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カリブに咲く花の名は  作者: 高山 由宇
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第1章 海賊の道へ     ※写真付

挿絵(By みてみん)


 ウィリアム・リードにとって、それはまさに青天の霹靂であった。

 西インド諸島に航路をとったオランダ船は、カリブ海上で一隻の小型スループに行く手を阻まれた。交差するカトラスの上にドクロという、特徴的な旗を掲げている。

 海賊船である。


挿絵(By みてみん)


 カリブ海を荒らし回る海賊の話はよく耳にしていた。だが、ウィリアムは一度だって会ったことはなかったし、これからも会うことはないだろうと高をくくっていたのだ。しかも、不意に近づいてきたこの小型船が海賊船だったなどと、目の当たりにした今でも信じがたいことであった。


 海賊という連中は、例外なく野蛮である。

 先にも述べたように、彼は海賊に会ったことはない。しかし、歩兵連隊や騎兵連隊に兵役していた頃、山賊や海賊たちのあらゆる蛮行の噂を耳にしていた。

 その最たるものが、エドワード・ロウである。この海賊が蔓延る時代にあって、「最悪」と謳われる海賊だ。とにかく、拷問と殺戮が何よりも好きな男だという。

 すでに死亡が報じられて久しいが、フランシス・ロロノアやロッシュ・ブラジリアーノなども、決してお目にかかりたくない海賊として名が知られている。

 そうであったから、迫りくる海賊旗を目にしたウィリアムは死を覚悟した。


 海賊船は小型ではあったが、船足はとてつもなく速かった。瞬く間に追いつかれたオランダ船は停船を求められ、やむなくそれに従わざるを得なかったのだ。

 停船したオランダ船に乗り込んできた数人の海賊たち。その先頭に、全身をキャラコに包んだ風格のある男がいた。その男が、オランダ船の乗組員たちを一人ずつ見て回る。そして、ウィリアムの前で立ち止まった。


「お前、出身はどこだ?」

「……ロンドン」

「ほお、イングランドか。同郷だな」


 にやりと、男が笑った。その後、男は他の乗組員たちにも目を向けるが、ひと通り見渡すと、


「お前ら、俺たちは海賊だ。金目の物をすべて出せ!」


と要求した。乗組員たちはみな震え上がり、応じる以外に手立てはなかった。他の乗組員がするように、ウィリアムも懐に手を入れて金を取り出そうとする。しかし、それを若い青年が制した。


「あんたはいいんだよ」


 ウィリアムが疑問の表情を浮かべる中、


「そうだろう? ジャック」


 振り向きざまに尋ねられ、男はうなずいた。


「同郷のよしみだ。お前からは金はとらねぇ。だが、その身を差し出してもらう」

「……どういうことだ」

「お前を、俺たちの仲間として歓迎する!」


 ウィリアムはあまりのことに、色を失くしてその場に立ち尽くした。だが、はっと我に返るなり、盛大に首を振る。


「それは、俺に海賊になれというのか?」

「ああ」


 当然とでも言うように、ジャックと呼ばれた男がうなずいた。


「冗談じゃ……」

「断れば、全員死ぬよ」


 若い青年が耳元で囁いた。


「ジャックは、一度狙った獲物は絶対に諦めない。あんたが仲間になるなら、全員の命は助かる。けれど、仲間になることを拒むなら、全員海の藻屑だよ」


 こう言われれば、ウィリアムに選択の余地などあろうはずもなかった。ウィリアムが無言でうなずくのを見て、ジャックは笑う。


「そうだ、それでいい」


 こうして、ウィリアムはジャックの一味に身を置くこととなったのだ。




挿絵(By みてみん)


 海賊船に乗り込んで二日が経った。

 船長はジャックと呼ばれていたが、本名はジョン・ラカムというらしいことを、ウィリアムはつい先ほど知ったのだった。キャラコのジャケットやズボンを愛用する洒落者のこの船長を、乗組員の多くは親しみを込めてキャラコのジャックと呼んでいる。


「ウィル」


 呼ばれて振り返る。そこには、二日前のオランダ船で船長ラカムの傍らにいた若い青年が立っていた。名を、ボンというらしい。直接本人に聞いたわけではない。誰かが呼んでいるのを耳にしただけだ。


