第11章 海賊たちのクリスマス ※写真付
「おい、野郎ども! 今宵は宴だ! 騒げ騒げ! 派手にいこうぜ!」
ラカムの号令に、夜の船上は祭りのような賑やかさに包まれる。
「今宵は……なんて言って、昨日も同じようなことをしたじゃない」
暗い海を眺めながらぼやくアンを前に、
「ここ最近、羽振りのいい獲物に出会えているからね。でも、やっぱり今夜は特別なんじゃないか?」
そうメアリーが告げた。
一七一九年十二月。
この日、ラカム一味はカリブ海上でクリスマスを迎えていた。
「僕もだけど、ジャックにとっても、クリスマスは馴染みが深いイベントだろうしね」
「私にも馴染みは深いわよ? イングランド人だもの。でも、ジョンが神様のお祭りなんて、柄じゃないでしょ? あれは、ただ馬鹿騒ぎがしたいだけなのよ」
「アンだって、似たようなものなんじゃない?」
「ええ、そうよ。賑やかなのは大好きだもの」
海に向かって話している二人が、実は女だなどと誰が気づいただろうか。それほどに、彼女たちの男装は完璧なものであったし、戦闘においては他の誰よりも勇敢かつ強かったのだ。
「おい、ボン、ウィル!」
「そんな所で何をしているんだよ! こっち来て飲もうぜ!」
赤ら顔の男たちが、よたよたとした足取りで酒瓶と肉を手にメアリーとアンを誘う。
「おいおい、もう酒が回ったのか?」
呆れた表情のアン。
「俺たち、昨日の戦闘のことを話していたんだ。もう少ししたらそっちに行くよ」
メアリーがそう言うと、男たちは酒をあおり、肉にかぶりつきながら宴に戻って行った。
「それにしても、暖かいわね」
「カリブに冬はないからね」
「イングランドの冬は寒いものね。雪もたくさん降るし」
「ああ、懐かしいね」
「そうね」
「アン、イングランドが恋しくなった?」
すると、唐突にアンが笑い出す。
「全然」
アンが続けた。
「あんな退屈な暮らし、嫌でここまで来たのだもの。戻りたいなんて思わないわ」
「……そうか」
「でもね、そうね……雪は、また見たいかもしれないわね」
「雪、か。もう、しばらく触っていない気がするなあ」
「私も。もうずっと見ていないわ。ここでは、絶対に触ることはできないものね」
「あ、そう言えば……」
ふと、メアリーはあることを思い出した。アンに、ずっと尋ねたいと思っていたことだ。
「アン。エドワード・ロウのことなんだけど」
エドワード・ロウ。拷問狂として名高いその男は、最悪の海賊として知られている。
「前に、ロウに捕まったことがあっただろう?」
「……ええ、あったわね」
「君は、どうして無事だったんだ?」
「……さあ」
「アン。……もしかして、何かされたのか?」
「違うわ」
「何か、言いづらいことでも……」
「違うのよ、本当に」
アンがまっすぐにメアリーを見据える。その目は、嘘や隠しごとをしているようには見えなかった。
「私にもね、どうしてだかわからないの」
「……ジャックの話では、ロウに捕まったら最後。ひどい拷問をされた挙句に必ず殺されるという。だから、あの時、僕らはみんな、ロウに捕まった君が生きているだなんて思えなかったんだ。それが、生きているどころか、君は怪我ひとつ負っていなかった」
「わからないのよ、私にも。ただ、そうね。少しだけ、思い当たることならあるわ。でも、まさか、あんなことでってことなんだけれど」
「あんなことって?」
「ロウの手下に海から引き揚げられた時にね、服が乱れて、胸のさらしが緩んでしまったの。それで、私が女だとばれてしまったのよ」
「それで?」
「ロウが手下に指示して、私をジャマイカの港まで送り届けてくれたの」
「え? ……なんで?」
「知らないわよ、そんなこと」
「ロウは、女には手を出さないらしいからな」
突然上がった声に、メアリーとアンは振り返る。そこには、三本の酒瓶を携えたラカムが立っていた。ラカムは、メアリーとアンそれぞれに酒瓶を渡しながら言う。
「ロウの手下だった男に聞いた話だがな、ロウは絶対に女にだけは危害を加えないんだそうだ」
「なによそれ。あの残虐非道な男にそんな思想があるの?」
