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カリブに咲く花の名は  作者: 高山 由宇
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第17章 ハバナへ

挿絵(By みてみん)


「……は? どういうことだ……?」

「ウィリアム、もう一度わかるように言ってくれ」


 甲板に集まっていた仲間たちの間にどよめきが起こった。

 みなの視線がメアリーに突き刺さる。そんなメアリーの隣にはオリバーがいる。オリバーが、メアリーの手をぎゅっと握った。メアリーから緊張が解けていく。


「だからさ、僕は、本当は女なんだ」


 一瞬、しんと静まり返った。その後、


「……心は女……って、そういうヤツか?」


と誰かが言った。


「そうじゃない」


 メアリーはすかさず否定する。


「体も心も、れっきとした女なんだよ」

「……冗談だろ」


 はっきりと言ってもなお、信じることができないでいる仲間たち。

 彼らを見て、メアリーは項垂れた。


 ――まさか、ここまで信じてもらえないとは……。


 メアリーは、女として生きた時間よりも男として生きた時間の方がはるかに長い。また、兵役に就いていた期間も長いメアリーは、自分の腕に相当の自信を持っていたし、仲間たちもそれを認めている。唐突に「自分は女だ」と言ったところで、冗談と受け流されるのは仕方のないことなのかもしれない。

 だが、それでも、メアリーは確かに女なのだ。

 戦闘力を認められるのは嬉しいが、そのために女であることを信じてもらえないというのは悲しいものがある。

 オリバーという最愛の男ができた今、それはなおさらだった。


「彼女の言うことは本当だ」


 オリバーが、メアリーに代わって口を開いた。


「彼女の本当の名前は、メアリー。ついさっき、俺たちは恋人同士になったんだ」


 彼の発言に、今まで以上のどよめきが仲間たちから上がった。


「恋人だあ?」

「いつ、そんな話になったんだよ」

「それじゃあ、何か? オリバーはウィリアムの裸を見たのか? ちゃんと女だったのか?」


 その発言に、メアリーは固まってしまった。

 しかし、男社会に溶け込みながら生きてきたメアリーにとって、この手の話題は慣れたものだ。今さら、生娘のように照れたり、顔を赤らめたりなどということはない。

 だが……。


「そういうことを彼女の前で言うな」


 オリバーが言ってくれたこの一言が、とても嬉しかった。


 ――オリバーは、僕を女として見てくれる……。


 メアリーは、心からそのことを喜んだ。


「ウィリアムの言っていることは本当だぜ」


 突如上がった声に、みなは一斉にそちらを見た。そこには、今しがた船室から出てきたばかりのラカムが、おもしろい見世物でも見るような目をこちらに向けている。


「おっと、違うな。本当はメアリー、だったよな」

「ジャック、あんた知っていたのか?」

「ああ」


 仲間の問いかけにこともなげに答えるラカム。

 船長の言葉を前に、仲間たちは、これがメアリーとオリバーの企てた冗談などではないことを悟ったようだ。


船長(キャプテン)、いつから知ってたんだよ」

「船に女を乗せるなんて……」

「女なんて、災いの種だぜ」


 口々に言い合う仲間たち。そんな彼らを、ラカムは一喝した。


「うるせえ!」


 しんと、俄かに静まる船内。静かになったところで、ラカムが続ける。


「災いだと? なら聞くが、メアリーを乗せたことで何か悪いことが起きたか?」

「……」

「むしろ勝ち続きだったよな。災いどころか、福をもたらしているじゃねえか」

「……それは、ウィリアムが男だからだ」


 仲間の一人がつぶやく。すると、周りの幾人かも彼の言葉にうなずいた。


「そうだぜ、ジャック。ウィリアムが女だとわかった今、今までと同じようになんていかねえよ」


 はあっと、溜め息が聞こえた。ラカムだ。


「お前ら。今から、この船はキューバに向かう」


 何の前触れもない言葉に、メアリーも含め、一同は呆気にとられたようにラカムを見遣る。


「キューバにな、昔、俺が世話した家族が暮らしているんだ」

「……ジャック、何を言っているんだ?」

「意味がわからねえよ」


 ラカムの言葉に、方々から説明を求める声が上がる。


「その家族に、ボンを預けることにした」

「は? ボンを船から降ろすのか?」

「なんでだよ」

「あいつが降りたら戦力ダウンじゃねえか」


 当然のように不満の声が上がる。

 どう収拾をつけるつもりかと思って見ていると、


「あいつの腹にはガキがいるんだよ」


 何食わぬ顔でそう言い放ったのだ。


 ――もっと他に言い方があるだろ……っ。


 いつもの狡猾さはどこへいったのか。メアリーは瞠目しながら、口を挟めぬままにラカムの次の言葉を待つことにした。


「ボン……あいつもな、女なんだ」


 ラカムのその言葉に、海の屈強な男たちがそろって凍りついている。


「……じゃあ、何か? ウィリアムが女で、ボンまでが……女だと……?」

「ああ。本名はアンだ」

「それで、腹にはガキがいるって?」

「ああ」

「……まさか」

「嘘じゃねえよ」

「でもよ……。本当だとして、誰とのガキだよ」

「俺だよ」


 船内が再びどよめきに包まれる中、船室の扉が開いた。


「……ちょっと、うるさいわね。もう少し静かにできないの」


 今、まさに話の渦中にいたアンが、扉の向こうから青い顔を出す。そして、そのまま手すりの方へと歩み寄ると、身を乗り出してえずき出した。


「おい。大丈夫か、アン?」

「……大丈夫じゃないわ。見てわかるでしょ。ねえ、ジョン。(おか)はまだなの?」

「まあ、あと二日はかかるだろうなあ」

「……」


 よほど具合が悪いのだろう。それ以降、アンは何も言うことなく、手すりにもたれかかっている。


「……マジかよ」


 誰かがつぶやいた。

 ラカムの言葉だけでは信じがたいものがあったのだろうが、この光景を目の当たりにした今となっては疑う方が難しい。


「ウィリアム」


 仲間の一人が声をかけてきた。


「お前が、まさか、本当に……?」


 尋ねられたことの意味はわかる。だから、メアリーはこくりとうなずいて答えた。


「本当だよ。僕は女で、ボンも女だ」

「……」

「でも、僕もアンも、女扱いをして欲しいわけじゃない。僕たちは、戦闘になれば今までと同じように戦うさ。ただ、アンには少しだけ、休養が必要なようだけれどね」


 男だろうが女だろうが、自分の役割は変わらないとメアリーは思っていた。女であることが知られたからといって、それほど大きな違いはないだろうとも思っていたのだ。

 だが……。

 目の前の仲間は、複雑な表情を浮かべて背を向けた。

 メアリーが思っている以上に、このことで仲間たちに与えた衝撃は大きかったらしい。


 さまざまな思いを乗せたラカム一味の船。

 その帆に風を大きく孕んだ彼らの船は、軽快な船足で、キューバの大都市ハバナに向けて大海原を進んで行ったのだった。

女であることをカミングアウトしたメアリーとアン。


アンの出産のため、一味はハバナを目指すことになった。

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