンの声に、ラカムがぴたりとその動きを止める。
「なんだ、アン。情夫の命乞いか?」
「違うわ、ジョン。私とウィルはそんな関係じゃない。あんたの勘違いよ!」
「勘違い、だと?」
「そうよ」
「だが、それなら、なぜこいつがお前の名を知っているんだ。なぜこいつに話した?」
「それは……」
アンが躊躇ったのが、メアリーにはわかった。何事もはっきりさせないと気に入らない性分のアンが言い淀んだのは、メアリーのことを思ってのことだろう。
「なんだ、言えないのか。やはりな……。アン、お前は……」
ラカムが手にしたカトラスに力が入る。それを見たメアリーは覚悟を決めた。そして、ずいっとラカムのもとへと歩み寄る。
「……何のつもりだ」
「本当は、知られたくなかった。だけど、こうでもしないと、この場は収まりそうにない」
そうしてメアリーは、アンの時と同じように、ラカムの目の前に自らの胸をさらけ出して見せたのだった。
「は……?」
まったく予想だにしていない事態だったのだろう。口をあんぐりと開けたまま、しばらくは口も利けないほどに驚いた様子のラカムだったが、その後、唐突に笑い出す。その場にあまりにも似つかわしくない笑い声に、メアリーとアンは顔を見合わせた。
「そうか! お前、女だったか!」
「ちょっと、ジョン!」
ラカムの声をアンが制する。
「……まあ、そういうわけなのよ」
「なるほどな。そういうことなら、お前たちの仲をとやかく言ったりはしねえさ」
「なら、わかっているわよね?」
「安心しろ。俺は口が固いんだ」
二人のなりゆきを見守っていたメアリーに、ラカムが告げた。
「俺の勘は結構あたるんだがな。今回ばかりは、本当に勘違いだったらしい。まあ、これからもよろしく頼むぜ、ウィリアム」
「え、それじゃ……」
「お前ほどの腕利き、そうはいねえからな。これからもこの船で働いてもらう」
「僕が女だと知っても、か?」
「そんなもんにこだわるぐらいなら、アンを乗せたりしてねえよ」
通常、船長というものは船に女が乗ること自体を嫌う傾向がある。それは、争いのもととなるからである。だがラカムは、メアリーが女だと知ってなおその状況を楽しんでいるようだった。
「うちの看板戦闘員のお前ら二人が、実は女だと? こんなおもしれえ状況が他にあるか?」
そう言って、ラカムはまたも高らかに笑ったのだった。
こうして、メアリーとアンの間だけにかわされていた密約にラカムも加わった。
義理堅く口の固いラカムは、約束を違えることはないだろう。また、メアリーとアンは、船の誰よりも勇敢だった。そのため、寝食をともにしながらも二人が女であることに気づく者は、誰一人としてなかったのである。
不本意な状況で女であることがばれてしまったメアリー。
しかし、ラカムは狡猾でありながらも、豪胆かつ楽観的なところも併せ持った船長だった。
次回は、アン・ボニーのお話です。