「ウィル、でいいだろう? 俺たちはもう仲間なんだ」


 ウィリアムはそれには答えなかった。ただ、


「何か用か?」


とだけ尋ねる。今、ウィリアムは甲板にこびりついた牡蠣やら藻やらを取り除いている最中であった。ラカムの船に乗ってすぐに与えられた仕事、それが甲板の清掃だったのである。


「素っ気なくしないでくれよ。少し話でもしないか?」

「俺は今、船長から言い渡された仕事の最中だ。話相手なら他をあたってくれ」

「おい、ウィル……」

「俺は、海賊は嫌いだ。やむなくこの船に乗ることになったが、海賊が嫌いなことはこれからも変わらない。それに、仲間だと言うが、俺はまったくあんたらを信用してないんだよ」

「まあ、それはそうだろうな」

「……」

「わかった。話はまた今度にしよう」


 もしかしたら刺されるかもしれないと覚悟をしたが、意外にもボンは物分かりが良いらしい。ボンが去ると、ウィリアムは無心に甲板を磨き続けた。

 次の日も、甲板を磨くウィリアムにボンは話しかけてきた。また、次の日も、その次の日も、何度嫌な顔をしても、ボンはウィリアムに話しかけるのをやめなかった。

 七日が経った頃には、とうとうウィリアムが折れた。この船に乗る限り、自分がどんなに否定しようとも人の目には海賊の仲間として映るだろう。例えば、この船がどこかの海軍に拿捕されることがあったとして、自分は仲間ではないという言い逃れが通用するとも思えない。そうであるならば、この船に乗っている限り、孤立するのは得策でないように思われたのだ。


「何が聞きたいんだ」


 ウィリアムが応えると、ボンはにこりと笑って近寄ってきた。その時、ウィリアムは初めてボンの顔をしっかりと見た。いまだ幼さを残した顔つきは、青年というよりは少年と言った方が良いように思える。一体、どんな事情があってこんな少年が海賊船などに乗っているというのだろうか。そんなことを考えていると、


「じゃあさ、この船に乗るまでのことについて話してくれよ」


とボンが話題を振った。


「俺は、アイルランドの生まれなんだ。コーク州にある、なかなか大きな街が俺の故郷さ。ウィルはロンドンだって言ってたよな。今まで何をやってたんだ?」

「俺はあんたよりもだいぶ年を食っているからな。いろいろやってきたよ。長いこと兵役についていたんだ。歩兵連隊や騎兵連隊にいて、そこで戦い方を学んだ」

「へえ、そいつは頼もしいな」

「それが、まさか海賊の仲間になるなんてな……」

「人生、何が起こるかわからないよな」


 嫌味を込めて言ったつもりだったが、伝わった上でかわされたのか、はたまた本当に気づいてないのか、ボンは実に楽しそうに笑っていた。


「そういや、あんたいくつだよ? 俺よりもだいぶ年食っているって言っていたけど」

「三十三」

「へえ。思ったよりもいっているんだな。俺は二十代かと思っていたよ」

「そう言うあんたは何歳なんだ?」

「俺は十八だ」

「そうなのか。俺も、あんたはもう少し若いかと思っていたよ」

「おいおい。若いじゃなくて、それは幼いってことだろう? どうせ言うならはっきり言ってくれ。俺は包んで言われるのが嫌いなんだ」


 そう言って怒ったように顔を背ける姿が愛らしく、ウィリアムは思わず笑ってしまった。


「なんだ、笑えるんじゃないか」


 そこで、ボンも笑った。


「あんたにとっては不本意だったかもしれないが、今は同じ船に乗っているんだ。仲良くしようぜ」


 ボンが手を差し伸べる。いささか腑に落ちないところはあったものの、ウィリアムは黙ってその手を握った。それは、思ったよりも小さくて、男にしてはしなやかな触り心地であった。

 ウィリアムが乗った船は海賊船ではあったが、船長ラカムは男気があり、ウィリアムを含むすべての船員を大切に思ってくれた。また、非常に頭がよく、狡猾で、無理な争いはせず、敵であれ味方であれ無駄に血が流れることを嫌った。