「ああ。なんでもな、昔、女房がガキを産んですぐに死んじまったらしい。その後、ヤツは海に出たらしいんだが、そのことをいまだに引きずっているのかもしれねえな」
「へえ」
「女房がいるヤツは絶対に仲間にしないって話だしな」
「それだけ愛してたってことか」
メアリーのつぶやきに、アンとラカムが目を丸くしている。その後、二人は盛大に笑い出した。
「なんだよ、いったい!」
不満を口にするメアリーに、笑いながらアンが謝る。
「ごめん。だって、メアリーが愛とか言い出すから」
「ああ。いい女なんて、世の中にはいくらもいる。女房だけじゃねえだろうに」
アンに続くようにラカムもそう口にした。メアリーはむすっとした表情でラカムを見る。
「けれどさ、ジャック。それって、アン以外にも女がいるように聞こえるんだけど」
「ああ? いるわけねえだろ。だが、アンが死んだとしたら、その先のことはわからねえがな」
「それはそうよね。死んでいたら、もう触れ合えないし。私もジョンが死んだら、さっさと他の男に鞍替えするつもりよ」
――ジャックが生きていようが死んでいようが、アンには関係ないだろうに……。
アンの浮気癖を知っているだけに、メアリーは盛大に溜め息をついて見せた。
「ロウを擁護するわけじゃないけれど、僕にはロウの気持ちが少しだけわかる気がするんだ。僕も、同じような経験をしているからね」
「それって、オランダで一緒に暮らしていたっていう人のこと?」
「なんだ。ウィルにそんな男がいたのか」
以前、アンには話したことがあった。兵役についていた頃の戦友であり、除隊後に結婚したアルベルトのことだ。しかし、一緒に暮らした時間はそう長くはなかった。結婚後、間もなく、彼は突然の病に見舞われて亡くなってしまったのだから。
「これから先も一緒でいられると思っていた人が突然いなくなるというのは、想像よりもずっと衝撃的なことなんだよ。こればかりは、経験してみないとわからないことだろうけれどね」
「ふうん。私にはわかりそうもないわ」
「お前はまだまだ若いからな」
ラカムの言葉に、アンが片眉を吊り上げる。
「なによ、ジョンにはわかるっていうの? もしかして、メアリーの言うように、本当は他に女でもいたのかしら?」
「女じゃねえよ」
「じゃあ、なによ」
「昔な。義兄弟の杯を交わした男と決別したのさ。気のいいヤツだったんだがなあ」
「そういえば、聞いたことがあったわね。……なんだったかしら?」
「ヴェイン、だ。俺は感傷に浸る趣味はねえが、あいつのことはたまに思い出すことがあるな」
「今も海賊をしているのかしら?」
「さあな。今じゃ名を聞くこともないからな。総督の勧告に従って足を洗ったのかもしれねえな」
そう言いながらぐびりと酒をあおるラカム。そこへ、どこからともなく骨つき肉が飛んできた。あまりに突然のことに動けずにいるラカムに代わり、メアリーがそれを受け止める。油が滴り、手のひらがじっとりと濡れた。
「おおい、ジャック船長!」
「さっきからこそこそとしやがって、早くこっち来やがれい!」
「ったくよお、なにやってるんだよ!」
メアリーは、苦笑しつつ油のついた手のひらを酒で洗う。
「なにやってるんだ、じゃねえよ。それはお前たちの方だろうが。食い物を粗末にするんじゃねえよ」
怒鳴りながら、ラカムは仲間たちの方へと行ってしまった。
「あら、すごいぎとぎとじゃない」
「……」
「油はなかなか落ちないものねえ」
「本当に、ジャックに当たらなくて良かったよ」
「ふふ。それはそうね。ジョンの服に油染みでもできていたら、ホワイト・クリスマスどころかブラッディ・クリスマスになっていたかもしれないもの」
そう言って楽しそうに笑うアンに、メアリーはまたも苦笑をこぼす。
ラカムは洒落者で、インド産のキャラコ(木綿)を愛用していた。そして、今日着ている服は、その中でもラカムが最も気に入っている一着だったのだ。
「メアリー。私たちもそろそろ混ざりましょうか」
「うん、そうだね」
メアリーとアンは笑い合いながら、仲間たちのどんちゃん騒ぎに混ざることにした。
夜は、まだまだ終わらない。
彼女たちの宴は、これからなのだ。




