プロローグ
突如、足元がぐらついた。
気を抜くと体を持っていかれそうな大きな揺れは、酔いのせいではないらしい。
馬鹿でかい音が耳元で聞こえた。それとほぼ同時に、木端微塵となった木片が飛んでくる。
ぱらぱらと降り注ぐ木片を浴び、鼻と目を突き刺すような硝煙に包まれながら、そのふたりは凛とそこに立っていた。
炎に包まれた甲板の上、ピストルとカトラスを構えた二人の青年が、互いに背を預けながら応戦している。その船には、交差するカトラスの上にドクロをあしらった黒地の旗が掲げられていた。
そう、海賊船である。
一七二〇年十月のこと。バハマ総督から命を受けたジョナサン・バレットの武装スループ艦隊が、カリブ海を荒らし回った海賊に降伏勧告を行った。だが、この海賊はそれを拒絶して逃走をはかったのだ。そこで、バレットは海賊船に攻め入った。
バレットは楽な任務だと思っていた。
普段は狡猾な海賊として名が上がっているが、彼らは直前までしこたま酒を飲んでいた。現に今も、自分がバハマ総督の使者だとわかるやいなや、彼らはふらつく足で自船へと逃げ出したのだ。
バレットは、大砲を一発、海賊船にお見舞いしてやった。そうした上で、少しばかり優位な心持ちでその海賊船に乗り込んだのである。その瞬間、ピストルの弾が頬を掠めた。
「ぎゃっ!」
声とともに、背後からついてきていた部下が倒れた。驚いて見ると、硝煙の向こうにふたつの人影があることに気がつく。彼らは若く、そのうちの一人などは二十歳にすらなっていないと思われた。
「お前たちはラカムの手下だな」
バレットの問いには答えず、二人の青年はそれぞれ、バレットに銃口とカトラスの切先を突きつける。
「船長はどこだ?」
すると、特に若い青年が鼻で笑い、
「逃げ出したよ」
と言った。
「ならば、なぜお前たちは逃げ出さない?」
バレットの言葉に、その青年はひと際大きな声で答えた。
「俺たちは、船長ラカムやその他の手下たちと違って、腰抜けじゃないからさ!」
ずどんと、突然の発砲音に周囲の者たちは息を呑んだ。若い青年がピストルを上空に向けて撃ったのだ。その後、それを船倉に向けた。傍らでカトラスを構える青年が叫ぶ。
「お前たち、甲板に出ろ! 男らしく戦え!」
だが、船倉からは誰一人として這い出してくる様子はない。
「ラカム海賊団、お前たちはもう終わりだ。お前たちを一人残らず、バハマに連行する!」
その言葉を合図とするかのように、一斉に男たちが海賊船になだれ込んできた。そして、激しい白兵戦が繰り広げられたのである。