ご主人さまは今日も〇〇!
みんなー! 元気ー? 私は元気だよー! えっ? 私が誰かって? よくぞ訊いてくれました! それじゃあ、自己紹介を始めちゃうよー!
私の名前は『ニャッピー』! 大好きなご主人さまにつけてもらったこの名前は私の宝物なのー! 私の白い髪は腰まであって、一本一本が輝いてるのー!
真っ赤な瞳はロビーみたいにキラキラしてて、とってもキュートなのー!
私はご主人さまに拾われてからずっとご主人さまと一緒に暮らしてるのー!
私の猫耳でご主人さまがどこにいるか見つけるのー! ご主人さまはどこかなー! どこかなー!
にゃ! もうすぐご主人様が帰ってくる! 部屋を片付けなきゃ! 急げー! 急げー!
「ただいまー」
「あっ! 帰ってきた! おかえりなさい! ご主人様!」
「おっとっと、部屋の中で走るなと何度も言っただろう? あと、むやみに抱きつくのもダメだ」
「えへへへ、ごめんなさーい」
「まったく、拾った頃はもっと大人しい子だったのに。残念だなー」
「うー! だ、だって! あの頃の私はまだ人の姿じゃなかったし、それに……」
「人を憎んでいたんだよな」
「……うん」
「俺の左目が見えなくなったのは、お前のせいじゃない。お前をそんな状態にまで追い込んだ人間のせいだ。だから、お前は心配しなくていいんだぞ? ニャッピー」
「やっぱり、ご主人さまは優しいね。私に傷つけられても優しく私を抱きしめてくれたし」
「それはまあ、あれだ。どんな動物だって、ちゃんと向き合えば理解し合えると思ったからで決してやましい気持ちは」
「分かってる。ご主人さまはそんな人じゃないってことくらい。だって、私の大好きなご主人様だよ? 私が好きになるくらいの人はちゃんと私を見てくれる人じゃないと認めないからね」
「……ニャッピー、お前」
「だからね、ご主人様」
「な、なんだ?」
「私と……しよ?」
「あ、あえて、訊くが何をだ?」
「もう、分かってるくせにー」
「いや、すまん。なにをして遊ぶのかさっぱり分からない。頼む、教えてくれ」
「仕方ないなー、じゃあ、目を閉じて」
「な、なんでだ?」
「いいから早くー」
「わ、分かった」
俺が目を閉じてから数秒の時が流れた時、彼女は口を開いた。
「……大好きだよ。ご主人さま……チュ」
俺の唇に柔らかくて、ほんのりあったかくて優しい味がするものが触れた。
「……!」
俺が目を開けるとニャッピーは俺にキスをしていた。頬でもなく額でもなく、俺の唇にキスをしていた。
「……ぷはっ! お、お前! いったい、なに考えてるんだ!」
俺が無理やり彼女を突き放すと彼女はニッコリ笑った。
「これが私の気持ちだよ。ねえ、ご主人様は私のこと好き?」
「そ、そんなこと、今さら言う必要ないだろう」
「私は直接、ご主人様の口から聞きたいの。お願い、ご主人様。言ってくれたら何でもしてあげるからー」
「……は、初めてだったんだぞ」
「ん? なにがー?」
「だから! キ、キスするの! 初めて……だったんだぞ」
「……じ、実は、私も初めて……だったんだよ」
「えっ?」
「……私が出会った人間たちはね、みーんな私にひどいことをしたんだよ。私は何もしていないのに」
「それはお前が人の姿になって間もない頃に聞いたよ」
「でもね、私はご主人様と出会えたおかげで人間のことが少し好きになれたんだよ」
「お、おう」
「でもね、それが次第にライクの方じゃなくて、ラブの方になっていったの」
「……」
「だから私はご主人様の気持ちを聞きたいの。私の片思いだったら、それで終わり。でも、もし違うのなら私はご主人様と……そ、その、け、結婚したいの」
「……」
「どう、かな?」
そんな目で俺を見るなよ……。断る気が失せてしまうじゃないか! 分かってる! 相手は人間の姿をしているネコだってことも。俺の中のこの感情は紛れもなく本物だと言うことも!でも、それだけだ! 俺にはこいつと支え合って生きていく自信も財力も権力も地位もない!
俺は今まで社会から否定され、裏切られ、傷ついてきた。そんな俺がぱっと見、十歳くらいの女の子と一緒に生きていけるわけがない。だって、俺の心の中にはもう絶望しかないのだから!
