『ビール大好き』は、○女子の前では禁句
忘年会、新年会。
そんな時期でもあるが故の、ネタ話になる。
毎日の仕事に癒しや甘えを施す。そんな建前的な、会社会議にも準ずるのが飲み会。
キーーンッ
「乾杯ー」
祝福とお疲れー、の一石二鳥。お酒の一杯が身体と心に染みる。
「はーっ、今年もお疲れだ」
「ふふ、今年も去年も、来年も。特に変わりないのにね」
お酒も色々。
三矢と酉の2人は最高級のワイン。
「酉さん!あなたへの愛は俺も変わりませんぜ!」
「うぜっ、隣で騒ぐな。松代」
酔うと色々とヤバイので自粛のお茶、松代と宮野。
「ぷはっ、げほげほ。むせたー」
身長も味覚もお子様。瀬戸はコーラを所望。
「コーラで咽るな!瀬戸ぉっ!」
「すぐに酔っちゃって。友ちゃーん」
「喧嘩はダメですよ」
飲み会ご用達、一般的なビールを頼んだ工藤友、安西、林崎。
「みなさん、お蔭さまで本年も無事に乗り切れました」
熱々でアルコール度数の高い、日本酒を飲む弓長。みんなバラバラの味覚である。
運ばれてくる料理と共に、一同はワイワイと騒ぎ歌い、笑い合う。騒ぎ過ぎても今日はだいたい貸し切り状態。
◇ ◇
精神状態が非常に不安定であると、人は言動を理解できなくなってくる。ひとえに動揺、ひとえに恐怖、ひとえに酔う。
「日本酒好きだな、お前」
「いやぁ。この味が一番ですよ」
ボーっと、楽しいから抜け出せない。そんな状態。
酔っ払うと都合のいい事しか思わない。
「三矢さんは色々飲みますね。最初はワイン、次に発泡酒、サワー、ビール」
「いろんな物食えたり、飲めなきゃ、営業スキルも上がらんだろ」
ただ向こう側の会話を聞いているだけ。表情がお酒で赤くなっていて、ハッキリと聞き取れない。弓長と三矢が話しているのは分かった。
【そうですか。しかし、優柔不断というか、手ばかり出している感じですよ】
【いろんな相手がいる上で、一つにだけ応対できる人間じゃダメだろ】
営業や経理を主に担当している男2人である。
【そんなことどーでも良いだろ。弓長、仕事の話はあとで、今日はプライベートに近いんだぜ】
【分かっております。失礼しました】
下手でも。会社の立ち位置では弓長が社長を務めている。飲み会、下剋上。
まぁ、みんな同じ世代だから。年齢の差ってあんまりないし、三矢さんは弓長さんより年上だし。
そんな風に思っているところ
【BL、お願いー。三矢くんしてー】
【あ。私もBLにしますー】
!?
BL!?BL!?BLの注文!!
顔を真っ赤にし、動揺。安西、無言ながら酔っ払う幻想をリアルで勘違いしながら、聞き取る。この女、会社内でも認めるBL好きであった。
突如として起こった、男2人。強面の三矢とイケメン、弓長によるBLのお願い。(ビールの聞き間違い)
どうなるのかしら!?どうなるの!?2人の仲ってそんなに良かったの!?そこまでの固き同じ愛が育まれていたと!?知らぬ間に!?
【酉さん、BL読み過ぎですよ】
【そうかしら?50冊くらい普通じゃない?】
ドンっ
「いえ!ぜーんぜん!普通です!」
【でしょー?】
テーブルドンで、話に割り込む。まったくといった、鼻息を上げて。
「だって、こーんなにBL好きがいるんですよ!周り見てください!BLの注文ばっかりです!」
ビールという飲み物が、BL本に見える始末。脅威の脳内変換。
図書館、本屋、レンタルショップ、果ては同人会的なイメージがすでに安西の思考を支配している。酔いから襲い掛かる、快楽の思考はもう好きな事しか考えられていない。
飲み屋にいるおっさん率の高さは7割ぐらいといったところ。まるっきりイケメン衆ではないが、30代のダンディズムやヘタレ男、ガテン系。酔いビジョンでうっかりそいつ等が美的に変貌するなんてこと、安西の思考なら容易い。妄想だけは無限の可能性。
ちょっと大声出した後で俯いて、しゃっくりで身体を揺らして。
脳内酒乱パーティ発動!
勢い任せに三矢さんが弓長さんに、早飲み競争で酔いつぶれ、自宅で介抱される展開クルーッ?それとも、普段から犬猿の仲である松代さんと宮野さんのコラボ!?瀬戸くんがおんぶされるプレイ来る!?
「ふへへへへ」
【どうしました?】
【安西ーー。聞こえるかーー】
弓長と三矢の声と身振りがシンクロ。その両者の手の動きがぶつかりあって、『わりぃ』からの続きは、イケメンボイスと脳内シミュレーションで余裕。
「もっと早く仲になってくださいよ、へへへ」
【安西、怖いんだけど】
「早くBLの注文を!」
酔って妄想のリミッターが外れた。こんなバカになってしまった彼女を、一発で黙らせるのは言葉ではダメだろう。
【しゃあねぇな】
【宮野】
BLの国に行ってしまったお姫様が、強制的に現実世界へ引き込む魔法の行動。
物理的に
「お前は俺の物だろうが!!」
声上げて、キス。舌ぶち込んで、目覚めさせる。宮野、どストレート……。
「ぼひゅんっ!?」
飲みの席でいきなりこんなことさせられて、安西の頭は噴火したみたいに熱が上昇して、倒れる。これは幻だと思い、気絶するのである。好きでもない人にキスされると気持ち悪い……。
「今の告白?」
「立場を分からせただけだ」
また宮野も、すぐにおしぼりで口を拭いて、ビールを飲んだ。
酔っていたという言葉……通じるのかなと、安西以外には無理そうだ。