 乗船してひと月も経つ頃には、ラカムこそが理想のリーダーではないかと、ウィリアムは思いはじめていた。


「ウィリアム」


 日課である甲板の清掃をしていると、ふいに声をかけられた。顔を上げればそこにはラカムが立ち、こちらを見下ろしている。


「ウィリアム、船には慣れたか?」

「ええ、まあ。だいぶ」

「そうか、それはいい。船の連中はどうだ?」

「いい連中だ。俺は海賊は嫌いだが、この船はいい船だと思う」

「海賊は嫌い、か。はっきりと物を言う」


 ラカムは含み笑いをもらした。


「だが、物怖じしない奴は嫌いじゃねえ」

「船長。なんだってあんたは、海賊になんかなったんだ?」

「どういう意味だ?」

「あんたは海賊だが、海賊らしくない……そんな気がする。あんたなら、(おか)でだって生きようがあったんじゃないのか」

「おい、新入り。たかだかひと月ばかり同じ船で寝食をともにしたぐらいで、俺を知った気になるなよ?」


 そう凄まれ、嫌な汗が背中を伝うのをウィリアムは感じた。


「まあ、海賊になりたくて海に出た奴もいるだろうが、なりたくなくてもその道しか残されてなかった奴もいるってことさ。お前にはわかりづらいかもしれねえがな」

「いや、それは……わかる気がするよ」

「ほう?」

「もっとも、俺は海賊だったことはないが……。けれど、なりたくなくてもその道しか残されてなかったというのは、よくわかる」

「ふうん。それは、お前の腕っぷしとも関わりのある話か?」

「……」

「先日の戦闘、見ていたぜ。細いくせにたいした腕だ。ボンに引けをとらないぞ、あれは」

「ボン?」

「ああ。あいつは若いが、強い。うちの特攻隊長さ」

「へえ……」

「ところで、ウィリアム。もう甲板の掃除はやらなくていいぜ」


 話しながらも清掃の手を止めないウィリアムに、ラカムは苦笑を湛えて言った。


「お前が毎日熱心に掃除してくれたおかげで、今やどこもかしこもぴかぴかだ。いまだかつて、俺の船がこんなに綺麗だったことはないだろうよ」


 そう言われウィリアムは手を止めた。


「それはそうと、見張りの話じゃあ、もうじき(おか)が見えるらしいぜ」


 それだけ言うと、ラカムは船室へと消えて行った。それから間もなく、


「陸だ! ジャマイカの港が見えたぞ!」


 見張り台から声が上がった。ウィリアムは目を凝らす。肉眼では、どこまでも続く水平線以外は見あたらない。だが、徐々に島の影らしきものが見えはじめた。それが少しずつ近づいてくる。ウィリアムの目にもはっきりと島だと認識できた頃には、港町の賑わいがこちらまで伝わってくるかのようだった。


挿絵(By みてみん)


「沿岸に船を着けろ!」


 いつの間にか甲板に戻ってきていたラカムが命じる。その傍らにはボンがいた。

 ラカムの指示により、港から少し離れた場所にある沿岸に船は着けられた。


「久々の陸地だ。みな、思い思いに過ごしてくれ。出航は明後日の昼だ。遅れた奴は置いて行くからな。忘れるなよ」

「おおっ!」


 ラカムの言葉に船員たちは盛大に返すと、数人の船番を残してみな船を下りて行った。ウィリアムもそのあとに続く。

 しっかりとした大地に足をつけると、思わず溜め息がもれた。ひと月ぶりの土を踏みしめる。

 そして、ウィリアムは……。

 これまでなんとか抗ってはきたものの、自分がもう元の人生には戻れないことを受け入れるしかないのだと知った。

 彼は、先を行く船員たちの背を見つめながら、これより先、海賊としての道を歩む覚悟を決めたのである。

オランダ船に乗り合わせたウィリアム・リード。

その船を襲ったのは、ボンが乗るラカム海賊団の船だった。

この出会いはただの偶然か、それとも……。


次回、「最悪」の海賊と遭遇してしまう。

はたして、この危機をどう切り抜けるのだろうか。

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