「ご主人様、どうしたの?」
「……くっ!」
「ねえ、ご主人様、大丈夫? どうしたの? 急に俯いて。何か悲しいことでもあったの? ねえ、聞いてる?」
「……ニャッピー」
「ん? なあに? ご主人様」
「……お前はこんな俺でもいいのか?」
「えっ? どういうこと?」
「俺は社会的に見たらクズだ。ろくに勉強しなかったせいで気がついたらコンビニで働いていた愚か者だ。両親は先に死んじまって兄弟もいない。頼れる人もいなくて、大学に行くカネもなかった。奨学金? あとから返さないといけないものを借りてまで行く気はなかったから別にどうでもよかった。就職? 俺は小説家志望だったから、なるにしても兼業くらいかなとしか考えていなかった。だけど現実は違った。学歴がないとどこも雇ってくれないし、小説家になってもそれを続けていけるかどうか不安で挫折した。だから、今の俺の中には絶望しかないんだよ。どうだ? お前はそんな俺と一生暮らすことになるんだぞ? 三次元の女は二次元の女と違って男を選ぶ。学歴、職業、収入、顔面偏差値、身長、声、体。色々あるけど、俺はどれも自信がない。だから、お前はもっと賢い選択をしろ。俺みたいなのと一緒にいたって絶対幸せになれない」
「そんなことない!」
「……!」
「たしかに今のご主人様の中には絶望がたくさん詰まってるけど、それ以外にももっとあるよ! じゃないと少し前まで人間不信だった私がご主人様のこと好きになるわけないよ! あのね! ご主人様は私にとって王子様なの! 理想の結婚相手なの! 誰がなんと言おうと私はご主人様の全てが好きなの!」
「……」
「ねえ、ご主人様。私の中にあるこの気持ちは何なのかな?」」
「……」
「ねえ、答えてよ! 悠治!」
「お前の気持ちなんて分かんねえよ!」
「でも! 私の中で今も動いてるよ!!」
「そ、それは変なものでも食ったからだろう!」
「違う! だって、ご主人様といると胸が苦しくなったり、ふわふわした気持ちになったり、もっと一緒にいたいと思うもん! 私のこの気持ちは絶対本物だよ!!」
「そんなの知らねえよ! お前が俺をどう思っていようが俺はごめんだね! 人間の女は結婚してくれないから擬人化したネコの女の子と結婚します? ふざけるな! ここは三次元なんだよ! 二次元のキャラはとっとと二次元に帰れ! というか勝手に擬人化するなよ! 困るんだよ! こっちはお前がかわいすぎるせいで何度も死にかけたんだからな!」
「わ、私だって! 最近はご主人様以外の人間が黒い物体にしか見えなくなっちゃったんだからね! 責任とってよ!」
「そんなの自分で何とかしろ!」
「やだ! 私はご主人様と結婚したいの! しないと死んじゃうの! 他の人と交尾するのもイヤなの!」
「知るかそんなこと! 俺は、もうすぐ三十歳だ。俺は三次元から完全におさらばして、魔法使いになるんだ! 邪魔するな!」
「私と結婚したら私の初めてをご主人様に捧げるよ!」
「お前みたいな幼女とするわけないだろう!」
「子どもは何人欲しい!」
「男の子が一人! 女の子が一人!」
「理想の妻は!」
「俺の全てを受け入れる覚悟があって、なおかつ優しい人がいい!」
「じゃあ、私がご主人様の理想の妻になってあげるから結婚して!」
「指輪を買う金がねえ!」
「タバコの銀紙で作ればいい!」
「結婚式場が近くにねえ!」
「ここですればいい!」
「衣装を買う金もねえ!」
「コスプレ友達に頼めばいい!」
「神父さまがいねえ!」
「ご主人様が一人二役すればいい!」
「ごちそうを作れる自信がねえ!」
「私がコンビニの材料で作るから問題ない!」
「あ、あとは……あとは……」
「いい加減にして! ご主人様は私と結婚したいの? したくないの?」
「したいに決まってるだろうが! こんなにかわいくて俺に一途な女は見たことがねえ! 未来永劫、絶対にお前みたいな女は現れない! そう断言できる自信がある!」
「じゃあ、答えを聞かせてよ!!」
「お前が擬人化した瞬間から、こうなりたいと思ってた! だから、俺と結婚してくれええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
俺はこの日、生まれて初めて土下座をした。
「……分かった。私はご主人様と一緒に残りの人生を歩みます。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、これからもよろしくな。ニャッピー」
「悠治ー! ありがとー! やっぱり私の目に狂いはなかったよー!」
「ああ、俺もだよ。ニャッピー。もうお前は俺から逃げられないぞ?」
「ご主人様とこれからも一緒に暮らせるのなら、そんなのどうってことないよ。ギュー!」
「く、苦しい。けど、すっごく気持ちいいな。おー、よしよし、まったく甘えん坊だな、お前は」
「ほっぺスリスリー! んふふー、ご主人様は今日も素敵ー!」
こうして、ここに人間とネコのカップルが誕生したのであった。末永くお幸せに……。